氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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 ︎︎最新話投稿です!

 ︎︎お気に入り、感想、評価、全てが作者のモチベーションに繋がりますので、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m

 ︎︎不正が行われた生徒会長選挙を巡る謎解き、箱の中の欠落、完結です!

 ︎︎そして、少しだけ晴の過去が明らかになります。



第七話 箱の中の欠落 転結(てんけつ)

「里志。じゃあお前が考える限り、不正票を紛れ込ませるタイミングはなかったってことなんだな?」

 

 ︎︎六月の生ぬるい風が吹く中、奉太郎は言った。

 ︎︎気温自体はそこまで高くは無いが、湿気がなんせ多いので俺は自分の額に汗をかいている。自分の腕時計を見ると、既に八時半を回ろうとしていた。補導が怖いので繁華街からは遠ざかるように歩いていたので、飲み屋の賑やかな声は無くなっていたが、代わりにジーッと鳴く、キリギリスの様な声が聞こえてきた。

 ︎︎時折ある街灯の灯りには数匹の羽虫が集っている。

 ︎︎十字路を右に曲がったところで、里志は切り出した。

 

「そうなんだよ。僕なりに色々考えてみたんだけどね」

「選挙の流れを教えてくれ。準備から当選結果が出るまでの順番に」

「そうだな、どこから話そうか。まず初めにやることは、投票用紙の作成だ。何日か前に生徒数分の投票用紙を作る。簡単だよ、A4の用紙を4等分にして、選挙管理委員のハンコを押すだけだ」

「その投票用紙の作成は、選挙管理委員の誰か一人がやったのか?」

 

 ︎︎俺が聞く。

 

「簡単な作業だから一人でも出来なくはないだろうけど、さすがに千人ちょっとだからね。何人かでやったと思うよ。作成された投票用紙は作られた日に各クラスの人数分に分けられて、クリップで止められる。つまり、投票用紙は総生徒数分しか作られてないし、それより多く作ることも出来ない。でも、さっきも言った通り、判子の管理がずさんだから不正票の偽装は誰にでも出来る」

 

 ︎︎ふむ。

 

「次に、選挙の前日、投票箱の用意をする」

 

 ︎︎里志は箱を持つような仕草をする。

 ︎︎投票箱は、実際に俺も投票の時に見ていた。両手で抱えないといけないくらいには大きく、それでいて重そうだった。木製で、随分年季が入っていた気がする。ポスト程度の大きさの投入口があり、そこに票を入れる。

 

「投票箱は、特別棟一階の倉庫にしまわれている。投票日前日の放課後、何人かの選挙管理委員が倉庫から会議室に総クラス分の投票箱を移動させる」

 

 ︎︎神高は一年から三年まで、八クラスずつ存在する。つまり、投票箱は二十四個だ。

 

「投票箱はそのまま前日の放課後から今日の投票時間まで会議室に置いておく。そして今日、六限が終わったら各クラスの選挙管理委員と僕ら立会人は一足先に会議室に向かう。選挙管理委員は各クラスに二人だから、三学年分となれば四十八人だ」

 

 ︎︎立会人が正副の総務委員会となれば、六限が終わった時点で会議室に向かうのは五十人か……。多いな。

 

「それで、全員が集まった所で各クラスの選挙管理委員の内一人が投票箱と投票用紙を受け取って、選挙管理委員から選出された鍵係に投票箱の鍵を開けてもらって中身が空か確認する。これは立会人の僕らも確認する手筈になっているから僕も見たよ。投票前の投票箱の中身は、どのクラスも空だった」

 

 ︎︎つまり、投票箱を倉庫から取りだした前日の時点から投票箱に票を入れておく事は出来ないと言うことか。やっぱり、随分と厳重だなあ。

 

「立会人が中身が空だと確認した時点で、鍵係はすぐに投票箱に鍵をかける。その作業が二十四クラス分終わるまで選挙管理委員は会議室に待機をして、選挙管理委員長の合図とともに会議室を後にして、各クラスに向かう」

「おい待てよ、箱を持つのは各クラスの選挙管理委員の内一人っていたよな?選挙管理委員は各クラスに二人いるはずだろ?もう一方はどうしたんだ?」

「まぁ落ち着きたまえ。彼らもこの後の話に出てくるよハル」

 

 ︎︎さいで。

 

「選挙管理委員が投票箱持って各クラスに辿り着いたら、投票開始だ。選挙管理委員は黒板の前に立ち、投票箱は教卓の上に置かれる。生徒は出席番号順に投票箱に投票用紙を入れていき、一票入る毎に選挙管理委員は黒板に正の字で数を数えていく。この投票の時点で犯人が投票箱に不正の四十票入れる事も可能だけど、さすがに選挙管理委員もそれに気づかないほど馬鹿じゃないだろうね」

 

 ︎︎まぁ、選挙管理委員の目がある中、投票用紙を四十票もいっぺんに入れるやつも居ないだろうな。

 

「クラス全員の投票が終わってから、選挙管理委員が投票用紙を入れる。それが終われば、会議室に戻ってきてもいい。会議室に戻ってきたら、再び鍵係が投票箱の鍵を開け、何年何組の選挙管理委員が戻ってきたか分かるようにクラスが書かれた用紙にチェックを入れる。早めに戻って来た選挙管理委員は鍵が開けられた箱を持って待機だ。それで、ハルが気になってた二人いるうちのもう片方の選挙管理委員なんだけど、彼らは会議室に待機する。自分のクラスの投票箱を持った片方が戻ってきた時点で、自分の投票用紙を入れる。このタイミングでも他の選挙管理委員の目があるから、不正票を入れることは難しいだろう」

「その会議室で待機してる方は投票中は何してるんだ?」

「投票箱の鍵を開ける鍵係、開票に携わる開票係、投票箱を受け渡しする箱係、あとは雑用かな」

「つまり、半分の選挙管理委員がクラスにいる間は暇ってことか」

「そうかもね」

 

 ︎︎里志は首をすくめて見せた。続きを話したそうなので俺は質問を辞めた。

 

「それで、選挙管理委員全員と立会人が会議室に戻ってきた時点で開票開始さ。今回は一年E組くんが先に票をぶちまけちゃったけど、本来だったら一年A組から票を机の上にばらまく。それで、空になった投票箱を立会人に見せて、鍵係が鍵をかけ、投票箱は会議室の端に置いておく。再選挙が決まったから、まだ投票箱は片付けられてないよ。開票の為の机は四つの机をくっつけてその上からテーブルクロスを引いたものだ。ある程度票が集まったら、クラスごとの統計が分からないように机の上で票を混ぜる。全てのクラスが票を出し終わったところで、一枚ずつ確認して、事前に用意してあった二人の候補者と無効票用の三つのトレーに票を仕分ける。トレー毎に担当の選挙管理委員が付いていて、二十票毎にクリップで止めて、他のトレーの担当とクリップでまとめた票を交換して、本当に二十票あるか確認し合う」

「すげーな。開票なだけあって、さすがに厳重なんだな」

 

 ︎︎俺が呟く。

 

「まぁ票は三種類しかないし、そこまで難しい作業じゃないからね。それで、開票作業も終わり、最終確認として投票用紙の枚数を数えているうちに『あれ、おかしいぞ』ってなったって訳。あとは話した通りさ」

 

 ︎︎里志は『ふぅ』と息を漏らした。里志は選挙の穴を探すのは難しいと言っていた。

 ︎︎だけど、話を聞く限り、別に穴が無いわけじゃない。

 

 ︎︎俺は小石を蹴飛ばし、言った。

 

「なぁ、投票箱を受け取って、各クラスに向かうまでの間、投票箱を持った選挙管理委員は一人になるよな」

「そうだね」

「じゃあ投票箱と会議室から各クラスに向かうまでと、その逆。不正票を入れれそうなタイミングがあるぜ」

 

 ︎︎例えば、あらかじめ記入をした不正票を学校のどこかに隠しておき、会議室からクラスに向かうまでの間にそれを回収。そして、投票前か投票後にその不正票を投票箱に入れ、何ごとも無かったような顔をして会議室に戻る。この可能性もある。

 ︎︎里志は残念そうに首を振った。

 

「僕もそれは考えた。なんせ、そこが一番不正票を入れられるタイミングだ。でもその考えだと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ハル、君のことだ、気付いてないわけじゃないだろ?」

「一応言ってみただけだよ。不正票として入ったのは約四十票。一クラスの人数も大体それくらいだから、もし一つの投票箱に不正票が全て入ってるんだったら、投票用紙の数が倍になる。票を出す時に机にぶちまける方法を取ってるんだったら、そのタイミングで票が多すぎて不審に見られるな」

「うん。でも、仮に二クラス分に分けられていたら?一クラス二十票の傘増しだ。それでもバレそうだよね。じゃあ四クラスで一クラス十票……これもまぁ、少し多いって思われるかもしれない。じゃあ十クラスだったら?一クラス四票の傘増しだ。これならバレないかもしれない」

「組織的な犯行を疑ってるのか?」

 

 ︎︎バカバカしいというように奉太郎が言った。

 

「選挙管理委員にそういう組織がいないと言い切れる訳じゃない。《月夜の背教団》の件もあるだろ?」

 

 ︎︎あんな厄介な奴らを二度も相手するのはごめんだ。

 ︎︎奉太郎は続ける。

 

「組織的な犯行だとしても、動機が分からんぞ。里志、お前の弁じゃ、神高は生徒会にあまり力を入れていない。組織を作ってまで邪魔をする理由はないはずだ」

「その通りだよホータロー、組織犯行説が一番濃厚ではある。でも、組織を作ってまで選挙を邪魔する理由が見つからない」

「犯人は選挙が好きだった。もう一度やりたかったから選挙の邪魔をしたんだ」

 

 ︎︎俺がふざけて答えると、両端から肩にパンチがとんできた。

 

「いてぇな!」

「ハル、お前もう少し真面目に考えろ!」

「考えてるよ!黙りこくってる癖によく言うぜ!」

「エネルギーを使わず、俺は早く帰りたいんだ。お前が解くのを待っていた」

「ざけんな!!!」

「あっ」

 

 ︎︎里志が声を上げたので、俺たちはその方向を見た。

 ︎︎住宅街と思われた通りの先に、一際目立った建物があった。僅かに開かれた扉から漂う白い煙と、暖簾には拉麺(らーめん)の文字。

 

「夕飯を抜いてきたんだ」

 

 ︎︎里志は振り向き、俺たちを見て言った。

 

 

 ︎︎気付くと俺たちはラーメン屋に足を踏み入れ、半透明のプラスチック製のコップに入った水を飲んでいた。

 ︎︎なんでラーメン屋の水ってこんなに美味いんだろうなあ。

 ︎︎一気に水を飲み干し、里志のコップの水も無くなっていたので勝手にそれを取って水を入れに席を立った。

 

「悪いね」

 

 ︎︎俺は振り向かず手を振った。水を入れて戻ってきたところで、店主に注文を聞かれたので、俺は味噌ラーメン、奉太郎は醤油ラーメン、里志はワンタン麺を注文した。

 

「学生さんかい?サービスするよ!」

「「「あざーす」」」

 

 ︎︎気のいい店主が厨房の向こう側で言った。

 ︎︎二杯目の水に口をつけた所で、里志が切り出した。

 

「話は変わるんだけどさ」

「なんだ?」

「今回の生徒会長選挙、千反田さんが立候補する噂があったんだ」

「千反田がか?」

 

 ︎︎俺が首を傾げる。千反田はこういうのに、進んで立候補する柄ではないと思うのだが、どうしてまた。

 

「生徒会長の経験が、将来千反田家の当主になった時に役に立つんじゃないかって。でも実際は」

「立候補してないんだろ?候補者の名前にも上がってなかったし」

 

 ︎︎奉太郎が言った。

 

「うん。繰り返すようだけど、神高の生徒会はあまり重要なものじゃないし、その経験が将来に実を結ぶのかって聞かれたら、そうとも言えないよね。前任の陸山会長みたいな、圧倒的なカリスマ性を持った人なら記憶にも残るだろうけど、千反田さんはそういうタイプじゃない」

 

 ︎︎《生き雛まつり》の時、千反田は言っていた。経済的戦略眼は自分には向いていないと。あいつ自信が何事もソツなくこなす人間だとしても、あいつは人を使えない。優しすぎるが故に、「みんなで肩を並べて頑張る」、人によっては綺麗事に見えることも、あいつはそれを本気で取り組む人間なのだ。

 ︎︎生徒会長という人の上に立つ役職に着くことは、神高の生徒会が活発的じゃないという点を鑑みても、いい事なのかもしれない。

 ︎︎けれど、千反田は立候補しなかった。向いていないことは、するものじゃない。

 

「跡継ぎ……当主か……」

「どうしたんだいホータロー」

「いや……世界が違いすぎると思ってな」

「そうだね、僕らには想像もつかない話だ」

 

 ︎︎将来……将来か……。

 

 ︎︎こいつらは、どうするのだろうか。

 ︎︎奉太郎と里志も、きっと大学に進学する。多分違う大学だ。

 ︎︎こいつらの事だから、たまに飯くらいなら行くのかもしれない。基本的に二人だけど、たまに千反田や伊原が合流する。古典部時代の思い出話に花を咲かせて、大学の話をする。

 ︎︎社会人になってもこいつらの関係はきっと途切れない。二十歳を超えたら、一緒に酒を飲んでるかもしれない。千反田が酒に弱いことはしってるから、とんでもない事になるのは目に見えている。

 ︎︎伊原が介抱して、里志はそれを見て笑って、奉太郎も苦笑いを浮かべる。

 

 ︎︎簡単に想像できる。けれど……

 

 

 ︎︎何度想像しても、俺はその場にいない。

 

 

 ︎︎神高を卒業したら、俺は多分、神山に残らない。

 ︎︎東京にも戻らないと思う。

 

 ︎︎()()()()()()、自分の将来を想像したことはない。

 

 

 

 ︎︎『晴!!私、歌手になるのが夢なの!!』

 

 

 ︎︎『中学卒業してもさ、みんなでずっと一緒にいれたらいいね!』

 

 

 ︎︎『晴はいい人だよ。私が保証する』

 

 

 ︎︎『大丈夫!晴が私を守ってくれるんでしょ?えへへ……』

 

 

 

 

 

 ︎︎鮮明に残ったその声が、俺脳内を駆け巡った。

 ︎︎(しらべ)……、俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 ︎︎『晴ッ……!!晴……!!助け……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハル?」

 

 ︎︎奉太郎の呼びかけに、俺はハッとした。

 

「ど、どうした?」

「ラーメン来てるぞ。早く食え、冷めるし伸びる」

 

 ︎︎目の前を見ると、湯気をゆらゆらと立たせている味噌ラーメンの姿があった。チャーシューが大盛りに載せられており、これが店主の言う学生サービスと言うやつなのだろう。

 ︎︎俺はスープをすくい上げ、口をつけた。

 

「あつっ!」

 

 

 

 

 

 ︎︎━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 ︎︎ラーメンを食べ終わり外に出ると、先程まで湿気で生ぬるかった室外が心地よかった。

 ︎︎夜の冷たい空気を鼻から勢いよく吸い上げる。

 

 ︎︎自分のポケットに手を突っ込むと、不意に先程折木家から拝借した供恵さん宛の手紙の封筒が出てきた。生姜焼きの油で少し汚れている。

 

 ︎︎《折木供恵殿 三年I組同窓会のお知らせ》

 

 ︎︎ふむ……。

 ︎︎奉太郎が切り出した。

 

「神高の選挙はやはり頑丈だ。投票前に投票箱を検める以上、投票箱になにか仕掛けを施すのは難しいし、施せたとしても、投票箱に入っている票数が不自然になる。いくつかのクラスに分散させる方法もあるが、多くの協力者が必要になり現実的じゃない。だが……」

 

 ︎︎奉太郎がいい切る前に、俺は里志の顔の前に手を突き出し、二本の指を立てた。

 

「二つ、この生徒会長選挙には不正をできる穴があるぜ」

「わかったのかい!?」

 

 ︎︎里志は目を輝かせ、どこか興奮していた。

 ︎︎俺はコクリと頷き、始めた。

 

「一つ目、お前は、クラスでの投票が終わったあと、選挙管理委員は各々のタイミングて会議室に戻ってきて、どのクラスの選挙管理委員が戻ってきたか分かるように用紙をチェックすると言ったな?」

「そうだけど、それがどうしたんだい?」

「多分、自分のクラスの欄に丸か何かを書くだけのもので、そこまで用紙のチェックに厳密になってたわけでもないんだろ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが一つ目の穴だ」

 

 ︎︎里志は未だに分からないと言った顔をしていた。

 ︎︎奉太郎が続ける。

 

「二つ目、里志、選挙における準備から開票まで何人の選挙管理委員が関わっている?」

「三学年八クラスで、一クラスにふたりあだからか、四十八人だよ。開票の時は僕と総務委員長を加えて五十人だ」

「多いな」

「多いさ。ホータロー、さっきもこの話はしたよ?」

「なら里志、お前はお前以外の四十九人、全員の顔と名前を覚えているか?」

「まさか!千反田さんならまだしも、僕だけじゃなくても覚えられないよ。実際に、総務委員の全員の顔と名前を覚えてるかって聞かれたら、そうじゃない」

「そうだろうな。それはきっと、選挙管理委員長も同じだ。そして、それが二つ目の穴だ。顔も名前も正確に覚えていない中、続々とクラスでの投票を終えた選挙管理委員が会議室に戻ってくる。そして、戻ってきた順に用紙にチェックを入れていく。言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「犯人は選挙管理委員に紛れていたってことかい!?」

 

 ︎︎里志は素っ頓狂な声を上げた。静かな夜の町に、里志の驚愕に満ちた声が響く。

 ︎︎俺が続ける。

 

「あぁ、順番に説明するぜ。まずは選挙前日。選挙管理委員が特別棟一階の倉庫に投票箱を取りに行く時点で、犯人は大勢いる選挙管理委員に紛れていた。そして、倉庫から()()()()()()()()()()()()()()。そして、正規の投票箱と同じように会議室に置いておき、次の日、選挙管理委員が投票箱を会議室に取りに行くタイミングで偽の投票箱を回収。鍵係に投票箱を空けさせ、中を確認し、仕掛けが施されていないのを確認させた後に鍵を閉めさせる。そしてクラスに行くと見せ掛け、どこかに隠していた不正票約四十票を箱に入れ、何食わぬ顔で会議室に戻る。そして全クラスが戻ってきたタイミングで、全員と同じタイミングで投票箱の中身を机の上にぶちまけたんだ。もちろん、犯人の持ってきた投票箱の票は不正だから、用紙にチェックは入れない」

 

 ︎︎里志は驚いていたが、どこか納得していない様子だった。

 

「待ってよハル、ホータロー!!それなら辻褄は合うけど、君たちの推理にも一つだけ穴がある。不正票は誰でも偽装出来るけど、そうじゃないのはさっきから出てきてる、()()()()()()()()だよ!神高のクラスは三学年合わせて二十四クラスで、投票箱の数も二十四個のはずだろ?それに、あんなに古びた投票箱は一夜で作れる代物じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ︎︎そうか、里志は知らないのか。

 

「ん」

 

 ︎︎俺はポケットから、供恵さん宛に書かれた手紙の封筒を渡した。

 ︎︎里志は苦い顔をする。

 

「うわ、汚れてるよ。僕に処理させようたってそうはいかない。僕はこの件には関わらないからね!」

「そうじゃねーよ、よく見てみろ」

「え?」

 

 ︎︎《折木供恵殿 三年I組同窓会のお知らせ》

 

「同窓会のお知らせがどうしたの?」

 

 ︎︎奉太郎が言う。

 

「おかしな点があるはずだ」

「……っ!!!まさか!!」

 

 ︎︎俺と奉太郎はニヤリと笑った。奉太郎が続ける。

 

「あぁ、姉貴は三年I組所属だった。《Iは、Aから数えて九番目の数字だ。つまり、何年か前には一学年に九クラス以上のクラス数があったんだよ》」

 

 ︎︎その通りだ。生徒の数は変化する。

 ︎︎供恵さんの時代はIクラスまで存在したし、それ以上あったかもしれない。そうなれば、投票箱の使用数も年々変わってくる。クラス数が減ったからといって、これからまた生徒の人数が増えてクラス数が増える可能性もあるので、投票箱を捨てるような真似はしないだろう。

 ︎︎つまり特別棟一階の倉庫には、二十四個以上の投票箱が置かれており、犯人はその余りの内の一個を選挙管理委員に紛れて持ってきたのだ。

 

「まだ投票箱を片付けてないって言ってたよな?明日、朝イチで会議室に乗り込んでみろよ。箱が二十五個あったら、ビンゴだ。もしかしたら、証拠隠滅を図る犯人と鉢合わせるかもな」

「なんてこった……さすがは二人だ、恐れ入ったよ」

 

 ︎︎そうだろうか。

 ︎︎俺と奉太郎は、供恵さん宛の手紙を見ていたから、クラス数の移り変わりのトリックに気付くことが出来ただけだ。

 

 ︎︎歩く途中の赤燈楼に目を向けていると、目の前からパトカーがやってきた。まだ補導される時間では無いが、なんとなく俺は目を伏せる。

 

 ︎︎時間が過ぎるというのは、当たり前だ。そんなことを知らないようでは、高校生どころか、小学生だってやっていけない。

 ︎︎けれど、俺はどこか嫌な気分になった。「時間が過ぎるのは当たり前だ。けど、お前はそれを本当の意味で理解していない」、そう言われた気がしてたまらないのだ。

 

「箱の中に囚われていたよ。箱の外が……欠けていたのか」

 

 ︎︎里志が意味深にそう呟いたので、『そうだな』と返した。

 

 

 

 ︎︎俺たちの立てた推論はその日の内に総務委員長から、選挙管理委員長に伝わった。

 ︎︎早朝に会議室に向かった里志を含む幾らかの生徒により、証拠隠滅を図ろうとしていた犯人が捕らえられたらしい。投票箱の数を数えると、会議室に置かれていた投票箱は二十五個あったと聞く。

 ︎︎その後、再選挙が行われ、時期生徒会長は常光清一郎となった。昼の放送で宣誓スピーチが行われたが、一回目の選挙における不正について触れられることは無かった。

 

 ︎︎犯人の名前も学年も、動機も分からないが、里志が言うに、「ここから先は選挙管理委員の仕事だ。僕はもう関わる気は無いよ」、だそうだ。

 ︎︎それについては、俺と奉太郎も全面的に賛成だった。

 

 ︎︎俺たちは最初から、箱の中の人間ではなかったのだから。

 

 




 ︎︎《箱の中の欠落》、終了です!

 ︎︎いや〜、作者の一番好きな短編なのでどうしてもこのお話は書きたかったのですが、ハルを加えるのが難しい……!!

 ︎︎次回は原作者、米澤穂信先生の《小市民シリーズ》から引用したお話です!

 ︎︎ハルと千反田が一つの絵画の謎を解きます!

 ︎︎次回《For your eyes only》

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