TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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きみまろ

「改名ですか?」

「うん。どう思う?」

 俺はお袋の手伝いをしながら、今日平等橋と話した内容を伝えた。

 リズミカルにキャベツを刻む手を止め、お袋は俺を見た。どことなくその目は嬉しそうだ。

「公麿さん、もう彼氏ができたのですか?」

「そうじゃねえよ」

 思わず食い気味に突っ込んだ。男の時にお袋にこんな突っ込みを入れることはなかったので新鮮だ。いつもこうやって突っ込みを入れる相手は親父だけだったから。そんな親父はお袋にボコボコにされてソファに沈んでいる。

「わかっていますよ」

 調理の手を再開させて、「名前の件ですね」と言う。

「反対はしません。公麿さんの好きにするといいと思います」

「え、反対しないの?」

 てっきり「親のつけた名前を変えるとはどういうことだ!」くらいは言いそうなものだと思ったのだが。

「女の子で『公麿』となるとやはり目立つのではないかと思いますから」

 お袋は改名にどちらかというと賛成しているような節があるようだ。

「どんな名前がいいと思う?」

「そうですね。そうは言っても公麿さんのお名前には愛着があるのも事実ですし、ああそうだ。『公子』はどうですか?」

「そのネタはもう一回やってるんだけど」

「ネタではないのですが」

 お袋とぽつぽつ会話を交えながら料理をしていると、玄関で「たっだいまー!」という元気な声が聞こえてきた。妹のゆかりだ。

「あれー! お母さんが帰ってきてる!」

 ゆかりはとてとてリビングにやってき、お袋の姿を確認すると満面の笑みを浮かべた。

「お帰りお母さん!」

「ただいまゆかりさん。そしてお帰りなさい。風邪をひかないように手を洗ってきなさい」

 ダッシュでお袋に抱き着くゆかりを優しく受け止めるお袋。このストレートな愛情表現は俺にはマネできない。

「あれ? お母さんが帰ってきてるってことは」

 ゆかりがきょろきょろと周囲を確認するので、俺は無言でソファを指さした。

 するとゆかりはお袋にしたようにぴょーんとソファにダイブして親父に抱き着いた。抱き着いたって言うかフライングボディアタックだなあれじゃ。

「ぐぶぅう! 何事だ!」

「フハハハハ! ビッグボスよ! お帰り!」

「む、その声は我が愛しの娘ゆかり! マイリトルフェアリーよ!」

 花の子ルンルンよろしく手を取り合って踊る二人。あほらしい。

「埃が立ちますね」

「お袋、もっと他に言うことねえの?」

 その後兄貴が帰ってきて、久しぶりに家族五人で食卓を囲むことになった。

「兄貴今日バイトじゃなかったっけ?」

「両親が帰ってくるってことでシフト変わってもらった」

 俺がシチューをよそって渡すと、兄貴はそういった。

 最近兄貴はアルバイトはじめた。

 もともとバイト自体は興味があったらしいが、家事を、特に夕飯を作らなければいけなかったのでその余裕がなかった。

 流石にそれはだめだろうと俺が兄貴のいない日の料理を当番を担当することで、兄貴は週に3日の間隔でコンビニで働くようになった。

 料理は偶に愛華さんに教わっているので最近簡単なものなら作れるようになったし、学校から帰ってきて暇なときは料理教本を片手に何かを作るのが楽しくなってきたので、俺の料理の腕も少しずつ上がってきている。ゆかりは「まだまだだねお姉ちゃん」と指を振ってくるが。あれすげえムカつくんだよな。

「大介。お前少し背が伸びたんじゃないか?」

「二十歳近い男が身長伸びるかよ」

「お母さん! あたし一ミリ背が伸びたよ!」

「よかったですねゆかりさん。でもきっとそれは誤差の範囲だと思いますよ?」

 親父と兄貴が、お袋とゆかりが楽しそうに卓を囲む。

 男の時の俺はこういう時どっちについて話を聞いていたっけ。

 男だから兄貴たちに交じっていたっけ。それとも親父があまりにも馬鹿だからお袋の方に交じっていたか。

 気が付けば俺の皿は空っぽになっていた。黙々と食っていたからだ。

 ああそうか。どっちにも入っていなかったな俺。そういや。

 家族で飯食う時はいつも俺だけ速攻で食い終わって、自分の部屋に行っていたんだった。

「公麿さん」

 ご馳走様と席を立とうとした俺をお袋が呼びとめた。

「デザートにプリンがありますけど、食べますか?」

「食べる」

 ゆかりがずるいと言い、親父がだったら急いで食べろと囃し立て、兄貴はマイペースに食べ続ける。

「お袋。俺も手伝うよ」

「そうですか?」

 冷蔵庫から出すだけなのだから手伝いも何もいらない。それが分かっているはずなのにお袋は何も言わなかった。

 

 

 キッチンはリビングから少し死角になっていて、冷蔵庫からこちらを窺うことはできない。

「真ん中の子は寂しいですか?」

「ちょっとだけ」

 お袋にはかなわない。俺の微妙な立ち位置というか感情を読み取ってくれる。

 兄貴は年長ということで、また男ってことで親父と気が合いよく二人だけで話をする。ゆかりは末っ子ということもありお袋にべったりだ。どちらでもない俺はいつも宙ぶらりんで、どちらかに甘えることがなんとなく難しかった。

「体の変化のこともあって、いろいろ大変だったでしょう。いっぱい甘えなさい」

 お袋はそっと俺の頭を撫でた。

 久しぶりに抱き着いたお袋からは、石鹸の優しい匂いがした。

 

 

「はい第一回公麿改名コンテストー!」

「おい、やめろよそんな適当なノリで始めるの!」 

 夕飯後、親父がテンション高く宣誓した。お袋は静かにお茶をすすり、兄貴はおざなりに手を叩き、ゆかりはキラキラと目を輝かせる。

 プリンを食べながら、「俺名前変えようかな」と呟いたところ、親父が急にテンションを上げこのような運びとなった。どうでもいいがこの人は帰国の疲れとかないのだろうか。お袋はすげえ眠そうにしてるが。

「はいじゃあルール説明ね! 俺がたまたま持ってるこれ、この紙に思いついた名前を書く。それをこの去年間違ってコンビニで買っちゃった隣の市のゴミ袋に入れる。順番に公開していって公麿が一番気に入った名前にするってことで!」

「おいふざけんなクソ親父!」

「こら公麿! 親父をクソとは何事だ。クソなどと汚い言葉を使ってはいけないぞ! せめてうんちといいなさいうんちと! そうすればクソというよりはよほどましな……」

「お父さん? そろそろ口を閉じないとゴルフバットで頭を叩きますよ?」

「……というどうでもいい話だが、うん、まあ面白そうだし取り敢えずやろうじゃないか!」

「え、えぇ……」

 全く乗り気でない俺とは対照的に、家族はいそいそとペンを走らせていた。兄貴も参加していたことにびっくりした。

 ものの数分で全員が書き終えると、親父は回収した紙を四つに折り、袋の中に入れてがしゅがしゅシェイクした。

 ていうかもっと考えた名前にしてくれよ。

「よーし、じゃあ一発目いこうか。どーれーにーしーよーうーかーな! こいつだ!」

 びっと一枚の紙を摘まみ上げた親父。

 それを俺に渡す。読めってことか。

「えーと、『あかり』か」

「えへへへ。あたしだぁ」

 ゆかりが照れくさそうに手を挙げた。え、これ書いた本人が名乗り上げるスタイルなの? だったらなんで袋に入れて匿名性を高める工程を一回挟んだんだろう。

「ゆかり、この名前にした理由を聞いてもいいか?」

「イエスビックボス! えと、ゆかりの名前とちょっと名前の響きが似ているのと、あとなんか最近のお姉ちゃんがあかりちゃんって感じがしたから!」

「成程成程」

 親父は鷹揚に頷いたが俺は全然意味が分からなかった。名前の響きが似ている以外何一つ分からなかった。

「判定は公平性を保つために最後にまとめてすることにしようか」

「まあいいけどさ」

 親父はさっそく次の紙を俺に差し出した。

「えーと『すず』?」

「『りん』だ」

 今度は兄貴が手を挙げた。『鈴』と漢字が一文字あっただけなのでどちらの読みかわからなかった。

「理由を聞こうじゃないか」

「ああ。名前の響きがキレイなこと、それと公麿がちょっと猫っぽいからな。それだけだ」

 思いのほか適当な理由だった。猫っぽいってなんだ。帰省本能薄そうって意味か?

「ふふふ。家族が公麿のことをどう思っているのかよくわかる瞬間だな。じゃあどんどん次行ってみようか!」

「えーと、『公子』うんこれお袋だな。次行こう」

「お待ちなさい公麿さん。それではあまりにも不公平というものです」

 俺の雑な扱いが気に障ったらしい。お袋は席を立って待ったをかけた。

「一応理由は聞くけどさ。さっき聞いたのと同じじゃないの?」

「基本は同じです。まず公麿さんの公の一字が入っていること。そして女性らしさを表す子の一字。疑いようもない素晴らしい名前だと考えます」

「まああれだな、その名前云々っていうより母さんはネーミングセンスがないからな」

 湯のみが親父の鼻っ面にジャストミート。泡吹いて倒れやがったよこの親父。

「不慮の事故が起きてしまいましたが続けましょうか。最後の一枚ですね、というかこの流れだとお父さんのものになりますね」

「嫌な予感しかしない」

 お袋に渡された最後の一枚を開き、俺は息を飲んだ。

「……」

「どうかされましたか? 公麿さん」

「あ、いやなんていうか」

 俺は笑いながらその紙を丸め、ポケットにねじ込んだ。

「もう今日は遅いしさ、また今度にしようよ、ね?」

「えー、お父さんなんて書いてあったの? 知りたい―!」

「いや大したこと書いてないから、もう寝るぞゆかり!」

 俺の強引な締めにお袋と兄貴は何か察したようだった。

「そうですね。そろそろ寝ましょうか」

「ゆかりも寝るぞ」

 と俺の擁護に回ってくれた。

 俺はそそくさと自分の部屋に戻り、丸めた紙を開いた。

 『きみまろ』

 漢字でもなく、カタカナでもなく、ただその四文字がそこにはあった。

 いつか小学校の宿題で自分の名前の由来を聞いて来るというものがあった。

 俺が親父にそれを聞くと、親父は『なんかかっこよさそうだから』と適当に答えたが、お袋がそっと俺に教えてくれた。

『「公」という字には「偏らず正しいこと」という意味があります。誰とでも平等に接することのできる優しい子に育ってほしい、そんな思いがあってこの字を選んだのですよ』

『じゃあ麿は?』

『そうですね、実は麿という字はうんちという意味があるんです』

『ええ! うんち?』

『はい。昔の人は悪霊というものを信じていました。自分の大切な子どもにわざと穢れた名前を付けることで、悪霊から我が子を守るという考えがあったのです。あなたから災いが降りかからないように麿という字をつけたのです』

 今なら、親父がどうしてそんな時代錯誤な名前を付けたのかわかる。

 信じる、信じないにしろ、『花婿の呪い』が俺の身に降りかからないようとある種の呪いを兼ねたのだ。

 お袋には聞かなかったが、ひょっとしたらこの呪いが降りかかるのは男でも、特に次男など限定があったのかもしれない。兄貴の名前は古風ではあるものの普通だから。

 確かに今の名前は女の子がつける名前じゃないだろう。時代錯誤甚だしいし、結局俺は呪いにかかってしまったようだし。

 でもなあ。そんな俺の名前をそれでもこれがいいと思ってくれる人がいるんだ。

 もう少しこのままでもいいか。

 そう思わせるくらいの気持ちが生まれた。

 この先多分名前を変える機会はあるだろう。

 何せこの名前は女として生きていくには少々特殊過ぎる名前だ。

 でももう少しだけこの名前で生きていこうと、俺は思った。

 

 


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