氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第二話 古典部はこちら

 現在 1.4km地点 残り 18.6km

 

 

 オーヒナと出会ったのは今日のようによく晴れた日だったことは覚えている。

 あれは、一ヶ月とちょっと前。

 

 

 

 

 過去42日前

 

 新入生勧誘会の最終日の金曜の事を、神高では《新歓祭》と呼ぶらしい。理由は知らない。

 知っての事ながら、神高は部活動にかなりの力を入れている学校で、新入生を勧誘する期間は一週間設けられる。

 月曜日の放課後には生徒会と委員会の勧誘オリエンテーションが体育館で行われ、火曜日から金曜日までの四日間が部活動のオリエンテーションとして使われる。俺達古典部は木曜日に振り分けられたのだ。部活動それぞれがステージ上に上がり、その部活をアピールする()()()()()なはずなのだが。

 

「どうする?」

 

 そう呟いたのは奉太郎だった。

 水曜日。敵情視察に体育館に来たのは俺、奉太郎、千反田の三人だった。部員数が一人である占い研の十文字はガバラの歴史をざっと説明してマイクを置いた。囲碁部はその点失敗だったと思う。ステージ上で碁を打ってどうやって体育館にいる新入生達に碁盤を見せるというのだ。体育館中が凍りついた。

 その後もお料理研が新歓祭で山菜料理を振る舞うと言ったあと、陸上部、器械体操部などが自分の部活をアピールするなか、奉太郎の一言は俺と千反田の心に響いた。

 

「どうしましょうか」

 

 千反田が言う。

 

「夜逃げ」

 

 俺。

 

「ありだな」

 

 奉太郎。

 

「なしです」

 

 千反田。さいで。

 

「一応私が部長なので、本来なら私が何かをするべきなのでしょうけど……」

 

 千反田は言葉に詰まってしまった。多分この続きは、「伝えられるような魅力がない」だ。奉太郎が付け加えた。

 

「千反田……お前が前に出たところで誰かが来るとは思えんぞ」

「そうですよね……頼み事が下手なのは自覚しています」

 

 千反田が頷くと、奉太郎と千反田の視線は俺に移った。

 

「いやいや待て待て!!俺が出たところで、話を上手くまとめられる自信が無い、俺より適任者がいるはずだろ!?」

 

 そして木曜日の放課後。福部里志は古典部代表として一人でステージ上に立った。

 「ここに来る途中工作部の金槌音が『テンカトッタ、テンカトッタ』と聞こえて、これは大勢入部する兆しだなと思っています。どうも古典部です」という話を切り出し、里志は振り分けられた五分間を澱みない喋りでまとめあげた。

 

 

 そして金曜日。神高の校舎正面には前庭のような空間が広げられており、昼休みに各部活と総務委員会とそこでテーブルを並べた。

 放課後の三時半から六時まで割り当てられた各部活のテーブルと椅子を使い、帰宅途中の新入生を勧誘するのが目的だ。

 

 六時間目の授業が終わると同時に、クラスの連中は我先にとクラスをあとにした。

 

 律儀ながら桜はわざわざ俺の席の前まで来て、「バイバイ」と言ってから教室を後にした。

 俺もダッフルコートとマフラーを身につけ、リュックサックを背負い殆ど無人になった教室をあとにする。

 

 校舎内にも部活の宣伝のチラシを配っている生徒も多々おり、人の波に押しつぶされそうなほど昇降口前は混雑していた。

 前庭に到着すると昼休みにはただテーブルが無数に並べられているだけだった景色が、色とりどりなものへと変化していた。

 割り当てられた部活のテーブルにその部員達が配備しており、派手な看板やポスターでテーブルを装飾。

 

『来たれ化学部 君と僕の炎色反応』、『友情、努力、勝利!青春を賭けようサッカー部』、『さぁ君も文学を学び、共に楽しもう文芸部』、『カンヤ賞受賞!書道部』など、様々な看板を掛けている部活を横目に、俺は古典部が割り当てられている十七番テーブルを探す。

 

 辺りには基本的に長テーブルが置かれているが、部員数とネームバリューの差があり優遇された部活には大型テーブルが割り当てられていた。すると

 

「ハル!」

 

 と、奉太郎が俺を呼ぶ声が聞こえた。

 案の定古典部のテーブルは一番隅に置かれており、ささやかながら毛筆で《古典部》という看板が立てかけらていた。

 

 先に腰を掛けていたのは奉太郎と千反田で、二人が座るだけでも窮屈そうだ。俺は言う。

 

「俺いるか?」

「「いる(いります)」」

 

 『はぁ』と溜息をつき、俺は三つある椅子のうちの真ん中に座った。奉太郎と千反田もコートを羽織っており、手袋をしていた。

 奉太郎が言う。

 

「里志は委員会で来れないらしい。伊原は……まぁ」

 

 奉太郎が言葉に詰まる理由は知っている。伊原の漫研での立ち位置が文化祭での一件以降微妙なものになっているのは知っていた。

 さすがに漫研には行かないだろうが、伊原も伊原で図書委員だ。そちらに行ったと考えるのが妥当だろう。

 

 古典部のテーブルの隣には百人一首部と水墨画部。

 目の前には製菓研の連中がジャック・オ・ランタンを被ってお菓子を配布している。

 さてと、俺達も動き出さねばならない。新入生を捕まえなくては。

 

 昇降口からおっかなびっくりの様子の一年生がぽつりぽつりと出てくる。獲物を見つけた肉食動物のような顔で部活の連中の視線は一気に昇降口へ。俺達も負けてはいられない。

 

 さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世にも愉快な古典部の入部受け付けはこちらでございます。

 古典部と言っても古文漢文を読むだけではないのですぞ?これもうやばいよね。完全にパンドラの箱開けちゃってるよね。ヤバタクスゼイアンだよね。信じるか信じないかはあなたしだ……

 

 

 

 

 五分後。

 

「誰も来ねぇじゃねぇか」

 

 なぜだなぜ来ない。他の部活にはチラホラ人が集まっている。気の抜けた声を出すと、奉太郎が言った。

 

「新入生を捕まえるっていったって、どうすればいいんだ?」

「よし、千反田。生物部から虫取り網でも借りてこい」

 

 俺が冗談めいて言うと、数秒の沈黙。

 千反田が覚悟を決めたかのような顔で生物部のテーブルの方へ歩き出したので、俺と奉太郎は全力でそれを止めた。

 

「南雲さん、折木さん。呪いの場所ってありますよね」

 

 俺が返す。

 

「あるな」

「商店街や大きな道路沿いにあるにも関わらず、全くお客さんの来ないお店です」

「ここは、そんな感じがします」

「物騒なことを言うのはやめろ!」

 

 奉太郎

 

「だって誰も来ないじゃありませんか!」

「お前ら!声を荒らげるのはやめろ!!一年生の諸君が驚くだろう!!」

「「お前もだ(南雲さんもです)!!」」

 

 はぁ……。俺は周りの様子を確認する。他の部活は俺達と違い呼びかけの声を絶やしていない。『おっ、君はクイズが好きそうだね!』、『いやいやルールから教えるから。金と銀の動きさえ覚えれば簡単だよ!』、『泳げない?いいじゃない!僕達は魚じゃないんだから!』、『天文部、天文部はこちら!!星が好きか!?あいらぶぷらねっと!!!ただし基本的に空は見ない!!』

 

 千反田は言った。

 

「確かに呼び掛けをしないのに誰も来ないと嘆くのは贅沢が過ぎると思いますが、問題はそれだけではないと思います」

 

 千反田が指をさしたのは俺たちとは反対方向にテーブルを構える製菓研だった。幟には『ティータイムあり〼』の文字。猫やパンダのマスコットの刺繍がされている中々に凝った幟だ。漂ってくる紅茶の香り。テーブルには日本の魔法瓶と紙コップ。入部受付の用紙とペン。テーブルの端には卓上コンロが備え付けられており、大きな金色のヤカンがコンロの上に乗っている。今のところコンロに火はついていない。

 加えてその反対側には製菓研の連中が被ってるものと同じジャック・オ・ランタンが置かれていた。

 先程見たジャック・オ・ランタンを被ったセーラー服の女子生徒達は、寒さなんか寄せ付けないほど張り切っている。

 

「さぁ、クッキー食え!!さぁさぁ!!」「このクッキーを食べると君も製菓研究会に入りたくなる!!」「そうですこれはそういうクッキーなのです。喉に詰まるといけないのでこの紅茶もお飲みなさい」

 

 辺りを通る一年に片っ端からクッキーの袋を配っている。それが叶ってか興味ありげな一年も自ら製菓研究会のテーブルに足を運んでいた。

 

「製菓研究会か」

 

 奉太郎が呟く。

 

「ええ、あちらに目がいかれてしまうと古典部の方は見落とされてしまいます」

 

 俺は一度フンと鼻を鳴らし、言葉を続けた。

 

「ええい。所詮食べ物に釣られるヤツらなど軽佻浮薄(けいちょうふはく)の輩。由緒あり伝統ある古典部には似合わぬ連中よ。よっしゃ、ちょっと製菓研のヤツらを邪魔してくる」

「また冷たい目で見られて終わるだけだぞ」

 

 俺は浮かした腰をゆっくりと椅子の上に戻した。ふと千反田の様子を見ると、千反田は製菓研究会のクッキーをじっと見つめていた。これは……

 

「なあ千反田」

「は、はい!」

「クッキー食いたいのか?」

「欲しくないといえば嘘になります」

「はぁ……取ってこい。俺らも小腹が空いた」

「ですが……」

 

 千反田は俺と奉太郎の顔を交互に見る。なんだ、気を使っているというのなら随分と成長したじゃないか。お父さんは嬉しいぞ。

 千反田は視線を製菓研に戻す。

 

「少し、おかしくないですか?」

 

 俺達もつられて製菓研に視線を移す。

 

「あぁ、確かにおかしい」

 

 奉太郎の言う通りだ。あれは。

 

「おかしいですよね。ですが、私には何がおかしいか分からないんです」

 

 意味がわからん。

 

「私、気になります!」

 

「折木さん、南雲さん、私に分かるように説明してください!」

 

 俺と奉太郎は顔を見合わせ、軽くため息をついた。奉太郎が切り出す。

 

「製菓研の連中が被ってる方じゃくてテーブルに置かれてる方のあのカボチャ。……大きいだろ?」

「はい……まぁ確かに」

「それがテーブルの端に置かれていて、その反対側にはコンロが置かれている。それなのに二つの間で製菓研が暴れながらクッキーを配っている。それなのに俺たちのテーブルは3人並んだだけで窮屈だ」

「え?窮屈ですか?」

 

 やっぱりそう思ってなかったか。千反田は人との距離の測り方が独特なのだ。

 奉太郎に次には俺が続けた。

 

「加えて製菓研が使っているのは、数少ない知名度が高い部活が使える大型テーブルだ。千反田、仮にテーブルの端に置かれているジャック・オ・ランタンがなかったとしたら?」

「かなりスッキリします。それに、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は頷いた。

 

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 

 だが、場所割を決めたのは総務委員会だ。軽音部や吹奏楽部のような大所帯の部活が使用するはずの大型テーブルを、何故製菓研に総務委員会は引き渡したんだ?しかも勧誘をしているのは二人だけ、あそこまでのスペースは必要ない。

 

 奉太郎が呟く。

 

「可能性としてはありえない話ではない。一つ、大型テーブルが余ったから、製菓研究会の連中が使わせてもらった。二つ、製菓研は総務委員会にコネがある。賄賂かなにかで大型テーブルを使わせてもらった」

「違うだろうな。」

 

 俺はマフラーを巻き直しながら言った。

 

「俺もそう思う」

「?」

 

 千反田が首をかしげたので、奉太郎は続けた。

 

「賄賂や余り物の大型テーブルを貰ったとしても、製菓研には()()()()()()()()()()()()何故なら、クッキーを配ったり、紅茶を淹れるだけなら、テーブルに大してそこまでのスペースは必要ないからだ。俺達と同じ大きさのテーブルで通用する」

「だが奉太郎、こんな考えならどうだ?可能性その三、製菓研は特殊な設備を使うから安全の為にスペースが必要だった」

「特殊な設備……ですか?」

 

 俺は頷いて、ジャック・オ・ランタンとは反対方向に置かれているブツを指さす。

 

「卓上コンロ、つまり火だ。あれを使う為に製菓研には大型テーブルが回ってきた。狭いスペースで火を使うのは、考えてみれば確かに危険だ。ところが大型テーブルはスペースを取るにしても大きすぎた。だからスペースを埋める為にジャック・オ・ランタンを置いた」

 

 俺は得意げな顔で二人を見たが、二人ともなんの反応も示さない。

 奉太郎が続けた。

 

()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 奉太郎の言葉に俺はもう一度視線をずらす。確かに……今はコンロに火がかけられていない。しかし……

 

「でも、これから使うんだろ。置かれている魔法瓶の中に入ってるのは十中八九紅茶だ。魔法瓶の中の紅茶が無くなったら、コンロに火をつけてお湯を沸かす」

 

 千反田は首を振った。

 

「いえ、確かに魔法瓶の中の紅茶が無くなったのなら紅茶を作るために()()()()()()でしょう。ですがお湯を沸かしただけでは紅茶は作れません。紅茶を作るためには、茶葉も必要なんです。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや、でもだとしたら……」

 

 俺は出しかけた言葉を引っ込めた。

 俺はこう言おうとしたのだ。『だとしたら、茶葉は魔法瓶の中に入れっぱなしなんじゃないか?』と。

 しかしそれは俺の中の経験上否定された。

 

 春休み。千反田の家の手伝いで千反田の部屋に入った時に、麦茶のパックの謎を解いた。

 麦茶のパックは水を吸うと底に沈んでしまうが、それでも麦茶の成分を抽出し続け、結果的に味が濃くなってしまう。

 

 市販の麦茶のパックなら入れっぱなしでもそこまで濃くはならないだろうが、茶葉となれば抽出される成分の量が比ではないだろう。

 濃すぎてとても飲めるものではない。

 奉太郎が口を開く。

 

「だが千反田。それでもコンロがテーブルの上にある以上、()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という考えは正しいだろう。おかしいのは、そのコンロを使うあてがなさそうだということだ。……つまり……」

「「どういうことだ(でしょう)?」」

 

 俺と千反田の声が被さり、俺たち三人は腕を組む。俺は再び製菓研を見ようと視線をずらしたら、目の前にいる生徒に目が入った。

 

 春だと言うのに浅黒く日に焼けた肌。ショートへアに似合った凛々しい顔立ちと格好だ。ボリュームあるブルゾンのファスナーを下ろしてセーラー服を覗かせている。

 俺とその女子生徒の目が合うと、千反田と奉太郎も女子生徒に気づき、彼女は軽く頭を下げた。

 

「ども、こんちわ」

「おう、こんちわ。古典部はこちらです」

 

 彼女……《大日向友子(おおひなたともこ)》は、ニヤリと笑った。




次回《真相と出会い》


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