TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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さっさと行けよ馬鹿!

 風呂から上がってリビングに戻ると、お袋が誰かと電話をしていた。

 お袋が電話なんて珍しいな。

 そう思いながら、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。この一杯が堪らんのよ。

「公麿さん、代わって欲しいそうですよ」

 いつのまにかお袋が電話の子機を持って俺のすぐ近くに来ていた。相手から声が聞こえないように肩口でマイクの部分を抑えている。

「んー、誰から?」

「創大さんからです」

 口に含んだ牛乳を吹き出しかけた。

「嫌だよ!なんであいつから電話なんて来たんだよ!」

 お袋が口にしたのは俺と同い年の従兄弟の名前だ。

 お袋の姉貴の子供で、年も近いことから昔はよく遊んだものだ。だが年月が経つ毎に奴の身長はにょきにょきと大きくなり、それに比例するかのように態度も尊大になって来た。

 年末年始や盆など、行事毎でしか顔を合わすことがなくなったとは言え、正直好んで会いたい相手じゃ無い。普通に嫌いだ。ぶっちゃけ声もあんまり聞きたく無いレベルで。

『聞こえてんだよ公麿!!』

「おや、音が漏れていたようです」

 ほらこれだ。すぐ怒鳴る。

 あとお袋のそれは絶対わざとだ。何故だか分からないが、お袋はこの尊大な態度をとる従兄弟に甘い。ついでに俺とこいつが仲良しであると理解不能な考えまで持っている。

 があがあがなり立てられるのもいささか腹が立ったので、ちょっと文句を言ってやろうと受話器を受け取った。

「うるさいよ創大」

『さっさと出ろよタコスケ!』

 譲歩して話してやったのにこの態度。毎度のことだったが改めてこの声を聞かされると往年のトラウマが蘇るようでげんなりだ。

「切るぞ」

『だあああ! 待て待てタコスケ。ちょっとは人の話聞けよスカポンタン!』

 切った。話を聞くまでも無い。

 俺の膨れ面が面白かったのか、お袋は隣で声を殺して笑っていた。笑うところじゃないんだよなあ。

 

 

「言い残すことはそれだけ?」

「流石に勘弁してやってくだせえ! 親方!」

 学校に着くとよく分からない光景が広がっていた。

 教卓の上に座る荒神。腕を組み、目は閉じられ、眉間には薄っすらと青筋が立っている。

 

 対面には床に土下座をする舞衣、その横で同じようにひれ伏す亜衣。亜衣は荒神に何か嘆願するように両手を組んでいる。

「なんだあれ」

「よくわかんないんだけど、荒神止めなきゃまずいかも」

 平等橋が引いたように呟く。

 俺が近づくと、荒神が手招きをして自分の横に来るように示した。な、なんだ?

「私に黙って浮気だなんてやるじゃない?」

「どういうこっちゃ」

 酔っ払いみたいに乱暴に俺の肩を組む荒神。

「誤解なんです親方!」

「亜衣っつぁん。オレのこたぁもういいんだ」

「なさけねえこと言わんでくれよ舞衣さん!」

 なんだ茶番か。

 白けた目で見てやると、三人はバレたかと舌でも出さんばかりにいつもの調子に戻った。

「昨日舞衣と一緒に水着買いに行ったんでしょ?」

 亜衣が楽し気に話しかけてきた。もう情報が回っている。隣の舞衣が何故か親指をグッと立てていた。いや意味が分からん。

「もう超ラブラブだったんだかんねあたしら。ねえマロちん」

 舞衣が馴れ馴れしく俺の肩を抱く。思わず俺も昨日の舞衣の言葉を思い出して顔が熱くなった。

「おっと、これは信憑性の高まる反応ですぜ舞衣さん」

「やっべえ、この反応は予想外だぜ亜衣さん、ていうかボス? ちょっと目が怖いよボス? 椅子なんて持ち上げてどうするつもりってぎゃああああああ!」

 幽鬼のような虚ろな目で舞衣を追い回す荒神。

 取り残された俺と亜衣。ちょんちょんと俺の肩を亜衣は叩いた。

「昨日舞衣とさ、どんな感じだった?」

「どんな感じって言われても」

 思った以上に楽しかった。しかも舞衣の本心の一端を見たような気もした。総括してよかった。しかしこれを何という言葉で表現できるのか思考していると、亜衣の顔が少し曇っているように見えた。

「楽しかったんでしょ?」

「え、ああ。それは勿論」

「だよね。顔に出てるもん」

 また顔か。俺多分嘘つけねえな。

「舞衣だけってずるくない?」

 ここまで言われて、亜衣が何を言いたいのか俺はわかった。ここが俺が鈍感系主人公タイプの平等橋とは違うところだ。

「亜衣も、また一緒に遊ぼうよ」

「とーぜん! そんでその時は舞依とボスのいない二人きりね!」

 昨日舞衣が電車の中で語った事の中に、亜衣も同じように俺との距離感を考えているという風に言っていたことを思い出した。どうやらそれは正解だったみたいで、亜衣は「よしよし」と納得しながら俺を抱え込んだ。胸が、胸が顔に……

「あ、ボス見て! あの二人いちゃついてる!」

「ああああいいいいいいいい!?」

「げ、やばい! ボスにバレた!」

 今度は亜衣が逃げる番だった。

 騒がしいし、なんか体よくネタにされてる感はあるけど、それでも俺はこの関係が楽しいと思い始めるようになっていった。

 

 

 今日は初めての水泳の授業だ。

 そんな俺は、緊張のあまり吐きそうになっていた。

「マロちん大丈夫?」

 亜衣が優しく背中をさすってくれる。大丈夫じゃないかも。

 水着を買いに来た時も思ったことだが、俺は基本的に水着が好きじゃない。

殆ど裸だからだ。

あれを泳ぐための正装と言い張るのは無理がある。何が悲しくて半裸にならなきゃ行かんのか理解に苦しむ。

 授業の単位の為に必要だから仕方なく着るしかないのだが、なんだか拷問を受けているような気分だ。

 更衣室から出た俺は、荒神と亜衣に守られるようにぞろぞろとプールへと向かっていた。その間突き刺さる男子の目線の数々。

 うちの学校は、更衣室が比較的プールと近いこともあり、脱衣はプールの更衣室ではなく通常の体育で使用する更衣室を推奨されている。というか半強制的にそれに決められている。だが、更衣室とプールの距離が短いとはいえ、その間に女子と別れてグランドで球技を行う男子とは時間がかち合う訳で、そいつらが遠慮なくこっちを見てくるのだ。

 俺は男の時であっても、スカートとか女性っぽい服なら他人に見られてもさほど気にしなかった。

 でも極端に肌が露出している姿を他人に見られるのは非常に気恥ずかしかった。

 俺がそういったことを更衣室で荒神に話すと、「大丈夫。私が守ってあげるから」と偉く男前な答えが返って来た。危うく惚れかけた。

 荒神は俺たちの先頭を行くようにずんずん進んでいる。

 俺が頭から貫頭衣のようにタオルをすっぽり被って上半身をガードしている一方で、荒神はまるで荒波に揉まれる一流の船乗りのように肩にタオルを引っ提げて歩いている。見られることなどなんのもんだという男らしすぎるスタイルに、俺だけじゃなく周りの女子も黄色い悲鳴を上げている。荒神が女子に人気な理由が女になってわかる瞬間の一つだ。

 亜衣はどちらかというと俺寄りの考えだ。

「やっぱ見られんのは嫌だよねー」

 そういいながらタオルを胸元に寄せる。やはりそれだけデカいと自然と視線を集めるのだろう。ただ、胸元にタオルを寄せることで余計に胸部を強調することになっているのは言った方がいいのかどうなのか迷うところだ。

 ちなみに舞衣は俺たちの後ろに付き、殿を務めている。目をぎらぎらと光らせ道行く男子を威圧する舞衣は気が付いていないのだろうか。自分も十分見られる対象に入っていることに。

「あ」

「お?」

 目の前に平等橋がいた。なんてタイミングだ。

 とっさに顔を逸らす俺。

 くそ、これは無理だ。恥ずかしいなんてもんじゃない。昨日舞衣に乗せられて水着なんて買っちまったが、比較的布面積の大きいスク水でこの羞恥だ。しかも今はタオルで全面を隠していての状態。それでも平等橋の面を見た瞬間とてつもなく恥ずかしくなった。

 さっさと行こうと荒神に合図をした。全く伝わらなかった。

「ふふん。平等橋。あんた随分この子をエロい目で見つめるじゃない?」

 あろうことか平等橋に絡み始めた。マジでやめろマジでやめろ!

 俺の声にならない叫びは誰にも届かなかった。平等橋はいつもの挑発だと理解しているようだが、それでも一応相手にするようだった。

「見てないって。大体こいつタオルで全身隠してるだろ。テルテル坊主と大差ねえよ」

「言ったわねこの陰茎」

「お前もうそれは完全アウトだよ!」

 平等橋の元気な突っ込みを、るっさいわねと跳ねのける荒神。何故か俺の方に振り向いた。

「え、なに?」

「後で謝るわ」

「何を」

 するんだ。

 そう言い切る前に荒神はバっと俺のタオル剥いだ。「おー」と感嘆する舞衣と対照的に「あちゃー」と手で顔を隠す亜衣。

 一斉に道行く男子の視線がこちらを見たような、そんな気がした。

「~~~~~ッ!」

 恥ずかしいしこいつ何やってくれてんの馬鹿じゃないかアホじゃないかみんなが見てるじゃないか!

 一息にいろいろなことが頭を巡り、とにかく自分の姿を見せたくなかった俺はその場で蹲った。

「お、おい公麿」

 平等橋が戸惑ったような声を出す。

 そうだった。こいつもいたんだ。こいつもいたんだったんだよなあ。

「いつまでいるんだよ! さっさと行けよ馬鹿!」

 お前がいたら俺はいつまでもミノムシに擬態しなくちゃいけないんだ。

 俺の祈りが通じたのか、男子の体育の先生が「さっさと集合しろよ男子ー」と声をかけた。平等橋の視線をかなり長い間感じたが、奴も体育教師に逆らう愚行は起こさなかったようだ。暫くすると平等橋の気配もなくなっていた。

「あの、えーと、綾峰?」

「マロちん大丈夫だよ。もう野獣共はどっかいったよ?」

「そそ、ついでに眼鏡の暴君ボス猿も気にしなくていいからねー」

 何か言いたげな荒神と、俺を間に荒神に剥がれたタオルを優しく掛け直してくれる亜衣と舞衣。舞衣は荒神に物凄い速度で殴られていた。

 俺は今まで誰にも向けたことのないような冷たい目で荒神を睨んだ。

「……荒神なんて嫌いだ」

 その日一日、荒神は魂が抜けたように真っ白だったと後から舞衣に教えてもらった。知るもんか。

  

 


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