TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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そっちスーパーねえぞ

 俺は創大と話すことを決意した。

 ……その日から二日が経った。未だに話せていないまま。

「無理なんだよなあ……」

 俺はぐだーっとテーブルに突っ伏した。行儀が悪いのはわかってるが、今の気持ち的にどうしようもない。

「よっぽど嫌なんですね。その従兄さんと話をするのが」

 俺の対面に座るのは人間的に凄くできた人なので、俺の態度云々で怒ったりしなかった。

 寧ろ、今の俺の心情を慮ってくれている。なんていいやつなんだ餅田。

 夏休みが始まる前、俺は餅田に絵画展に行かないかと誘いを受けていた。

 美術部に行くことが多くなった俺は、暇つぶしに美術室にある世界の絵画という本をよく読むようになった。

 餅田の手が空いているときは相手をしてもらったり、あとは他の美術部の奴が俺に絵を描くように絵具を渡してきた時なんかはそれに従うが、そうじゃない時は基本読書だ。絵本見てる感覚だけど。

 時々俺邪魔になってるかなーと思う時はあるのだが、皆が「いつでもきていいよ。ていうか用事がなかったら来てよ」と言ってくれるので、言葉通り俺は受け取って来ている。本当は来てほしくないけど、社交辞令として言っていたっていうならすごく傷つく。そんなことはないと思うんだけどほんとのところはわからん。ただ少なくとも餅田は歓迎してくれているので、餅田がいる時を狙っていつも美術部を訪れていた。毎回行く日は餅田にメッセージを入れて確認を取ってるし。

 そんな折、俺がある画家の絵を見ながら「ほー」とか呟いていると、餅田が後ろから覗き込んで来て「この人の絵今度近くのホールで見ることができますよ」と教えてくれた。

 餅田は個人的に行くつもりで、よかったらどうかと誘ってくれたのだ。

 餅田以外に他の人がいたら気まずい。そう思って一度は断わったが、餅田は一人で行くつもりらしかったのでそれならと誘いを受けた。夏休みに友達と約束をするなんて初めてに近い経験だったので、俺は少し浮足立った。

 絵画展をめぐった後、近くのファミレスで俺たちは絵の感想を言い合ったりした。

「俺あの人の絵って、こうなんかデカい塔の建物しかイメージになかったんだけど、あんなの描いてるのあれだけなんだな」

「そうですね。人々の生活風景、風俗といったものをよく描いていた画家ですね。因みにさっきの塔の絵も実は中であの塔を建設している人々の風景を描いたものなんですよ」

 こんな感じで、俺が素人丸出しの感想を出しても餅田はにこにこと丁寧に答えてくれた。

 話が落ち着いたころ、俺はいつの間にか創大の愚痴をこぼしていたようだった。

 いや話すつもりはなかったんだけど、餅田って聞き上手だからさ。「そういえば夏休みに入ってなにかありましたか?」なんて聞かれたら素直に答えてしまうじゃないか。最悪の夏休みの幕開けだって。

「不思議ですね」

 

 俺は一通り昔のことも含めて創大のことを話し終わると、空気の抜けた風船のようにテーブルにへたり込んだ。

 餅田は紅茶を口に含みながら、ぽつりと言った。

「その人にあったことがないので何とも言えないというのが正直な感想なのですが、話を聞いていても今現在の態度が昔の頃の時と随分違うようです」

「そうなんだよな。それが変なんだよ」

「えと、そうじゃなくて、相手方のほうは小学生の時と高校の時で性格が変わるというのはよくあることかなと思ったんだけで。私が不思議だと言うのは、そういった部分を含めて公麿ちゃんが頑なにその従兄の人と接触を断つ理由についてです」

 俺の方だったか。居心地がちょっと悪くなった感じがする。責めている、といった風じゃない。ただ純粋にどうしてと餅田は首をかしげている。

「……その辺は理屈じゃないんだよ。なんかもう生理的? 本能的? っていうのかな。とにかく無理なんだよ。トラウマのほうが大きくってまともに話すことができない」

「PTSDという奴ですか」

「なにそれ」

「強い心理的なダメージを受けると、それが後々になってもフラッシュバックや悪夢といった形であったり、心の傷として残ってしまうストレス障害のことです」

 餅田の説明を聞いて、そうかもしれないと俺は思った。このせいで俺はまともに創大に話すことはできない。

「でも公麿ちゃんの場合普通にその従兄さんに突っかかっていったりしているので、また違うのかもしれません」

「どっちなんだよ。てか別に普通に行けたわけじゃないって。頭に血が上ったというか、突発的な感じだったからできただけで」

 あの時俺は本当に腹が立った。

 普段だったらまた何か言い返されると思うからなかなか言えなかっただろうが、その日はそんなこと考える余裕もなく、気が付いたら体が動いていた。

「今のところ実害がないのなら放っておくことが一番いいと思うのですけど、そうもいかないのですよね」

「一緒に暮らしてるとどうしてもなー」

 くっそ、あいつマジでなんで夏休みいっぱい居やがるんだよ。心が病みそうだ。

 口をへの字に曲げて俺がうんうん唸っていると、餅田は「話は少し逸れるんですけど」と前置きをした。

「このことって平等橋には話したんですか?」

「……いや、してない、けど。でもなんで?」

 餅田の口から平等橋の名前が出たことに驚き、すっと答えることができなかった。餅田って平等橋と仲悪くなかったっけ?

「いや勿論好ましいと思ってはいません。でもそれはそれ、これはこれです」

 俺が疑問を口にすると、餅田はそう答えた。以前二人が鉢合わせた時、俺はその場から逃げるように脱出してきたのだが、ひょっとするとあの後に何かあったのかもしれない。また今度平等橋にも聞いてみよう。

「それはそれって、どれ?」

「あの人をかばう訳ではないですけど、早いうちに伝えた方がいいですよ。またややこしい誤解が生じそうですし」

「またって、まるでこれまでのこといろいろ知ってるみたいじゃん」

「ゆうちゃんにいろいろ聞いていますから」

 裕子……。

「えー、でもなんか従兄にイジメ受けてるとか言うの嫌なんだけど」

「いえ、そっちではなくて……あれ、うーん、それも入るのかな?」 

「えらく歯切れが悪いじゃん。珍しい」

「私も何といえばいいのか迷っている部分でもあるので。とにかく自分で直接伝えた方がいいですよ。それよりも来週のクラス合宿なんですけど――」

 餅田はそういうと、強引に話を変えた。もうこの話はおしまいという風に言っているように見えた。

 彼女の意図はあまりよくくみ取れなかったが、餅田がここまで言うのだ。平等橋には伝えた方がいいんだろうなとぼんやり思った。覚えていたら伝えようってくらいの軽い気持ちだった。自分の弱いところを友人に見せるなんて恥ずかしい。そういう気持ちもあったから、そこまで積極的に話したいと思える話じゃない。そういう気持ちが強かったからだろう。

 俺は結局店を出るころには、平等橋に伝えることをすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 餅田と別れた後、俺はプラプラ街を歩いていると、見たことあるような黒髪ロングの貧乳を見つけた。舞衣だ。

 舞衣は背中にギターケースを担いでいた。ギターケースは特徴的な形をしているのでよくわかった。そこに貼ってある趣味の悪いハートのステッカーとか見たことがあるやつがいくつかあったので、舞衣だと確信したということもある。

 ギターを背負っているってことは今日は部活だったのだろうか。でも周りにそれっぽい人もいないし。

 街中で友人に声を掛けたことがなかったので、どうするべきか暫く悩んでいると、反対に舞衣の方が俺に気が付いたようだった。

「お、マロちん?」

「ま、舞衣。こんなところで会うなんて奇遇だね!」

 とことこと俺の方に近寄ってくる舞衣。俺はこんな時どうすればいいのかわからなくなって、普段より硬くなってしまった。中途半端に上げた手を下ろすタイミングが分からない。

「あははは。マロちん何その変なポーズ。てかここで何してんの?」

「餅田と絵見てきた帰り。舞衣は?」

「あたしはスタジオ帰り。今日は妹の誕生日だから早く帰ってなんかしてやろうって思ってさ」

 街で友人と遭遇するという経験のなさに初めは動揺したが、次第に緊張も解けてきた。

 舞衣に五つ離れた妹がいることは聞いていた。今年小学校六年生で、最近反抗期に入ったらしく生意気だとよく愚痴をこぼしているからだ。でも今日の様子を見る限り、なんだかんだで仲は良いみたいだ。

「いいお姉ちゃんやってるじゃん」

「全然。ケーキにあいつの嫌いなブルーベリー大量にトッピングしてやろうって思っただけよ?」

 まさかの嫌がらせ目的だった。ほれ、と手にしたビニール袋には大量のブルーベリージャムがガチガチと音を立てる。小瓶で20本くらい見えた。本当にこの味が嫌いなのだとしたら、シャレにならないレベルの嫌がらせだなこれ。

 俺が引いていると、舞衣は「やっべえ。これだとただの最低な奴だと思われるじゃん」と焦り出した。

「マロちん汚名返上、汚名返上! ほら、これ! しっかりプレゼントとかも買ってるから!」

 ギターケースの隙間に入れていたのか、ケースを下ろした舞衣はそこから綺麗に包装されら小さな箱を出した。

「虫?」

「さすがにここまで綺麗にラッピングしておいて嫌がらせでしたーってことはしないよ。普通にアクセ。適当に可愛かったの選んだだけだけどね」

 舞衣は照れくさそうに頬を掻いた。俺まで若干気恥ずかしくなるような仕草だ。

 しかしプレゼントか。

 今創大が来ていることもあって、この言葉は俺にとってあまりいい意味を持たないんだよなあと独り言ちる。

 アイツのプレゼントって基本虫とか埃とか雑巾とかだったからな。特に虫の死骸を大量に見せつけられた時は、全力で奴の鳩尾に蹴りをお見舞いしてやった記憶がある。忘れたい思い出だ。

 

 

 途中まで舞衣と一緒に帰り、駅で別れた。

 家までてくてくと歩いていると反対方向から認識したくない奴が歩いてきた。

「お前連絡見ろよ」

 創大だ。

 いつになく不遜な態度でふんと鼻を鳴らす。

「連絡?」

 俺は奴の言うことを聞くのも癪だったが、ひとまずスマホを確認した。するとお袋から『牛乳と卵が切れたので、すいませんが買って来てくれませんか?』というメッセージが入っていた。しかもそれが届いていたのが一時間前だ。

「何のためのスマホだよ、ああん?」

「う、うるせえな! たまたま見てなかっただけだっつの!」

 今回は俺が悪かったというのは自分でわかっているんだけど、創大を前に素直に自分の非を認めるのは癪だった。

「ま、どうでもいいけど」

 創大はさっさと話を切り上げると、俺を無視してそのまま通り過ぎようとした。どこ行こうとしてんだこいつ。

「待てよ。お前どこ行こうとしてんだよ」

「どっかの馬鹿が買い忘れたもん代わりに行くんだよ」

「そっちスーパーねえぞ。反対だ」

「……」

 創大は黙りこくって俺を睨みつけた。普段ならひるむが、今は全然怖くない。くくく、こいつ道音痴は相変わらずなのか。

 小さい頃からこいつにはいろいろ嫌がらせを受けてきた。体が小さかったり力が弱かったりした俺は大体のことでこいつに負けてきたが、そんなこいつの唯一の弱点が道だった。何度かこいつをだまして先に家に帰ったり、全然違う道を教えて迷わせたり、小さな報復を行う時によく利用させてもらった。

 俺が噴き出すと、創大はあからさまに嫌な顔をした。

「……スーパーどこだよ」

「それくらいスマホの地図で調べろよ」

 ちょっと意地悪かな。そう思ったが、今時現代っこでスマホの地図アプリを使って目的地にたどり着けない奴はいないだろう。特にうちがいつも使ってるスーパーはそこまで複雑な道順でもない。

 俺は創大を通り過ぎようとした。

「……どっちが上なんだよ……、これ、どうなってんだよ……?」

 ぶつぶつとスマホを上に掲げたり、振ったりしている創大を見て不安になった。こいつ夕飯までに帰ってこれんのか。牛乳と卵無事に届けられんのか、と。

「……こっちだから」

「あ?」

 俺は創大の方を見ずに歩きだした。

 もともと俺が頼まれたものだ。それにこいつは少なくとも三週間はこっちに居座ることになるんだ。スーパーの場所くらい知っていても損はないだろう。

「お前歩くの遅えな」

「うるせえよ馬鹿!」

 道中、相変わらず終始険悪な雰囲気は変わらなかった。しかし再会した時よりもずっと会話は増えていた。

 創大が嫌いなことは変わらない。

 でも意外と会話が成立するのかなと、そういう風に思うことができた日になった。




すいません、リアルの方がごたごたしておりまして更新であったり感想のお返しが滞っている状態でございます。暫くこういった状態が続くかなーという感じですが、落ち着いたらいろいろお返しできたらと考えていますので、当分は無言で投稿を続ける状態になりそうです。
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