氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

67 / 84
《月光下のアベンジャー》編最終回です。


本日2本目更新です。


第十三話 Merry Christmas

 side奉太郎

 

 

 

 ハルの怒号が聞こえてきた。声がデカすぎる……、学校中に響き渡っているぞこれは……。

 そんなことを思いながら、俺は目の前の女子生徒、《女王》の異名を持つ木原の方を向いた。計画の邪魔をされたにも関わらず、この女は顔色一つ変えない。これも《女王》たる所以か。それとも……

 

「木原先輩、少し分からない事があります」

「分からないこと?折木くん。あなたの推理は、全て正しいわ」

「いえ、俺の……、俺達の推理には不備があるんです。推理では分からない事が」

 

 木原は不審な顔をする。

 

「これは俺、折木奉太郎の個人的な希望的観測です。もし間違ってるなら、否定してもらって構いません。あなたに聞きたい事は二つあります。まずは一つ目」

 

 俺は木原に向けて人差し指を見せた。彼女は冷厳な視線のまま、俺を鋭い瞳に映す。

 

「木原先輩。今回の学校侵入の件、計画をしたのはあなたなのでは?」

「どういうこと?」

「さっきも言った通り、これは俺の希望的観測です。理論付ける推理がある訳ではありませんが、サッカー部の中で最も頭が回るのはあなたであり、第二のマスターキーの存在を知っている生徒会を兼任している。だから俺はそう思った。違いますか?」

 

 木原は『フッ』と鼻で笑った。そして、俺に言う。

 

「ええそうよ。生徒会が所有している第二のマスターキーを今回の計画に組み込んだのは私。でも、それがなにかしら?学校侵入の方法を考え付いたのが私だったとして、それが分かった所で何になるの?」

「何になる訳ではありませんよ。では先週、背教団の予告状を制作し、昇降口前の看板に貼ったのもあなたで?」

「作ったのは私。貼ったのはサッカー部のみんな」

「予告状の中身を書いたのは先輩ですか?」

「ええ」

「そうですか、やっぱり分かりませんね」

「折木くん、さっきから何を聞きたいの?分からないって、何が分からないの?」

「あなたの真意ですよ」

「……」

 

 木原の表情が、一瞬だけ強ばった。廊下の窓から侵入する満月の光が、俺達を照らす。

 一度唇を舐め、息を整える。

 

「今日の《ホーリーナイト》まで、《月夜の背教団》の行動には色々とおかしな面が沢山ありました。勿論、学校へ侵入ということ自体がおかしな面ではありますが、それとは違う。《月夜の背教団》の学校への侵入は機械的だった。サッカー部が《ホーリーナイト》でステージ上に立つ時間、十九時半前後に決まって教師の前に現れ、姿を消す。逃亡の方法も、第二のマスターキーを使った方法で完璧に仕上げていた。そんな機械的な組織の中にある違和感に、俺は少し疑問を抱いていたんです。その違和感はまるで、黒く塗り潰された紙に、白いインクを落としたようなものでした。黒い紙は、黄瀬の永尾への復讐心。そしてその白いインクの正体は、あなただと分かりました。木原青佳先輩、あなたは……」

「やめて下さい!!」

 

 木原が突然取り乱し、大声を発した。まるで俺が次に口に出す言葉を恐れているかのように。自分を否定されるのを、恐れているかのように。

 だが、俺は辞めない。木原は気づいて欲しかったのだ。自分の信じた心が示す方向とは別を向き、誰かに伝えようとしていたのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()違いますか?」

 

 

「違う……」

 

 木原の声が震える。

 

「おかしいんですよ。あなたは最初の会議の時、入須から《女王》という異名で呼ばれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と答えた。最初は、入須への対抗心から産まれた言葉かと思いましたが、そうじゃあなかった。あなたは天津に《女王》と呼ばれた時も、同じように答えていた。陸山からも、普段なら《女王》と呼ばれても特に反応を示さないと言われていましたよね。何故あの時だけ、《女王》と呼ばれる事に反応していたのか。そして、サッカー部が途中生徒会室に入ってきた時、あなたは黄瀬からも《女王》と呼ばれていた。しかし、入須や天津に見せた様な反応を取らなかった。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()以上から、自分がサッカー部と良好な関係にある事、端的に言うと、マネージャーとして部に所属している事を俺達に間接的に教えていた」

「違うって……言ってるでしょ……」

「まぁ結果的にハルが生徒会の仕事を手伝ってる時に、あなたがサッカー部のマネージャーを務めている事は把握出来ましたが。

……続けましょう。次に感じた違和感は、背教団の予告状だ。予告状には、『五つの方角にて、神高を新たな色に染めあげよう』と明記されていました。この文は、《月夜の背教団》の主要メンバーを間接的に示しています。何故この文を書いたのでしょうか……。こんな文なくたって、《ホーリーナイト》を襲撃する予告状は、教師陣の警戒態勢レベルを引き上げるのに充分です。むしろ、メンバーを特定される可能性だってある。現に俺達は、この文からメンバーを推理出来ましたからね。

他にもあります。予告状に書かれていた名前です。《月夜の背教団》という名称は、里志が提唱したもの。予告状が公になる前にその名を知っているのは、会議に出席していた人間のみ。つまり、あの時点で会議の出席者の中に裏切り者が居るという疑心暗鬼が産まれます。ここで俺とハル、天津は木原先輩が《月夜の背教団》のメンバーだということを確信しました。けれど、あなたはそれで良かったんだ」

「もう、やめて……」

 

 木原は耳を塞いだ。可哀想にも思うが、俺は伝えなくてはならない。ハルも天津も、俺の辿り着いた真相に気付いていない。

 《月夜の背教団》の中に、一筋の光があった事を。助けてくれと、手を伸ばしていた人間がいた事を。

 

「木原先輩。あなたは、気付いて欲しかったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「違う!!」

 

 再び木原は大声を上げた。綺麗な髪も振りほどき、ぐしゃぐしゃになってしまっている。大粒の涙をボロボロ流し、その場に膝を着く。

 《女王》と呼ばれるに相応しい威厳は、もうどこにもない。

 

「違う!!違う!!本当に探偵になったつもりですか!?!?適当な事を言わないでください……!!折木くん、あなたの推理は間違っています!!……私は……部員を支えなくてはならないんです……!!黄瀬くんを理不尽にレギュラーから外し、《秋の神山サッカー大会》で敗北した部員に失念を向けた永尾を……、私は許さない!!《ホーリーナイト》で永遠にこの学校から追放してやる事を、部員のみんなと誓った!!私の、《木原青佳》自身の意思でです!!……だから……だから……もう……」

 

 木原はより一層、肩を落とした。

 

「もう……やめてください……」

 

 もうその言葉に、力は乗っていなかった。

 木原は身をかがませ、その場にうずくまる。俺はその木原を、見ている事しか出来なかった。この様な場で、気の利いた言葉を発せるほど、俺は出来た人間じゃない。

 ハルなら……こんな時どんな言葉を木原にかけるのだろうか……。きっとあいつなら、木原を立ち上がらせる事が出来る。千反田も、里志も、伊原だって、目の前の木原を慰める言葉を発せるだろう。

 俺は隣に、ハルがいるのを想像した。そして、うずくまる木原の肩に、手を置いた。

 

「もういいんです、先輩。全て終わりました。あなたからの伝言は、全て受け取りました。《復讐》を阻止したんです……。だから……もう、自分の心に正直になって、いいんです」

「うっ……あぁ……うぐ……。……はい……はい……ありがとうございます……折木さん……。本当に……本当に……!!」

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 その後木原は泣き病み、再び立ち上がった。目を赤く腫れさせ、俺の方を向いている。

 

「泣き止んでくれて良かったです。では、体育館の関係者スペースに向かいましょう。そこで、他のメンバーと合流します」

「折木くん」

「はい?」

「あなたは私が、復讐に囚われたサッカー部員達を助ける為に、《月夜の背教団》の計画を止めたかったと言ったわね」

「違いましたか?」

「いいえ。合ってるわ。でも、もう一つだけ、理由があるの」

「理由とは……?」

 

 

 その木原の顔には《女王》と呼ばれている威厳はなかった。

 

 まるで、普通の女子生徒のようにニコやかに笑い、穏やかだった。そして、その想いを、そっと口に出した。

 

「私、黄瀬くんのことが好きだったの。来年引っ越してしまう黄瀬くんが、大好きだった。だから、復讐なんてやめて欲しかったの」

 

「いつもの、楽しそうにサッカーをプレイしている黄瀬くんに……戻って欲しかったから……」

 

 俺は木原のその言葉に、何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 side千反田

 

 

 

 

「邪魔なんだよ!!!」

「きゃぁ!!!」

「桜さん!!」「楓!!!」

 

 動機を話し終えたサッカー部の皆さんが、関係者スペースから無理やり出ようと、入口付近にいた桜さんを突き飛ばしました。

 倉沢さんが桜さんの元によります。

 

「楓、大丈夫か!?」

「うぅ……足……が……」

 

 桜さんは倒れ込みながら足を抑えています。

 

「あんたら……!!!」

 

 倉沢さんが突き飛ばしたサッカー部さんに近寄ろとすると、福部さんが手首を掴んで止めました。

 

「ダメだ倉沢さん!!手を出したら同罪だ!!」

「ふくちゃん……でも……!!」

「ダメだって言ってるだろ!!ホータローとハルを待つんだ!」

 

 摩耶花さんも拳を握りしめながらサッカー部さん達を睨みつけました。私はどうすればいいのかも分からず……ただ後退りをしてしまいます。

 陸山さんが一歩前に出て、言いました。

 

「福部、羽場、勘解由小路先輩、南雲達が帰ってくるまでにこいつらを取り押さえるぞ!!千反田、伊原お前らは誰か教師を呼んでこい!!」

 

 陸山さんの指示だとしても、状況に追いつけない私と摩耶花さんは咄嗟に動けませんでした。サッカー部の藤崎さんが叫ぶように言います。

 

「お前ら程度に……俺達の《復讐》は止められねぇ!!」

 

 サッカー部とみなさん。全員が動き出しました。……ダメです!!暴力はいけません。南雲さん、折木さん!!!早く……!!

 

「やめろ!!!」

 

 関係者スペースの入口から聞こえてきた声に、ここにいる全員が反応しました。

 そして、その方向に視線を向けます。そこに立っていたのは……

 

 小黒さん、白石さん、朱宮さん、木原さん、田名辺さん、入須さん、天津さん、黄瀬さん。そして

 

「南雲さん、折木さん!!」

「ホータロー、ハル!!」

 

 藤崎さんとサッカー部のみなさんも、驚きが隠しきれていませんでした。

 

「黄瀬……お前」

 

 黄瀬さんは言います。泣いていたのか、目が少しばかり腫れているようにも見えるのは気のせいでしょうか?

 

「もう……《復讐》は終わりだ。やめよう。」

「けど……」

 

 黄瀬さんの顔は真剣なものでした。この場にいる全員の視線が黄瀬さんに集まり、黄瀬さんは続けました、

 

「こんな事したって、なんの意味もなかった」

 

 黄瀬さんは南雲さんに振り向きました。

 

「南雲、ありがとう。俺は、前を向いてなかったよ。永尾に対する気持ちは晴れないけど、《復讐》なんてただの自己満に過ぎない……。新しい自分の道を、俺は作ってみたくなったんだ」

「そうかよ。俺はもう知らね」

「ふっ、なんだそれ。酷いな」

「こういう奴なんだよ。俺は。ただ……」

 

 南雲さんはスっと黄瀬さんに手を出しました。

 

「応援はしてる」

 

 黄瀬さんは黙ったまま、南雲さんの手を掴みました。

 

 その時は既に、サッカー部さん達のステージ上の出番の時間が既に回っていました。ですが

 

 

 

 ステージ上に向かう部員さん達は、誰一人として居ませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side奉太郎

 

 

 

 《ホーリーナイト》も既に終盤に差し掛かっており、メインディッシュの社交ダンス部のダンスの準備時間になっていた。

 辺りでは体育館に並べられた軽食を摘む生徒の姿や、社交ダンスの練習をしている男女ペアがいた。

 

 俺、ハル、里志、伊原、桜は一つの丸テーブルに腰を掛けていた。

 

「はぁ、疲れた」

 

 不意に出た言葉に、一番に反応したのは里志だった。

 

「ホータローはいつもそれだね。」

「バカ言うな。自分で言うのもなんだが、今回はかなり働いた方だぞ、俺は」

「さぁ、どうかしら」

「伊原、お前まで俺の努力を疑うというのか。九年……いや、十年来の付き合いだろう?」

「そうだけど私別にあんたと仲良くないし」

 

 さいで。

 

「それより私、なんだがお腹すいちゃった!ふくちゃん、なんか食べに行こうよ」

「いや、僕はすいてない……」

「いいからいいから。じゃぁ三人とも、メリークリスマス!」

「あぁ!!ちょっと待って……ハルとホータローと謎の話があるんだよ!!ちょっと引っ張らないで摩耶花!あぁ、みんな、言い忘れてたね、メリークリスマス!!」

 

 そう言い残して里志は伊原に連れていかれてしまった。諦めろ我が友里志よ。

 ううむ。さて

 

「俺も少し出てくる」

 

 ハルと桜にそういうと、二人は頷いた。

 

「メリークリスマス。ハル、桜」

 

 

 

 

 side晴

 

 

 

 奉太郎はそういうと、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 俺は横を向くと、足を気にしている桜が見えた。

 

「足、大丈夫か?突き飛ばされたって聞いたけど……」

「うん……入須先輩が言うには骨には異常ないって。ただの捻挫」

「……悪い。俺達がもう少し早ければ……。そもそも、お前を作戦メンバーに入れなきゃ良かったんだ……」

 

 桜は白いダンスヒールから足を出し、入須が巻いてくれた包帯を気にしながら、大きくかぶりを振った。

 

「な、南雲くんのせいじゃないよ……!!私がどんくさかっただけだし……でも、ダンス……踊れなくなっちゃったね……」

 

 桜の残念そうな声と共に、社交ダンスの準備が終わったのか、様々な男女ペアが体育館の真ん中に集まっていた。

 全員が構えをとると、優雅に流れるクラシック音楽と共に踊り出す。

 

 ……。

 

「そんなことないぜ!ほら、こうやって……」

「うわ!!」

 

 俺は座りながら桜の両手を取ると、流れる音楽に合わせて上半身だけを使って踊った。

 

「ほらほら、こうやって座りながらでも踊れる」

 

 

 

 side桜

 

 

 

 南雲くんは笑顔を浮かべながら、私の両手を取ってくれた。

 

「ほらほら、こうやって座りながらでも踊れる」

「ちょ、ちょっと南雲くん!!恥ずかしいよ!」

「なぁに、今更恥ずかしがってんだよ!!」

 

 優しいなぁ……。私が落ち込んでる時に、こんな事してくれるなんて。ふふ……。

 あれ?

 

 南雲くんの肩越しから見えるのは、少し離れたテーブルに一人座っている千反田さんの姿だった。

 なんだが、悲しげな表情を浮かべている。

 

 千反田さんは優しい子だ。多分……《月夜の背教団》の事を考えてるんだと思う。

 

 《月夜の背教団》の人達は、みんな納得してくれたのかな?部員の一人一人が永尾先生を恨んでて……そして《復讐》を決意した。

 それでも、黄瀬くんは変わった。南雲が何を言ったのかは分からない。でも、南雲くんが黄瀬くんの中にある黒い部分を照らしてくれたんじゃないかと思う。

 

 南雲くんは無自覚だろうけど、そういう部分が彼にはあるんだ。

 折木くんも、千反田さんも、福部くんも、伊原さんも、自然とみんなが南雲くんの周りに集まっている。

 南雲くんには人を惹きつける何かがある。

 

 だから……太陽みたいな彼を、私は独り占めしちゃいけない

 

「何見てんだ……?千反田?」

 

 南雲くんは私が見つめていた千反田さんの方向を向いた。私は言った。

 

「南雲くん……行ってあげて」

「え?」

 

 南雲くんには、いつも人を照らし続けて欲しい。

 落ち込んでる人がいるなら、その人を照らしてあげて欲しい。

 

 南雲くんは私の目をジッと見つめたあと、軽く頷いた。

 

「んじゃ、ちょっと慰めてくるわ」

「うん。……南雲くん!!」

「ん?」

 

 私は一度俯いたあと、涙目になっている自分の目を拭った。そして、顔を上げた。

 

「メリークリスマス!」

「あぁ、メリークリスマス」

 

 南雲は少し駆け足で、千反田さんの方に向かって行った。

 

 

 あーあ。なんであんなこと言っちゃったんだろうな。

 

 南雲くんが千反田さんに話しかけている様子が見えた。千反田さんは、南雲くんが自分に話しかけてきた途端に本物の笑顔になった。近くにいた折木くんも傍に寄ってきていて、三人で笑い合っている。

 私も……、あんな風に笑ってるのかな?

 

「よかったの?楓」

 

 いつの間にか後ろにいたナギちゃんが話しかけてくる。

 

「千反田さんのこと言わなきゃ、ずっと南雲と一緒にいれたのに」

「そんなことしないよ。南雲くんは……例えあれが千反田さんじゃなくても、自分から歩み寄ったと思う。そういう人だから。……でも、なんでだろうな。南雲くんとダンスを踊れなかったことが……本当に悔しいよ……。心が……痛いよ」

 

 心がズキズキする。黙っていてら涙が溢れてきそうで、それを唇噛み締めながら耐える。

 ナギちゃんは黙って、涙混じりの声を発した私の頭に手を置いた。

 

「ナギちゃん……」

「ん?」

 

 

「ただの興味なんかじゃなかった……。私……南雲くんの事……好きなんだ」

 

 

 

「はぁ……気づくのが遅いっての、ばーか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 side晴

 

 

 

 

「「千反田」」

 

「「む?」」

 

 俺とは逆方向から来た奉太郎が、俺と同じように千反田の名前を呼んだ。

 

「南雲さん、折木さん」

 

 あれ?意外と元気。

 俺は持ってきたオレンジジュースを千反田に渡し、隣に座った。

 奉太郎が口を開く。

 

「なにをそんなに落ち込んでいる」

「いえ、黄瀬さん達の事を考えていたら、少し……。復讐、というのは、私はよく分かりません。それ程までに人を憎んだり、嫌いになったりしたことがないからだと思います。知らない事は、気になります。ですが……復讐という手段は、私は気になりません」

「……それでいいと思うぜ。」

 

 俺はもう片方のオレンジジュースを口に流し込む。酸味が効いてて体に染みる。

 

「え?」

「復讐なんて、知らない方がいいんだ。それ程までに人を恨むことも、嫌いになる必要も無い。そんな事したって残るのは、ただの虚無感だ。……千反田、お前は三十三年前の出来事を聞いて、学校に復讐をしようと思ったか?」

「そんな……まさか……!!」

 

 焦って否定する千反田を見て、俺は笑いながら返した。

 

「だろ?何度だってやり直せるんだ。何度だって、前を向けるんだ。だから復讐して何も無くなるなんて馬鹿みたいじゃねぇか。だったら、俺はやり直す。そんで《復讐》したいと思った相手の手の届かない所まで行ってやればいいのさ」

 

 俺の言葉に、奉太郎も続ける。

 

「俺は……黄瀬が……サッカー部がそれをわかってくれたと思っている。勿論納得出来なかったメンバーもいただろう。全員とは言わなくても、そいつらいつかそれに気付きてくれる日が来る。俺は、そう思いたいんだ」

 

 千反田は一度ぽかんと口をかけて俺達を見たあとに、オレンジジュースを口に流し込んだ。

 グラスがカラになったところで、言った。

 

「不思議です。お二人がその様な精神論をおっしゃるなんて……思いもしませんでした」

「俺と奉太郎をなんだと思ってるんだ」

「いえ……ですが、私も同じ意見です。でも、あなた達は、やっぱり凄いです」

「何が凄いんだよ。具体的に言え。」

「いえ、抽象的な方が物事は伝わりやすいと折木さんから聞いたことがあります」

「奉太郎、変な事を教えるな」

「俺のせいではないだろう!」

 

 千反田は俺と奉太郎のやり取りを見て、『ふふっ』と笑った。

 そして俺達は目の前で社交ダンスを踊っている連中に目を向けた。あの中に里志と伊原もいるんだろうけど、見えないから奥の方にいるのだろう。それとも里志が逃げたか?

 

「でも、今日はなんだか疲れました」

 

 千反田の顔は未だに少しだけ曇っていた。すると目の前の彼女は、何かを思いついたかのように顔を上げた。

 そして、俺と奉太郎を見る。

 

「お二人共、踊りませんか?そうすれば気も晴れる気がします!」

「踊るって、社交ダンスか?三人で?」

 

 奉太郎がギョッとした。俺も苦い顔をする、が。

 千反田はそんな俺達の言い分など気にすることなく、俺達の手を引く。流されるまま、俺達三人は社交ダンスが行われている体育館中心にいた。

 三人がそれぞれの手を片手で握り、吹奏楽部が演奏する音楽に乗せ、ぎこちないステップをした。

 少しすると、音楽がクラシックから澄んだ弦楽の音に変わった。

  シンシンと青い月光が忍び込んだ体育館を、俺達は踊る。最初は緩やかだった動きを徐々に早く、一度のステップでより遠くまで。

 

 千反田の顔は穏やかで、それでいて満面の笑みを浮かべていた。

 最初こそ微妙な顔をしていた奉太郎であったが、『やれやれ』と言わんばかりの柔らかい表情を浮かべる。

 

 俺も、二人を見て笑う。

 

 そして……

 

 

 

 

 

 《神高ホーリー・ナイト》は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ホーリーナイト》の帰り道、里志、伊原、桜の姿は既に無く、俺と奉太郎と千反田はグラウンドの隣の道を歩いていた。

 

 そして、学校の正門を出たところで二手に別れる。

 

 千反田はゆっくりと俺達に手を振った。それこたえるように、手を上げる。

 

 そして、俺の鼻の頭になにか冷たいものが落ちた。これは……

 

「見てください、雪です……!」

「ほんとだな…ホワイト・クリスマスか。乙なものだな」

 

 奉太郎が呟く。

 

「あっ、そう言えば今日はクリスマスイブでしたね。」

「だから《ホーリーナイト》があったんだろ」

 

 忙しくて忘れてたってのも、分からなくはないがな。

 

「では……」

 

 

 

「「「メリークリスマス」」」

 

 

 




はい!!ということで、オリジナルストーリー《月光下のアベンジャー》編、完結です!!


 感想を頂ければ、嬉しいです。

 今後のオリジナルストーリーや、トリックの参考、執筆のモチベーションにも繋がりますので、是非感想をお願いします。

 次回から遂に二年生に進級した古典部達の物語の閑話を数話挟んだ後、《ふたりの距離の概算》編に突入しようと思っております!!

 是非是非お楽しみに!!



 ────ここから今ストーリーネタバレ要素



 今回のストーリーのテーマは《復讐》と《価値》です。
 黒幕の黄瀬くんは、監督の強い勝利の執着により、自身の力で勝ち取ったレギュラー枠を剥奪されてしまいます。

 その怒りと、自分勝手に他のメンバーに期待を寄せ、自分勝手に失望をした監督への《復讐劇》を描いています。

 皆さんにも黄瀬くんと通ずる部分が、あるのではないでしょうか?
 勉強は苦手だが、サッカーは好き。運動は苦手だが、勉強は好き。

 もしそれが他人の一つの感情で否定、剥奪されてしまったら?
 とても耐え難いものだと思います。

 読者様が、自分の好きな事を、思い通りに、自由に楽しめることを祈っております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。