TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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他視点サイドのお話がここからちょこちょこ続いた後に本編にまた戻ります。


番外編 その1 平等橋

 12歳の時。母親が知らない男と行為に及んでいる所を見てしまった。 

 

 朝学校へ向かって、途中で忘れ物に気が付いて家に引き返した。

 図工で使うハサミなんて忘れたままでもよかったはずなのに。

 その後すぐに両親は離婚した。親権は父親が勝ち取ったそうなので俺と姉貴は父親に付いて行くことができたのが唯一の幸いだった。

 だがそれ以来俺は本能的に女性に嫌悪感を抱くようになってしまったらしかった。

 母親ではなく女としてのあの人を見て以来、女性に対して汚らわしいというイメージが頭から離れなかった。

 それは中学高校と学年を上がっても変わらなかった。むしろ悪化したといってもいい。

 中学の時始めて彼女ができた。

 自慢するわけじゃないが俺はそこそこ顔が整っている方だと思う。流行には聡いし、興味もある。姉貴の影響で女子受けがする話題なんかも良く耳にしていた。だから女子と仲良くなることは容易だったといってもいい。

 俺は母親の一件から女子が苦手になったが、このままでいいとも思っていなかった。だからリハビリのつもりで女子と仲良くして、その延長で告白を受けた。ただそれだけの話だった。

 今でもガキだが、あの当時の俺は更にガキだった。興味本位で告白を受けて、映画やドラマで恋人同士がやりそうなことは一通りやってみた。

 だが体を重ねる行為だけはできなかった。

 幼かった当時の記憶がフラッシュバックして強烈な吐き気に襲われたからだ。

 そうやっていつの間にか彼女とは連絡が取りあわない日が増え、ある日好きな人ができたとあっさりフラれた。

 悲しくはなかった。

 友達としては好きだったが恋愛対象として見ていなかったからというのも勿論ある。

 でも本心はやっぱりなとどこかで諦めていた部分があったからだ。

 女性は信用できない。

 別にうちの母親が特別だったわけじゃない。女はそういうものなのだと思ったからだ。

 表面上俺は常ににこやかだったと思う。クラスの中心にいたことは自覚できていたし、そこで変に謙遜するつもりもない。

 でも俺の心は常に不安定で、特に対人の距離の測り方がうまくいかなかった。合わせることはできても自分を見せることはできない。浅い付き合いの人間しか生まれない。

 姉貴は俺を見て、「結構重度な人間不信だよね、あんた」といった。そうかもしれなかった。

 世の中もっとひどい体験や苦労をしている人がいることは知っている。

 たかだか母親の不倫現場を見たくらいで何年も引きずる俺の心は随分弱いのだろう。

 そんな俺の心に更に追い打ちをかける出来事が起こった。

 中学三年の時に親父が倒れた。

 原因は過労だった。

 母親が出て行ってから、親父は何かに取り付かれたかのように仕事の虫になった。目に生気が宿っておらず、俺たち姉弟が何を言っても弱弱しく微笑むだけだった。

 親父をここまで追い詰めた母親だった女を俺はますます憎むようになった。

 中学の卒業を待たず、親父は死んだ。

 ここまで大切に、何とか守り続けてきた最後の生命線のようなもの。それがなくなった。俺の中でかろうじて守ってきた精神的に大切な何か。それがぷつんと音を立てて切れた気がした。

 親父の死をきっかけに俺たち姉弟は変わった。

 姉貴は母親が出て行ってからいろいろとグレて悪さをしていたが、真面目に働くようになった。高校に行かず働くと息巻く俺を殴り飛ばし、学費の負担を全て姉貴が請け負った。

 住んでいたマンションを引き払い、安いアパートに二人で引っ越した。

 姉貴は慣れない生活もなんとか四苦八苦しながら楽しんでいるようだった。

 人格が別にあるんじゃないかと思うほど外面のいい姉貴は職場での待遇もいいらしい。楽しそうに話す姉貴とは対照的に、俺は全く前に進めずにいた。

 親父の死がなかなか受け入れられず、姉貴にも迷惑をかけた。

 それでも姉貴に似た外面で表面上俺はつつがなく学校生活を送れていた。

だがふとした時に思うのだ。ここにいる俺は一体誰なんだろうか、と。

 自分なのに自分じゃないような、ある種乖離した存在として自分が写る。

 家に帰ってベッドの中にいる時だけ本当の自分でいるような気がした。

 高校に上がっても女子が苦手なのは変わらなかった。

 上手くやること、人間関係波風立てないことができる。

 でも踏み込んでくるもの相手にどう対処すればいいのかわからなかった。

 結局は体裁や、その場その時一瞬の立場を考えて告白を受け、そしていつも後悔していた。

 自分が嫌いだった。相手を傷つけているとわかっていながら、それでも前に進めない、進み方が分からない自分に苛立ちを覚えていた。

 何度か付き合ってみても、結局いつも俺はフラれていた。

 一緒に遊ぶことはできる。服を見てあげることはできる。綺麗なものを一緒に見て感想を言い合うことはできる。でもそれ以上のことができない。

 初めはそんな俺のことを紳士だなんだと嬉しがった相手も、次第に疑問を抱き始める。

 最終的には煮え切らない態度の俺を見て自然と離れていく。

 頭では俺に非があることはわかっていた。だが感情は違う。

 やっぱり母親と同じ女は皆一緒なんだ。

決めつけだった。

 

 そいつと話したのはそんな腐りきっていた時だった。

 

 そいつの顔自体はいつも見ていた。同じクラスだったからだ。

 こういう言い方をしては誤解を招くかもしれないが、男子の癖に下手な女子よりも顔が整っているやつだった。

 背は低いし、声は高い。仕草がいちいち小動物染みている割に不良のように口汚い。

 狙ってやっているんだったら痛々しい奴だ。

 碌に話したこともないくせに俺は偏見でそいつ、綾峰公麿を見下していた。

 男子の制服を着た女子、少なくとも外見はそう、な相手に俺は戸惑ってたのだと今ならわかる。

 でもあの時の俺はひたすらに精神が未熟で、少しでも気に入らないと他人を心の中で見下す悪癖があったのだ。

 きっかけはいつかの体育の時間だったように思う。

 先週末の試合で右足を痛めた俺が先生に事情を話し見学していると、隣の見学者席にぽすっと小さいのが腰かけてきた。

 ちらっと盗み見ると、左手を包帯でぐるぐる巻きにしている綾峰がいた。

 仲良くする気はこれっぽっちもなかったが、気さくなクラスの中心人物を演じている俺は条件反射のように綾峰に声をかけていた。「よお、お前も欠席か?」確かこんな中身のないものだったと思う。

 綾峰はびくっと露骨に肩を揺らし、恐ろしいものでも見るかのような目で俺を見てきた。

 いつまで待っても返事が返ってこないので続けて何か言うと、ようやくぼそぼそと何かを返してきた。声が小さいのと、喉の奥で掠れて何を言っているのかわからなかった。

 睨まれている。一見すると怒っているようにも見えた。

 眉間に皺をよせ、口を尖らせて半目になってこちらを見ていた。

 だがよく観察してみると、それらの動作は必死で何かを伝えようとしている最中の副産物のようなものであると気が付いた。

 仏頂面のように見えるが、よく見ると耳も顔も赤いし、小さすぎてよく聞こえないが時たま「おう」だの「そうだな」といった同意を促す声も交じる。

 話をするのが苦手なのかと思った。

 クラスでも綾峰は男子とあまり喋っているところを見ることは少ない。

 大概は近くの席に座っている女子と喋っているのを傍で聞くことがあるくらいだ。こいつがこんなに人見知りをするなんて思わなかったな、と意外なことに、なぜか俺の綾峰に対する評価は上がった。

 綾峰はクラスの男子や女子に一線を引かれている。

 いじめとか悪い意味じゃない。いや綾峰にしてみれば悪い意味になるのかもしれないが、よくも悪くも綾峰のことを特別扱いしているのだ。

 男子は明らかに女子が男子の制服を着ているように見える奴を相手にどう振る舞えば分からず、しかも相手は極度の人見知りだ。

 俺のように最初から本心で仲良くしたいと思わず、ただ人間観察だけがうまくなった相手にしかわからないような仏頂面で対応されれば普通の奴なら嫌われてるのかなって思う。

 女子は女子で綾峰のことを顔がキレイな男子と認識してはいても、女子とは明らかに違うので同じ仲間に入れることはない。

 グループワークで仲間外れにされることはないが、特定のグループに入ることはない特別な存在。言い換えれば孤高の存在といってもいいだろう。

 俺は綾峰を見て自分に似た部分を感じ取った。

 自分の性格や性質のせいで、自分の振る舞いたいように振る舞えないもどかしさ。それを綾峰から感じ取ったからだ。

 俺は随分久しぶりに姉貴以外の他人に興味を持つことができた。

 教室で会えば特に用もないのに絡みにいったし、連絡先を聞きだして休日に遊びに誘ったりもした。

 初めは興味本位だった。

 綾峰公麿という異質な人間を観察することが面白かったのだ。

 しかしこいつとの付き合いは俺の予想をはるかに上回るほど楽しいものだったことは予想外だった。

 食や音楽、芸能人や映画など俺たちは細かい点で好みが合った。

 綾峰は最初のほうこそ戸惑いはすれ、俺に絡まれることを嫌なことだとは思っていないようだった。少なくとも俺にはそう見えた。ひょっとするとこいつがNOと言えない類の日本人かとも思ったが、今のあいつを知る俺なら言える。あいつもこの時まんざらでもなかったんだと思う。

 もともと人嫌いでもなんでもなく、ただ昔いろいろあったらしく人見知りになってしまっただけなので、ぐいぐい来てくれる人間はむしろ望むところだったのだろう。

 慣れてくると綾峰はどんどん俺に対して気安くなってきた。

 俺のことを呼び捨てにし出し、少しでもおもしろくない冗談を言えば白けた目を向けてくる。

 いらっと来ることも度々あったがこいつといるのはだんだん本心で楽しいと感じている自分がいた。

 綾峰が本当の俺を見ているのかはわからないが、こいつの前で俺は『クラスの中での役割として果たしている俺』を演じていないことに驚いた。

 それは綾峰が特定のグループに所属していないので、綾峰の前では別に『いい人』を演じる必要がなかったというのもあるだろう。

しかしそれだけではない。

 同類を見つけたという親近感、それに伴う油断からか。

 俺は綾峰を知らず知らず信頼することで、また綾峰もそんな俺の無意識な信頼を返してくれることで、気が付けば俺は人間不信が前よりも大分緩和されていることに気が付いた。

 感情が体に追い付いている感覚が生まれてきた。

 クラスでの振る舞いもずっと動きやすくなった。流石に演じる演じないにかかわらず、これまで作り上げてきたキャラは崩せなかったものの、綾峰という逃げ道が俺の精神を安定させていた。

 クラスメイトの、それも男子に若干依存している部分があるだなんて、字面に起こしてみるとぶっちゃけキモいし引いてしまう自覚はあった。

 だが仮に綾峰が女子だったら俺はここまで楽にはならなかったと思う。

 以前クラスの男子に半分冗談で「お前らデキてんのかよ」と綾峰とセットで茶化されたことがあった。冗談とわかっていないのか綾峰が真っ赤になって否定している所が一番笑えた。

 そこで考えてしまうことがある。

 しばしば冗談半分で俺は綾峰の体をやや度の過ぎたスキンシップと称して触れることがある。

 相手の反応が面白くてしてしまうのだが、その時に昔付き合ってきた彼女たち相手に抱いた嫌悪感が綾峰には表れない。

 他の野郎相手に試したことがないから何とも言えないが、想像するだけで吐き気がするのできっと綾峰限定だ。

 もともと女顔だからあんまり男に見えないっていうのもある。

 そうなった時、俺は真剣に自分が同性愛者ではないかと不安になることがあるのだ。

 誓っていうが俺は綾峰に欲情したことはない。

 しかし触れて嫌悪感が出ない相手、それが女性でないということは俺にそういう素質があるということではないだろうか。

 二年に上がり、男らしくなるどころかますます美少女ぶりに磨きがかかった友人相手に悶々とした日々を過ごしていたある日。

 

 綾峰が女になって学校に現れた。

 

 


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