TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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……こんなん家にあったっけかな?

 やべえ。なにがやばいって宿題が全然片付いていないことがマジでほんとヤバイ。

「フハハハハ! お姉ちゃん! 我とゲームしようぞ!」

「ごめんなーゆかりー。お姉ちゃんちょっと遊んでる暇ないわー」

 ばたんと扉を開けてやってきたゆかりは、しゅーんと落ち込んで帰っていった。うむ、罪悪感がチクリと胸を刺す。

 でもそんな事言ってられないくらい宿題がヤバイ。具体的に言うと英語のワーク以外全く手が付いていない。創大が来た時のごたごたで、初めは引きこもってやってたけど途中で遊ぶ方向にシフトしちゃったんだよな。ストレス下で勉強なんてやってられるかよ!

 あれもこれも全部創大が悪い。うんそうだ。

 現実逃避でもしてなきゃやってられない。期日的にはまだ余裕があるんだけど、毎年この時期には全部終わってたから焦る焦る。

 俺は朝から朝食も食わずに必死でがりがりとシャーペンを動かしていた。数学の計算問題が多い。さっきから滅茶苦茶急いでやってるのに二ページくらいしか進んでいないってどういうことだよ。一枚に問題びっちり詰め過ぎなんだよこんちくしょう。

「公麿ー。お袋が桃剥いたって言ってるけど食う?」

「ごめん後でいい」

 兄貴も俺の部屋を訪ねてくる。何度言われようが今日の俺は宿題の鬼だ。たとえ万札ちらつかされようが動く気はない。いや万札だと動いちゃうな。うん。

「はははははは! 公麿!」

「親父うるせえ!」

 三人目は許さん。ぷつぷつ集中を切りやがって。

 ベッドのそばに置いてあるクッションを放り投げる。躱すなムカつく。そしてまた笑うなこんにゃろう。

「元気なのはいいことだが、お前に電話だぞ」

「電話?」

 親父は片手に子機を持っていた。俺に電話なんて誰だろう。

「もしもしお電話代わりましたけど」

『あ、綾峰さん? 担任の石田です。今日クラス合宿の日だけど、綾峰さんどうかしたのかなって』

 先生の言葉を聞いて、俺は時が止まる感覚に陥った。

 クラス、合宿?

 バクバクと心臓が高鳴り、脇からじっとりと嫌な汗が流れ落ちる。まて、今日って何日だっけ。

 先生の言葉が脳を介さず耳から耳に通り抜ける。嘘だろ。マジで今日じゃねえか。机に置いた立てかけ型の小さなカレンダーに今日の日付にぐるぐる赤い印が残してあった。

『遅れてもいいから今日来れるっていうことでいいのかしら?』

「すいません。今すぐ出ます」

 電話を切った。扉の前で親父が腕を組んでにやりと笑っている。その後ろにはゆかりと兄貴も同じポーズでニヤニヤしていた。

「荷物詰めるの手伝うよお姉ちゃん!」

「俺のボストンバックもってけ公麿」

「学校まで送ってやろうぞ公麿よ」

「恩に着るよみんな!」

 なんていい家族なんだと俺は心の中で涙した。

 

 

「だはははははは! お前日付忘れてたって、あ、アホだ! バカだ!」

「うるさいよ平等橋! たまたま忘れることくらいあるだろ!」

 急いで準備をして、親父に学校まで送ってもらった時にはちょうど昼食時みたいだった。皆は食堂でカレーを食っていた。このカレーも宿題が早く終わった奴らが家庭科室でつくったものだ。この作業が楽しいから、俺も参加したかったのだが。

 職員室によって石田先生に挨拶して、そこからすぐやって来た。時間的にもう昼飯かなーって思ってたけどマジでそうだとは。一泊二日の四分の一がもう既に終了したことになる。くそー。

 クラス単位で座っている席にこそこそ行くと、すぐ近くに平等橋がいたので隣にお邪魔させてもらった。

 一向にやってこない俺をこいつはこいつで心配していたらしい。

「つーか連絡くらい見ろよ」

「宿題の邪魔だからスマホの電源落としてたんだよ」

 車に乗っている最中電源を入れると、平等橋や裕子などから着信やらメッセージやらたくさん来ててびっくりした。そういえば裕子はどこだろうとその場で首を伸ばして探してみたが姿が見えない。これだけ人がいれば見えなくても当然か。

 クラス合宿。

 夏休み半ばに開かれるこのイベントは、一言でいうと宿題を終わらせることのできない生徒の救済措置だ。

 うちの学校は一年生二年生でべらぼうに宿題が出される。部活生や勉強の苦手な生徒は毎年いつも苦しむことになるのだ。

 そこでいつの代の生徒会長が提案したのか不明だが、学校全体で勉強合宿という名の泊り行事を提案したのが事の始まりらしい。

 もともと部活生の中では、宿題が終わらせられない部員を学校に強制的に縛り付け、泊まり込みで終えさせるというスパルタなことを行っている所もあったのだが、随分昔に教育問題に取り上げられたのだ。そしてより人道的に課題を楽しく終わらせる手段として生まれたのがこのクラス合宿だ。

 学校全体で同時に行えば布団とか場所とかとてもじゃないが足りないので、期間をずらしてクラス単位で合宿を全てのクラス行う。故にクラス合宿とよばれるのだ。

 クラス全体での団結力も高まるし、仲も深まる。何より学校というある種家庭とはまた別の見慣れた環境で寝泊りするというのが楽しく、生徒からの人気は高い。

 この合宿では宿題を終わらせることがメインだが、それ以外も結構イベントはある。初日の夜は肝試しをするし、次の日の夜はバーべキューと花火を行う。昼と夜の飯の用意は基本的に自分たちで行い、それ以外にもクラスの希望でしたいことはクラスごとに変わっていく。

 宿題がヤバい奴と夏休み友達と遊びたい奴、単純に暇をつぶしたい奴など、様々な要望を叶えたのがこのクラス合宿という行事だった。ただやっぱり基本は勉強なので、日中はずっと教室で宿題やってんだけどな。

 今の形まで持ってくるのは相当大変だったと歳のいった先生とか言うけど、この行事があるのは俺は好ましいと感じていた。任意参加だから、だるいっていって参加しない奴とかも結構いるんだけど。

 学食はうちのクラスの奴らの他にも、部活生などでごった返している。

 受け取ったカレーを口に運んでいると、平等橋が隣でじーっと見つめているのが気になった。

「何。なんかついてる?」

「いや、そういやお前あの従兄どうなったのかなって気になってな」

「あー、あれな」

 誤魔化すつもりは全くなかった。あれには平等橋も大きくかかわっていたし、しっかり事の顛末は喋るつもりだった。あいつの平等橋の謝罪も含め。でもいきなり聞かれるとは思っていなかったので、どう答えようか答えに詰まってしまった。その様子は傍から見たら誤魔化している風にも見えただろう。

「答えにくいなら別にいいけど」

「いや全然全然。そうじゃなくてさ。私から切り出そうと思ってたからびっくりしただけ」

 わたわたと手を振って否定したら、平等橋はぷっと吹きだした。俺の必死な姿がおもしろかったということだろうか。許さん。

「おーふたーりさーん」

 にゅっと俺と平等橋の隙間に一人の男子が割り込んできた。

 こいつは知っている。

 平等橋の部活仲間の望月とか言う奴だ。

 茶髪でチャラチャラしてて、常に女子とくっちゃべっているナンパ野郎である。

 一年の時から俺が平等橋と二人で話しているときも急に現れて平等橋を連れていくことも多かった。こいつは平等橋を取るから俺は嫌いだった。人間的には知らんけど、喋っている相手取ってくのマジでやめろって思う。一人残されてぽつーんってなると割とガチで寂しくなるんだからな。

「望月、お前部活だろ」

「そそ。コーチがなんか途中で説教初めてさー、昼飯の時間こんな遅くなっちゃった。まーくん慰めて?」

「知らんあっちいけ。俺は今合宿中なんだよ」

 平等橋はしっしと追い払う仕草をする。

 クラス合宿の最中は原則部活よりもこちらを優先していいことになってる。生まれた経緯を考えても、先に学業をということだ。大会が近かったり、それでも隠れて練習させる部活とかあるみたいだけど、サッカー部はそういうことでもないらしい。

「えー、いいじゃん一緒に食べようよ。まーくんの彼女も一緒にさー」

 え、平等橋まだ彼女いてたっけ。一瞬もやっとしてきょろきょろ見渡したがそれらしいのはいない。平等橋が溜息を吐いたのが見えたのでようやく合点がいった。あ、これ俺のこと言われてんのか。

「彼女じゃねえよ。綾峰だよ。知ってるだろ」

「あー、あの女男のかわいい子ね。え、マジで? 嘘綾峰くんってこんな可愛い子だったの? うっそ~」

 まじまじと俺を見る望月。チャラい。うざい。一部の派手な女子はこいつのこの軽いノリで受けている所を見たことは何度かあるが、俺とはタイプが違うと思った。

「彼女じゃないってマ~ジ? じゃあ僕立候補してもいい? 付き合ってよ綾峰ちゃ~ん」

「嫌だ。あっちいけ」

 この手の相手に優しさは逆効果だ。きっぱりと拒絶の意を示せばそれで大丈夫なはず。

「なにそれ超冷たいんですけど~」

「お前マジで今はどっか行っとけ。ほら、お前の彼女があそこに座ってるぞ」

「もう別れたしー」

 鬱陶しそうに平等橋が離れた席に座っている女子の集団を顎で示せば、特に落ち込んだ様子もなく望月は答えた。見た目通り中身も軽そうだなー、こいつ。

「それよか綾峰ちゃんマジで可愛いじゃん。まずはお友達からってことでどう?」

「お前なあ」

 平等橋がちょっとキレたような声を出したその時、平等橋はぴたりと口を閉じた。不思議に思って奴の顔をのぞくと、ひくっとひきつった笑み。こいつはこういう顔をよくするが、今度は一体何なんだ。

 平等橋の見ている方を俺も見る。

 腕を組んで仁王立ちをする裕子の姿がそこにはあった。怖っわ。

「いい覚悟じゃない望月。あんたこの子になんの用事だって? もう一度私に言ってくれないかしら」

「え、あ、いや~」

 だらだらと脂汗を流しながら目を泳がせる望月。裕子の脅威はこいつにも有効らしい。

 僕そういえば用事あるんだった~と逃げていった望月を見送ると、裕子はふんと鼻を鳴らした。王者の風格がある。

「情けない。あんな輩さっさと追い払いなさいよ平等橋」

「そういうなよ。軽いけどあいつだって悪い奴じゃないし、それに部活仲間だ」

「そ。でも少なくともこの子が困ってたことくらいわかってたんならさっさと助けなさい」

 この二人の攻防を見るのは久しぶりだ。二人とも本気でいがみ合っているわけではないと知っているので、安心してみることができる。なんか俺がいかにも虚弱生物みたいに扱われているのが癪だけど。

 裕子は平等橋との言い合いを終えると、「それで?」と俺の方に向き直った。う、嫌な予感。

「で、言い訳を聞こうかしら」

「や、やー、あははは。ほら、そんな事より隣座れよ。ほら、空いてるからさ」

 裕子の目が怖い。笑ってない。口元は笑ってるのに目にハイライトが入ってない。

 仕方ないわねと俺の隣に腰を下ろす裕子。席の並びとしては、平等橋、俺、裕子となる。この二人に挟まれるのはなんか微妙だけど、この際仕方がない。

「いやさー、実はクラス合宿の日今日だって気が付かなくってさ」

「そんなことどうでもいいのよ。多分忘れてるんだろうなって気はしてたもの」

 だったらなんで聞いてきたんだよ。

「私が聞いてるのは、あの中途半端な返信についてよ」

「返信……?」

 何のことを言ってるのだろう。

 たっぷり30秒ほど考えて、思いつくものがあった。

「あ、あーあれか。あの水着持ってきたかってやつか」

 裕子は俺の安否確認を一時間の間で20件近く入れてきていたが、後半は俺がスマホの電源を落としていると察したのか、これを持ってこいだのあれを持ってこいだの指示の形に変わっていた。俺はそれを見た時もう既に家を出た後だったので、持ってきたのと持ってきてないの律儀に返したのだった。水着は残念だが持ってきていない。いらんだろあんなもん。日中は水泳部が使っててプールに入る機会なんてないし。

「忘れたってどういうことよ。あなた何のために舞依と水着を買いに行ったと思ってるの」

「ぜってえこの日の為じゃねえよ。てかプールなんて入る機会ないだろこの合宿で。何のために必要なんだよ」

 俺がそういうと、裕子だけじゃなく平等橋も「え、知らないの?」とでも言いたげにぽかんと口を開いた。

「夜中プール開放してんだよ。肝試しが終わった後な。ある意味でこれが本番だって言ってるやつもいるくらいだぜ?」

「夜中に? 危ないじゃないか」

「プールの近くにデカいライトあるから光はあるよ。普段は使用禁止だけどこの期間は許されてんだ。お前知らなかったのか?」

 平等橋はそう教えてくれた。

 知らなかった。

 でも確か去年も二日目の朝妙に他の奴らの寝起きが悪かった気がする。あれは夜中にプールではしゃいで寝たからだったのかもしれない。あの時期はまだそこまで平等橋と打ち解け切れていない時だったし、あいつも俺を誘うことはしなかったからな。普通に肝試しが終わった後は寝てた。

「そっか、残念だな。折角プール入れると思ったのに」

「残念だわ。本当に」

 俺が肩を落とすと、裕子は俺以上に落ち込んだ。

 ……実は水着を入れなかったのはわざとだ。

 このクラス合宿というイベントは何が起こるかわからない。クラスによってはしたいと思うことは様々だからだ。ある年のクラスは肝試しの代わりに天体観測をしたという所もあるし、映画の上映会をしたってところもある。それこそクラスに寄っちゃ花火なんかよりプールで水球大会をしたってとこも聞いたくらいだ。だから学校で使うようなもんは一通り必要になるかもしれないという考えはあった。

 でも俺はわざと水着は置いてきた。

 だって恥ずかしいじゃないか。確かに舞依と一緒に買いはしたけど、あれに袖を通すことは多分ないと思う。この夏が終わったらゆかりにでもあげようかなって思ってるくらいだ。今だと胸がちょっと余るから、あいつがもう少し成長したら着れるだろうなあとか思いながら。

「それよりあなた、えらく大荷物ね」

 裕子は俺の足元に置いたボストンバックを指さした。緑色のデカいやつだ。一泊二日にしては確かに大荷物なのかもしれない。でもこんなもんじゃないのか。

「基本制服だし、私服を入れるわけでもないのに一体何を持って来たっていうのよ。ちょっと見せなさい」

「私も何が入ってるのかあんまり知らないんだよね。勉強道具とか普段遣いのリュックは私が用意したんだけど、泊まるセットとかは兄貴と妹が用意してくれたんだ」

「なにそれ、お泊りセットを兄妹に用意してもらうって普通聞かないわよ」

 裕子は呆れながら笑った。うるせえ。時間なかったんだよ。ついでにぷるぷると笑いをこらえるように震える平等橋の脇腹には肘鉄を叩き込んでおいた。

「何が入ってるんだろ」

「今ここで見ちゃったら片付け大変だし、先に大荷物は寝る場所に運び込んで置いたらどうかしら。もうみんなそこに置いてあるし」

 裕子はそういうと俺の荷物を肩に掛けた。男らしいなおい。俺はそれ持つのに「ぃよいしょお!」とか掛け声上げなきゃ無理だっていうのに。

 

 

「片付けやっといてやるから、お前先言って来いよ」

 平等橋がそういってくれたので、俺はそれに甘えて裕子に付いて行った。

 普段の授業では使わない特別棟、予備の家庭科室とか視聴覚室とかが入ってるところの二階と三階にある教室が今回俺たちが泊まる教室となっていた。部活生が泊まるところなんかも基本ここで、布団とかシーツとか、ぎっしり詰まってある。元は家庭科被覆室とかいう名前だったかな。今じゃ一部の生徒からは“別荘”なんて言われてたりする。そんないい所でもないけどな。

 女子が三階なので、そこまでえっちらおっちら運ぶ。エレベーターがないのが辛い所だ。夏真っ盛りということもあって、廊下がじめじめと蒸し暑い。

 教室と言っても、合宿場に使われるようなものなので当然そのまま教室って感じでもない。床が一面畳張りになっているのがその最たるものだ。その癖黒板が前方と後方に残っているのだからアンマッチ感が凄い。でもこの黒板、毎年合宿終わりには記念撮影でいろんなアートを作れるからそれはそれでいいものだったりする。

 去年俺は二階に泊まっていた。

 そこで二階と三階の格差に気づかされた。

「ここ天井に扇風機ついてる!」

「そうね。あ、男子の所は家庭用の奴が何台かあるだけなんだっけ」

 俺が叫ぶと、裕子はそうねと反応してくれた。何台かじゃない。一台しかなかったんだ。去年はその前の組が二台あった扇風機のうち一台を壊したとかで、俺たちのクラスでは一台の扇風機を取り合う羽目になったのだ。寝る時超あつかったんだからな。

 ほかにもコンセントの数がこっちの方が多い。建物の階の影響か風通しが心なしか良い。布団の質がちょっといいなどなど、なんだか若干の女子贔屓が感じられた。

「嬉しいけどなんか複雑だなあ」

「二つを経験している生徒なんてあんただけよね、きっと」

 入り口の横の下足にスリッパを入れ部屋に入る裕子と俺。部屋の窓を全開にしている為、むわっとした熱気はない。むしろ夏なのにちょっと涼しいくらいだった。

 よっと裕子は俺のバックを適当な場所に下ろした。皆好き勝手に荷物を置いている。裕子たちの荷物の近くに下ろしてくれたみたいだ。こういう時友達がいるって有難いっておもう。去年は殆どぼっちだったからなー。皆気を遣ってくれたけど、どこに陣取ればいいか分かんなかったもんだ。

「さてさて、じゃあ御開帳と行きますか」

「なんかスケベ親父みたいだぞ裕子」

「へっへっへ。スケベしようや姉ちゃん」

 珍しく裕子が乗って来た。

 合宿という特別な気分にこいつも当てられているのかもしれない。

 俺もあの二人が何を詰めたかちらちら見てはいたので大体は知っているが、気にはなる。兄貴は問題ないだろうけど、ゆかりが何を入れてたかだよなあ。下着類はあいつに全部一任したから今更ながらに不安になって来た。

「トランプとウノが出て来たわね。ふうん、まあ後で遊びましょうか」

「……こんなん家にあったっけかな?」

 見たことないトランプと、未開封のウノが出てきた。まさかこれを見越して事前に買ってたのか? 兄貴が入れたのかゆかりが入れたのか不明だけど。

「携帯ゲームが一つ二つ、三つ……全部で四つね。荷物が重かったのはきっとこれのせいね」

「これは間違いなく妹のせいだ。あいつ普通に旅行だと思ってたのか?」

 カセットは某赤い帽子を被ってオーバーオールを着たおじさんが主役のカートゲーム。これを皆で遊べってことか。

「あとは普通ね。下着下着下着に歯ブラシ、バスタオル、ドライヤーに……あら?」

「どうかした?」

 俺は懐かしいなこれとゲーム機をガチャガチャ動かしていると、「この袋は何かしら」と裕子が俺に見せてきた。悪戯が成功した子どものような声だ。ん、悪戯?

「どれ?」

「これ」

 振り返ると白いビニールの袋。どこかで見たことあるような特徴的なロゴが刻まれている。

「ちょ、それって!」

「あらあら、私この店知ってるのよ。去年亜依と舞依の三人でここの商品を買ったものだから」

 するっとそこから見覚えのある布を取り出す裕子。試着以来家でも試していなかったのでタグがまだ着いたままだ。

「持ってきてるじゃない。水着」

「……うん、そうね」

 あの日舞依と一緒に買った水着がそこにはあった。

 おかしい。あの日から誰にも見つからないようにクローゼットの奥底に隠したはずなのに。ゆかりの奴。目ざとく発見してこっそり入れやがったんだ。

「公麿ー。夜が楽しくなりそうね」

 肩を組んでえらい嬉しそうに笑う裕子。

 俺は今すぐに家に帰りたい気持ちでいっぱいになった。

 

 


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