いつからいたのかは分からないが、俺達をじっと見つめていた少女、《大日向友子》はニヤリと笑った。
最初に我に帰ったのは千反田だった。
「入部希望の方ですか?よかったらどうですか、古典部?」
少女は俺達三人をぐるっと眺めると、笑いながら答えた。
「あーえっと、なんかいい部活ないかなーって歩き回ってたら御三方が面白そうな話をしてたんで、立ち聞きしちゃってました」
「立ち聞き?いつから聞いてたんだ?」
奉太郎が聞くと、少女は言う。
「南雲さんって呼ばれてる先輩が『お菓子が欲しければ取ってこい』って言ったところからです」
「最初からじゃないですか!!」
千反田が悲鳴のような声を上げ、立ち上がった。別に聞かれちゃまずい話をしていた訳では無いだろう。
千反田は一度自分の口を抑え、顔を赤くしたまま席に座った。
「えっと、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。この人達はカボチャとテーブルだけでどこまで考えるんだろうなって思ってて。あ、私一年の大日向って言います。大日向友子です」
「もしかして、
奉太郎が聞くと、大日向はさも嬉しそうに頷いた。
「知り合いなのか?」
「いや、見た事があってな」
「それで先輩方、どこまで話してたんですか?」
大日向は腰を曲げてこちらに顔をグイッと寄せてきた。大日向はその姿勢で続ける。
「
千反田なら分かるが、何故今出会ったばかりの大日向までがこんな事に興味を示すのだろうか。
それにしても、『友達が言ってた』……ねぇ。俺は大日向に向かって言う。
「そうだな。俺達とは反対方向に製菓研があるだろ?普通は部活動勧誘には俺達が今座ってるのと同じ長テーブルが使われる。しかし製菓研の連中が使っているのは大所帯の部活が使える大型テーブルなんだ。そこでスペースが余ったからジャック・オ・ランタンを置いた。勿論お菓子と紅茶を配るだけなら大型テーブルをは必要ない。俺達は製菓研がジャック・オ・ランタンとは別に置かれてある卓上コンロで火を使う為に安全を考慮して総務委員が大型テーブルを製菓研に譲ったと考えているが……」
俺が結論を言う前に、大日向は製菓研を見ながら言った。
「卓上コンロを使う様子が見れない。ってわけですね」
俺は頷く。
大日向は一度顎に手を置き、『うーん』と唸る。やがて右手をパー、左手をグーにしてポンと分かったような行動を取った。
「こういう考えはどうですか?セイカケンの人達は元々
製菓研のイントネーションがおかしかったが。ほう。中々頷ける推論だ。盗み聞き……言い方が悪かった。立ち聞きしていただけはある。しかし
「いや、確かに筋は通ってる。筋は通ってるが、その推論は違うと思うぞ」
俺が言うと、大日向は首を傾げた。
「というと?」
「あぁ、製菓研を見た限りでは、そう簡単に出し物を変更出来るとは思えないんだ。」
大日向は『えー!』という不満足気な声を出した。
「だって、紅茶なんて茶葉があれば数分で作れますし、クッキーだって今日のお昼休みに焼けば間に合います。お菓子と紅茶を配るのが今日変更になったって別におかしな事じゃないですよ。お菓子だけに」
……
大日向は『ふふん、どうだ』と言わんばかりの顔で俺達を見つめていた。うーん、三点。
奉太郎が口を開く。
「確かにお菓子と紅茶だけなら今日の内に作ることは出来る。しかしだな、あの『ティータイムあり〼』と
「ありゃありゃこりゃ難しいなぁ」
一々反応が大袈裟な奴だ。そう思っていると、大日向は製菓研の方向を見ながら口を尖らせた。
「大体あの人達は悪い人達に決まってる」
俺は言う。
「悪い人達?確かに変な奴らだが、悪い奴らではないと思うぞ?文化祭の時に世話になった」
「いえ、悪い人達です。
名札を出さない奴ら?俺だって別に外を歩く度に『南雲晴』という名札をぶら下げている訳では無い。
「それです!!」
突然千反田が顔を大日向に近づけた。大日向はビックリしたのか、半歩下がって恐る恐る口を開く。
「な、なにがですか?」
「それですよ大日向さん!そうです、
そう言って千反田が指をさしたのは、《古典部》と書かれた俺達唯一の勧誘道具の看板だった。
俺は辺りの部活を眺める。確かに、隣の百人一首部も水墨画部も必ず部活名の書かれた看板が置かれている。それに加え、反対方向に位置する製菓研のテーブルには《製菓研究会》と書かれた看板が置かれていない。
「あのう」
大日向が盛り上がる千反田を横目に聞いてきた。
「すみません。さっきから言ってる、《セイカケン》ってどういう部活ですか?」
だからイントネーションがおかしかったのか。
奉太郎が答える。
「製菓研究会の略だよ。お菓子を作ったりしてる……。っ!!ハル!」
俺は無言で頷いた。
そうだ。新入生の大日向は製菓研がなんの略か知らなかった。きっとそれは大日向に限らず大半の新入生に共通する事象だろう。
製菓研ならまだしも、この学校にはディベート部、グローバルアクトクラブなど略さなくても活動内容が不明の部活が多々ある。だからこそ、
なのに製菓研には看板が置かれていない。それは何故か、答えは。
奉太郎が製菓研のテーブルに視線を向けながら放った。
「卓上コンロが置かれてる理由、ジャック・オ・ランタンでスペース埋めている理由、そして製菓研が看板を置いていない理由。それは、
千反田は首を傾げた。
「というと?」
俺は続ける。
「いいか?製菓研が今使っているテーブルは、元々製菓研に割り当てられたテーブルじゃないんだ。もっと言うと、
「じゃ、じゃぁ製菓研の人達は卓上コンロを申請した部活の大型テーブルを奪い取ったってことですか!?」
大日向の声が大きくなる。俺は自分の口に人差し指を当て、『静かにしろ』と教えると、大日向は口にチャックをする仕草をとった。
奉太郎が言う。
「違う。
そうだ。だが製菓研にはやはり大型テーブルは大きすぎた。だからこそ製菓研は不自然なスペースを埋める為にジャック・オ・ランタンを置いた。そして、今の奉太郎の推論こそが大日向の言う『名札を出さない奴らは、後ろめたい奴だ』という意味に繋がる。
では、後ろめたい事とはなにか。そして、大型テーブルを諦めてまで製菓研とテーブルを交換した部活とはどこか。
「《お料理研》ですね。卓上コンロを申請した部活は!」
千反田が言うので、俺と奉太郎は頷いた。大日向は首を傾げる。
「ん?なんで《お料理研》って分かるんですか?この学校は凄い部活動の数が多いし、別に卓上コンロを申請したのは《お料理研》だけとは限らないんじゃ……」
俺が言う。
「部活オリエンテーションでお料理研が新歓祭で山菜料理を振る舞うと言っていたからな。てか、新入生のお前は覚えとけよ」
「てへぺろ。なるほどです。でも、なんでお料理研は製菓研とテーブルを交換したんでしょう。これじゃぁお料理研が損するだけだし、折角申請した卓上コンロもテーブルと一緒に製菓研に引き渡す理由も分からないなぁ」
大日向の意見は最もだ。俺は続けた。
「その通りだな。例えば、元々振る舞うことが決まっていた山菜料理の山菜が間に合わなかったから卓上コンロを使う理由がなくなった。だから製菓研にテーブルを譲った。これは違うな。山菜が間に合わなかったなら別のもので適当に誤魔化せばいい」
「『適当に誤魔化せばいい』なんて言い方、有り合わせのもので作ると言ってください」
千反田からの細かい指摘。俺は言い方を変えた。
「有り合わせのもので、適当に作ればいい」
千反田はムッとした。適当という言い方が気に食わなかったのだろう。まぁいい。
大日向が思いついたかのように続けた。
「こういう考えはどうですか?お料理研は山菜料理を作るのを辞めた。でも卓上コンロを申請した以上、テーブルの上に卓上コンロを置いておかなきゃならない。でもそれで卓上コンロを新歓祭で使わなかったら『お料理研はどうして卓上コンロがおいてあるのに、使わないんだろう』って思われちゃうから、紅茶用のお湯を沸かすと見せかけられる製菓研に譲った」
奉太郎は大日向を見て、一度指を鳴らした。
「ビンゴ」
「やった!」
「でもそれは結果論だ」
「へ?」
「お前は最初に『お料理研は山菜料理を作るのを辞めた』と言ったな?なぜ辞めた?製菓研がお湯を沸かすと見せかけられるから卓上コンロを譲ったのは製菓研という考えは間違いないだろうが、数少ない大型テーブルをそれだけの理由で、なぜ譲った?」
大日向は再び腕を組み、『うーん』と唸った。
俺は畳み掛ける。
「山菜が間に合わなかったら、有り合わせのもので作ればいい。しかしそれもやらなかった。なぜか。お料理研はもっと根本的な場面で大型テーブルとコンロを譲る他なかったんだ。つまり、お料理研はとてもじゃないが料理を出来る状況になかったんだ。もっと言うと、
千反田と大日向は首を傾げる。大日向は目を細めながらヒソヒソと言った。
「振る舞えなくなってしまった。って言ったって、そんな理由はどこにあるんですか?これを言ったらなんですけど、《たかが部活》ですよ?料理を振る舞えない程の緊急事態なんてあるんですか?」
そうだ。《たかが部活》だ。
だからこそ、《たかが部活》だからこそ起こってしまい、《たかが部活》だとしても許されない事態が料理をする上では起こるのだ。大惨事になるであろう緊急事態が……
奉太郎は千反田、大日向に手招きをする。俺たち四人はより一層顔を近づけ奉太郎は声を押し殺しながら言った。
「
それを聞いた千反田は飛び跳ねるように椅子から立ち上がり、お料理研の場所に向かって走り出した。手が必要だと言われたのだが、流石に古典部のテーブルを開けることは出来ない。
奉太郎にテーブルを任せ俺が向かおうとすると、大日向が『興味があるのであたしが行きます』と行ってしまった。
千反田より先に戻ってきた大日向から聞くに、千反田はお料理研の連中に向かって食中毒の件を大々的に話したらしい。最初は連中も誤魔化そうとしていたが、千反田の目利きにより食中毒にかかった生徒を引っ張り出したとか。
お料理研の連中は新歓祭に振る舞うはずだった山菜の下ごしらえに失敗してしまい、それを昼休みに味見した部員が突如腹痛を訴えたらしい。山菜の食中毒はヤバいというのはどこかで聞いたとこがあるので、千反田の無理やり引っ張り出す判断は正しかったといえよう。流石は農家の娘。
しかしお料理研は食中毒の件に関してはこれからの部活動や文化祭の信頼の為に黙っていて欲しいと千反田に懇願し、千反田はそれを黙認する代わりに山菜の下ごしらえの正しい方法をお料理研に教えたとか。
食中毒にかかった部員は千反田が連れてきた入須の適切な処置(食塩水を飲ませて嘔吐)により大事には至らなかった。
そして新歓祭が終わる頃には千反田も戻ってきたが、誰も古典部に訪れることは無かった。そして
「あたしこの部活入ります」
なぜか新歓祭が終わるまで俺達と雑談をしていた大日向は、嬉しそうな笑顔を浮かべながら言った。俺は声を大にしてしまった。
「ほんとか!?」
「はい!」
「うわぁ!やりましたね、折木さん、南雲さん!」
奉太郎が言った。
「部員の俺達が聞くのもなんだが、理由を聞かせてくれるか?何する部活かも分かってないだろ?」
大日向は『んー』と人差し指を自分の口元に当て、満面の笑みを浮かべながら言った。
「先輩方三人からは仲良しオーラを感じましたから!私、仲いい人達を見てる時が一番幸せなんです!」
その次の日。読み掛けの文庫本でも読もうと文庫本をポケットに忍ばせ、部室に向かうとそこには既に古典部全員の姿があった。
「おっ、来たねハル!いやぁ君とホータローが部員を捕まえられるなんて、こりゃ奇跡だ奇跡。」
失礼なやつだ。
「ども、ちゃおっすです」
部室にいたのは奉太郎、千反田、里志、伊原、そして
「おう、えっと、おお……おおひな……?」
やべぇ名前が出て来ない。
彼女は一度ムッとした顔をして、俺に詰め寄った。
「大日向ですよ!大日向!!」
「ああそうだ。大日向だ。悪いな」
伊原が言った。
「名前を忘れるなんてサイテー。折木でも覚えてたわよ」
「うそだな」
「お前は俺をなんだと思っている」
「そうよ。私が折木を庇うわけないじゃない」
奉太郎、かわいそうな子。
「じゃぁ、おおひなでいいですよ。先輩は」
大日向は突然不機嫌な顔から笑顔に変わった。
「いやそう言う訳にも……」
「いいんですって。これって所謂アダ名って奴ですよね?
「ハルはアダ名じゃなくて本名だけどな」
「えー!?そうなんですか!?てっきり南雲先輩の名前って晴樹とか、晴太とかだと思ってました!」
驚く大日向の後ろで他の四人がクスクスと笑っている。俺は言った。
「じゃぁどうする?略すなら、ハ先輩とかにするか?」
大日向は笑った。そして
「じゃぁハル先輩でいいです。よろしくお願いしますね、ハル先輩!」
「あぁ、宜しくな。オーヒナ」
現在4.6km地点 残り15.4km
これが俺達古典部と、オーヒナこと大日向友子との出会いだった。
オーヒナはすぐに部活に馴染んだ。千反田とは勿論のこと、伊原とも自然に仲良くなっていた。伊原はツンケンしたイメージがあるが、案外社交性が高いのかもしれない。
また一人俺は生徒を走り抜いた。奴は元一年B組の生徒だった気がする。そして、二年C組に進級した。つまり俺が既にC組の生徒達に追いついてきている証拠だろう。
最初の坂はそれなりに飛ばしたので、俺は軽く息切れを起こしていた。坂はそろそろ終わりだが、登ったのなら降りなければならないのは自然の摂理。下り坂だからと言って足の動くままに身を任せれば、足を痛めてしまいかねない。
坂を登りきった。ここからは数百メートルの平面が続く。目を凝らして前を走っている生徒達を眺める。いた。
小さな背丈でショートヘア。あばらに付けた両腕を小さく動かしながら肩がブレブレで動いている。
おいおい、まだ四分の一であんなに疲れて大丈夫か?
俺は走るスピードを上げ、一人二人とC組の生徒を追い抜いていく。
すると、俺より早く伊原に接触した生徒を見た。男子生徒であり、伊原より前を走っていた生徒。
このマラソン大会《星ヶ谷杯》にてオーヒナの心境を推理する生徒。
side奉太郎
今追い抜かれた生徒はC組所属する生徒だった。つまり、先行して走っているA組の俺に、伊原が所属するC組の生徒が追いついてきていることになる。
俺は振り返る……いた。
俺は更に走るスピードを落とし、少女。伊原摩耶花と接触した。
「よう」
「ん」
「伊原、走りながらでいい。一つだけ質問させてくれ!」
「……なによ」
「昨日部室から大日向が飛び出した時に、アイツは本当に『千反田先輩は、仏みたいな人ですね。』、そう言ったのか?」
伊原は黙ったまま走り続けた。無駄な会話で体力を使いたくないというのなら、無理にとは言わないが。だが。
「仏、じゃないわよ」
「え?」
「ひなちゃんは仏とは言ってない。ひなちゃんは私に、こう言ったの。『千反田先輩は、
菩薩、だと。
それだけ言うと、伊原は俺を振り払うようにスピードを上げていってしまった。
俺はさらに振り向く、そこには軽く息切れをしたハルの姿があった。ハルは俺に並ぶようにスピードを落とし、聞いてきた。
「伊原はなんて?」
「……大日向が昨日部室の前で伊原に言ったのは、『千反田先輩は、菩薩みたいな人ですね』だそうだ」
ハルはその言葉を聞いて、目を見開いた。
昔の人間は面白い言葉を作ったものだ。比喩的表現に関していえば、実に面白い。
そうだ。外面が菩薩だとしたら……
その内心は
最後の菩薩や夜叉の意味は、
という、古いことわざのようなものです。
女の人は下面は仏のように優しそうに見えるが、その内心は鬼のように恐ろしい。という意味です。
次回《友達は祝われなきゃならない》