久しぶりに見つけたので、折角だからシェアしちゃいますね笑
クリスマス
12月24日と25日あたりがピークになる日本ではおなじみのお祝いの日だ。子供たちはサンタさんに何を頼もうか悩み、大人たちは家族で過ごすために仕事をいかにして早めに切り上げられるかで悩み、恋人たちは愛だのなんだのを確かめ合う。そうでなくともリア充たちはクリスマスパーティーなるものを開くためにわざわざ集まってプレゼントを交換し合うのだ。
だがちょっと待ってほしい。そもそもクリスマスの本当の意味を皆は忘れがちではないのだろうか。クリスマスは本来キリスト教の聖なる日ともされ、キリストの誕生を祝うものである。まぁ実際には誕生日じゃなく、ただキリストのミサがくっついてクリスマスと呼ばれるようになったとのことらしいが。このことを正しく知っている人が少ないように、本来本元の意味を忘れて恋人と過ごすための日と勘違いしている人のなんと多いこと。そもそも海外ではどっちかというとクリスマスは家族で過ごす日で、逆に大晦日に新年を迎えるのが恋人と、という習慣があるらしい。
このようにクリスマスがリア充たちのための日という考え方自体がそもそも間違っているのである。間違えたままそれを覚えているのは学校の勉強にあてはめると公式や単語を間違えて覚えて披露してしまいとんでもない恥をかくことになるのと同義ではないか。グローバルな日本へというのであればこの勘違いはひどく恥ずかしいものではないのだろうか。結論を言おう、クリスマスを恋人同士で過ごそうと考えている愚か者ども、恥を知れ。
とか考えていたのがなんだか懐かしく感じるな……
「どうしてこうなった……?」
「何か不満でもあるのかしら?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどよ」
12月の24日、クリスマスイブの朝。今までなら間違いなく家に引きこもっていたであろう俺はなんと外にいた。外というか、舞浜駅にいた。もうお分かりの人も多いだろうが俺はクリスマスディスティニーをすることになったのだ、何それ超リア充っぷりじゃないですか~。おっと一瞬意識が一色化してしまったぜ、やばいですやばいです本当にやばいです~……気持ち悪いな、俺。
そして隣にいるのは知る人ぞ知る総武高校奉仕部部長の雪ノ下雪乃である。白いシャツにチェックのスカート。普段部室で見られる絶対領域は黒いタイツで覆われ、彼女の足の細さと長さを強調し、茶色のブーツに収められている。羽織られている白いコートと首周りの白いファーのネックウォーマーは彼女を美しく彩っている。雪ノ下の本来の肌の白さもあり、雪の精が実在したらこんな感じなのだろうかとさえ思えてくる。
が、だ。
「え~と、まぁとりあえず行くか」
「えぇ、そうね……」
本来こうなるはずではなかったのである。そもそも高校三年生で大学受験に向かって勉強をしているべき俺がこんな時に外出しているのにもれっきとした理由がある。ことはいくばくか前にさかのぼる。
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「ヒッキー、今年のクリスマスって空いてる?」
高校最後の文化祭と体育祭も終わり、二年生たちが修学旅行に行っているこの時期。俺たちは奉仕部の部室にいた。当然三年生である俺たちはすでに部活は引退していたが、平塚先生の厚意によって部室を自習室代わりに使わせてもらっている。実際新入部員もいなかったため使う人もいなかったということもあるのだろうが。えっ、小町?無事に合格を果たした小町は現在生徒会に所属している。再び生徒会長として腕を振るっている一色の元、頑張っているようだ。最近は一色にべったりだからな~。お兄ちゃんちょっとさみしいよ。とはいえ一色と一緒にちょくちょく遊びに来ているため実はそうでもないのだが。
そんなわけで三人だけの部室だったのだが、雪ノ下が平塚先生と話があると席を外したこの時、由比ヶ浜から声をかけられた。
「ん?あぁ、まぁ一応」
以前の俺だったらあの手この手でその日に何も入らないようにが策しただろう。というか今でもしたと思うが。ただ今の俺は受験勉強にある程度集中していたため何も考えずに返事をしてしまっていた。
「じゃあさ、一緒にディスティニー行こうよ」
「はぁ?いや行かないだろ。クソ混んでるし大体受験勉強もあんだろうが」
「ほら、去年さ、約束したじゃん……行こうって」
「あ?あ~」
そういえばそんなこともありましたね。確かに約束していたな。ランドじゃなくてシーの方ではあったけど。ヤダ私ったら約束を忘れそうになるなんて悪い子ね~、うんまぁ思い出せたからいいんだけど。
「けど、お前大丈夫なのか?そんなに余裕あるわけじゃないと思うんだけど」
「一日くらい大丈夫だよ~。今はちゃんとゆきのんにいっぱい教えてもらってるし、前ほど成績も悪くないし~」
まぁ確かにそのとおりである。以前は総武高校七不思議の一つとして考えられていた由比ヶ浜の成績も雪ノ下という最高峰の家庭講師を得ることができたため驚くほど上昇している。もちろん上位陣にまで入るほどというわけではないが、以前とは比べ物にならないほどだ。ちなみに俺もたびたび雪ノ下に教えてもらっているがあいつ結構教えるのうまかったな。すげぇわかりやすかった。おかげで理数系も絶望的からは立ち直ることができたしな。
「まぁ、確かにな」
「それにパパが入場券もらってきてくれてね、今年中に使わないといけないからって言ってたから。だから行こうよ~」
「まぁ、金もあんましかかんねぇみたいだし、いいけどよ」
「ほんと!?じゃあ絶対だからね!」
そんなわけで俺は小町にクリスマスイブはいないと伝え、小町は「お兄ちゃんがクリスマスに外出、しかもデートだなんて。小町嬉しいよぉ」とか言いながらガチで泣き出してしまってマジでビビった。ちなみに両親はそれを聞いたときに母が若干涙目になり、親父に至っては服を買いにつれて行かれた。え~なにこれ親父どうしたの?マジでこんなに喜ばれるとは思っていなかったから割と引いた。まぁ服はありがたくいただいたし今も着ているわけだが。あと金、両親が割といい額のお小遣いをくれた。本当に俺の親かこいつら?成りすましの別人とかじゃないだろうな?
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で、当日。どうして由比ヶ浜ではなく雪ノ下と一緒にいるのかというとだ。
「で、由比ヶ浜どうだって?」
「一応ただの風邪らしいのだけれど、今日病院に行くそうよ。インフルエンザじゃなければいいのだけれど」
「というか前日に高熱だすとかマジでついてないな」
そう、由比ヶ浜は病気でお休みということだ。それでチケットがもったいないとのことで雪ノ下に譲ったそうだ。雪ノ下は雪ノ下でさすがに今年は年間パスポートを買っていたわけではなかったためありがたく受け取ることにしたそうな。ちなみにこのことを俺が知らされたのは翌日、待ち合わせ場所の改札口に雪ノ下が現れてからのことである。
っていうかちゃんとそういうことは俺にも連絡してくれない?そしたら今回はなしにしてまた今度とか、来る人が変わることに対して少しばかりの心の準備とかもできたかもしれないのに、マジで。雪ノ下が来たときとか本気でびっくりしたから。いや、まったくもってそんなつもりはないんだけどこれあれだろ、デートの約束をしていたらいきなり相手が違う人来ちゃったよ~ってやつだよね?マジでビビるから次からは是非ともちゃんとした連絡を忘れないようにお願いしたい。まぁ病気で忘れていたんだろうけど、というかそう思いたいです。俺そんなに影薄くないよね?
「まぁ、あれだ。とりあえずちゃんと土産くらいは買って帰るか。チケット譲ってくれたのもあいつだしな」
「えぇ、そうね。クリスマスプレゼントも兼ねて、ね」
本来であるならばシーに行く予定だったが、相手が由比ヶ浜でないというのであれば絶叫系がどちらかと言えば多いシーよりもランドの方がいいだろうということで俺たちは二人でランドの門をくぐった。
「相変わらずすげぇ人の数だな」
「そうね、さすがだわ」
唯の平日ですら混んでいるディスティニーだ。クリスマスシーズン、それもイブときたものだ。来客の数は去年葉山たちときたときと比べても多いように思える。人ごみに流されるとはぐれそうだな~と考えていると服の袖がわずかな力で引っ張られるのを感じた。満員電車でもよくあることだが、ボタンとかに服が引っ掛かるのってめんどくさいよね、何も悪くないのに申し訳なくなるし、とか考えながら引っ張られる方向を見てみると雪ノ下がそっと俺の服の袖をつまんでいた。
「その、はぐれると、困るから……」
「あ……おう……まぁ、そうだな」
そんなに顔を赤らめながらそんなセリフを言うんじゃねぇよ。ドキドキしちゃって本気で血迷っちまうだろうが。ただでさえ白い雪ノ下の肌が赤く染まるのを彼女のまとう白い衣服が強調していた。あらためて、きれいだと思ってしまう。
「その、なんだ。その、きれい、だな。その、今日の格好、似合ってる」
「えっ?」
らしくないことを言ったのはわかっている。けど言わずにはいられなかった。これも家に帰ったら思い出して黒歴史になって頭をガンガン壁に打ち付けて小町からうるさいって怒られるようになるんだろうな~、やべぇ見える、私には未来が見えるぞ!
「ぁ、ありがとう。あ、あなたも、その……いいと思うわ」
「お、おう」
もともと会話がそんなに得意じゃない俺たちはそれ以来しばらく黙りこんでしまった。自分の顔が赤くなっているのがわかる。さっきまでと比べて大分風が冷たく感じるからだ。ちらりと横目で雪ノ下の様子を見る。若干うつむきながら歩く彼女は、しかしそれでも顔が赤くなっているのは見て取れる。なんだこれ、超恥ずかしいんですけど。ここに由比ヶ浜がいれば少しはこの空気も修正してくれるのだろうか。
無言で俺の行く方向についてくるだけの雪ノ下だったが、それでも俺の服をつまむ指が離れることはなかった。
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まぁ雪ノ下とディスティニーといえば必然行く場所が大体想像がつくわけで、俺が向かったのもまさしくそこだった。
「やっぱり結構並ぶわね」
「まぁな、けどまだいいほうだろ」
「そうね」
走ったわけではなかったが入ってからすぐに並びに行ったため、パンさんのバンブーファイトのファストパスをすぐに取ることができた。雪ノ下本人も割りと満足そうだったのでとりあえずほかの乗り物ですぐに乗れそうなものを探すことにした。
「なぁ、時間までどうする?」
「そうね……このあたりですぐに乗れそうなものがあればいいのだけど」
少し歩きながら周りの様子を見てみる。ふとひとつ並び時間が30分ほどとなっているものを見つける。
「雪ノ下、あれはどうだ?待ち時間30分らしいが」
「どんなのかしら?」
カースド・キャッスル、日本語で言えば呪われた城だ。最大三人でひとつの乗り物に乗り、城の中を移動する超ハイテクお化け屋敷だ。今回は時期のこともありクリスマス仕様になっている。去年来た時はどちらかといえばハロウィンよりではないかという結論に至りこなかったアトラクションのひとつだ。
「あれならそんなに距離もないし、終わってすぐ来ればちょうどいいと思うが」
「え、えぇ、そうね」
雪ノ下の様子が少しおかしい。何やらカースド・キャッスルの方をちらちらとみては目をそらすことを繰り返している。ってこの反応、前にも見たことがあるぞ。確か去年も同じようなことをしていたような、あと子犬コーナーの前を横切らなければならなかったときとか。まぁつまりあれか。
「お前、ああいうのも苦手なのか?」
「その……えぇ、そうね」
「あくまで予想だが、これも姉の影響か?」
「えぇ、そうよ。基本的には暗めでしょう、だからいろいろと……ね」
「あぁ~すげえ想像できるわそれ。あの人がそんな状況で何もしないほうがおかしいまであるな。なら、他を探すか……」
「いえ、その、姉と一緒だったから苦手になっただけで。だから、その、比企谷君と一緒なら、何も問題はないと、思うのだけれど……」
最後の方は雪ノ下にしては珍しく小声だったな。なんか由比ヶ浜がよくぽしょぽしょと何か言いにくそうにしているときと似ていたぞ、ヤダ子のこったら結衣ちゃんのことが好きすぎて似てきちゃってるわ、本当に仲がいいのね~。うん、ほんと仲良すぎるんじゃねぇの、最近は一色も混ざって三人でキャッキャウフフとしているから男一人としてはいたたまれないんですけど。
「……まぁせっかく来たんだしな……乗るか」
「えぇ、そうね」
並んでいる間俺たちの間に会話はほとんどなかった。よく付き合いたてのカップルがディスティニーに来るとわかれるという話を聞く。その理由として一番有力とされているのが並んでいる時間に会話が続かないということがあるらしい。ソースは小町。昨日なんかそんなことを言った挙句、「お兄ちゃんはただでさえ会話下手なんだから心配だよ~」とか言っていた。いやそもそも俺と由比ヶ浜は付き合ってもいないんですけど、しかも今一緒にいるのは雪ノ下だし。
ちらりと隣に並ぶ雪ノ下の様子を確認する。さっきまでの落ち着かなさはどこへ行ったのかいたって普通になっていた……表面上は。あの雪ノ下、緊張するのはわかるしリベンジに若干燃えるというのもわからなくはないのですけれども先ほどからつままれている俺の腕がですね、若干痛いというかマジで痛いです!痛い痛い痛い!
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並ぶこと30分、腕の痛みにひっそりと堪えながら並びぬいた俺は今アトラクションに乗り込んだ、乗り込んだのはいいが。これってこんなに狭かったっけ?あれ、この乗り物ってこんなに狭いものなの?三人まで乗れるっていうから広いと思ったけどそうでもないんだけどというか腕と腕が当たるんだけど。
「……」
ほら、雪ノ下とか無言でバー握りしめちゃってるんだけど。すんげぇ顔がこわばってるんだけどこれどうすればいいの。
「あの、比企谷君」
「ん?」
ちらちらとこちらを向いては正面を向く目。何か言い出したがっているのはもうわかるのだがこのタイミングで言い出すことと言えば、これが俺の自惚れとかでなければ服の袖でもつかむのだろう。まぁ最近だといつもそんな感じだしもうそれくらいじゃ動じないぜ。さぁ来い雪ノ下!今の俺なら享受できる!
「その……手を握ってもらえないかしら?」
なん……だと……
いやいやいやいや待ってくださいよ雪ノ下さんや。えっ、何それどゆこと?えっ、手ときましたか。袖通り越して手ときましたか。というか女子の手を握るとかいつ以来だよ、小学校のころのフォークダンス……あっ、それはエアでしたね~。ん?小町?それはノーカンに決まってるじゃないですかぁ~、とそうだ思い出した一色だ一色。フリーペーパーのときの一色が多分最後だ。にしても俺のボッチスキルの一つ脳内会合にまで出てくるとかあの後輩俺のこと好きなんじゃねぇの?まぁ俺は俺であいつのこと結構気に入ってるっちゃあ気に入ってるんだけどな。
とか現実逃避してる場合じゃねぇなこれ。にしても百歩譲って手を「握る」のはいいよ。うん多分それなら多分まだ多分大丈夫、多分。どんだけ多分言ってんの俺。まぁそれはそれとして、雪ノ下は今こう言いました。「握って」と。えっ、それってつまり俺から?From me to you?マジで?
そんな意味を込めながらちらりと彼女に視線を送ると、彼女は彼女で恥ずかしさをこらえているのか顔が真っ赤になていた。うんまぁどっちかというと怖さを紛らわそうとしているようにも見えるんだけど、というかそっちの方が可能性高かったわ。まぁこんな雪ノ下のお願いを断るのもあれだしな、それにまぁ、別にいやというわけではないしな。
「あ、おう……別にいいけど」
そういって俺は左手で雪ノ下の右手を握った。正確には包み込んだともいえる気がする。それくらい雪ノ下の手は俺の手と比べて細く、小さく、そしてやわらかかった。自分とは違うほのかな温かさを持ち、手のひらから伝わるその感触に自分の鼓動がどんどん加速するのがわかる。
「ふふっ、あなたも暖かいのね」
「……お前もな……」
なんだこれ、すげぇ恥ずかしい。
ぶっちゃけ、アトラクションの内容はほとんど覚えてなかった。
でも俺はどこか満足していた。
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「にしてもお前ほんと切り替わり早いな」
「何の話かしら?」
「……いや別にいいけどよ」
カースド・キャッスルに乗り終えた俺たちは時間もよかったためにすぐにパンさんのバンブーファイトのファストパス列に並んでいた。雪ノ下も先ほどまでの若干疲れていた表情もどこに行ったのかとても晴れやかな表情をしていた。というか
「お前ほんと楽しみにしてるのな?」
「えぇずっと好きだったのだから。それに、今は……」
「あん?」
「……いいえ、なんでもないわ」
大分機嫌がよくなった雪ノ下とそれを少しテンションが上がっている俺。そのおかげなのかはわからないが列がどんどん進んでいるように感じる。体感的な時間としては数分にも満たなかったように感じる。気づけば俺たちはすでに乗り場についていた。
「行きましょうか」
「そうだな」
雪ノ下と二人並んで乗り込む。さっきのライドと比べると大分広かったはずだが俺たちは先ほどとあまり変わらない距離で座っていた。気恥ずかしさはあった。けれども不思議と距離を離そうとは思わなかった。
「比企谷君」
呼ばれた方向に顔を向けると、雪ノ下はそっと片手をこちらに伸ばしかけていた。言わんとしていることはわかる。ゆっくりと手を伸ばしてその手を握る。不思議とそこにためらいはなかった。
「……驚いたわ。あなたは拒否すると思ったのだけれど」
「まぁ、断る理由もないしな。それより、始まるぞ。このアトラクションでは私語は厳禁なんだろ?」
「そうね……それに」
ぎゅっと握られた手に若干の力がこめられる。彼女は微笑んでいた。
私たちは言葉がなくても大丈夫でしょう?
とその目が言っているように感じた。言葉がなくてもわかるというのは傲慢だ。そんなこと絶対にありえない。必ずどこかで齟齬が生まれ、誤解が生まれ、勘違いが生まれ、いつか破綻していくのだろう。けど……
ぎゅっとその手を握り返す。こんなことをしてもきっと何も伝わるはずがない。さっき俺が勝手に解釈したことだって、雪ノ下は本当は考えていたわけではないのかもしれない。それでも、確かにそこにある温かみを感じながら俺は柄にもなく考えていた。
そういう関係を望んだって、いいんじゃないだろうか。
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その後も由比ヶ浜と小町のためのクリスマスプレゼントを探しながら俺たちはいろんなアトラクションにも乗った。人気アトラクションであるところのライトニング・マウンテンや海賊の海にも乗ったし、昼のパレードも夜のパレードも見た。というか雪ノ下がパンさんのフロート車が目の前を通った時の写真の撮り具合がかなりガチだったのだが……クリスマス使用になっていたわけだし普段は見られないというのもあるのだろうが、去年来たときは見られなかったのも大きいだろうな。そりゃもうね、携帯の連射機能フル活用でしたわ。
「そろそろだな」
「そうね」
そして現在、俺と雪ノ下はディスティニーのゲート付近に来ていた。そろそろ帰ろうと思っていたのもあるが、せっかくなので最後に見ていきたいものがあったからだ。
『Hohoho! Merry Christmas!』
有名なサンタクロースの笑い声から音楽が始まり、そして観客がわき始めた。増え乃なるような音を出しながらいくつもの光が空に舞い上がり、大きな音とともにはじけた。そう、一日の最後を彩るのはディスティニー名物の一つ、スターシャワー・ディスティニー、つまりは花火だ。クリスマスバージョンである今回は赤白緑というクリスマスカラーに加えて星の形に上がる花火が数多く見られる。
「今年のもすげぇな」
「そうね……とてもきれいだわ」
二人並びながら花火を見る。周りの観客は隣同士で話していたり、花火を写真や動画に残していたりと大はしゃぎしていたが、俺たちはただそこに並んでいながらも互いに視線も言葉も交えなかった。
気が付くと俺は左手を動かしていた。ゆっくりとではあるが確実にその手を伸ばそうとしていた。そしてあるところで別の柔らかいものを感じそっと手に取った。それがいったいなんだったのかは確認しなかった。けど、それが何かは確信を持っていた。それはすぐに俺の手の中で動き、そっと握り返してきた。
今日だけで何度この感触を感じてきたのだろう。今まで見たどんな星空よりも美しく彩られている幻想的な空と、誰もが自分の生活と離れ純粋に子供のようになれる夢の国。現実とは隔離されたその場は本当にまるで現実のものではないようで、まるで俺が見ている一夜の夢のようで。ただそれでも、俺とつながっているこの手は、そのぬくもりは、その先にいる彼女は夢なんかじゃないのだと、そう実感していた。
そして空には最後の花火が上がり、再び空に静寂が訪れた。
「終わったわね……」
「あぁ、そうだな。じゃあ、まぁ、帰るか」
「そうね……そうしましょうか」
どんなにきれいな夢だとしても、それはいつかは覚めなくてはいけないもの。今宵の夢はこれでおしまい。帰るか……俺たちの日常へ。
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早めに外に出られるようにゲートのすぐ近くにいたおかげか、乗り込んだ電車はそこまで混んではいなかった。それでもさすがに座れるほどはすいていなかったため俺たちは吊革につかまりながら立っていた。
しかし帰ったらまた勉強しなくちゃいけねぇんだよな~。受験も近いから一日って結構でかいし。けど面倒だよな~、やっぱ。よし、明日も休むことにしようそうしよう。あんまし毎日勉強ばっかしててもあれだからな。
「ふぅ」
小さくではあったが雪ノ下がため息をするのが聞こえた。さすがに今日一日歩き回っただけあり、体力のない雪ノ下は大分疲れ切っているようだ。それに由比ヶ浜へのお土産も買って、荷物増えてるしな。
そこまで思考した俺はいつだったか一色にしてやったようにそっとその荷物を雪ノ下の手から取った。不意の行動に驚いたようで雪ノ下が若干きょとんとした顔で首をかしげながらこっちを見た。やめてくださいよそれ、かわいいから。
「いやほら、疲れてるっぽいし」
「驚いたわね、あなたが自分からこんなことするなんて。一色さんの教育のおかげかしら?」
「かもな……あと、小町な」
「ありがとう。素直に甘えさせてもらってもいいかしら?」
「まぁ、自分から持ったんだしな。あ~家まで送るか?」
「……じゃあ、その……お願いするわね」
「……了解」
まぁあれだ。一色のことを送ったこともあるし、よくよく考えたら由比ヶ浜を家の近くまで送ったこともある。うん、そうだ。これは至って普通のことなんだ……なんでこんなにドキドキするんでしょうかね~。
片手は吊革、もう片方は荷物を持っていた俺だったがその腕をそっと握る手があった。言わずもがな雪ノ下の手である。本当に今日の俺もこいつもらしくない。以前ならこんなにもお互いに接触しようとしていただろうか?ここに由比ヶ浜や一色、小町がいたら?あるいは雪ノ下さんがいたとしたならば?葉山や三浦たちがいたら?きっと俺たちはこんな行動をとっていなかっただろう。じゃあ何故俺たちは今こうしているのだろうか。答えは出かかっている気がした。少なくとも俺の方は、きっと俺の考えは間違っていない。ただ、雪ノ下はどうなのだろうか、それはわからなかった。ただ、同じであってほしいと強く願っている自分がいて、自分自身ひどく驚いていた。この考え、いや気持ちは知っている。自分自身を戒めてきたからこそ間違えようがないと思う。
目的の駅につき、改札を出てもなお、雪ノ下の手が俺の腕を話すことはなかったし、俺から振りほどこうともしなかった。
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「着いたな」
「えぇ」
雪ノ下のマンション前。大分遅くなってしまったが、何事もなくたどり着けたのはよかった。さすがに自転車に二人乗りするのははばかられたため籠に二人の荷物をまとめて入れ、俺が自転車を押し、雪ノ下はその隣を歩く形で帰宅した。
「じゃあ、またな」
「比企谷君」
荷物を渡し帰ろうとした俺の背中に雪ノ下が声をかけた。何か言い忘れたことでもあるのかと思い足を止めて振り返ると雪ノ下はネックウォーマーに口元をうずめながらちらりと上目使い気味にこちらをうかがっていた。そしてとんでもない発言をすることとなる。
「その……今日はもう遅いのだし、その……泊まって行かないかしら?」
「……は?」
で、現在。俺は雪ノ下の自宅のリビングで紅茶を飲んでいた。疲れを取るのにいいと雪ノ下が進めてきたその紅茶はバニラの香りがするもので、普段部室で入れてくれるものと比べるとホッとする味がした。というか、そうでもしないと落着けなかった。
クリスマスイブ、いやもうすぐクリスマスの日か。自宅で家族と過ごしてきた今までと違い、今いるのは女の子の家。しかもあの雪ノ下雪乃のだ。えっ?なにこれどんなエロゲー?いややったことないからわからないけど、ホントホント、ハチマンウソツカナイ。
「……なぁ、急にどうしたんだ?なんか話でもあったとか?」
「そうね、話がある、と言えばそうなのだけれど、その……どう言い出せばいいのかがちょっと……」
最近こうやって言葉に詰まるというか要領を得ない雪ノ下をよく見るようになったと思う。それも、俺と二人でいるときにのみだ。今までの俺のままであるならここで自分を戒めるだろう。余計な期待をするなと。この雪ノ下の変化にしても別に特別な意味はないのだと。そこに理由を見出そうとするのも、変な期待をするのもただの勘違いであって、まったくもって意味のないことなのだと。ただ、俺は……
「その……あなたについて話したいことがあるのだけれど」
「奇遇だな」
「えっ?」
「俺も、お前について話したいことがあった」
「そ、そう……なの?」
「先に話させてもらってもいいか?」
「え、えぇ……どうぞ」
「雪ノ下、俺は……俺は……」
これが俺の求めていた本物かどうかはわからない。ただ、俺自身の中で強くなってきたこの気持ちがただの勘違いや病気だとは思えない。欲しているのがわかる。心が、体が、少しくさいかもしれないが魂が、求めているのだろう。今この現状、その先に進むことを。もしかしたら俺の自惚れかもしれない。でも今日一緒に過ごした雪ノ下は今までのどんな時よりも楽しそうで、嬉しそうに見えた。由比ヶ浜にすら見せないような、そんな表情をいくつも見せてくれたように思えた。そんな彼女の一挙手一動が、彼女と交わす一語一句が、何より触れ合った手から感じ取れた彼女のぬくもりが……愛おしいと思えた。
「お前が、好きだ」
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雪ノ下が息をのむのを感じる。彼女が何か言う前に今俺の気持ちをすべて伝えるべく言葉を唯紡ぐ。
「きっと初めて会った時から、どこかお前を特別に感じていた。その生き方に俺はあこがれていたんだと思う」
「ただ、お前だって人間だと気付いた時に失望していた自分もいた。けど、もっと関わっていくうちにそれも変わっていくのが分かった」
「傷つけたくない、なくしたくないと、そう思っていた。いつの間にかお前を本当に大事に感じている俺がいた」
「本物が欲しいというのを最初断られたと思った時は絶望した。その後また一緒にいられると思った時には正直嬉しかった」
「クリスマス会や三浦の依頼、バレンタインのときに感情にさらに変化があった。お前といると鼓動が早くなった、自分が動揺しているのが分かった」
「それが勘違いだと、そんなことないと何度も自分を戒めた。それでも、この気持ちはなくなるどころか大きくなっていった」
「今日一日お前と過ごして、俺はもう認めること以外できなかった」
「俺が、お前のことを、好きだということを」
俺が語る間、雪ノ下の方を極力見ないようにしていた。彼女がいったいどんな反応をするのかが怖かった。自身のこの気持ちを拒絶されてしまったら、俺はどうすればいいのだろうか。これまで通りに、こいつと会うことができるだろうか……
ちらりと雪ノ下の様子をうかがった俺はびっくりした。雪ノ下は静かに泣いていたのだから。口を両手で覆い、声を漏らさずに泣いていたのだから。
「ぁ、悪い……そうだよな……その、なんだ、忘れてくれ」
その涙を拒絶の意と受け取った俺はすぐにその場を立ち去ろうとした。その背中に軽い衝撃を感じた直後、俺に背中から体の正面にかけて二つのの細い腕が巻きつけられていた。雪ノ下が、俺の背中に抱き着いていたのだ。
「好き……私は、比企谷君が……好き」
そう呟くように何度も彼女は繰り返して言った。俺が好きだと。何度も何度も、俺に言い聞かせるように、捻くれて人の好意を素直に受け取れなくなっている俺の心に届くように。何度も何度も、そう繰り返した。
「あなたの捻くれた優しさが好き」
「めんどくさがりのくせにちゃんと仕事をこなす真面目さが好き」
「いつだって私や由比ヶ浜さん、一色さんのことを大切にしてくれるところが好き」
「あなたと交わす一つ一つの会話が好き」
「少ない言葉でも私を理解してくれるところが好き」
「私のことをちゃんと見てくれて、認めてくれるあなたが好き」
「『雪ノ下雪乃』を認めてくれるあなたが好き」
「何よりも、誰よりも、雪ノ下雪乃は比企谷八幡君が、好き」
背中から聞こえるその一つ一つの言葉が心に染み入るように入ってくる。今までに感じたことのないあたたかい気持ちで満たされていくのを感じる。俺は振り返り雪ノ下をそのまま抱きしめた。本当に細くて、力を入れすぎたら壊れてしまいそうで、それでいてあたたかくて柔らかくて、安心できて、満たされる。あぁ、これが、幸福なのだろうか。
「雪ノ下……」
「比企谷君……」
どちらともなく名前を呼び、どちらともなく顔を近づける。
唇に感じた柔らかさは、今までのどんな雪ノ下よりも鮮明に彼女の存在を俺の中に刻み込んだ。ぼんやりと聞こえるのは時計の音、12回なったその音は、日付が変わったのを教えてくれる。既に12月25日、クリスマスの日。
「メリークリスマス、雪ノ下」
「えぇ。メリークリスマス、比企谷君」
今年のクリスマスのプレゼントは、今までで最高のものに間違いないな。そう思いながら俺は再び雪ノ下と口づけをかわした。
みなさんにも素敵なクリスマスでありますように。
メリークリスマス!