「ただいまって、なんだこりゃ」
「兄貴。おかえり。ちょっとその、なんていうかいろいろあってさ」
夕方七時ごろに帰宅した兄貴はリビングを見て呆れたようにそういった。
ソファにはぴくぴくと鼻にティッシュを突っ込み、痙攣しながらフローリングの床へ突っ伏す妹と、セーラー服を着て妹の前で正座をする俺。制服は妹の物だ。
他人から見れば意味不明かつ異質な光景だが、我が家では偶にあることなので兄貴もさほど動じていない。
「ゆかり、お前邪魔だからどけ。公麿はまた何つー格好してんだよ」
兄貴はゆかりを蹴っ飛ばしてソファに座ると、「そういえば親父たちから伝言預かってるんだよ」と俺に言った。
「公麿お前最近体に変化なかったか?」
「あった!」
兄貴の言葉に俺は食い気味でうなずいた。
ちょうど妹と体の現状を再確認した後だったので、兄貴が帰ってきたら真っ先に相談しようと思っていたのだ。兄貴の口からそれが出るとは思わず、自分でも信じられないくらい前のめりで兄貴に詰め寄った。
「ひょっとしてそれ今のお前の格好に関係してるのか?」
「うんそう! その通り!」
俺の裸を見せると、ゆかりは興奮したように「お姉ちゃんができた! わーい!」とこちらの都合もお構いなしに狂喜乱舞した。
ゆかりの悪ふざけで俺はいろいろゆかりの服を着させられたのだが、結果に満足したゆかりが床に悶えているという訳だ。
「やはりか。そうか」
俺の興奮とは裏腹に兄貴は眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。
「兄貴?」
「公麿。お前の体は多分女になっている。だがそれは別に病気とかじゃない、俺たちの家がそういう家系ってだけだ」
「……どういうこと?」
「俺もよくわからん。昼間突然親父から電話がかかって来たと思ったらそう捲し立てて切りやがった。どうも口ぶりからするとお前が女になっている事が自然なことみたいにいっていたな」
「全然意味わかんねえ……」
俺はうなだれた。だがさっきの兄貴の一言で引っかかったものがあった。
「兄貴、でも今さっき病気じゃないって」
「ああ。親父もそのあたりは念を押していたな。家系的に起こりうることだから気にするなってな」
「そ、そうか、そうなのか!」
俺はそれだけで心がふっと軽くなっていくようだった。
だって今までは原因不明の病気か何だかで体が変態したと思っていたから、ひょっとしたら数時間後には死ぬんじゃないかなんて突拍子もない可能性も無視できないと思っていたからだ。
家系云々はちょっと意味が分からないが、少なくとも死なないらしい。それだけで十分だ。
「兄貴、俺はじゃあ問題ないんだな」
「いやお前女になっただろ。問題大有りだ」
兄貴は真顔で突っ込んだ。
「些細なことだろそんなこと」
「んなわけあるか。取り敢えず確認するからお前服脱げ」
兄貴の言うことに間違いがあるはずがない。俺はいそいそと服を脱ぐと、兄貴は顕微鏡でミドリムシを観察するかのように目を細めた。
「……なあ兄貴、目が怖えんだけど」
「気のせいだ。もういいよ、服着て」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんの禁断の愛。ヤバいなにこの背徳感!」
ゆかりが起き上がってなんか言ってたけど無視する。
「……マジで女になってやがる。胸は小さいけど一応乳房って分かるレベルだな」
「生々しい言葉使わないでくんない?」
兄貴は俺の言葉を無視すると、スマホを片手に立ち上がった。
「親父に伝えてくるよ」
「なあ。さっきはああ言ったけどさ、俺大丈夫なのかな」
「大丈夫だ。少なくとも命に別状はねえよ」
「うん、まあ、うん。そうか」
じゃあ話は後でなと言い残し、兄貴は二階へと行った。
「ねえねえ。別にお姉ちゃんがさっき服脱ぐ必要なくなかった? お兄ちゃんって割とマジでそういう人な訳?」
「ゆかりそれ兄貴に言ったらぶっ殺されるぞ」
殺されることはなかったが、夕飯時にゆかり分だけおかずのトンカツが数切れ少なかった。一階の声が割と二階に響くことをこの妹はいい加減学ぶべきだと俺は思った。