TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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なんも問題ナッシング!

 七月になった。

 水泳の授業の開始や、クラスにエアコンが稼働を始めるなど、学校全体としてもいろいろと変化があった六月を終え、期末試験を控えた七月がやって来た。

「あー、テストが憂鬱だよぉ」

 亜衣が俺にしだれかかって「うあぁ」と嘆く。エアコンを付けているとはいえ、この季節に密着されるとさすがに暑い。離れろ。

「亜衣はテスト苦手なんだ」

「普通得意な人なんていないって~」

 そういうもんなのか。俺は亜衣の言葉を聞いて内心驚いていた。

 昔から友達がいなかったから、授業中は黙って真面目に聞くし、途中でわかんなくなるのも嫌だから毎日家で復習をしていた。テストでいい点数を取ると兄貴がアイスとか奢ってくれるからますます勉強するモチベーションとか上がったりして、俺は勉強やテストを苦だとは思ったことはなかった。

「その余裕顔なんか腹立つ~」

「余裕ってわけじゃないけど」

 いじけた亜衣をなだめていると、購買に行っていた裕子と舞衣が帰って来た。両手にどっさりとパンを抱えた裕子。どれだけ食べるつもりなんだこいつ。

「やあやあ待たせたね、紳士淑女諸君」

「この場に紳士はいないよ舞衣」

「丁寧に突っ込みを入れてくれるあなたが好きよんマロちん」

 裕子は俺の隣に。亜衣と舞衣はその対面に俺の席の机を挟んで座った。いつもの定位置だ。

「それで、亜衣はどうしてこんなゲル状になっているのかしら」

「期末が近いから」

 裕子が鬱陶しそうに亜衣を指さすので、仕方なく俺が答えた。亜衣はさっきからひたすら沈黙を続けている。本当にどれだけテストが嫌なんだろう。

「亜衣は昔からテストが苦手だよね」

「舞衣も人のこと言えないじゃんか~」

 舞衣が買ってきた焼きそばパンのラップを外しながら、からかうように言うと亜衣は顔を突っ伏したまま食いついた。俺は二人の成績は良く知らないが、話しぶりからすると二人ともそこまで高い点数を取っているわけではないみたいだ。

「姉御~。今回もお助けくだせえ」

「あたしもどうか、どうかご慈悲を!」

 亜衣と舞衣は、パクパクと次々にパンを胃に納めていく裕子に懇願をした。

 裕子の成績がいいことは俺も知っている。大概の科目でクラスの最高点を取っているのが裕子だからだ。

 裕子は露骨にめんどくさそうな顔を作った。これは毎度毎度テストの度にやられているんだろうなあと容易に想像がつく。ご愁傷様ですと心の中で合掌を送っていると、裕子と目があった。あ、なんか巻き込まれるやつだこれ。

「仕方ないわね。じゃあ今日公麿の家で勉強会と行きましょうか」

 なんだって?

「おい。家無理だって。お袋とか妹とかいるし」

「ちょうどいいわ。お母様にご挨拶しなくちゃ」

「何を挨拶することがあるんだよ!」

 俺と裕子がやりあっているよそで、亜衣と舞衣は「マロちんの家だって」「テンション上がりますなー」と手を叩き合っている。話を進めるな。

「まあ確かに勝手に押しかけるのも失礼よね」

「そりゃそうだ」

「だから今確認を取りなさい」

「……今?」

「今よ今。ハリアーップ!」

 せっせとスマホをせかされる俺。ダメだって。許可なんて取ったらお袋がなんていうかわかりきっている。

『お友達は三人ですか? お待ちしておりますね』

 ほらこういう返信が来るに決まってんだよ。

 お袋は俺が『今日仲いい友達連れて家で勉強会とかしたいんだけど無理だよね?』と送ると、速攻で既読が付いて返事が来た。早すぎる。

「決まりね」

 裕子は眼鏡を光らせてにやりと決定した。

 

 

「おー、マロちんって実は結構金持ち?」

「この家超高そう。家賃いくらだろ」

「あなたたち不躾に周りの住居を眺めるのはやめなさい。程度が知れるわよ」

 はーいと、まるで裕子は引率の先生のようだ。俺はげんなりしながら三人を先導する。

 テストが近いこともあり、今は部活動休止期間だ。幽霊部員である俺は勿論、熱心に部活に励む三人もこの期間だけは一緒に帰れるってわけだ。

 実はこの三人と一緒に何かをするのは嫌じゃない。むしろ楽しみなくらいだ。

 勉強会なんて生まれてこの方したことなかったし、心躍るイベントだ。男の時平等橋と確かに仲は良かったけど、一緒に勉強するほどじゃなかった。あいつはあいつでそういう友達がいっぱいいたからだ。

 ではどうして俺がこんなダウナーな気配を纏わしているかというと、それは単に気恥ずかしいからに他ならない。

 お袋や妹は絶対にテンションを上げる。

 何せいままで友達を家に招いたことがなかった俺だ。「生まれて初めてお兄ちゃんに友達が!?」と、女になって初めて裕子に話しかけてもらったことをゆかりに話したとき、そうやって涙を流されたほどだ。 

 家族の反応が恥ずかしい。故に家にはあまり招きたくないんだけど。

「おっほー、この家超ひまわり植えてるよ! あ、家の人と目が合った! こんちにわー!」

「亜衣さんちょ~っとテンション高すぎませんか? お、この家痛車持ってる。うわマジか! その塗装で街中走るわけ!?」

「あなたたちうるさいわよ。あ、待ちなさい公麿。そんなに距離を空けないで。偶々同じ制服着てるだけの他人を装わないで」

 うるさい。こいつら超うるさい。裕子は百歩譲ってまだましだとしても、亜衣と舞衣が凄くうるさい。

 この辺りは町内会の同じ工区にはいっているので、ひと月に一度の朝の清掃活動で結構顔を合わす人が多いのだ。俺も兄貴に付いて行ってしょっちゅう掃除に参加しているから、俺の顔を覚えている人は多いはず。次から掃除に参加しにくくなるじゃないか。

「着いたよ。ここなんだ……え?」

 俺はようやく着いたと皆に我が家に招こうとして固まった。ここ俺んちであってるよな。

「うわ。マロちんち凄いね」

「ほんとほんと。これ手入れ超大変だよ」

「見事なものね」

 三者三様に賛辞の言葉が飛び交う。いやいやいや。どうなってんだよこれ。

 雑草まみれだった我が家の玄関が、きちんと整備され、今朝まで存在していなかったフラワーポッドやらなんやらがいたるところに設置されており、花がいっぱいの不思議の国のようなありさまとなっていた。思わず表札を見たがやはりここは俺の家で間違いないらしい。

「まあまあまあ。公麿さんおかえりなさい。お友達も、どうぞ中にお入りになって?」

 玄関でわいわい騒いでいたからだろう。内側からお袋がエプロンを付けたまま出てきた。げ、外に行くわけでもないのになんで化粧なんてしてんだよ。昨日とか普段してないだろ。

「うおおお。マロちんのお母さん超美人じゃん!」

「パイオ、げふんげふん! 胸超でけー」

「亜衣、舞衣失礼よ。特に舞衣、言い直してなお失礼よ」

 小声でこそこそ話すのはやめろ三人。

 お袋はにっこりと笑いながら俺をちょいちょいと手招きした。

「先に入って着替えてきていらっしゃい」

「え、でも皆いるし」

「いいから。着替えてきていらっしゃい。お友達は私がご案内します」

 有無を言わせぬ迫力。従う以外に選択肢はない。

「ああ、少し遅くても大丈夫ですよ」

 玄関でお袋はそう付け足した。

 速攻で着替えなければ。

 俺は早足で部屋へ駆け上がった。

 

 

「――それでこれが小学校の時になるんですが」

「おー、マロちんってばこの時から美少女全開だねー」

「お母様。これあとでネガか何か残っていないかしら?」

「ボスボス? それは真剣にやばいからやめときな?」

 すぐに着替えてやってきたというのに、リビングではお袋がアルバムを広げて三人に昔の俺の写真を見せていた。何やってんだよ。

「お袋、勉強の邪魔だからどいてくれよ」

「そんなけちけちしなくてもいいじゃん。ほら、このマロちん可愛いよ?」

「やめろその写真の私全裸じゃないか」

 二歳の時お風呂場で撮られた写真を見せるのはやめろ舞依。

「ほら、部屋空いたから私の部屋で勉強しよう」

「いけませんよ公麿さん」

 ここにいてはお袋、さらに言えばもうすぐ帰ってくるゆかりに何を話されるかわからない。そう思ってさっさと二階へ避難しようと思っていたのにお袋に止められてしまった。構ってられるか。

「晩御飯にニンジンをたくさん入れますよ?」

「リビングで勉強しよう」

 カロチンとか嫌いだ。あの甘いような青臭いような最悪の根菜を食べるくらいなら、散々弄り回される方がまだましというものだ。

 後ろで三人が、「マロちんニンジン嫌いなんだねー」「食べに行ったときは気を付けなきゃねー」「ニンジン嫌い、う、か、可愛い」裕子のそれはもうただの病気だ。

「それでこれが中学の時の公麿さんの写真になるのですが」

「お袋はもうあっちいっててくれよ!」

 予想通り、勉強は全くはかどらなかった。

 

 

 夕方、三人を駅まで見送った後俺はお袋をじめっとした目で睨みつけた。

「なんですかその目は」

「言わなくちゃわかんないかな?」

「そんなに怒らないでください。お母さんも嬉しかっただけなんですから」

「家の前のガーデニングは?」

「あれはちょっとした見栄です」

 見栄であそこまでするか?

 夕飯を手伝いながら、俺はお袋にぼつぼつと今日の不満をぶつけた。

 ついでにもう一人も。

「ゆかり。お前も同罪だからな」

「てへへへ。まいったなぁ」

 こいつめと妹の頭を小突く。

 勉強会はそれはもう酷いもんだった。

 試験勉強をするために集まったというのに、お袋はやれお菓子だケーキだお茶だと邪魔をしてきて、ついでに三人に余計なことを吹き込んで帰っていく、また来るを何度も繰り返した。ゆかりはお袋から連絡を受けていたようで、普段よりずっと早く帰宅した。

 帰って来たゆかりは図々しくも俺たちの隙間に入り込み、自分も一緒に勉強をすると言ってきかなかった。

 亜衣や舞衣は勿論、こんな面白そうなことはないとばかりに歓迎したが、裕子はその中でも更に上をいく熱烈な歓迎を行った。ゆかりが裕子のことを「お姉さま」とか言い出したあたりで俺は全力でゆかりを裕子から隔離した。なんて悪影響を与えるんだこいつは。中二病だけでも十分厄介だというのに。

 亜衣と舞衣は勉強が苦手ということもあって、集中力が切れるとお袋や妹に流されて勉強の手を止めるというのは仕方がないかなと思える部分もあった。

 でも裕子は明らかにこうなることを予見して俺の家にやってきたように見えて仕方がなかった。

 俺はこうやって大人数で勉強会を開くといということを経験したことがなかったので、ここまで勉強にならないものだとは知らなかった。

 だが優等生な裕子のことだ。友達の家で勉強なんてよほど時間をきっちり決めて鋼のような決意をもって取り組まねば速攻で遊びに転じてしまうことくらい知っていたように思う。なのにこいつはお茶を持ってくるお袋には率先して自分から話しかけに行くし、ゆかりが来ると自分の膝に抱えこもうとした。

 こいつは今日の勉強会が俺の家に決まった瞬間から、目的を勉強から遊びにシフトさせていたのではないかと思えた。

 結局消化したかった課題の半分も終わらなかった。これはご飯を食べたら部屋にこもって勉強だ。

「いいお友達でしたね」

 味噌汁を人数分分けるお袋が、今日のことを振り返るようにそういった。

「うんうん。特に裕子さんがすっごい美人だった! 亜衣さんはおっぱいすっごいおっきかったし、舞衣さんは時々怪しい目で私のこと見てたけど髪の毛とか綺麗で可愛かった! お姉ちゃんの友達全員レベル高くない!?」

 お袋に便乗するように、ゆかりも食いついた。

「うん、まあ、そうなんだけどさあ」

 それでも家の人間があそこまではしゃぐのを見せられると、本人としては複雑な気分だ。

「お袋もゆかりもお前を心配してたんだよ。それが分からないってこともないだろ」

 後ろから兄貴が俺の頭を掴んでわしわしと粗っぽく撫でた。兄貴も勉強会が行われている最中に帰って来たけど、一言皆に挨拶して自分はさっさと部屋に引っ込んだ。こういう反応を俺は家族の全員にしてほしかったのだが。

 兄貴のいうことは勿論よくわかる。

 もともと友達が少なくて、家に連れてきたことは一度もなかった。そんな俺が女になって、学校生活を本当に楽しめているのか心配になったのだろう。俺の口からは友達ができたといっても、実際にその目で見るとまた違うのだろうな。

 そういう気持ちが分かってしまうから、俺はお袋やゆかりを強く言えない。だからただ恥ずかしい。

「お母さんは安心しましたよ。公麿さんが楽しそうにしている所が見られて。あの三人がお友達であるというのならお母さんは安心です」

 これ以上言われるのはなんか照れるし恥ずかしい。

 俺は「うん」とか「あー」とか、曖昧にお袋の返事をぼかした。話題を変えようときょろきょろ視線を動かしていると、親父の姿がどこにも見えないことに気が付いた。いつもならこの時間は家にいるはずだ。

「お袋、親父は?」

「まだ寝ていると思います。起こしてきてください」

「寝てる? なんでまた」

「昼間お庭で随分働いてくれましたから」

 あの庭は親父の作戦だったのか。

 俺は呆れながら親父を起こしに行った。

 飯食って風呂入って、そんで軽くリビングで家族と過ごした後、俺は自分の部屋で今日の分の勉強に手を付けていた。今後は裕子たちに誘われても絶対勉強会にはいかないぞ。

 

 テンポよく数学の問題集を解いていると、スマホがぶるぶる震えた。着信だ。

 特に確認せず電話を取る。俺に電話をする奴なんて裕子か平等橋を除いたら家族くらいだからだ。

『ようタコスケ! この前はよくも勝手に切りやがっ――』

 間違い電話みたいだ。

 俺は素早く通話を切ると、サイレントマナーモードにする。これで一安心。

 数学の問題集に戻ろう。

 ……めっちゃ掛け直してくるなあいつ。ちかちかライトが点灯して凄く気になる。

 スマホをひっくり返して完全無視の体制を取る。これで安心だよな?

「公麿さん? 創大さんからお電話が来ているのですが……」

 くっそおおお。あいつどこまで粘着質なんだよ。お袋を使ってくるのは卑怯だ。

 嫌々受話器を受け取るとまた罵声が飛んできた。こいつ俺がこれを言われるのが嫌だから毎回切っているって学習しないのか。

『おめえには学習能力がねえのか!? 毎回毎回バカの一つ覚えみたいにブチギリしやがってはあああん?』

「うるさいぞ創大。今私は試験勉強で忙しいだ。切るぞ」

『待て待て。お前今「私」って言ったか? 言ったよな? ぎゃはははは! 女になったってマジなん――』

 切った。不愉快だ。

 受話器をお袋に返すと、さすがにちょっとお袋も眉を落としていた。

「二人を見ていると、お母さんはもどかしい気にさせられます」

「あいつがまともな日本語話せるようになったら相手してやるって、今度電話がかかってきたら俺に渡す前にあいつに言っといてよ」

 あんな馬鹿従兄に煩わされている時間はない。とにかく勉強だ。

 お袋が部屋から出ていき、また黙々と問題を解いていると、また着信がかかってきた。しつこい。

「お前今日はさすがにしつこいぞ!」

『え、わりい。時間マズかったか?』

 平等橋だった。やべえミスった。てっきりまたあいつかと思ったから。

 脇汗がすげえ出てきた。

「ちちち違う! なんも問題ナッシング! あ、あは、あはははは」

『ほんとに大丈夫か?』 

 平等橋の訝しむ声が胸に刺さる。

「それよりどうしたんだ? こんな時間に」

『ああ、それなんだけどさ。お前明日とか明後日って放課後用事あるか?』

「放課後? ねえよ、なんも」

 ひょっとしたら裕子がまた亜依の家とかで勉強会をしようとかいうかもしれないが、はっきり断ってやる。断れるかな。多分無理かもしれないなあ……

『じゃあ明日一緒に帰ろうぜ。ついでに俺んち寄ってかないか?』

「お前んち? 別にいいけど」

『おっけ。じゃあまた明日な』

 それだけ言うと平等橋との通話は終わった。なんだったんだ。

 まあいいや。久しぶりに愛華さんに会いたいってのもある。

 俺はすぐに勉強に意識を戻した。

 平等橋に家に誘われたこと。

 これをもっと深く考えなければいけないことだったと、俺は翌日深く後悔することになるのだが、この時の俺はそんな事よりも目の前の問題集を解くことで頭がいっぱいだったのだった。

 

 

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