氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第四話 友達は祝われなきゃならない

 現在5.2km地点 残り14.8km

 

 

 

 side晴

 

 

 奉太郎からオーヒナが千反田に向けてはなった言葉の真相を聞いてから、俺達は特に話すこともなく走り続けた。

 伊原に話を聞けたのならあとは後ろから来る千反田とオーヒナに話を聞くだけだ。ここからは基本的にローペースで走っていれば問題ない。

 

 下り坂。スニーカーが地面に叩きつけられるような音ともに俺達は下っているが、こんな走り方をいつまでもしてられない。俺達はより一層走るスピードを落とした。

 

 菩薩……、菩薩ね。オーヒナが菩薩を下面如菩薩内心如夜叉(げめんにょぼさつないしんにょやしゃ)という意味で使ったのなら、オーヒナはなんらかの形で、千反田の鬼の面をみたといえよう。

 俺はそれが何か分からない。そもそも千反田が鬼だと言うのなら、伊原や晴香、天津、供恵さんはなんだ?閻魔大王か?

 

 とてもじゃないが俺や奉太郎、里志や伊原は千反田の鬼の部分を見たことは無い。そもそも千反田は感情をあらわにする事自体珍しい。

 

 しかしオーヒナが仮入部してから、特に千反田とオーヒナが喧嘩をするような場面。千反田が怒るような場面を俺は見たことがない。

 

 そうだな、順番に思い出してみよう。オーヒナと特に深く関わった日を。

 

 あれは、オーヒナが仮入部してから二週間後程の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 過去二十一日前

 

 

 

 

 俺、奉太郎、千反田、里志、伊原、オーヒナの六人は千反田を先頭として住宅街を歩いていた。

 

 俺達古典部は特に理由がなければ休日に集まるなどはしない。つまり今日は理由がある日なのだ。俺は隣を歩くオーヒナに言った。

 

「先週から思ってたんだが、オーヒナ。お前桜と知り合いだったんだな」

「知り合い……というか、桜先輩じゃなくてウチのクラスの桜恵くんですね。桜楓先輩の弟です。恵くん経由で一回会ったことあるんですよ!」

「桜に弟がいるなんて、初めて知ったな」

 

 そう。本日五月四日。日曜日。

 一年次からの知り合いである我が友人。桜楓の誕生日なのだ。

 

 先週の土曜日。俺達古典部と桜は奉太郎の家で奉太郎の誕生日会を行った。

 オーヒナが古典部のみんなでパーティーはした事ないのかと聞いてきたので、千反田が文化祭後の打ち上げのことを話した。

 それ以外には特にパーティーなるものはやったことは無く、奉太郎の誕生日が近いという理由で折木奉太郎生誕祭を行なったというわけだ。

 

 奉太郎の誕生日会は何事もなく終わり、俺はその時にこう言ったのだ。

 

 

『来週は桜の誕生日があるな』と。

 

 

『えぇ、なんか悪いよ!』と桜。『ホータローのだけ祝うのはおかしな事さ』と里志。『さっちゃんはちゃんと祝おうと思ってたから』と伊原。『桜さんはいつもお世話になっていますし、大切な友達ですから』と千反田。『俺だけ祝われちゃ、申し訳ない』と奉太郎。『ハル先輩って桜先輩の誕生日知ってるんですね!!』と余計な事をオーヒナ。

 

 ちなみにその後始まった誕生日あてゲームで俺は見事に里志と伊原、オーヒナの誕生日を言い間違えた。勘弁してくれ。

 

 ちなみに奉太郎の時はアポ無しで折木家に訪れたが、桜の場合はそうもいかない。誕生日会をやってもいいかと確認を取ったところ、嬉しそうに承認をしてくれた。

 

 先頭を歩く千反田がピタリと立ち止まる。

 

「どうしたの?ちーちゃん」

 

 伊原が聞くと、千反田は頭にはてなマークを出しながら地図を回転させている。

 

「すみません。ここら辺の道は入り組んでまして……」

「どれどれ?」

 

 千反田は里志に地図を渡すが、里志も首をかしげた。

 

「うーん。あるよね、迷路みたいな住宅街って。一回行けば忘れないんだけどなぁ」

「貸してみろ」

 

 俺は里志から地図を引ったくるように取ると。俺達が向いている道とは逆方向を指さした。

 

「こっちだ」

 

 里志はもう一度地図を確認する。

 

「あ、うん。確かにハルの方向であってるね。なんだい、地図を読むのが得意なら言ってくれればいいのに」

「たまたまさ」

 

 そう踵を返すと、俺は自分が指した方へ足を向けた。

 

 別に俺は地図を読むのが上手いわけではない。今の話題は、出来るだけ避けたかった。

 

 

 

 

 

 

 桜の家は極一般的な一軒家で、赤い屋根がよく目立つ。

 迷路のような住宅街縫って歩き、俺達はようやく家にたどり着いた。千反田が代表してインターホンを押すと、桜の声が帰ってくる。

 

「はーい!今開けるね!」

 

 その後すぐに自宅のドアが開かれ、私服姿の桜が現れた。

 

「みんないらっしゃい。この辺迷わなかった?」

 

 桜が首をかしげて聞くと、里志が答える。

 

「ハルが地図を読むのが得意だったらしくてね。案外迷わずに来れたよ」

 

 桜は一度俺に視線を配ったあと、「あ」と小さく声を漏らした。伊原が言う。

 

「どうしたの?」

「ううん。なんでもない、上がって!」

 

 俺達はリビングに通され、二つあるうちの一つのソファに千反田、伊原、オーヒナ、桜。もう一つに俺、奉太郎、里志と男女見事に割れたまま席に着いた。

 

 テーブルの上に置いてあるのは、招き猫の置物、灰皿、今日の新聞だ。

 

 今日の服装。俺はパーカーにロングのデニムパンツ。奉太郎は薄手のカーディガンに薄茶色のパンツ。里志はポロシャツにカーゴパンツ。伊原はグレーのパーカーとショートパンツ。千反田は薄桃色のニットを着て、下はロングスカート。オーヒナはプリント付きのシャツとジーンズだ。

 桜も俺達を招き入れるためか、私服とは言い難い洒落た格好になっていた。

 

 女子陣が口を開いた。

 

「桜さん!お誕生日おめでとうございます!」

「さっちゃんおめでとう!」

「桜先輩、おめでとうございます!」

 

 と言うと、里志と奉太郎も続いた。

 

「桜さん、誕生美おめでとう」

「先週は祝ってくれてありがとうな。おめでとう桜」

 

 俺も続いた。

 

「あぁ、誕生日おめでとう、桜」

「みんな、ありがとう!」

 

 桜がそう言い終わると、女子陣はそれぞれ自前のカバンからプレゼントを取り出す。

 千反田が代表して桜へのプレゼントを渡した。

 

「桜さん、これは私達からのプレゼントです。みんなで刺繍を施したんですよ?」

 

 千反田が渡したのは小さな小物入れだった。桃色や水色の細い糸を使い桜の花に集まる小鳥達を刺繍で表現している。

 ほう。あれを刺繍で……千反田や伊原には器用なイメージがあったが、オーヒナもあんな芸当が出来るのか。

 

 桜は感動した声で言った。

 

「うわぁ…!こんなもの、貰っちゃっていいのかな?」

「桜先輩に渡すためにみんなで作ったんですから!是非是非貰っちゃってください!」

 

 桜は黙って頷いて、小物入れを胸に抱きしめた。

 

 里志はそれを見たあとに、いつも持ち歩いている巾着袋とは違う大きめのショルダーバックから本屋の袋を取り出した。

 

「はい、桜さん。これは僕からのプレゼント。何がいいか迷ったんだけど……、やっぱり桜さんは文芸部だしこんなものどうかな?」

 

 里志が渡した本屋の袋から出てきたのは、最近話題になっていた推理作家の短編集だ。

 俺たちと同じ高校生が主人公で、日常に秘められた謎を解き明かしていく爽やか系青春ミステリーだった気が。

 

「ありがとう、福部くん!これ結構に気になってたの!」

「喜んでくれたなら何よりさ」

 

 里志は首を竦めた。

 次は奉太郎がいつものトートバッグから、見た目から分かる海外製の袋に入った代物を取り出したのだ。俺は声を上げる。

 

「なんだこれ」

「姉貴からこれを持っていけと言われてな。会ったことはないだろうが、これは俺と姉貴からのプレゼントだと思ってくれ」

 

 桜は奉太郎から袋を受け取り、中身を確かめる。

 中から出てきたのは長方形の箱で、マカロンやマーマレード、クッキーの詰め合わせだ。

 桜は再び笑顔になりながら奉太郎に言った。

 

「私、折木くんの誕生日に何もあげてないのに。ありがとう!お姉さんにもお礼言っといて」

「ま、俺のは急遽決まったことだったしな。祝ってくれただけで嬉しかったよ」

 

 桜は頷く。さてと……

 

 桜以外の五人の視線が俺に集まった。その心は『お前最後の最後で台無しにするなよ』だ。

 こいつらは俺をなんだと心得ているんだ。だがしかし

 

 俺がリュックサックから取り出した小さな木製の箱は、女子陣が用意した小物入れよりも、里志が用意した短編集よりも、奉太郎が用意したお菓子の詰め合わせよりも一回り小さいサイズの代物だった。

 

 正直、女子陣の小物入れでハードルが上がりすぎたのだ。なんだよ手作りって。

 俺は一度視線を木製の箱に移してから、それを桜に向かってゆっくりと開いた。そして

 

「おぉ!」

 

 最初に声を漏らしたのはオーヒナだった。

 

 木製の箱の中に入っていた、俺からの桜への誕生日プレゼントは桜の花の形をしたバレッタだった。

 

 バレッタというのはいわゆる木製の髪飾りで、職人が一から木を掘るものもある。俺のはそんな大層な代物では無いし、色も塗られていない枯色のものだが。

 

 桜は何も言わずにバレッタをジッと見つめていた。気に入らなかったのか……?

 桜はそっと木製の箱からバレッタを取り出し、包むように胸に抱きしめた。そして俺を真っ直ぐな視線で捉えたまま、微笑んだ。

 

「すごい……嬉しいよ。南雲くん!」

 

 顔が無邪気に子供のように微笑む桜を見た途端に顔が熱くなる感覚を覚えた俺は、視線をずらした。

 

「折角だし、付けてみろよ」

 

 桜は黙って頷くと、自分の頭の後ろに両手を回した。桜は元々ボブヘアーより少し長い髪型なので基本的に髪を結んでいる所は見たことがない。

 チョコんと出来たポニーテールを丁寧に整える桜は、頭だけをクルンと向けた。

 

「似合うかな?」

「あ、あぁ。まぁ、いいんじゃないか?」

 

 こういう時に女子を褒める芸当を、俺は覚えてないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は伊原が買ってきたホールケーキをそれぞれの皿に配り、俺達はようやくたわいのない話を繰り広げられる余裕が出来た。

 里志が言う。

 

「しかし、ハルがバレッタを買うなんて、こいつは一体なんという鵞鳥(がちょう)だい?」

「なにいってんの?」

 

 伊原から行儀の良くない言葉が飛んでくるが里志は相変わらずすかした顔を辞めない。オーヒナが「あ、朔太郎」とすぐに出てきたのは素直に感心した。

 桜は今食器やらグラスやらを取りに行ってくれている。誕生日パーティーの主役だと言うのに申し訳ない。俺はテーブルの上にある桜の両親のであろう灰皿と、新聞をどかした。が、招き猫の置物だけは無意識的にどかさなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ケーキを口に含んでいると、飲み物用のグラスを持ってきた桜が口を開いた。

 

「ちょっと暗いね」

 

 桜はそう言うとテーブルの上に置かれている招き猫の手を福を招く様に動かした。するとテーブルの真上の天井に付けられていた蛍光灯の光が強まったのだ。里志が声を上げる。

 

「お、すごい。招き猫の手を動かすと赤外線が出る仕組みだね」

 

 俺は一度か体がビクついた。

 

「福部くんよく知ってるね。うん、この招き猫の手を動かすと猫の目から赤外線が飛ぶの。天井についてある蛍光灯近くの受信機が赤外線を受け取って、電気が付く仕組み。ところで……みんな、もうお昼ご飯たべた?」

 

 『軽く』千反田。『食べました』オーヒナ。『食ってない』奉太郎。『食べてない』里志。『朝が遅かったからそれと一緒に』伊原。『伊原と同じ』俺。

 

「ピザでも取る?」

 

 桜がそう言うと、千反田は慌てふためいた。

 

「悪いですよ桜さん!家にまでお邪魔させて頂いているのに」

「割り勘にすればいいだろう?」

 

 奉太郎が言うと、桜は満足気に頷いたが里志と伊原が微妙な顔をしている。オーヒナはそれにいち早く気づき聞いた。

 

「どうしたんですか?」

「あ、いや。僕もピザはいいと思うんだよね。七人もいるんだし……でも……ほら」

 

 なんだ。はっきり言えよ。お前は福部里志だろう?

 そんなことを思っていると、伊原が口を開いた。

 

「私がチーズ食べれなくて、ごめんねさっちゃん」

「そうだったの!?ううん、大丈夫だよ」

 

 ほう。伊原はチーズが苦手なのか。オーヒナが口を開いた。

 

()()()チーズダメなんですか?」

「うん、ちょっと匂いがね……ひなちゃんもそうなの?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「酷い言い回しだな」

 

 奉太郎が突っ込むと、オーヒナは微笑んだ。その意味はわからんが、機嫌を悪くはしなかったようだ。

 

 オーヒナは言いにくい事を言う時、友達を引き合いに出す癖なのだろう。

 実際に言いにくいことには、噂で聞いたんだけど、とかはよく使う言い回しだ。別に変なことではない。

 

「というか、皆さんってあんまり休日に集まることはないって言ってましたよね?なんで集まらないんですか?こんなに仲良しなのに」

 

 仲良し……ねぇ。

 俺の代わりに奉太郎が答えてくれた。

 

「仲はいいかは知らんが、休日に集まってまで話す内容もないしな」

「折木先輩と福部先輩、それに伊原先輩って中学時代からの付き合いなんですよね?伊原先輩は女の子だから分からないけど、折木先輩と福部先輩はどちらかの家で遊んだりしないんですか?」

 

 奉太郎は里志をみた。

 

「どちらかの家に遊びに行ったことはあったか?」

「僕の記憶の限りではないね。近くまで行ったことは何回かあるけど」

「ハルの家。勘解由小路家には何回か行ったことあるけどね」

 

 里志が言うと、オーヒナはそれに反応した。

 

「へぇ、何してるんですか?」

「ま、基本的に一人で遊びには行かないよ。古典部の事で地学講義室が使えなかったりした時の会議用さ。勘解由小路先輩も気前よく入れてくれるし」

 

 愉快そうにケラケラ話す里志な俺はムッとしながら返す。

 

「俺の部屋はお前らの休憩スペースじゃないぞ」

「でも私。てっきりハル先輩は桜先輩の家に遊びに来たことがあると思ってました!」

 

 

 

 オーヒナの一言に、空気が一瞬固まった気がした。

 

 俺が地図を見るのが上手かった。そういう結論でこの家まで辿り着いた話題は終わったんじゃなかったのか?

 

 話題をずらすか?いや、あからさま過ぎる。話題は完全に今の方向へ向いた。ここで話題をずらせば、何か後ろめたい事があるのではないかと疑いの目を向けられてしまう。千反田や伊原、里志、オーヒナは騙せても……奉太郎には確実にバレる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それは、南雲さんが地図を見るのが得意だったからでは無いんですか?」

 

 千反田が言うと、オーヒナはケーキを口に運びながら言った。

 

「そういう結論で終わりましたが、私はハル先輩が地図を見るのが上手いって福部先輩が言った時の話を聞いてなかったんですよ。桜先輩の家に着くまでハル先輩が先頭を切って歩いてましたから、『あ、ハル先輩は桜先輩の家に行ったことがあるんだなぁ。だからこんな迷路みたいな道を迷わずに歩けたんだ』って思ってました」

 

 なるほど、ならばまだ軌道修正が効く。

 同じ事を桜も思ったのか、笑いながら言った。

 

「でもそれはやっぱり、南雲くんが地図を見るのがすごーく上手かった。って事でしょ?」

「そうなんですけど。うーん。なんかおかしくありませんか?ね、折木先輩」

 

 奉太郎に話を振られたか。奉太郎はオーヒナの視線だけを見て答える。

 

「あぁおかしな話だな。俺達は桜の家の住所を知らないのに、桜の家までの地図を用意出来た」

「あれ!?私、みんなに住所教えてなかったっけ!?」

 

 桜の狼狽する声。

 桜の家までの地図を用意したのは千反田だ。

 

「そうですね、どうして千反田先輩は桜先輩の家の住所を知っていたんですか?」

「知っていた、というか調べさせて頂きました」

 

 場が凍りつく。まさか千反田に住所を調べられるだけのハッカー的素質があったとは……もしくはストーカー?

 

「ち、違いますよ!変な方法ではありません!桜さんの中学の卒業文集を見させていただいたんです!」

「でも千反田先輩って、桜先輩とは中学違いますよね?」

 

 千反田は白ぶどうのジュースを口に流しながら続けた。

 

「はい。私は印璽(いんじ)中。桜さんは沖宮(おきみや)中です。実は沖宮中出身の方に芦屋(あしや)さんという方がおりまして、家柄の付き合いがあるんです。先日お会いしましたので直接桜さんにお聞きするより早く済むと思ったんです」

「芦屋、そんな人もいたなぁ。千反田さんと知り合いだったんだ」

 

 里志は大袈裟に首を振る。

 

「流石は千反田さんだ、中学を飛び出てまで知り合いというネットワークが繋がってるなんて、我らが母校鏑矢中にも知り合いはいるのかい?」

「はい。折木さんのお友達に、惣田(そうだ)さんという方がおりますよね?」

 

 奉太郎は頷いた。

 

「その方とも家柄の事で何度かご挨拶をしたことがあります。折木さんや福部さん、摩耶花さんのことも勿論ご存知でしたよ」

「居たわね惣田なんて奴。折木と知り合いだってのは知らなかったわ。確か……親が市議会議員だったわね」

 

 ほう、市議会議員。

 

「じゃぁ千反田。もしかして奉太郎や里志の中学時代の黒歴史なんかも聞いてたりするのか?」

 

 千反田は微笑んだ。腿の上で手のひらを合わせたまま答える。

 

「ええ、例えば、福部さんがマイクのスイッチが切れてると思って放送室で歌を歌ったなんて噂。私、聞いたことあります」

 

 空前絶後の爆笑。

 俺は腹に手を置き、『くっくっくっ』と笑い続ける。

 

「あははっ、合ったねそんなこと!ちーちゃんよく知ってたね、私でも忘れてたよ」

 

 里志はいつもの笑みとは違い少し強ばった表情に変化していた。大抵の事は冗談ですます里志だが、今回に限っては笑えない話らしい。

 ちなみにその話は随分前に奉太郎から千反田と共に聞いた話だった。

 

 

 俺は不意にオーヒナに目を向けた。オーヒナは目を丸くして、ぽかんと口を開けたまま一言も発することは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後時間も過ぎ、俺達はそれぞれ片付けに取り掛かっていた。

 

 俺は台布巾を台所でコーヒー、紅茶用のお湯を沸かしている桜のところに持っていった。

 

「桜、台布巾どこに置けばいい?」

「シンクの中に入れといて!」

「おう……。言わなかったんだな」

 

 桜は一度ムッとして、イタズラをする子供のようにニヤっと笑った、

 

「南雲くんもじゃん」

 

 桜の家までの道のり、確かに千反田が芦屋という知り合いから卒業文集を見せてもらい、そこから地図を割り出したという過程は間違いない。

 しかし、それが全て真実という訳では無いのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 春休みの終わりの頃、隣町の本屋で桜と出会った俺は満員のバスの中で桜が足を痛めているのを知った。その時は何とかして桜を席に座らせることが出来たが、俺はその後()()()()()()()()()()()

 

 その時桜は招き猫の手を動かし、蛍光灯を点けた。

 

 俺が無意識的にテーブルの上の招き猫をどかさなかったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして桜が俺達古典部に住所を言い忘れたのは、桜がうっかりしていたという理由だけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったのだろう。

 

「でもなんでだろうね。南雲くんが私の家に来たことがあるってどっちかが言えばよかったのに」

「そうだな」

 

 別に家に行くとこ自体は変なことではない。男女だからという理由であるのなら、千反田や伊原だって俺の家に来たことはあるし、俺も実際に千反田の家に行ったことはある。

 

 しかしそれは決して遊びに行ったわけではない。正当な理由があるから千反田の家に訪れたわけであって、それ以外の理由で俺は千反田の家へ赴くだろうか。答えは『ノー』だ。

 俺達古典部は仲は良くても互いの家に理由なしに行くことは無い。

 

 いや、桜を家へ送ったのは桜が足を痛めていたから。正当な理由があるではないか。なのに何故俺はアイツらに黙っていたんだ?特に後ろめたい理由がある訳では無いのに。馬鹿馬鹿しい。

 

「でも多分、奉太郎には気づかれたんじゃないか?」

「え?」

 

 俺はニヤリと笑い、とても推理とは言い難い言葉を発した。

 

「去年の夏休み、みんなで夏祭りに行った時に俺は迷ったろ?」

「……?うん、そんなこともあったね」

「俺は方向音痴なんだ。地図を見るのが下手なんだよ」

 

 桜は『なにそれ』と笑った。そして桜が吹き出すと同時に、火に当てていたヤカンが音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在6.9km 残り13.1km

 

 

 

 下り坂を下り終え、俺達はようやく自分のペースで走れるようになった。

 ジョギングと言い訳するのも苦しいスロースペースで俺達は足を動き始める。俺は口を開いた。

 

「二つ」

「……?」

「二つ思い出した。オーヒナが入部した新歓祭の日。桜の誕生日パーティーの日。あの日はどちらもオーヒナが深く話に関わっていた」

 

 勾配のない平面を俺と奉太郎は走る。周りには既にC組の生徒はおらず、D組の集団がチラホラ見える。

 この辺は農村地帯にあり、辺りの景色が良く見える。

 

「里志……」

 

 奉太郎がそう呟くので、俺は目の前に視線をずらした。五十メートル程前に見慣れたマウンテンバイクから降りた男子生徒を見た。なにかトラブルがあったのか、ほかの総務委員と思われる生徒達と話している。

 俺達が近づくと里志は振り向き、急ぎの用事がないのか俺達が追いつくまで待ってくれた。

 

「やぁ、合流したんだね。そのスペースだから当たり前だけど遅いね。 」

「なんかあったのか?」

 

 聞くと、里志は大きく首を竦めた。

 

「ちょっとトラブル。足を痛めた生徒がいてね。近くの先生に電話したのさ、さっき先生達が車に乗せて行ったよ」

 

 里志は片方の目を瞑りながら、右手で口元に手を当てながら言った。

 

「実際に足を痛めたかは分からないけどね」

「そんなズルをしてるかもしれない生徒を総務委員は保護するのか?」

 

 奉太郎が聞くと里志は先程より大袈裟に首を竦めた。

 

「ホータロー、僕は総務委員の目を盗んでショートカットをするような生徒がいるのならむしろ喝采するよ。でもその自称足を痛めた生徒は、してやったりみたいな顔をしていてね、先生達がここに到着した途端に大袈裟に痛がりだしたのさ。あんまり面白いと思える演技じゃぁなかった」

「里志。これは例え話なんだが……」

 

 奉太郎が聞く。

 

「なんだい?」

「『これは友達が言ってたんだが、総務委員がこのマラソン大会を走らないのはどう考えても不公平だ』と言ったらどう思う?」

「ホータローはそんなこと思ってたのか、心外だな、そう思う」

「例え話だ。お前の仕事は分かっている」

「僕も君がわかってることくらいわかってるさ。例え話なんだろ?」

 

 里志はもう用はないと見たのか、マウンテンバイクに跨った。その後俺と奉太郎を交互に見たあとに、飄々と話し出す。

 

「ハル、ホータロー。僕は大日向さんみたいな子好きだよ。あぁ、摩耶花に聞かれてまずい意味じゃない」

「分かってるよ」

 

 俺がそう踵を返すと、里志は鼻だけで笑い自転車の速度をあげようとする。俺は再び、里志を止める。

 

「これは日本語の話なんだが……」

 

 俺は、大日向の言葉が間違いであって欲しいという意味を込めて、里志に聞くことにした。

 

「下面が菩薩なら、内心はなんだ?」

 

 里志はなにか呟いた。多分『摩耶花は僕にそうは言わなかったけどな』と言ったのだろう。

 

「そんなの決まってるさ。下面が菩薩なら、その内心は夜叉だ」

 

 最後に里志はいつも様に冗談めかした言い方で言葉を放った。

 

「でも僕は千反田さんの好物がザクロだとは知らないけどね」

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