TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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もう容赦しないぞ!

 藤原創大(ふじわらそうだい)。俺の従兄弟だ。

 歳は俺と同じで、今年で17歳になるはず。

 高慢ちきで、嫌味で意地悪。殊更、俺に対する態度は酷いもので、とにかく嫌な奴だ。

 昔は、本当に小学校にも上がる前の小さな頃は仲良くしていた記憶もぼんやりとある。でも何がきっかけとなったのか、奴は俺の天敵へと成り代わった。

 それは現在も変わらない。

 

 

 創大の実家、つまりお袋の実家では毎年夏になるとよく分からん大掛かりな儀式のようなものをする、らしい。それなりに名のある家なので、そこの慣例行事、らしい。

 曖昧な表現を多用するのは、俺はそれに参加したこともなければ実態をお袋に聞いたこともないからだ。

 お袋は親父と結婚した時に実家とは実質的に絶縁状態になったそうだ。詳しい話は両親とも語ってはくれないが、それなりに込み入った事情があるのだと雰囲気から伝わってきたので聞くことはなかった。

 実家から縁を切っているとはいえ、お袋は兄弟姉妹とは繋がりを持っている。創大を含め、複数の従兄弟たちと接する機会があったのはそのためだった。

 創大はお袋の実家の長男だ。

 通常その行事が行われる時、創大は母方の実家の伝手を辿って親戚の家に預けられる。成人していない創大はそれに参加することができないからだそうだ。

だが今年はいつも創大が身を寄せる親戚の婆さんが亡くなったらしく、さらに預かる期間が長いこともあってお袋に相談があったらしかった。

 お袋は実家と縁を切った身だが、お袋の姉とは仲がいい。

 それに個人的にお袋が創大のことを気に入っているということも含め、あまり積極的ではないとはいえ受け入れる運びとなったようだった。

 俺はその話を兄貴から聞いた時、憤懣やるかたなかった。

「お袋の微妙な立場ってのはわかるけど、そこは受け入れるなよ! 断ってくれよ俺のために!」

「まあそう言うなよ。あいつも事あるごとに親戚たらい回しにされてんだ。少しは気の毒だなって思うのが人の情ってもんだろ」

 兄貴は大人だ。体が、というよりも考え方が。

 創大は確かに昔から実家の都合でいろんな家にころころ預けられていた。小さい頃はその都度泣いていたのをよく覚えている。八つ当たりのように嫌味を言われたので、俺はその時も別に可哀想だとか思わなかったが、寂しそうだなという気はしていた。

 あいつにそういう事情があるのは分かるが、それとこれとは話が別だ。俺に対する態度がもう少し違っていたら話はまた変わったかもしれないが。

 どういうわけか、創大の態度がアレなのはこの家で俺に対してだけだ。

 ゆかりもぞんざいに扱われてはいるが、俺ほど酷いものじゃない。寧ろ俺の両親に対する態度は真面目な青少年そのものだ。そこがまたムカつくところなのだが。

「兄貴はあいつにおべっか使われるからイラつかないんだよ。俺はあいつ嫌いだ」

 それに兄貴に俺の気持ちは分からない。

 創大は兄貴には妙に腰が低いというか、なんだか兄貴のことを尊敬している節があるのだ。俺に対する意地悪も、兄貴が言えばピタリとやめる。それがあるから兄貴も創大のことがきっと可愛いのだ。

 俺が不貞腐れてると、兄貴はコツンと俺の額を弾いた。

「穿ちすぎなんだよ。それにお前らもう高校生だろ?お前もそろそろあいつとまともに話すようにしろ。肩持つわけじゃないが、俺には過剰にお前があっちを毛嫌いしている風に見える」

「だから兄貴にはわかんないんだって!あいつ飲み物に毛虫とか入れてくるようなやつなんだぜ!? 他にも暴言とか悪口とか!」

「全部小学生の時の話だろ? 中学じゃ一切話してなかったし、高校でも顔を合わせたのが今日が久しぶりだろ」

 俺は言葉を詰まらせた。

 兄貴の言葉に納得をしたわけではないが、最後に創大に嫌なことを言われたりされたのはいつだろうととっさに思い出せなかったからだ。ただ嫌なイメージだけがずっとこびりついていた。だからその点に関して言えば俺は兄貴の言うことを素直に聞き入れるつもりはなかった。

「こういうのは感情の問題だからなあ。でもまああいつのあれは自業自得か」

 兄貴は一人事を呟くように息を吐いた。どういう意味かは分からなかったが、わからなくてもいいような気もした。

「お姉ちゃん遅い!」

 兄貴との話、というか俺の一方的な愚痴が終わったので部屋から出ると、ゆかりが待ち構えるように自分の部屋から出てきた。子リスのように頬を膨らませている。

「悪かったってゆかり」

 軽く謝る俺に、自分怒ってますからと露骨に怒りをアピールするゆかり。その実そこまで熱度の高い怒りではないことはわかっているのだが、怒っているには間違いない。

 ゆかりが怒っているのには理由がある。

 今現在創大は俺の両親ともに日用品といった諸々の買い物に出かけているのだが、出発するまで俺と兄貴が部屋に引っ込んでしまった為ゆかりが犠牲になることになったのだ。そうでなきゃ創大が俺、ひいては俺のいる兄貴の所まで突撃かましてきそうな空気だったからな。

「創大嫌い!」

 ゆかりはこの家で唯一創大の問題に関して俺の味方だ。兄貴は良くも悪くも中立だから、昔からこの時ばかりはゆかりに感謝している。

 今でもゆかりは俺に懐いている所があるが、小さい頃は完全に俺にべったりだった。兄貴とは少し年も離れていたから、一番年の近いお兄ちゃんということで俺に親近感を持っていたのだろう。俺も自分の後をよちよちついてくる妹が可愛かったから、それがうざいと感じるまで俺とゆかりは常にセットで行動していた。

 そんな状態で創大は俺にいじわるや嫌なことをするものだからゆかりが怒るのは自明の理だった。

 あの当時創大は俺たちをセットで怒らせる天才だと言ってもよかった。

「ゆかり。俺はこの時ばかりはお前がいてくれてよかったと心の底から神様に感謝するよ」

「そんなときだけじゃなくて普段から思ってほしいんだけど」

 俺たちはひしっと抱き合った。

 半開きのドアから、兄貴がひきつった笑みを浮かべてこちらを見ていたのが印象的だった。いや、まあ、ねえ?

 

 

 夏休み一日目。

 俺は夏休みの課題は一日で終わらせることをモットーとしている人間だったので、部屋にこもってひたすらシャーペンを走らせていた。

 嘘だ。いや宿題をしていることは嘘じゃないけど、モットー云々は嘘だ。単にリビングに降りて創大に会うのが嫌だからだ。

 昨日我が家にやって来た創大は、しかしまあ借りてきた猫のようにおとなしかった。俺は常に喧嘩吹っ掛けられるんじゃないかとひやひやドキドキイライラしていたのだが、その点で言えば拍子抜けだったといってもいい。まだ初日だから何とも言えない部分ではあるのだが。

 昨日の夕飯は豪華だった。創大の歓迎会というか、いや俺は全く歓迎していないのだが、俺とゆかりを除いた家族全体が奴を受け入れるムードで結構なメニューが食卓を彩った。うまかったが同じ食卓に奴が座っていると思うとおいしさも半減というものだった。

 不思議なことに、創大は一発目のあれ以降俺に絡んでくることはなかった。そのことはゆかりも不思議がっていた。しかし何度も言うがまだ初日なのだ。警戒して損をすることは何もない。

 一階の客間を使っているあいつに会わぬよう、俺は朝飯をちゃちゃっと済ませるとすぐさま二階の自室にこもっていた。

 どれくらいそうしていただろう。

 腹へったなーと時計を確認したあたりで、ドアがノックされた。

 この家でノックをしてくれる人なんてお袋以外いない。俺は「開いてるー」と背を向けたまま答えた。

 ドアが開いてお袋は入ってきたようだが、いつものようにご飯なりなんなりができたというのをお袋は言わない。

 なんかあったのかなと振り返ると、創大がいた。

「うわあああああ!」

「叫ぶなよタコ」

 あまりの驚きに絶叫する俺を、創大はえらく冷めた目で見てきやがった。その態度はなんなんだよ。

「叔母さんが飯できたから来いってさ」

「……」

 警戒心丸出しの猫のように身構える俺。擬音語が目に見えるなら、「フシャー!」っと毛を逆立てていることだろう。

 創大はそんな俺を見て、何か考えるようにパクパクと口を開いたり閉じたり。なんだこいつ。

「……お前さ」

 何か言い出した。何を言い出すつもりだこいつ。

 警戒レベルを頭の中で急上昇させる。

 メーデーメーデー。至急臨戦態勢に入れ! ムカつくこと言ってきやがったら金的だ。不快なこと言ってきやがったら目つぶしだ!

 十数秒ほど我慢比べのうように俺たちはじっとしていた。

「いや、なんでもねえわ」

「ま、待てよ! 途中までなんっか言いかけてやめるとか無しだろ!」

 何かを言いかけて何も言わず、さっさと部屋から出て行く創大。

 おい、あの間は何だったんだよ。思わず突っ込みそうになる。

 差し出された手を引っ込められると追いかけたくなるのと同じだ。俺はムカつきと疑問を腹に抱えて創大を追いかけた。

 勢いよく駆けたため、急停止した奴の背中に盛大にぶつかる。ふぎゅっとか声にならない潰れた奇声が漏れた。

「こうするとお前来るんだ」

 創大はにやにやと実に嫌らしそうな表情を浮かべて振り返る。こいつ、作戦だったのか。

 すーっと頭から血の気が引いていく感覚があった。こんな気分久しぶりだ。

 この感情は怒りだ。

 俺をおちょくるためだけにわざわざこんな子供だましみたいな手を使ってきやがった。こいつはどこまで小さい男なんだ。

 だがそれを許容できる俺はもういない。

 女となり、裕子や亜依、舞依といった友人も手に入れ、さらにいろいろと関係が複雑とはいえ平等橋とも関係性を保ち続けている。もう友達がいないぼっちではない。自信がなく、びくびくとこいつの悪意に苦しむかつての俺はいないのだ。

 今こそやり返しの時。

 ていうかもう普通に頭に来た!

「お前私に何の恨みがあるのか知らないけどいい加減にしろよ! 仕方がないとはいえ暫くこの家にいるんだ! 腹立つことばっかしやがってもう容赦しないぞ!」

 一言一句、俺は吐き出すようにやつにぶつけた。

 肩で息を吐く。酸欠だ。でも言ってやった。言ってやったぞ。

 俺はぜえぜえと乱れる呼吸を落ち着かせる。まだ奴の顔は見れない。

 そこで違和感があった。

 どういう類のものか判断不明だが、なにか間違った方向に向かっているような違和感。

 俺はまっとうな反論をしたつもりなのに、それがうまくかみ合っていないと感じさせる空気。

 それは俺が顔を上げた時、やつの表情を確認してすぐに分かった。

「……別に。そういうつもりじゃねえよ」

 あいつはそう言うと、黙って階段を下りて行った。

 なんでなんだろう。

 気のせいじゃなければ、その時のあいつの表情はどこか沈んでいたような。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 きーっと恐る恐る隣の部屋からゆかりが顔を覗かせた。言わんとすることはわかる。創大のあの態度だ。ゆかりもやはりおかしいと思ったのだろう。

「あいつお兄ちゃんがお姉ちゃんになったからってなんか狙ってんじゃないかな」

 

「アホ言うな」

 両手を使って、内緒話をするようにこそこそ話すゆかりを背後から兄貴がチョップした。俺たち兄妹の部屋は三つ続きになっているので、順番に顔を出してきたことになる。ゆかりは「痛いー」と涙目になって頭を押さえている。

「あれ、どういうこと?」

「さあな、自分で話してみろって言ったろ? あいつもお前も、昔のままじゃねえってことだよ」

 俺が尋ねると、兄貴は曖昧にぼかして「腹減ったー」と下に降りていった。

「お兄ちゃんの言ってることがよくわかんないんだけど」

「安心しろ。俺も全然よくわからん」

 でも何かしら考えなきゃいけないことな気はするんだよなあ。

 創大のことで頭を捻らせる日が来るとは思わなかった。

「てかお姉ちゃん警戒してた割にはあっさり部屋通したよね」

「あれは仕方ないと思うんだけど」

「防御力の低下は心の低下だよ!」

「意味わかんねえよバーカ」

 女になって、家族の関係として変わったことはいろいろあるけど、その一つがゆかりとの物理的、心理的距離が縮まったことだろう。女同士という気安さもあって、前以上にゆかりとは仲良くなった気がする。

 ゆかりと仲良くなった原因を考えてしまったからだろう。

 ふと、そういえば創大は俺が女になっていることに殆ど驚いていなかったのはなぜだろうと、今更ながらに疑問を抱いた。

 あまり聞いていなかったが、電話口でも俺が女になっていることを知っているような口ぶりだった。

 正直創大とは話したいとは思わない。

 兄貴にいろいろ言われたけど、これは昔から積み重なって来たトラウマがある以上しかたのないことだ。体が拒否している。

 でも、あいつはいつかお袋が話した『花婿の呪い』の源流の家だ。何かお袋以上に知っていることがあるのかもしれない。

 創大と話し合ってみるか。

 夏休み一日目。

 嫌いな従兄とどうやって話すか、それを考える日になった。

 

 


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