俺と奉太郎は特別棟と一般棟を繋ぐ連絡通路で立ち止まり、ここで時間を潰すことを提案した。
「ちょっとあんたら、さっきのはなに!?図書室に行くんじゃなかったの?」
「行かない、行く必要も無い」
「分からないわね。必要ないんだったら私は戻るわよ。」
「まて、伊原もう少し経ってからにしろ」
奉太郎の呟きに伊原は納得いかないような顔で立ち止まる。
「南雲さん、遠垣内先輩は怒ってましたね」
「あぁ怒ってたな」
「折木さんがあんなに強引に頼む必要はあったのでしょうか」
「あったさ。あぁしなきゃ
俺は「ククっ」と笑うと、奉太郎はため息をつき、俺の肩をドツキながら口を開いた。
「お前が《カマ》という言葉を口にしたからだろ。まったく……」
「てか、そろそろ説明しなさいよ南雲、折木!文集は本当にどうなってるの!?」
「あぁ、そろそろ届いたんじゃないか」
奉太郎のその言葉に千反田と伊原は顔を見合わせ、首をかしげた。
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「おっ、来てるぜ奉太郎!」
地学講義室に戻った俺は、机の上に置いてある数十冊の薄いノート状のものを指さす。
「来てるって……まさか!?」
伊原が机に駆け寄り、ノートを一冊取る。
「文集だわ……なんで?」
「そいつはこいつが説明してくれる」
「おれぇ!?」
「お前は遠垣内を欺くのにビビってたろ、俺は文集をここまで持ってこさせる役割を果たした。次はお前だ」
伊原の険しい目付きと、千反田の光り輝いた目付きが俺を向く。ヒィ……
「分かった!説明する。まずは何故遠垣内……、いや遠垣内先輩が部室に鍵を閉めていたか、分かるか伊原」
「誰もにも邪魔されたくなかったんでしょ?特集の記事を書いてるって言ってたし」
「だが、窓は開いていた。ほぼ全開にな。あんな空いてたら運動部の掛け声が教室内に侵入して、それこそ記事を書くどころの話じゃない。」
伊原は眉を細める。
「暑かったし、それくらいは許容範囲だったんじゃない?」
「あの教室には扇風機があった。わざわざ窓を開ける必要は無い。……が、先輩は窓をあけて更に扇風機まで付けていた、扇風機の場所は窓の反対側。おかしくないか?
「それって、換気じゃないの?」
「まぁそう考えるな。じゃあ、なぜ換気をする必要があるか、それに加え、なぜ
「ちょっ、ちょっと待ってよ!赤外線センサー!?なんの話!?」
伊原は千反田程ではないがグイッと俺に顔を寄せてくる。ほう、こいつもなかなか反応がよろしい。
「やっぱ気づいてなかったか。生物講義室の十メートルほど前に廊下の両端に白い箱が置いてあった。恐らくそれだ。その赤外線センサーに触れれば警報が鳴り響く仕組みだ。今の時代ホームセンターで簡単買えるぜ。他の状況証拠を言えば、準備室にあった小型スピーカーかな?」
「あの状況でそんな事まで推理してたっていうの……?」
唖然とする伊原。そうか?考えれば誰でもわかることだ。
いつも言ってるように《閃き》、そして《運》だ。
「この状況を推理できたのは俺だけじゃないぜ、奉太郎もそれを知ってた」
「そして伊原、遠垣内は赤外線センサーで侵入者をいち早く察知、そして奴は空気の換気をした。そして、奴から匂った制汗剤の匂い……これだけのヒントがあれば、遠垣内が何をしたかったか分かるよな?」
「換気じゃなくて、詳しく言うと消臭ってこと?」
「ビンゴ」
パチンっと指を鳴らし、言葉を続ける。
「そこまでして必死に隠したい匂い、そして遠垣内家は教育界の重鎮……もし奴が
「不法行為、におい?あっ……煙草!」
「正解、よく出来ました。どうだ奉太郎?」
後ろで壁に寄りかかりながら俺の推理を聞いていた奉太郎は二三回拍手をしたあとに口を開く。
「俺の言いたいことを全部言ってくれたが……一つだけ抜けてるぞ、ハル。」
「え?」
「薬品金庫さ。なぜ見つからなかったんだ?」
「あぁ……それいう必要ある?」
奉太郎は俺の後ろを指さす。俺はその場所へ視線を移すと、イライラした表情で俺を睨みつける伊原の姿があった。おお……真骨頂、凍てつく視線だ。メデューサかなんかか?
「わ、わかったわかった!説明するって、でも推理とかじゃない。遠垣内は文集を隠そうとしてたんじゃない、金庫自体を隠してた。だから結果的に文集も隠されたんだ!」
「遠垣内はきっと薬品金庫の中に煙草関連の代物を隠してたんだろうな。奉太郎が『大出先生と一緒に捜索』って言った時、遠垣内の顔を見たろ?きっとダンボールの中にでも隠してたんだろ」
正直、遠垣内先輩を欺くってのは気が引ける。
不法行為をしてるとはいえ、個人で楽しんでたものをダシに使うなんて……。
ん……?
突然文集を持った千反田が俺の前に立っていた。その真剣な眼差しは《パイナップルサンド》の時と同じだ。俺はそれを受け取る。
「ひょうか?」
この文集の題名だ。発行は一九六八年。第二号か……。
鳥獣戯画のような絵で犬と兎が描かれている。数多くの兎が輪になっており、一匹の犬と噛み合っている。
「よく分からない名前ね」
「右と同じ」
いつの間にか俺の両端に移動してきた奉太郎と伊原は《氷菓》を眺める。
一方千反田。さっきから何も喋ろうとしない、追い求めていた文集が見つかり感動に打ち震えてるのか?
「これです……」
「え?」
「折木さん、南雲さん……、私は、これを叔父の家で見つけたんです!私はこれを、叔父に何かと聞いたんです!」
「思い出したのか!?」
奉太郎の質問に答えぬまま、千反田は《氷菓第二号》を指さす。
「これには叔父のことが乗っています。
言われた通りに、俺は氷菓をめくる。序文か… ……
「読むぞ」
俺のつぶやきに三人が頷く。俺は息を吸い込み、言った。
今年もまた文化祭がやって来た。
関谷先輩が去ってから、もう一年になる。
この一年で、先輩は英雄になり、そして伝説となった。文化祭は今年も五日間盛大に行われる。
しかし、伝説に沸く校舎の片隅で、これを書いている私は思うのだ。十年後、二十年後、誰があの静かなる闘志、優しい英雄のことを覚えているのだろうか。
争いも、犠牲も、先輩の微笑みさえも、すべては時の彼方に流されていく。
いや、その方がいい。覚えていてはならない。なぜならあれは
友に裏切られた先輩は、英雄として語り継がれてはならない。
すべては主観性を失って、歴史的遠近法の中で古典になっていく。
いつの日か、現在の私達も、未来の誰かの古典となるだろう。
一九六八年。十月十三日、郡山養子
「だとよ」
「ここにある去年というのは三十三年前になります。ならば関谷先輩とは叔父のことでしょう。三十三年前に……伯父には、神山高校に何かあったんです」
「なら調べてみればいい」
奉太郎の声だ。短文ではあったが冷たい声ではなかった。
「調べてみればいいさ、三十三年前の事を」
「覚えていてはならないと……記されています。もしかしたら不幸なことになるかもしれません……」
「《すべては主観性を失って、歴史的遠近法の中で古典になっていく》」
三人の目線が、俺を向く。無意識に声に出していたのだ。
「あぁ、その……時効ってことでいいんじゃないか?三十三年前になにがあったかは分からない。知らない方がいいのかもしれない。だが千反田がそれを受け止めることが出来るなら、調べるべきだと思う。知りたいんだろ?叔父さんのこと」
俺は氷菓を見ながら言った。
「こいつは《古典》だ」
千反田は奉太郎の顔を見る。奉太郎は頷く。
《氷菓第二号》には『去年のこと』が記されている。なら、創刊号を調べればいい話だ……。
「なによこれ……!!?」
突然伊原の声が俺たちの耳に響いた。目が大きく見開き、虚ろな表情で伊原は口を開いた。
「創刊号だけ……置いてない……!」
あぁ、そうか……
三十三年前に神高で起こった関谷純に関わる出来事は、《氷菓》第二版だけでは語りきれなかった。
創刊号は……
こんにちは、桜楓です。
次のお話は、私と南雲くんのお話。
次回《乙女と探偵》
この人は、一体なんなの?