いつだったか忘れたが、俺はどうやら随分表情に出やすい性格をしているらしいということを指摘された覚えがある。
昼休みが始まるのを今か今かと待ち構えているのがよくわかった。そう荒神に言われた。
「なんで分かんだよ」
「あなたを愛しているから。そしてあなたも私を愛しているから。相思相愛だからよ」
「一方通行でも相思相愛っていうのか?」
荒神との絡みも慣れたものだ。近頃じゃちょっと冷たい事言ってもまったく平気な態度を取ってくるようになった。反動で向こうの発言も過激さを増していくんだけどさ。
「でも今日のマロちんは結構わかりやすかったと思うよ」
「え、そう?」
亜衣が荒神に便乗するように隣の席から椅子を引きずって俺の席に弁当を置いた。舞衣は後から来るらしい。
「そうね。これはもう吐きなさい。平等橋と何かあったっていう空気でもないし、単純にいいことがあったんでしょ?」
荒神は真剣に俺の心の中を覗き見ているんじゃないかと不安になる発言をかましてくる。怖い。うん。怖い。
でも嬉しそうな顔か。確かにそういわれる理由は今の俺にはあった。
俺は武骨なデカい弁当箱をでんと机の上に置いた。普段使ってる丸い弁当箱じゃない、いかにもドカ弁って感じの弁当だ。
「すごいデカいね」
「あなたこんなに食べれないでしょ?」
亜衣と荒神が口を揃えて目を丸くする。ふっふっふ。何とでもいうがよい。
「これはかなり久しぶりに作ってもらったお袋の弁当なんだ」
俺の笑顔の理由。それは今日お袋の弁当を持参できたからだ。
お袋は料理がべらぼうに上手い。和食洋食中華なんでもござれだ。兄貴の料理もそこらの定食屋なんかより全然うまいが、お袋には勝てない。そんなお袋が作ってくれた久しぶりの弁当に俺はテンションをあげていた。弁当箱が武骨すぎるのは確かに気になったが、そんなもの些細な問題だ。
俺は嬉々として弁当の蓋を開けた。
ぎっちり詰まった寒天がそこにはあった。
「……」
「え、綾峰泣いてるの?」
そっと蓋を閉じた俺に気遣うような荒神の声。優しさが身に染みる。
重いはずだよ。隙間なく寒天が入っているんだから。
俺お袋を怒らせることなんかしたかなーと不安になったので、ひとまずお袋にメッセージを送ろうとスマホを取り出した。するとお袋から先にメッセージが届いていた。
『ごめんなさい! お父さんのお弁当と間違えて渡してしまいました! 今日は学食か購買で済ませてください。お金は後で払います』
ほっと一息ついた。これは事故だったのか。親父が何をやらかしたのかはわからないが、今回の件は偶然らしい。
お袋の言う通りこれを昼食にするのはきつい。弁当箱いっぱいに詰まった寒天って見ているとなんだか別の生き物みたいに見えて来るし。きな粉でもあれば変わったんだろうがあいにくそんなものはなかった。こんな仕打ち受けるほど親父は一体何をしたんだろうか。
今日は仕方ないか。
荒神が自分も学食に行くとごねたが、昼休みに女バスの練習があるらしく泣く泣く俺を見送った。
いつも昼飯を食って休憩時間中ごろくらいに平等橋と約束をしている。まだ早いかなと思って覗いてみたら平等橋が数人の男子と一緒に飯を食っていた。平等橋の昼は学食と弁当が半々くらいの比率だ。愛華さんが用意してくれる時が弁当で、忙しい時は学食で済ませるよう言われるらしい。これは最近聞いたことの一つだ。平等橋のプライベートが少しずつ分かっていくみたいでちょっと嬉しかったりする。
平等橋の周りにいるのもクラスの男子がほとんどだ。何人か顔見知り程度のあまり話したことのない奴が交じっているが、これなら俺が近づいても平気だろう。
ちょっと悪戯してやろうか。
できるだけなんでもないように平等橋に後ろから近づく。
クラスの男子が俺に反応したようだが、人差し指を立ててしーっと合図をすると、でへへと言わんばかりに相好を崩した。おいバレるだろう。
何とか平等橋に気づかれることなく背後に陣取ることに成功する。
こいつめ、俺が後ろにいると知らないもんだから、女性の尻についての魅力を熱弁してやがる。滑稽だわ滑稽。うはははは。
ぽんと軽く平等橋の肩に手を置いた。振り向く奴の頬に俺の人差し指がめり込む。
よくある振り返った反動で頬っぺたが突っつかれた状態になるアレだ。名前は知らん。
平等橋は目を瞬かせながら、何してんのといった目で俺を見てくる。くそ、反応が薄い。作戦失敗だ。
俺は無言でその場を後にした。
いたたまれない複数の視線が俺の背後を刺してくる、気がした。流石に被害妄想か。
「早いじゃん公麿」
気を取り直して何食べよっかなーと食堂の張り紙を眺めていると、平等橋がよっと片手をあげて俺の横に立っていた。
「ひょっとして邪魔しちゃった?」
だとしたら悪い。
「いや、お前が来たから出て来たってのは間違ってないけど、あいつらの嫉妬が目に余ったからな」
嫉妬とはなんぞや。
平等橋が先ほどいた席に目を向けると、一斉に平等橋に向かって中指を立てている連中がいた。俺と目が合うと、ポケットに手を突っ込みすまし顔で口笛を吹く。
「私モテモテだね」
「だな。男ん時から」
「それは言うなよ。でもそんな私をはべらせてお前も気分いいんじゃないか?」
「よく言うぜ、毎回俺にジュース奢らせる金食い虫の癖によ」
けらけらと笑い合って小突き合う。うん、いつも通りだ。いつも通りの中に微妙に攻めた発言を混ぜてみたんだけど、それも華麗にいなされてしまった。
こいつ本当に俺のことどう思ってんだろう。
手早く食べたいということもあって、俺はそばを注文した。手持ちがなかったので素そばにしようとしたら、平等橋が横から小銭を投げてきてくれたのでかき揚を上に乗せることができた。ありがてえ。
「気前いいじゃん」
「最近バイトはじめたからな」
「え、聞いてないんだけど」
「言ってなかったっけ?」
聞いてない。席に着いた俺は半眼になって平等橋を睨みつけた。
「んな顔しても微塵も怖くねえよ」
「怖いと思ってやってんじゃないの。これは不満を表現してる顔なんですけど?」
おかしな話だ。別に友達に隠し事をするだけで怒られる謂れはない。だが先日の一件もあり平等橋は弱かった。
「姉貴の事務ちょっと手伝ってるだけだよ。土曜とか空いてる時間だけだけど」
「愛華さんの?」
思わぬ名前が出て俺は驚いた。愛華さんとは平等橋の姉のことで、近くの会社で働いているとだけ聞いたことがあった。
「小さい会社だからな。週一とか部活あって全然入れないけど、簡単な雑務の手伝いするだけでそこそこもらえるんだぜ」
「えー、私もやってみたい」
「残念。このバイトは俺専用なんだ」
どこかの口と髪型を尖らせた小学生みたいなことを言い出した。
俺がそばを啜っていると、視界に知っている奴が通りかかったので、反射的に声をかけてしまった。
友達が少ないからいざその友達が目の前来ると声を掛けずにはいられない性。それが俺でした。
「餅田ー」
餅田美奈子。先日俺と友人になった他のクラスの女子生徒。高校での俺の友人、通算五人目だ。
「公麿ちゃん?」
餅田は俺を見つけるとゆっくりと歩いてきた。相変わらず歩き方が優雅で、上品っぽい。
俺一人だと思っていたのだろう。
餅田は対面に座る平等橋を見て眉を顰めた。え、そんなに他の人がいたらいやだったのか?
「……平等橋、正義」
餅田は歯噛みするように平等橋を見た。というか睨んだ。平等橋は「ひぇ?」と何とも情けない鳴き声を上げた。
そういえば、餅田は俺のことを『綾峰くん』ではなく『公麿ちゃん』と呼ぶようになった。本人なりのけじめらしい。俺は相変わらず餅田と呼ぶけど、本人も何かあだ名とか下の名前で呼んでほしいといった欲求があるのだろうか。
餅田の気持ちを知って以来、やはりどこか気まずい関係ではあったのだが、いつからかそんな気まずさもなくなった。餅田曰く荒神が何か言ったらしい。
美術部にも時たま顔を出している。
特に何をするってわけでもないが、餅田の描く絵なんかを隣で眺めるくらいか。
他の部員にも受け入れられつつみたいで、この前なんて入部届までくれるようになった。俺特に絵とか描いてないんだけど、居心地いいためついつい入り浸ってしまう。入っちゃおっかなーと悩む。でもそうなったら兼部することになって面倒だなとなかなか入部届に印を押せない。
益体もないことを考えていると、平等橋と餅田が険悪な空気になっていた。
「へえ、あなたが『あの』平等橋くんですか?」
「何を聞いたかわからんけどそうだよ。そういうそっちは『あの』餅田さんですか?」
二人とも同じ言葉を使っていても意味が全然違う風に使っているっていうのは一目瞭然だ。互いになにを指しているのかはっきりとは不明だが、どす黒い敵意が両者の間に流れ始めていた。まずい、荒神よりひどい対立になりそうだ。
「じゃ、じゃあそろそろ私たちは行くから、また今度な餅田」
「何言ってるのよ公麿ちゃん。まだおそばいっぱい残ってるでしょ? しっかり食べ終わるまで行っちゃだめじゃない」
「そうだぞ公麿。折角俺がかき揚プラスしてやったんだからしっかり喰え」
「かき揚程度で小さい男」
「なんか言った?」
「あら、聞こえましたか? 矮小な男はどんな些細な事でも自分のこととなれば気にするって本当なんですね」
「お前喧嘩売ってんのか、そうなんだなああん?」
ご、ご飯がおいしくない。
餅田を呼び止めた俺に明らかに非があるんだろうけど、ここまでヒートアップするって誰が予想できたよ。
うぅ、お腹が痛くなってきた。
なおも小さな、かつ陰険な言い争いを続ける二人は、会話に夢中すぎて俺の動きに注意を払っていないらしい。
こっそり器を戻して、俺は学食を飛び出た。二人には悪いがあそこにいることは俺に精神衛生上よろしくない。餅田を引き留める時はもっと周囲や状況に気を配ってからにしよう。教訓だ、うん。
教室に向かって歩いていると、てくてく見知った顔が近づいてくるのが分かった。
「あ、やっと帰って来たマロちん」
「舞衣じゃん。あれ? 亜衣は?」
黒髪貧乳ロング美人。楠舞衣だった。こいつの相方を探す俺に「そんないつも一緒じゃないってー」とけたけた笑う舞衣。いやいつも一緒ってイメージなんだけど。
「まあいいや。私になにか用でもあった?」
「うんそれがあるんだね、あってしまうんだねえ」
言い回しが面倒くさいがこれが舞衣だ。二人で言われない分若干テンポに違和を感じる。
しかし舞依が俺に用? なんだろうか。学校のプリントの空白とか金貸してくれとかだろうか。前者に関して言えばもっと授業中起きとけよって突っぱねることはできるし、後者に関して言ってもお金のトラブルで人間関係壊したくないので、これもやっぱりアウトだ。
舞衣は一体何の用事なんだろう。
「マロちんマロちん、実はね?」
舞衣が俺にこそっと耳打ちをしてきたこと。それを聞いて俺はどういう表情を浮かべていいのかわからず、ただ曖昧にひきつった笑みを浮かべるしかなかった。
「今日の放課後、よろしくねー」
舞衣は颯爽と教室に戻っていった。俺も同じ教室なんだけどな。もうちょい待てよ。
しかしそうか。
舞衣の話を聞いて俺も呟いた。
「もう夏だもんなあ」
それについては俺も考えなきゃいけないと思っていることだっただけに、舞衣の提案はそんなに悪いものじゃないと俺は思った。