氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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 《月夜の背教団》と《古典部》の戦いが遂に決着!!!

 推理シーンは《揺らぎを伴うデモンストレーション》というBGMを聞きながら執筆しました。




第十二話 月光下のアベンジャー

 side晴

 

 俺の目の前にいる一人の少年は、ギプスを巻いている右足を床につけ驚愕の色を顔に浮かべていた。

 俺は少年。《月夜の背教団》リーダー、黄瀬隼人を視線に捉える。

 

「諦めろ。《月夜の背教団》は全員俺“達”が押さえてる。《ホーリーナイト》が終わるまでここに居てもいいんだぜ?」

「……」

 

 黙ったまま顔を伏せた黄瀬は、唇をこれ程かというまで前歯で噛み締めている。血が滲み、口の端から垂れ落ちる。

 拳を強く握りしめ、今にでも殴りかかって来てもおかしくはない。

 

「そうだな。まずはお前らの学校への侵入ルートから説明しよう。

勿論のこと、完全下校時間を過ぎてから学校に入る事はほぼ不可能。一階の窓は普通棟と特別棟関わらず全て閉められているし、馬鹿正直に昇降口から入ることも出来ない。例外として、家庭科室の窓は開けられているが、仮にそこから侵入したのなら廊下へ出るためのドアが閉まっているのはおかしい。家庭科室は内側からの開閉は手動で出来るが、外側からは他の教室と同じで鍵がなきゃ開閉が出来ない」

 

「そこで俺達はそ(・)れ(・)以(・)外(・)の(・)学(・)校(・)へ(・)入(・)る(・)方(・)法(・)を(・)打(・)診(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。(・)しかし、そんな方法無かったんだよ。最初からこう考えるべきだったんだ。

お(・)前(・)ら(・)は(・)学(・)校(・)に(・)侵(・)入(・)な(・)ん(・)て(・)し(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。(・)最(・)初(・)か(・)ら(・)学(・)校(・)内(・)に(・)居(・)た(・)ん(・)だ(・)」

 

 

 

 

 

 side奉太郎

 

 

「木原先輩。俺とハルはあなたが《月夜の背教団》の一員だと言うことに、生徒会と古典部の最初の会議の時から、目星はつけていました。なぜなら学校に侵入するトリックを作る為にはあなたの存在が必要不可欠だからです。あなたは放課後の時点で学校に残り、十九時半の時点まで生徒会室に隠れていた。しかし、どうやって隠れていたのか。何故生徒会室なのか。先程も言った通り、この学校の教室は鍵がなければ開閉が出来ない。鍵を持って教室のドアを開け、更に中に入った時点でその鍵を使って鍵を閉めなければならない」

 

 木原は至って冷静だった。俺は唇を湿らせ、続ける。

 

「つまり教室に隠れるためには絶対に鍵が必要だ。しかし鍵は職員室に置かれているし、その鍵が完全下校時までに返却されていなかったら教師陣は不審に思うでしょう。ですが、たった一つだけ、教師陣の目に入らない鍵があるんですよ。生徒会室に置かれていた第二のマスターキー……あれは教師陣が生徒会に預けていたものだ。これを見てください」

 

 俺はポケットから一枚の紙を取り出した。

 

 

 生徒会十二月活動予定

 

 M 部活動報告書提出。

 

 W 定例会議

 

 F 総務委員会との合同雑務

 

 

「生徒会の活動予定表、ですか?」

 

 木原のとぼけたような言葉に俺は頷く。

 

「初めての会議でハルが生徒会室から拝借したものです。大事なのは活動内容ではありません。頭文字のアルファベットだ。

木原先輩は一応生徒会なので聞きますが、これは曜日を表しているのでは?」

「というと?」

 

「MはMonday、WはWednesday、FはFriday。月水金。これは《月夜の背教団》が夜の学校に侵入する曜日と重なっている」

 

 

 

 

 

 side天津

 

 

 

「それで、それがどうした?」

 

 朱宮は大きく首を竦めた。

 

「木原青佳は生徒会副会長。加えて、陸山が言うには生徒会の活動がある日の生徒会室の正規の鍵は、職員室から借りるところから返却まで全て木原が行っとる。うちらは、木原は十九時半まで生徒会室に居座った事を予想したんや。ここからの説明は消去法で行くで。

まずは一つ目の可能性。木原は生徒会の連中が帰ったことを見計らい、十九時半まで生徒会室に居座った。この時に内側から扉を閉めた鍵は正規の鍵と予想する。これは無理や。さっきも言った通り、正規の鍵の一つでも職員室に返却されてなかったら、流石の教師陣も不審に思う。

二つ目の可能性。木原は生徒会の連中全員が帰ったことを見計らい、生徒会室に鍵を掛けずに職員室に正規の鍵を戻し、再び生徒会室に入り、生徒会室内の第二のマスターキーで鍵を閉めた。これも無理。生徒会の前にある職員玄関には監視カメラが設置されとる。鍵を返したあとの生徒会室に入った木原が完全下校が過ぎても出てこないのは不自然すぎる」

 

 

 

 

 side入須

 

 

 

「ではどのように木原は鍵を閉めたの生徒会室に入ったのか。答えは《窓》だ。生徒会室は特別棟の一階。まず木原は生徒会が居なくなったことを見計らい、生徒会室の窓を開けた。その後生徒会室の鍵を閉め、その鍵を職員室に返す。そして一度校舎の外に出た後に、外側から窓を使って生徒会室に戻った。そこで十九時半まで生徒会室に居座り木原が使った窓を用い、その日に学校に侵入する生徒……つまりお前達を簡単に生徒会経由で校舎内に入れられるということだ」

 

 白石は腕を組んだまま、反論をよこした。

 

「たが、それだと矛盾点が出てくる。仮に木原が俺達を生徒会室の窓から入れられたとしよう。生徒会室にあるっていう第二のマスターキーを使えば、十九時半になった時に生徒会室から出て、鍵も廊下側から閉められる。生徒会室の外はお前の言った通り職員用玄関なんだろ?しかもそこには生徒会室も写るように監視カメラが設置されてるって言うじゃないか。放課後の時点でそのカメラに映らなくても、完全下校以降にそのカメラに写っちまったらなんの意味もない」

「ほう。少しは考える脳があるようだな」

「なに?」

 

 

 

 

 side田名辺

 

 

 

 

「たしかに、職員用玄関に設置されている監視カメラは二十四時間稼働だ。夜の学校に忍び込んでる生徒がいるって言うことなら、教師陣達もその監視カメラの映像をチェックしているだろうしね。なら、映らないためにはどうしたらいいか……映(・)ら(・)な(・)い(・)た(・)め(・)に(・)は(・)、(・)映(・)ら(・)な(・)き(・)ゃ(・)い(・)い(・)ん(・)だ(・)」

「あん?」

 

 小黒くんはガタイのいい体を使って、僕を牽制してくるが、そんな事じゃ動じない。

 伊達に《十文字》をやってた訳じゃないんだよ。

 

「これを見て欲しい」

 

 僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出した。今月の活動報告書だ。

 

 

 茶道部 顧問 柳原敦

 

 活動日 月水金

 

 部長 木原瑠菜(きはらるいな)

 副部長 長嶺つくし

 部員 大宮城葛葉

    秋元美佐子

    宮野真奈

 

「……」

 

 小黒くんの体がピクリと動いた。目を軽く見開き、驚愕の色を隠しきれていない。

 

「木原瑠菜。今話していた木原青佳さんとは名字が同じなだけで全く関係の無い二年生の茶道部部長。茶道部の部室は特別棟一階和室。これが何を意味するか……」

「分からんな」

「木原さんは生徒会室の鍵を返しに行くと同時に、和(・)室(・)の(・)鍵(・)を(・)取(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)よ(・)。(・)職員室で教室の鍵を借りるには、鍵掛けの下にあるホワイトボードに名前の表記が必要だ。でも名前を書いているところなんて普通は見られない。誰(・)が(・)名(・)前(・)を(・)偽(・)装(・)し(・)て(・)い(・)た(・)っ(・)て(・)、(・)気(・)づ(・)か(・)な(・)い(・)の(・)さ(・)」

「でも茶道部が活動日じゃない日に鍵が借りられてたらおかしいよね。そこでもう一度、今回の事件のキーマンの木原青佳さんの登場だ」

 

 

 

 

 

 side晴

 

 

 

「茶道部の活動日も偶然に月水金。木原は生徒会の鍵を職員室に返すと同時に、活動を終わらせていた和室の鍵を職員室から取った。《木原》という自分の実名を使ってな。例え木原瑠菜ではなく、木原青佳が鍵を借りていたとバレたとしても、『生徒会の活動で部室をチェックしています』で済むだろう。

そして、木原は和室に入り和室の窓を開けた。あとは簡単。和室のドアを閉め鍵を職員室に返し、窓を使って生徒会室に戻る。時間になったらその日に学校に侵入するメンバーに生徒会室の窓から第二のマスターキーを渡し、そいつは事前に開けておいた和室の窓から中へ入る。第二のマスターキーを使いドアを開けて廊下へ、そして和室の外側からドアを閉める。帰りも同じさ。和室に入り侵入した経路と同じ方法で窓から脱出。生徒会室の窓から戻り、第二のマスターキーを元の位置に戻す。生徒も教師も、流石にロックされた和室の窓が開いてるかなんてチェックはしないだろうからな。こうすることで生徒会室前の監視カメラに映ることなく学校に入れるわけさ」

 

 黄瀬は手を大きく振りかぶった。それと同時に叫ぶように声を荒らげる。

 

「だが、なぜ俺達なんだ!この学校の生徒は千人もいる。なぜ……」

「分からないが、お前は自分でヒントを与えただろ」

「……っ!!」

 

 俺はポケットから二枚の紙を取り出した。

 

 

 

 まずは一枚目を黄瀬に見せる。

 

 

『我々は、絶対なる正義なり。この神高の平和と秩序を維持する存在であり、この神高の悪を成敗するもの。

この学校は、穢れている。我々はその穢れにより、誇りを失い、信頼を失い、憧れを失った。

今こそ我々が動き出す時。三十三年前のように、全てを覆し、伝説を築く時。

一週間後に行われる《神高ホーリー・ナイト》にて、この学校の悪を、排除することをここに誓おう。

五つの方角にて、我々はこの神高を新たな色に染め上げよう。加えて、本日を持って夜の学校の徘徊は終了する。

そうだ、我々を止めようとする愚か者達に伝えよう。我々の名は《月夜の背教団》』

 

 

 

「お前達の予告状だ。注目すべきは……後半の文章。『五つの方角にて、我々はこの神高を新たな色に染め上げよう』

『染め上げる』という記述から、俺達はこれは《色》を表しているのではないかと予想した。それに加え、《五つの方角》。《色》と《方角》この二つに共通するものと言えば」

 

 俺は一度大きく息を吸った。推理になると、どうも呼吸をするのを忘れてしまう。

 

「《四神》。青龍、朱雀、白虎、玄武……そしてその中心。麒麟。当てはまる色は青、朱、白、黒、黄だ。

俺達は元々、《月夜の背教団》はそれ以前に何かしらの集まりと打診していた。部活、委員会、クラス。加えて、《月夜の背教団》は《ホーリーナイト》にて『なにか』をする予定だった。しかし、そんな事が本当に出来るのか?お前らの一件のお陰で、《ホーリーナイト》の教師の監視は高まっている。そんな中、今の《ホーリーナイト》はとても悪さができる状態じゃない。でも、たった一箇所だけ、教師陣が感じに入れない場所がある」

「どこだ?」

 

 苛立ち混じりの黄瀬の声が、俺の耳に響いた。

 

「ステージ上さ。出し物をする団体が出し物を披露している間、教師陣はステージに上がることは出来ない。今日ステージに上がる団体は全部で五つ。アカペラ部、天文部、奇術部、サッカー部、社交ダンス部」

 

 

 

 

 side奉太郎

 

 

 

「この五つの部活の中から、麒麟を含む《四神》に当たる人物全員が所属している部活はただ一つ」

 

 俺は更に紙を取り出す。サッカー部の活動報告書だ。

 

 

 サッカー部 顧問 永尾康敏

 

 活動日 月火木金

 

 部長 小黒朋紀

 副部長 白石明来

 部員 藤崎裕太

    野山海斗

    大池和

    茅森翼

    真鍋歩

    松木俊一

    朱宮優斗

    小川武

    黄瀬隼人

    木原青佳

 

 

 

「キャプテン小黒朋樹。副キャプテン白石明来。レギュラーメンバー朱宮優斗。補欠メンバー黄瀬隼人。そして……マネージャー木原青佳」

 

「偶然にしては出来すぎている。さぁ……」

 

 

 

 

 

 side晴&奉太郎

 

 

 

 

 

「「チェックメイトだ。《月夜の背教団》」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 side千反田

 

 

 

 

 体育館関係者スペース。陸山さんはサッカー部さん達をこのスペースに集め、推理を始めていました。

 南雲さん、折木さん、天津さんがたどり着いた真相を。

 

「というわけで、お前ら《サッカー部》が《月夜の背教団》の正体だって事は分かってんだ。違う女が二人目撃されたってのも、出し物の演劇で使うって言う口実でカツラでも借りたんだろ?何をするつもりだったかは知らねぇが、観念しろよ」

「ちっ……陸山……!」

 

 サッカー部の藤崎さんという方が、陸山さんを睨みつけています。

 今この場にいるのはサッカー部さん達七人。加えて、私、摩耶花さん、福部さん、桜さん、倉沢さん、二年F組の沢木口さん、羽場さん、そして……

 

「おーおー、やってんねー。こいつぁ《ホーリーナイト》に来た甲斐があったわ」

 

 晴香さんです。

 あちらは七人。こちらは八人。南雲さん達の推理が終わるまで、ここで《サッカー部》さん達を足止めしてなくてはなりません。

 福部さんが頭の後ろで手を組みながら、聞きました。

 

「動機は一体なんなんですか?」

 

 藤崎さんは答えます。

 

「お前らに話す義理はない」

「いや話せ」

 

 陸山さんの声はとても冷徹でした。

 

「お前らのことはまだ教師陣に報告していない。正直に話せば、ここで見逃してやるよ。これは交渉じゃねぇ……一方的な取引だ」

「…っ!!」

 

 陸山さん、本当に堂々としたお方です。これこそが生徒会長の器というものなのでしょうか?

 私も口を開きます。

 

「あの……私、気になるんです。どうして《月夜の背教団》さん達が、夜の学校に侵入し、なにをこの《ホーリーナイト》で行おうとしているのか」

「はは……気になる……ね。っざけんじゃねぇ!!!」

 

 

 ズガン!!!

 

 

「きゃっ!!」

「ちーちゃん!!」「千反田さん!!」

 

 藤崎は物凄い勢いで壁を蹴りつけました。私は腰が抜けてしまい、その場に尻もちをついてしまいます。

 

「気になる……だと!?気になるから話せと言われて話すほど、俺達はこの《復讐》に生ぬるい気合を入れてきたわけじゃねぇんだよ!!!」

「てめぇは……。……っ!!?」

 

 晴香さんが藤崎さんの右手首を勢いよく掴み、そのまま壁に叩きつけました。

 

「もう一度えるに対して何かやってみろ。……あたしも、他の連中も黙ってないぞ?」

「く……」

「生徒会長さんも言ってたろ?これは交渉じゃない。一方的な取引なんだよ。主導権はこっちが握っている。いい加減動機を話せ」

「こわ……」

 

 隣で福部さんが呟きました。

 

「話したところで、てめぇらに何が……!!」

「もういい藤崎。」

 

 藤崎さんの後ろに立っていた、大池さんという方が藤崎さんの肩に手を置きました。

 

「けど!!」

「黄瀬達が足止めされてんのは確かだ。もう……無理だ」

「……っ!!!畜生!!!」

「腹は決まったみたいだな。」

 

 陸山さんがいいました。

 

「話してみろよ。《復讐》って……どういう意味だ?」

 

 藤崎さんは、悔しそうな表情を顔に浮かべています。

 藤崎さんの視線は晴香さんと陸山さんを捉えており、私に向けていた矛先はいつの間にか無くなっていました。

 桜さんが私の手を引いて少しだけ後ろに下がらせてくれます。ありがとうございます。

 

 藤崎さんは、話し始めました。

 

「……四ヶ月前の事さ。うちの部員の黄瀬が、夏休み終盤にやった練習試合で怪我を負った」

 

 

 

 

 

 

 side奉太郎

 

 

 

 

 木原は淡々と四ヶ月前の真実を語り始めた。俺はそれに黙って耳を貸す。

 

「黄瀬くんは私達サッカー部唯一の補欠メンバーです。しかし彼は、誰よりも努力家でした。そして、遂にレギュラーを勝ち取りました。その試合こそがてん」

「《秋の神山サッカー大会》」

 

 俺の言葉に木原は頷く。

 

「はい。そしてそれを見兼ねた練習試合にて、黄瀬くんは今年初めてフィールドに立ちました。公式戦ではありませんでしたが、あの時の黄瀬くんは輝いていたと思います。ですが」

 

 

 

 

 side天津

 

 

 

「けど……黄瀬はまだ試合慣れしてなかった。公式戦じゃないにしろ、試合にはそれなりのプレッシャーが伴う。俺達も出来るだけ黄瀬にパスを回した。けど、あいつは試合のプレッシャーに負けて思う様なプレーができなかった。ボールが回れば取られて、プロックをしようとすれば抜けられる。そして、その自分の罪悪感が引き金になったのかあいつは、相手チームの激しいプレーで、足に怪我を負った」

「……それがどうこの学校への復讐と関係があるんや?」

 

 朱宮は意外そうな顔でうちを見たあとに、口を開いた。

 

「そうか、お前は黄瀬の怪我が既に治ってるって事しか聞いてなかったのか」

「せやな。ま、いくら運動部とは言え、四ヶ月で骨折完治して学校走り回れるちゅーのは凄いことやとおもうけどな」

「黄(・)瀬(・)は(・)骨(・)折(・)な(・)ん(・)て(・)し(・)て(・)ね(・)ぇ(・)ん(・)だ(・)よ(・)…(・)…(・)」

「は?」

 

 うちは、なにかの聞き間違えかとも思った。けど上げた朱宮の顔は、どこか疲弊していて、今の言葉が真実だと示唆していた。

 

 

 

 

 side晴

 

 

 

 

「そうだ。お前は元々骨折なんてしてねぇ」

「それも入須先輩から見せてもらったのか?」

「見せてもらったのは俺じゃなくて奉太郎だけどな。」

 

 黄瀬は笑った。ヤケになっているようにも見える。

 もう何もかもがどうでもいいと言うように、黄瀬は大きく顔を伏せた。

 

「練習試合の時の俺のプレーは自分でも酷いものだと思ったよ。練習と実践じゃ勝手が全然違った。そのお陰で怪我も負っちまったし」

「けど、お前が負った怪我は骨折じゃなかった。骨にヒビが入っただけ。違うか?」

「そうだ。たったそれだけなんだよ!!!」

 

 黄瀬は今まで出したことの無いような大声をあげた。俺は一瞬だけ肩がビクついた。

 

「笑えるだろ?一ヶ月と少しで完治だ。入須先輩の恋合病院で貰った薬で、治療は十分だった。《秋の神山サッカー大会》までには間に合うはずだった。いや、間に合ったんだよ!!

監督……《永尾康敏》。知ってるだろ?生徒指導部の教師だ。あいつは去年からこの学校に赴任してきたらしい。俺達は弱小だけど、それでも大会で勝ちたいという意思はあった。でもそれ以上に、俺達はサッカーが好きだった。けど永尾は違った。神高に赴任してくる前は強豪校で監督を務めていたんだ」

 

 永尾……俺達が学校に侵入した時に俺たちを発見した教師だ。サッカー部の顧問だったってことは知っていたが。

 

「永尾は《勝つ》為の戦略と練習を俺達に指示していた。最初の頃は辛かったさ。でも、それでも俺達は自分達が上手くなっていくのを確実に感じていた。あいつは俺達を確実に強くしてくれた!!けど奴の勝ちへのこだわりは、並大抵のものじゃなかった」

 

 黄瀬の声は枯れ始めており、その声には悔しさ……そして、涙混じりの声が入っていた。

 

「練習試合での俺の無様なプレーを見て、あいつは《秋の神山サッカー大会》の一回戦でスターティングメンバーとして登録した俺を外そうとした。だが、《勝ち》にこだわっていない俺達にそんな理由で俺を外すなんて言えるわけがない。その時、どうすると思う?」

 

 俺の頭の中では既に結論に至っていた。涙でぐしゃぐしゃになった顔の黄瀬を見ると心が痛むが、俺は無慈悲ながらその言葉を放った。

 

「お(・)前(・)を(・)骨(・)折(・)と(・)い(・)う(・)症(・)状(・)に(・)仕(・)立(・)て(・)あ(・)げ(・)た(・)。(・)そうなれば、変更が効くんじゃないか?」

「……っ!!……はは、さすがだな。そうだ。永尾はサッカー部の連中に俺が骨折したと告げた。俺は何も言えなかったさ。練習試合であんな無様な姿を見せたのに、『俺は骨折なんてしてない。だから試合に出してくれ』なんて言える立場じゃなかった。結果、俺達は二回戦で負けた。永尾はレギュラーメンバーに失望した。勝てる指示をしたのにも関わらず、レギュラーメンバーが上手く動けなかったのが敗因だと言ってな!!その時俺の中に、《怒り》が生まれた……俺を骨折に仕立てあげ、レギュラーメンバーに勝手な期待を寄せ、勝手に失望したあいつを……俺は許せなかった!!!」

 

 黄瀬は声を荒らげながら言った。声は完全に枯れ、それでも喉を酷使しながら思いの丈をぶつけている。

 拳を血が出るのかと錯覚してしまうほど強く握り締めており、俺は黄瀬の感情の昂りの様子に、一歩ずつ後方に移動する。

 

「俺は自分が骨折に仕立てあげられた事をメンバーに打ち明けた。メンバーも俺の想いを理解してくれた……そして俺達は始めることにした……《復讐》を!!!

学校に侵入したのは今日までの為のデモンストレーションさ。お前も気付いてるだろ?俺達が十九時半前後に決まって現れるのは、この《ホーリーナイト》にてサッカー部がステージ上に上がる時間なのさ!生徒会室にあった第二のマスターキーがあれば、例え見回りの教師陣に見つかったとしても教室内に逃げ込める。教師陣の警戒が最大まで高まったところで、《ホーリーナイト》を襲撃する予告状を出せば、《ホーリーナイト》の教師陣の警備体制はかなり高くなるからなぁ!!!そこで俺達は《ホーリーナイト》のステージ上という最高の舞台を使って、俺が骨折に仕立てあげられ、レギュラーメンバーが貶されたことを公表する。そうなれば、永尾のメンツは丸潰れだ!!この学校から永尾は追放され、俺達は《復讐》を遂げる!!!ははは!!はは……はは……」

 

 黄瀬の最後の笑い声には、ほぼ音は入っていなかった。口だけが力なく動いただけだった。

 黄瀬は再び俺を見た。俺は続ける。

 

「お前の気持ちも、分からんでもない。だが、まだ来年がある。その時に……」

「ねぇんだ……」

「え?」

「俺は来年の春で、神山を離れる。……あのチームで一緒にサッカーが出来る時は……もう、無いんだ。俺には、たとえ下手だとしてもサッカーしかなかった。サッカー部のみんなとサッカーしている時が、一番自分に価値を見いだせた。もうその価値も……俺にはなくなっちまった」

 

 黄瀬は俺目の前まで寄ると、ゆっくりと俺の肩に手を置いた。

 

「なぁ南雲、お前なら分かるんじゃねぇか?俺の価値を教えてくれよ……!」

「……分かるわけねぇだろ。俺は魔法使いでも……ましてや探偵でもねぇ」

「自分じゃ分からねぇんだよ……。《復讐》を果たせなかった今、明日をどう歩けばいいのか。俺の価値は、どこにあるのか。なぁ……頼むよ……俺は……」

「あ?」

 

 俺は黄瀬の手を払い、勢いよく黄瀬の胸ぐらを掴んだ。こちらに引き寄せ、学校中に響きわたるほどの声を発した。

 

 

 

「知るか!!自分(てめぇ)の価値は自分(てめぇ)で決めろ!!それを示すために俺達は歯ぁ食いしばって生きてんだろ!!!」

 

「いつまでも甘えてんじゃねぇよ!!サッカー部の連中は、お前の為に、自分の為に《復讐》の道を選んだ!!リーダーのお前がそんなんでどうする!!《復讐》も出来ねぇ、《価値》も決められねぇ、何もかもが中途半端な奴が、人に頼るな!!!」

 

「分かってんだよ……んなこと……」

 

「分かってねぇよ!!目の前の自分から、逃げるな!!!今まで隠してきたその足で、ゆっくりでも、一歩ずつでも…」

 

「足を止めずに、歩いてみせろ!!!!」

 

 黄瀬の顔は今まで以上に涙で顔が歪んでいた。俺は胸ぐらを勢いよく離し、黄瀬はその場に尻もちをついて倒れ込んだ。

 俺は言う。

 

「今から関係者スペースにいる他のサッカー部の連中の所に向かう。お前もこい。『《復讐》は終わり』だと伝えろ」

 

 俺は振り向き、廊下を歩き出した。

 俺の背中に黄瀬の声が掛かる。

 

 

「なぁ……なんでお前らなんだ」

「……」

「お前らは生徒会でも、総務委員会でもねぇ。ただ俺らに冤罪を負わされた部活だ。俺ら《復讐》が終わればお前らの冤罪は晴れる。長尾を慕ってる様子も見れねえ。お前らの動く理由は……どこにあった?」

 

 黄瀬の言う通りだ。《月夜の背教団》、サッカー部の《復讐》が終われば、俺達の冤罪は終わる。考えてみれば、俺達の動く理由は……どこにもなかった。

 永尾にもそれほど思いれは無いし、黄瀬の話を聞いて失望を向けた程だ。

 

 学校の為、冤罪を晴らす為、俺達の動く理由はそんなんじゃなかった。

 

「お前らは三十三年前の出来事を予告状で出したな」

「あぁ、あれをだせば、警戒はさらに高まると思ったからな」

「あの歴史は、繰り返しちゃいけないんだ」

 

 ────心半ばに学校を去った一人の生徒の末路を…俺達は知っているから。そして……

 

「涙を流すからだ」

「え?」

「お前らの《復讐》が達成されれば、千反田が涙を流すからだ」

「……それが理由か」

「あぁ」

「……負けたよ……お前らと俺らじゃ……《覚悟》が違った」

 

 黄瀬は廊下の窓から外を覗いた。

 

 俺もその方向に視線を向ける。

 

 窓の外に映っていたのは、大きな月だった。そしてその月の光は、黄瀬を照らしていた。

 

 俺の目の前にいる、月光の下で照らされた《復讐者》は……

 

 

 

 静かに、涙を流していた。




《復讐者》を英語で言い換えると、アベンジャーになります。

タイトル回収来ましたコレ

月光下のアベンジャーとは黄瀬のことを指しています。

次回は《月光下のアベンジャー》編最終回です。

次回《Merry Christmas》
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