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氷菓〜無色の探偵〜 連載再開です!!!
現在:11.5km地点 残り:8.5km
side 奉太郎
神山高校マラソン大会、《星ヶ谷杯》も後半戦に突入した。
やはり、大日向の親戚の喫茶店に招待されたあの日、おかしな点はいくつかあった。
一つは店の中にいる間、もう一つは店を出る時。あれは偶然ではない。誰かが意図的にそうして出来上がった状況だった。言うなれば、ハルが桜の家に迷わず辿り着けたのが、一度コイツが桜の家に行ったことがあったのと同じように。状況は既に出来上がっているのだ。
しかし、これだけでは判断は難しい。論理的な推理をする為には、情報が足りないのだ。
横を見ると、俺以上に息を切らしているハルがいた。当たり前だ。俺はA組で、C組の伊原に追いつく為にはペースを落とすだけでいい。しかしハルはE組だ。俺と同じように伊原に追いつく為には、先に出発したD組の殆どの連中を追い越さなくてはならない。口では強がっているが、俺と合流する以前、既に10km近くをハイペースで走っている。俺にも通ずる所があるが、体育会系ではないハルには体力的にかなり厳しいものになっているはずだ。
後の目標は千反田と合流し、昨日の話を聞く必要がある。
千反田はH組で、やはりローペースで走っていればやがて千反田から俺達に近づいてくれるだろう。しかしただ千反田と合流するだけではダメだ。それまでに推論を固め、千反田にそれを披露し話を聞き、その更に後ろからやってくるであろう大日向とも話を付けなくてはならない。
息切れを起こし、酸欠状態になりつつあるハルでは思考力が鈍る。やはりどこか休める場所を探さなくてはならない。
下り坂がようやく終わり、陣出。
辺りには田園が広がっており、そろそろ千反田邸が見えてくるだろう。辺りには大きな建物がない為か、吹ける風が涼しく心地よい。しかしこれは汗を冷やし、それと同時に身体を冷やしかねない。
こういった広い田園を見ていると、昔姉貴と一緒に隣町の公民館が取り壊される作業を見に行った事を思い出す。初めはダイナマイトで壊すものかと思っていたが、行ってみれば巨大な重機で取り壊されていた。しかし、それを見た俺は幻滅しなかった思う。大きな建物が勢いよく壊されてる様は、幼少期ながらかなりの満足感を得られた。
全く、折木奉太郎にもそのような時期があったと思うと、可愛らしいものだ。もしあの日に戻れるなら、ダイナマイトで公民館を壊すと思っていた俺の肩に笑顔で手を置き、『そんなはずはいだろう』と諭しているに違いない。
「はぁ……はぁ……」
気付くとハルの息切れが酷くなっていた。俺は言う。
「ハル、無茶しすぎだ。一度止まろう」
「え……、悪いな……」
そう言って俺とハルは足を止めた。ハルは一気に気が抜けたのか、倒れ込みはしなかったが両膝に手を置き、激しく息を漏らす。
「俺も思い出した。大日向の親戚の喫茶店に行った日。あそこでも大日向は深く関わっていた。そして、おかしな点がいくつかあった」
「ああ……色んな出来事を思い出せば思い出すほど、なにかがおかしい。オーヒナと千反田、あの二人の間に何があった」
「どうだろうな。だが、思い出すのには、もうあまり時間がかからない気がする。どこかで、情報を共有し、話をまとめたいが……」
辺りを見渡すと、バス停があった。
トタン製で出来たバス停で、ちゃんと中に入れるような休憩スペースもある。俺とハルはそこに足を踏み入れ、プラスチック製のベンチに腰をかけた。ここなら、通り過ぎていく神高の生徒を眺めるのにちょうどいい。他の生徒に休んでいるのが見つかるのも面倒なので、俺達は影になるような所にいる。
ハルもようやく落ち着いたようで、声を漏らした。
「ふぅー!やべー!気付いてたか奉太郎、俺めちゃくちゃキツかったぜ」
「気づいてたのに決まってるだろ」
「なんだよ、つまんなやつだな」
「あんだけ息を切らしておいて、よく気づかれないと思ったな。そのお前にむしろ尊敬するぞ」
かと言う俺も、少しだけ右足首を痛めていた。田園風景が広がるこの地域にたどり着くまでの下り坂で、身を任せすぎてしまったようだ。
俺は自分の足首に手を回し、触ってみる。押してもさほど痛みは変わらないし、しこりも出来ていない。大事な状態では無かったようで、少しだけ安堵を覚えた。これからの展開で走れなくなるのはかなりマズイ。
昨日の放課後。大日向が入部を取り消し、千反田の事を菩薩と称した時間、俺とハルは読書に勤しんでいた。
大日向が部室にやってきて、更に部室から去る数十分の間にあった出来事は、大日向が入部取り消しをした理由の中で最も重要な場面だと、伊原や里志の話を聞き、そしてハルと思い出を振り返り再確認した。
この事件を推理する為には、昨日の放課後の数十分を見逃す訳にはいかない。「本を読んでいたから聞いてませんでした」は通用しないのだ。しかしこれは好都合だ。考えれば考えるほど、あまり関係ないだろうと聴き逃していた会話の記憶が蘇ってくる。
隣を見ると、息の調子を取り戻したハルが顎に手を置いていた。
これは奴の考えている証拠だ。本意なのか不本意なのか、俺とハルの脳内構造は似ている部分が多い。きっと同じ事を考えているに違いない。
もう一度考えてみよう。昨日の放課後の出来事を。記憶は定かではないが、俺とハルが共に考えれば、何かを思い出せるような気がした。
過去1日前 《星ヶ谷杯》前日
神高は落ち着きを取り戻した。
新歓期間が終わり、それぞれの部活に一年生が馴染みつつあるこの頃、俺が訪れた特別棟はいつもの雰囲気に戻っていた。と言っても、いつもの雰囲気というのが騒がしく、賑やかなのは間違いない。しかし、やはりどこか緊張感のようなものがなくなっている気がした。
野球部の金属製バットが球を撃ち、清涼感溢れる音が響く。ブラスバンドやアカペラの美しい音色、特別棟に位置する文化部達の甲高い笑い声や、それぞれの部活の専門用語が飛び交う。
そんな放課後の音色に耳を貸していると
「奉太郎」
呼ばれたので振り返る。ハルが普通棟の渡り廊下から特別棟に移って来ているのが見えた。俺は軽く手を上げた。
「お前も部室に行くのか?」
「あぁ、この前千反田から面白い本を借りてさ、授業中読んでたら面白くって、部室で読み切っちゃおうかなと」
「千反田から借りた本を授業中に読むとは、罰当たりなやつだ。本人が聞いたら顔を赤くして怒るぞ」
「そ、そこは黙っててくれよ!いいからいくぞ!!」
ハルに急かされるままに、俺達は特別棟の階段をのぼり、古典部の部室である地学講義室近くにたどり着いた。すると
「うお!」
ハルが大きく声を上げた。かく言う俺も、ハルが見ている方向を確認し、ギョッとした。
地学講義室隣の空教室の開かれたドアの上部に、人がぶら下がっていたのだ。
教室には、なんの為かは分からないが長方形の窓がつけられている。その窓と教室のドアが開かれ、窓とドアを仕切る場所にいたのは、俺たちの知っている顔だった。
最初に声を上げたのはハルだった。
「なにしてんだよオーヒナ!」
「あっ、ハル先輩、折木先輩。ちゃっすです」
大日向はぶら下がったまま答えた。俺は苦い顔をし、大日向に問う。
「そんなとこにぶら下がって、何をしている。身長を伸ばそうとしているのか?」
「いやいや身長は伸びないでしょ。でも宙ぶらりんなので、腕なら伸びるかもしれないですね」
「じゃあ、腕を伸ばそうとしてたのか?」
「まぁ、そんなとこですね」
「部室には入らないのか?まさか、鍵が空いてなかったか?」
今思い出してみれば、ハルがそう聞いたときに、大日向は明らかに苦い顔をしていた。
しかし部室の方に視線をやると、部室のドアは開かれていた。鍵が空いてなかった訳では無いのだ。
「なんだ、誰かいるじゃねぇか」
ハルが言うと、大日向は答えた。
「部長がいますよ」
「部長……?あぁ、千反田か」
千反田が古典部の部長というのは周知の事実ではあるが、部長と言われて中々名前が出てこなかったのは共感する。確かに千反田は部長と呼ばれる柄ではないし、部長と呼ばれるような仕事をこなしている訳では無いのだ。
大日向はぶら下がったまま言った。
「福部先輩は今日は来ないらしいです」
「知っている。総務委員の副委員長になったんだから、大方明日のマラソン大会の最終会議でもあるんだろう」
「忙しいヤツだな。まぁ、そういうのが好きな奴ではあるんだろうが」
「そうですね。特に最近土日は……あっ」
大日向はそこで、まるで誰かの逆鱗に触れたかの様な表情を浮かべた。しかし俺達に向き直り、それを続ける。
「ハル先輩と折木先輩は知ってますよね?福部先輩と仲良しですから」
大日向が言わんとする事を、俺とハルは知っていた。
里志と伊原の話だろう。
最近ようやく決着が着いたらしい。それから里志は総務委員の業務がない土日まで忙しくなってしまったようだ。
「俺達が知ってるのは分かるが、なんでお前が知ってるんだ?オーヒナ」
「福部由奈ちゃんです。知ってますよね?福部先輩の妹さんで、同じクラスなんです」
「そうなのか!?里志に妹がいるのは知ってたけど、神高にいるなんて聞いてないぜ!?」
ハルが『お前知ってた!?』という顔で見てくるので、俺は黙って頷いた。だったら早く言えよと、肩を組まれるが、俺はそれをあしらった。
「変な奴だろう?里志同様に」
「福部先輩ほどじゃないですけど」
「仲がいいのか?」
「まぁ、お弁当を一緒に食べるくらいです」
それは充分仲がいいだろう。それとも、女子の間では弁当を一緒に食べる位では友達にはなれないのか?昔姉貴から聞いたことはあるが、怖い世界だな。
「でも、福部先輩と伊原先輩が付き合い始めてから、三日間は『ごめんなさい』しか言えない生き物になってたって、由奈ちゃんは言ってました。何があったんですか?」
なんだ、里志の所業が妹に伝わり、それが後輩にも伝わるとは哀れな話だ。しかし話の中身までは伝わってないようで、それを詳しく話す訳にもいかない。何か解決策がないかと模索していると、隣のハルがヘラヘラしながら答えた。
「ま、待たせるほど偉くもないのに、待たせなくてもいい返事を待たせたからだろうな」
ハルにしては遠回しな言い方で、恐らく大日向にも深い意味は伝わってないだろう。しかし大日向はまるで納得したかのように『へぇ』と頷いた。
「いいな、その言い回し。仲良しっぽくて好きですよ」
今の言い回しが仲良しっぽいのか?よく分からない事を言った大日向を眺めていると、ぶら下がっていた大日向は、『よっ』といいながらその場に降りた。そしてほのかに笑い、言ったのだ。
「宙ぶらりんは疲れます」
「自分からやってたんだろ?」
「へえ、まあ、そうなんですけど」
「それとも誰かにぶら下げられてたのか?」
「まあ、そんな気もします」
「よく分からないやつだな」
「そうですね。私、よく分からないやつなんです」
俺が大日向のことを今「よく分からないやつ」と表現したのは、冗談のつもりだった。しかし自分のことを自虐するようにそう反復する大日向の顔は、どこか寂しそうだった。
そして、何か意を決したような顔を浮かべる。その顔は決して、高校生活に夢と希望を抱いた高校一年生の顔ではなかった。今までの思い出を振り返り、そして少しだけナイーブになってしまう、卒業前の中学生のような顔だった。大人っぽいと表現した方が正しいのかもしれない。
ハルも大日向の様子がおかしいと感じたのか、首をかしげていた。すると大日向はより一層強く笑みを浮かべ、言ったのだ。
「それじゃあ入りますか!部室!」
もしかしたらこの時の大日向の笑顔は、既に嘘にまみれていたのかもしれない。
次回《数十分の真実》