TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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調子に乗り過ぎると痛い目みるぞ

 荷物を置いた後、二年三組の俺たちの教室に行くと既にほとんどのクラスメイト達が席についていた。 

「あ、綾峰さん。これさっき頼まれてたやつ」

「すいません。ありがとうございます」

 教卓の前に座っていた石田先生は俺を見つけると手招きをし、今日のしおりを渡した。

 事前にこの合宿で何をするか予定を決めた冊子だ。生徒がクラスごとで作成していて、修学旅行の時に配る冊子の簡略版みたいなのを想像してくれたらわかりやすいと思う。これを作るのもクラス合宿の楽しみだったりする。夏休み前に配られたんだけど、今日バタバタしていて忘れてきてしまったのだ。

 俺は席に着くと、さてこのクラスはどんなことをするんだったかなと再確認するつもりで冊子を開いた。表紙は絵がうまい奴がうちの制服着た男女を描いている。微妙に胴体が長いがそれは御愛嬌というものだろう。

「昼食カレー作り、午後勉強、夕方七時から八時に肝試し、そんで就寝か」

 基本的に何も捻りを加えなければ初日と二日目の夜は肝試しと花火でおしまいになる。

 二日目が夜解散にするのは毎年揉めることだが、全てのクラスを順番に回すには二泊三日にするとちょっと長いらしい。このクラスはここの部分まったく弄っていないみたいだ。俺肝試しより映画鑑賞とかの方がよかったんだけどな。去年男女のペアが足りないっていって俺だけペアのやつ男子だったし。肝試し自体は楽しいけどペアの奴に結構左右される気がするんだよなあれ。

「ん? プールのこと書いてないけど」

「あれは一応黙認って形になってるからな」

 俺のつぶやきに反応する声。

 右隣にやって来た平等橋がそういった。

「禁止ってこと?」

「公にはあんまりOKって言いたくないんだろ。夜だし、何かあったら責任問題だからな。だけど生徒の要望も叶えたいってんで黙認。ライトが点くのもぎりぎりのラインらしいぜ」

 俺はふーんと相槌を打ってしおりに目を落とした。やっぱプールあんのかー。

 この合宿では好きな席に座っていいことになっている。

 毎時間席に着いた奴から勝手に勉強を始めていく学習塾みたいなスタイルだ。

 みんな夏休みで自分の持ち物とか全部家に持って帰ってるし、好きな奴と教え合いながらしたいってんでクラスの皆で話し合ってできたルールだ。とはいっても荷物を動かすのが面倒だから、朝来た時使ってた席から動かないってやつも多くてあんまりばらばらに座ってるってわけでもないんだけど。

 俺は裕子たちが席取っといてくれてるかなーって微かな希望をもってたんだけど、席取りは禁止って言われたらしくあいつらの周りの席は既に埋まってしまっていた。

 仕方ないから適当に空いてるところに座ったら平等橋がやってきたという訳だ。

「お前午前中どこ座ってたの?」

「俺午前はちょっと部活の方に顔出してたんだよ。明々後日試合だからさ」

 平等橋も俺と同じように午後からの参加らしい。

「宿題の進み具合は?」

「全くノータッチ。部活終わったら家帰って風呂入るだろ? 寝るだろ? そんで起きて飯食ってテレビ見て寝たらもう次の日だ。できる時間ねえ」

「テレビ見る時間減らしたらどうなんだよ」

「正論だな。でもそれがどうしてだかできねえんだよなあ」

 こそこそ話していると石田先生に「そこ勉強に関係ないお話多いよー」と注意された。気を付けます。

 クラス合宿のこの時間は基本的に私語厳禁だ。もともと家で宿題が進まないからここで持ち込んでいるわけだから、この場では絶対進まなければいけない。その為に時間をきっちり決めて行うのだ。

 集中力を切らしてすぐ廊下に出て友人とお喋りをしだす奴もいるが、そうなると担任の先生が教室に連れ戻しにやってくる。とはいえどうしたって集中力は切れるものだから、休憩時間は用意されてる。

 通常授業でいうところの六時間目が終わるときと、夕方六時の前半後半で分けられているのだ。

 二十分くらい休憩があって、去年だと前半の休憩時間にPTAからスイカの差し入れがあったかな。

 後半が終わったら夕飯に移る。昼飯はカレーだったし、夜は一体何になるのか楽しみなところだ。

「公麿公麿。この問三ってどうやったら解ける?」

 しばらく無言でガリガリと数学の問題集を解いていると、同じ問題集をやっている平等橋が小声で俺の脇をつついてきた。危うく笑いかけた。二度とするなと脛を蹴ってやる。

「何、どれ?」

「これなんだけど。ちょっと意味わからん」

 平等橋は数学が苦手だ。この前数学のテストで補習食らっていたくらいに。反対に英語と国語はクラスでも上位に食い込むので勉強が苦手ってわけでもないんだと思う。

 見せてきたのは俺がすでに解いていたページの問題だ。やり方が分かれば後は機械的に解けるが分からなきゃずっと思い悩むタイプの問題だ。ようは覚えりゃすむ計算式。

「ここ、解の公式使って、そんで全体2で割って」

「あー、そっから移項すりゃいいのか。おっけサンキュ」

 地頭がいいので平等橋はすぐに理解した。お前本当に数学苦手なのかよってちょっと悔しく思う。俺はその問題答え見て暫くうんうん悩んでやっとわかったっていうのに。

 それからちょくちょく平等橋は俺にわからない問題を聞いてきて、それに答えていると前半は終わった。

 今年の差し入れはアイスだった。箱で六本とかで入ってるタイプの奴が数種類あって、そこから俺はソーダアイスを選んだ。聞けば石田先生の自腹らしい。ありがたや。

 俺と平等橋は廊下に出て食べることにした。

 教室と対面にある窓際の壁に背中を預け、生ぬるい風を感じながら冷たいアイスをなめる。至極だ。

 俺がちびちび舐めているのとは反対に、平等橋はしゃくしゃくと速攻で平らげる。性格でるなあこういう所。

「食べる早いなーお前」

「なんかこういうのって一気に食わないと喰った気しねえんだよな」

 食べ終わったアイスの棒を口にくわえてプラプラ振る平等橋。行儀悪い。

「私はゆっくり食べるのが好き」

「うげー、俺そういうの無理だわ」

「お前意外とがさつだもんな」

「どういう意味だよこの野郎」

 けらけらと笑っていると、教室から亜衣と舞衣がやって来た。

「ご出勤ですかい社長?」

「重役出勤お疲れ様です!」

 びしっと敬礼する二人。完全に今日の遅刻をネタにされている。

「うるさいよ二人とも。あれ、裕子は?」

 二人の後ろを確認するが、その姿が見えない。

「なんか部活の方で呼ばれてったよ?」

 と舞衣。部活か。どこもかしこも忙しそうだ。

 その後一言二言交わして二人はお手洗いの方に消えていった。

「なんか悪い事したか?」

 二人が行ったあと、平等橋がやや困ったように眉を下げた。何がいいたいかは大体わかる。

「別にあいつらこっちの気を遣ってるわけじゃないと思うよ」

「だといいんだがな」

 裕子を含めたあの三人はよく俺にかまってくれるが、いつも平等橋を近づけさせないというわけではない。寧ろ先に平等橋と一緒にいる時はあまりちょっかいを掛けず、喋り終わったらこっちへおいでといったテンションだ。逆にあいつらといる時に平等橋がやってきた時は「今はこっちの時間よ」とばかりにこいつを追い払うんだけど。そういう時俺は大体いつも微妙な顔しながら笑うしかなくなってる。

「逆にお前はいいの? 私とばっかりで他の友達大丈夫かよ」

 平等橋は俺よりずっと友達が多い。それこそクラスにも俺が名前を挙げないだけでいつもつるんでる連中、俺は勝手にリア充グループと呼んでいる、がいるというのに、こいつは時間があれば俺の方に来てくれるきがする。なんていうかな、人気者を独占している罪悪感がちょっとだけある。

「全然平気。あいつらはあいつらで勝手に楽しんでるし。それに俺と公麿が仲いいってあいつらも知ってるしな」

 平等橋はあっけらかんと言った。仲いいって言われると嬉しいもんだな。あー、ちょっと顔が熱くなった。気づかれたら引かれるかなこれ。

 暑い暑いと誤魔化すように手をぱたぱたさせていると、「やっぱ暑いわけ?」と訊いてきた。やっぱりってどういう意味だよ。

「そりゃ今夏だし。暑いけど」

「じゃなくてさ、そのー、髪の毛」

「髪?」

 髪がなんだというのだ。俺は自分の首の後ろに手を当て、あーそういうことかと気が付いた。

「長さのことね」

「春より伸びてないか?」

 俺は春先より幾分髪が伸びていた。肩先くらいだったのが、今は肩甲骨くらいまで伸びている。一回興味本位で伸ばして見たかったのと、舞衣が「我が同士よ!」と目を輝かせてきたので俺も調子に乗っていたのだ。

 あんまり家から出なかったし、基本クーラーの元で生活してたから暑さは意識してなかったけど、久しぶりに学校来ると首元が超蒸れて暑い。あと髪洗う時とかもすげえシャンプーもこもこになってうざい。ヤバイ伸ばしてるメリット何も感じなくなってきた。

「いいんじゃないか。なんかすげえ女子っぽいし」

 褒められると嬉しい。褒め方がちょっと微妙な気もするけど。うん、もうちょいこのままでいるか。我ながら単純だ。

「あーそうだ。お前こんなんいる?」

 わざとらしく平等橋が切り出した。んん! と咳払い。不自然すぎるその仕草に若干以上の胡散臭さを感じる。

「何?」

「深い意味はないぞ」

 取り出したのは藍色のなんかワニの口みたいなとげとげした洗濯ばさみみたいなやつだった。結構デカい。

「いやマジでなにこれ」

「知らない? 髪留めだよ。バンスクリップってやつ」

「これ髪留めか。……なんで学校に持ってきてるんだよ」

 へーっと感心しながら手渡されたそれを弄る俺。いやいや違う。なんでこんなもんお前持ってるんだよ。

 明らかに女性ものであるアイテムを学校に持ち込んでいる平等橋に胡乱気な視線を送ると「だから深い意味なんかねえって言ったろ」とかなり焦って否定しだした。

「姉貴がお前にプレゼントだってよ」

「愛華さんが?」

 聞けば先日友人と買い物に行ったとき偶然見つけて買って来てくれたらしい。結構高そうなのに申し訳ないな。

「暑そうだし後ろ髪とか纏めたら?」

「そうしようかな。でも使い方が分からん。しかし見れば見るほどミュータントの口みたいだなこれー」

 蝶番のところをカチカチさせていると、その間に平等橋は使い方をネットで調べてくれていた。

「こうするみたいだぜ。はー、女ってこうやって髪の毛纏めてんのな」

「ふーん、どれどれ」

 まず後ろの髪をまとめて肩の方に持ってきて、捻ると。うん? 結構むずいぞ。

「ぎゃははは! 下手くそすぎんだろお前!」

「う、うっせえ!」

 その後四苦八苦して何とかアップにすることに成功した。首元がすっきりして、午後の授業はすこぶる集中できたことを追記しておく。

 

 

「あんたらえらくいちゃついてたらしいじゃない」

 午後の勉強時間が終わった後、クラスの皆でぞろぞろと家庭科室に移動した。夕飯の支度だ。

 豚汁に焼き魚、野菜炒めの調理班に分かれ、俺は裕子たちと豚汁作成班に入った。ご飯は休憩時間の間に手が空いてるやつが先に予約を入れてきてくれたので、もう炊き終えている。

 大根の皮を剥いていると、裕子は唐突に俺に投げかけてきたのだ。

「いちゃいちゃ? どういうことさ」

「誤魔化さなくてもいいわよ。えらくかわいいものつけてるんだから誰だってわかるわ」

 裕子が呆れたように肩をすくめると、舞衣も「そうだそうだ」と興味深々に食いついてきた。亜衣は足りな分の野菜を準備室から運んできている為いないが、あいつもいたら便乗して言ってきそうだ。

 裕子の指さした先は俺の頭、正確には頭に付けてるクリップを示していた。

「あ、こ、これな! これ違うぞ。あいつの姉ちゃんにもらったやつだからこれ!」

 藍色の大人っぽいクリップ。デザイン自体はシンプルなんだけど色合いとか形とか凄く気に入った。流石愛華さん。センスがいいなあと感心する。

 裕子は愛華さんを知っているので、そうなのと目を丸くした。でも追及を止める気はないみたいだ。

「それにしたってみんなが見てるあんなところでいちゃいちゃするのはちょっとけしからんわね」

「ボスボス。本音漏れてるって」

「だからいちゃいちゃしてないって」

 妙な誤解をしている裕子に俺が何か反論しようとしたとき、ちょうど亜衣が帰って来た。段ボール箱いっぱいに野菜を抱えている。

「お帰り~ん。ほっほう、さすがはパワーファイターですなあ。重くないの?」

「なんのその。ソフトで鍛えた我が肉体を侮るでないわ」

 わはははと合掌する亜衣と舞衣。

 なんだかうまい具合で話の腰が折れた。ほじくり返しても都合のいいもんでもないしほっとくか。そう思って鍋に火をかけたところで「そいやマロちんもう告ったの?」と亜衣が爆弾投げてきやがった。この話の流れでなんのことかわからんほど鈍感じゃない。

「はあ?」

「あたしは見てなかったけど、クラスの男子が血の涙流しながら『平等橋殺す。平等橋殺す』って呟いてたよ。三人くらいいて普通に怖かったな」

 知らなかった。ていうかさっきから平等橋の姿がどこにも見えない。ちょっと不安になってきた。

「やめろっていう訳じゃないしほっとけばいい話なんだけど、周りがどう見てるかっていうのも気をつけなさい。あんたら二人はそう思ってなくても周りは違うんだから」

 それにしても平等橋にやるには惜しいわねえ、と裕子は零した。

 俺は何と返せばいいのかわからず、ひたすら鍋の灰汁を掬った。

 面倒くさい、とは違うんだけど、厄介だなと思う。

 周りがどう思おうがそんなん知らねえよって言えたらそれが一番なんだけど、あいにく俺はそこまで強くはない。

 素直にその気持ちを三人に伝えると、三人とも同意の意を示してくれた。そう思ってくれる友達がいるだけで救われる。

「別に付き合ってるわけじゃないんだ」

「そんなわけないだろ。あいつとそんなことなるはずないって」

 きょとんと尋ねる亜衣に俺はないないと手を振る。俺が平等橋に? 想像しただけで笑える。以前血迷って平等橋が頭の湧いた提案を俺に持ち掛けてきたことはあったが、あいつも別に俺に対して恋愛感情を抱いているわけではないと思う。

 大切な友達だけど、それとこれとはまた話が別なのだ。

「でもマロちんがそう思ってても向こうはそう思ってないかもしんないよ?」

「まあいいじゃない」

 舞衣の追撃を裕子が止めた。

「結局その時にならなきゃわからないんだし、今ここでごちゃごちゃ言ってもしょうのないことよ」

「それ言ったらそうなんだけどさー」

「それにこういうのは他人が余計なこと言えばいうほど拗れるものだし」

「おやおや? ボスが何やら乙女っぽいことを言い出しましたぞ亜衣殿?」

「いや、そこはちょっと乗れないかなー舞衣殿」

「おい、うそだろ。梯子外されちまったよ」

「自分から言い出してといて何言ってんのよ舞衣」

 その後はいつも通りの空気に戻ったけど、俺はすっきりしないもやもやみたいなものが胸に残り、それは食事を終えても消えてはくれなかった。

 

 

 一旦部屋に戻ってから、肝試しが始まった。

 特別棟の一階の多目的教室に集合し、クラス合宿担当のやつらが前に出てルールの説明を行う。

 去年と殆ど同じなので、俺は話半分で舞衣と駄弁りながら聞いていた。部屋に戻ってから舞衣に髪の毛のアレンジの仕方をいろいろ教わっていたのだ。凝り出すとおもしれえよこれ。

「おい公麿聞いてるか?」

 担当の片割れである平等橋が名指しで俺を指摘してきた。皆が見るからやめろよ馬鹿。

「聞いてるよ」

「だったら今言った説明初めからここで喋ってくれるな?」

 聞いてないからできない。くそ。嫌らしい報復の仕方しやがって。後で脛蹴ってやる。

「まあ皆去年とかやってるから聞くのもだるいと思うけどさ、一応学校とは言え夜だから注意は必要な訳よ。だから皆もっかいこっち注目してくれ」

 話を聞いていないのは俺だけじゃない。周りを見るとざわざわ好き勝手喋っているので、諌めるために俺を使ったらしいことはわかった。説明を女子の相方にバトンタッチした平等橋は、こっそり俺に目で謝って来た。話を聞いていなかったのは俺も悪いし許してやることにする。ふん。

「そういうアイコンタクトが怪しまれる原因だって気づかないんだもんなー。この二人は」

 舞衣がボソッと何か言ったような気がして振り返ったが、下手くそな口笛を吹くマネをされて誤魔化された。

 ルールは簡単だ。

 まず脅かす組と回る組で半分に分かれる。

 出発前にペアを決め、指定されたルートを通って最後に二年三組の黒板にマグネットを付けてきたら終了だ。

 マグネットは全部で3つ。

 それぞれチェックポイントである「学食」「体育教官室前」「音楽室」にそれぞれ置いてある。

 脅かす役は至る所で脅かすが、基本的にチェックポイントの所に一人はいるようにしてある。ネタが割れると白けてしまうので、脅かす役は前後で各自別々の脅かしグッズを用意している。こういうところはなぜか凝ってるんだよなと感心するところだ。

 時間の都合もあるので、そこまで長いルートじゃないけどなかなか楽しめそうだった。

 俺と舞衣は前半に回る組で、裕子と亜衣、平等橋は脅かす組だった。

 脅かす組が先に教室を出ていくと、残った女子の担当の子がくじでペアを決めていた。

 お菓子の缶に入れられた四つ折りの紙を開くと赤く④と書かれていた。

「マロちん何番?」

「四番。舞衣は?」

「あたし九番。多分最後だこれ」

 さっそく一番の組が出発する。

 誰が俺のペアだろうと見渡すと、すぐに見つかった。

「四?」

「お、おう!」

 熱でもあるんじゃないかってくらい顔を赤らめた奴が俺に近づいてきたからだ。

 村木って名前のやつだ。男の時も平等橋を通して何回か話したことはあったが、特別仲が良かったわけでもない。それを言ったら平等橋以外全員に言えるんだけど。

「顔赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」

「いや大丈夫! ぜんぜん元気!」

 ほら元気と突然スクワットを始める村木。お、おう。元気そうだな確かに。

 村木は硬式テニス部で、そこそこ男前とクラスでも人気の高い男子だ。身長が180近くあって、低身長だった俺はこいつを見るたびにうらやましがっていた気がする。がっしりしてるし憧れの体を持ってるやつだ。

 ただ猥談になった時童貞だっていうんで散々からかわれていた気がする。俺の前でテンパってるのも多分俺が性別上女になっちまったからなんだろうなと推測すると、こいつの珍妙な行動もある程度理解できた。

 俺が生暖かい目で村木を見つめていると、彼はぎこちなく目を逸らした。ほほう、愛い奴だ。

「ちょっとちょっとマロちん」

 ぐいっと裾を引かれた。舞衣だ。

「なんだよ」

「あんまり近づきすぎは厳禁だよ? みんながみんなバッシーみたいにチキ、紳士じゃないんだからね!」

「今平等橋のことチキンって言おうとした? ねえ」

 会話の中身よりもそっちの方が気になった。

 舞依が何か言おうとしたが、「四番OKだよ」という指示があった為、後で話すと俺は一方的に話を切った。

「行くぞ村木」

「……」

「村木?」

「……」

 フリーズして動かない村木。いや動けよ。

 面倒だったので手を引いて連れて行っていくことにした。汗すげえなこいつ。やっぱ熱あるんじゃねえかって疑った。

 

 

「さーてと、まずは学食か」

 俺はしおりと懐中電灯を片手に目的地まで歩いていた。しおりに肝試しのルートが載っているのでライトと一緒に持つと見えにくいのだが、反対の手は村木の手を掴んでいる為できない。

 ……いや村木の手を離せばいいだけか。そろそろこいつも動き出すだろ。

 ぱっと手を離すと、逆につかみ返してきた。え、何?

「あ、いや」

 自分の行動が意外だったと言わんばかりに、弾かれたように手を放す村木。なんなんだ一体。

 顔も赤いし、握った手も驚くほど熱かった。マジでこいつ体調不良なんじゃないだろうか。

「なあ、ほんとに熱あるんじゃないか?」

「ないない。ほんとにない」

「強がる必要ないって。一緒に戻ってやるから」

「大丈夫だから!」

 こう頑なに大丈夫と言われるとこちらも何も言えない。

 そうかと一応の納得を見せて歩きはじめる。今度は何も言わなくてもついてきた。

「学校って何もなくても夜は怖いよな」

「……」

 話を振ったが村木からの返事はない。おかしなこと言ってないし、こいつどうしたんだ?

 男の時少しとはいえ喋ったことがあるので知っているが、こいつはむしろ饒舌なやつだ。女子が苦手というか、女子を相手にテンパることはあったがそれでも女子を前にしてもテンションは高かった気はする。なんでこんな静かなんだろう。

「ひょっとして村木ってビビり?」

 肝試しが怖いのだろうか。だったら納得だ。なかなか出発で動かなかったのも内心乗り気でなかったというなら説明がつく。

「いやそういうわけじゃない」

 違うらしい。ていうかこれは返事をするのかよと内心突っ込みをいれた。それでも静かなことには変わりはない。

「……あのさ、別に前行けとは言わんからせめて横並んで歩いてくれない? 先導して歩くって地味に怖いんだよ」

「お、おおう」

 今まで半歩後ろについて歩いていた村木が、すっと横に並んでくれた。うん、これでいい。肝試しで妙な大和撫子スタイル取らないでくれ。何かあった時普通に怖いし。

 しばらくお互い黙って歩いていると、最初のチェックポイントである学食にたどり着いた。

 脅かし役が必ずいるって分かっているので、入るのは普通に勇気がいる。

「怖ええなあ」

「……」

 外から見る学食は怖い。月明かりしか照らすものはなく、全体的に薄暗いし奥が見えない。屋内にある自販機のヴヴヴという稼働音が不気味だ。

 学食の手前の入り口から入り、ぐるりと一周して普段メニューを注文するところにマグネットが置いてあるので、それを取って奥の出口から出ていけばここはいい。

 じゃあいくかと村木に声をかけ、俺は扉に手をかけ中に一歩踏み込んだ。

『わあああああああ!!』

「うわああああああ!」

 入り口すぐに構えていた奴に大声を出された。

 ひいいい。怖い怖い怖い。

 ダッシュで駆け抜けるようにマグネットまで急ぐ。

『ああああああああ!!!!』

「ひいいいいい!」

『がああああああ!!』

「やめてええええ!」

 いたるところからやってくる男子の野太い叫び声。

 脅かし方という声の大きさと言い、こいつら絶対練習してる。

 マグネットをひっつかんで速攻で学食を出た。滞在時間にして30秒もなかったと思う。

 すげえ心臓バクバクいってる。

 舐めてた。普通に怖かった。

「あ、あの綾峰」

「ああ?」

 村木が困惑したように声をかけてきた。こいつは全然怖がっていないようだ。

「あの、手」

「手? うわすまん!」

 いつの間にか村木の手を掴んでた。

 多分さっさと学食を切り抜けたいって気持ちが強すぎて、鈍い村木を引っ張っていたんだと思う。

 決してビビって何かにしがみついたとかそんなんじゃねえよ。ねえよ。

「お前の方がビビりなんだな」

 噴き出すようにして笑う村木。うるさい。そういうのじゃない。

「いっそのことずっと手でも掴んでおいてあげようか綾峰くん?」

「お前調子出てきたじゃないか。でも調子に乗り過ぎると痛い目みるぞ」

 差し出してきた手にチョップをかまし、俺はずんずん先に進む。

 肝試しは始まったばかりだ。

 まだ平等橋や裕子、亜依の仕掛けに遭遇していない。

 予想以上に楽しめそうだとテンションの上がる俺を妙に熱っぽい目で見る村木の視線に、俺はこの時気が付いていなかった。

 

 


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