TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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……何の話してんだよ

「おかえり。なんも問題なかった?」

 咲江さんとゆかりちゃんを見送って帰ってきた俺に、姉貴がリビングから顔だけ出して声を掛けてきた 

「ああ。普通に駅まで送って終わりだよ。……ゆかりちゃんにはすげえ食いつかれたけどさ」

 あの後、俺たちがお互いの誤解が解けてから程なくして解散となった。

 話がある程度落ち着いたことと、時間がかなり遅くなってしまったからだ。

 誤解が解けてからは咲江さんよりもゆかりちゃんがマシンガンのように俺に詰め寄り、それに耐えかねた俺は露骨に時間が遅いことを姉貴と咲江さんにアピールした。そうしなければおそらくもっと長時間話し込んでいたに違いない。

「ゆかりちゃんかー。姉妹でもキミちゃんとはタイプが全然違うのね。正義が年下の子にタジタジになるのなんて初めて見た」

 けらけらと笑う姉貴。対する俺は自分でも若干頬がこけているのを感じるほど憔悴している。

「公麿が話に絡んでるっていうのがまあ一番なんだけど、それ差し引いてもあの子怖えよ」

「あんたの自業自得な部分もあったんじゃない? 物凄い剣幕だったし」

「それは俺も自覚してるんだけどさ」

 俺が公麿に対して友情以上の感情を抱いている。

 それを打ち明けた瞬間綾峰家の次女はぎらりと俺に牙をむいた。

『はああ!? じゃあなんでお姉ちゃんあんなことになってるんですか!? 平等橋さんが振ったからじゃないんですか? ていうか今も少し感じるところありますけど平等橋さん言葉の節々に優柔不断の気がありますよ! その気もないのにお姉ちゃんを誑かしていたならぶっ殺してるところですけどその気があったのにそれ以上進まずお姉ちゃんを凹ませるってなんですかそれはあああ!?』

 飛びかかろうとするゆかりちゃんを咲江さんが羽交い絞めしなければどうなっていたことだろうか。

「つーか姉貴もあそこはちょっと助けてくれても良かったんじゃねえの?」

 抗議の意味も込めて睨めば、姉貴はさらりと視線を外す。

「一応言うけどあの子も本気であんたに怒ってたわけじゃないわよ?」

「分かってる。駅の改札前でも謝られたし」

 俺だってそれくらいの分別はついているつもりだ。

 少し話しただけでゆかりちゃんが公麿の事を凄く好きなんだという事は伝わってきたし、それを害したであろう俺の事が複雑だったのもあるだろう。別れる寸前までそれを滔々と語られてげんなりさせられたものだ。

「お姉ちゃんの相手が気になる、か。ゆかりちゃんは相当なお姉ちゃんっこね」

「いやあれはもうシスコンの域だろ。はじめはそれで俺もかなり変な目で見られてたから」

 姉貴に入れてもらったお茶をすすりながら、家に入ってきた瞬間のゆかりちゃんのやたらきらきらと俺を観察してきた目を思い出す。字面だけを追えば俺に好意があるのかとでも錯覚しそうだが、彼女のらんらんと輝く瞳はまさに好奇心の現れそのものだった。

『お姉ちゃんがいつも話す平等橋さんを生で見れたという興奮と、この男がお姉ちゃんを誑かしたのかという殺意が同時に襲い掛かってきました』とは彼女の弁だ。道理で居心地が悪かったわけである。

 話を大筋に戻すと、綾峰家から俺に二つの選択肢が与えられた。

 一つは俺の本心を公麿に伝えてほしいというもの。これには咲江さんから一言あった。

『今あの子は正義さんとの関係を壊したくないという強迫観念に駆られており、その気持ちが外に出たのが今の公麿だと考えています。二人が付き合ってほしいと言っているのではありません。ただ中途半端な状態でいることはお互いにとって良くないと考えるのです』

 もしそれが叶わないなら。二つ目の提案がそれに続く。

『公麿には何も言わないでください。あの子を連れて行き、ここでの思い出は思い出のままで時間が解決してくれるのを待ちます』

 極端な二択だ。

 要約すれば俺が公麿に告白するかしないかという事に尽きる。

 どうしてこうなった、とは思わない。これまでにも予兆はあったし、それをあえて見ないふりをしてきたのは俺だ。

 公麿は俺にとって特別な友人だ。それを失うことは俺にとっても耐え難い。

 だが咲江さんの言葉にすぐに返事をできない理由もあった。

 それはここまで言われ続け、自分の中にもひょっとしたらという気持ちが芽生えつつある今、逆にこれまで逃げ続けてきた“女性”に俺は果たして向き合えるのだろうかという不安があったからだ。

 公麿は公麿だ。その点に疑う余地はない。

 しかもあいつのおかげで俺は母親に対して自分の中で一つの区切りをつけることが出来た。あれからは今までよりも女子に対して純粋な意味で向き合う事ができるようになっていると自分では思っている。

 だったら大丈夫じゃないか。

 ここまで説明すれば大概の人はそういうだろう。俺だって他人から聞かされたら同じように答える。

 気持ちを数値化することが出来るのなら、俺の抱える不安は1パーセントにも満たない極少しの可能性だ。

 だがここでもしうまくいかなかったら、公麿を俺自身が否定してしまったら、俺はきっともう立ち直れないだろう。

 情けないと思う。女々しいとも思う。ぐだぐだ考えて一歩が踏み出せない愚図が俺だ。

 この沈黙を咲江さんがどう受け取ったのかは分からない。

『あと一日だけ考えさせて下さい』

 俺の申し出に彼女は黙ってうなずいてくれた。

 

 

 翌朝、俺の足取りは重かった。

 今日の夕方、今度は俺が公麿の家に行く事になっている。もし俺が今後も公麿と付き合って関係を続けていくのなら家に来てくれと咲江さんに言われたからだ。もしそうでないなら、今日を境に公麿とは会えなくなるのかもしれない。昨日の調子からははっきりわからなかったが、ゆかりちゃんの言葉の強さや焦りようから時間はあまり残されていないのだろうか。

 それにも関わらず、俺はまだ自分の中で答えを出せずにいた。

「あ、平等橋ー!」

 改札を抜けるといつものように公麿が待っていた。

 昨日の話を聞いた後ではそのいつも通りの姿も変わって見えてしまう。

 それが表情に出てしまったのだろう。隣に立って歩き始めると、公麿が怪訝そうに眉をひそめた。

「なんだよ。風邪でも引いたのか?」

「いや、ちょっと寝不足でさ」

「え、小テストとか今日あったっけ?」

「ねえよ。つか、テスト勉強で俺が徹夜するキャラに見えんのかお前」

 見えないなあと、ここでようやく公麿は俺から視線を外した。

 とっさに出た言い訳だがあながち嘘と言うわけでもない。

 自分がどうすればよいのか、正しい選択は何なのか。答えの見えない問いにぐるぐると翻弄されて碌に寝られなかった。

 会話が途絶える中、こっそり隣に並ぶ友人を盗み見る。

 この半年の間で体も縮んだのだろうか。ぶかぶかに見える学生服に肩口で切りそろえられた髪。姉貴が渡した髪留めをつけていた頃が懐かしく感じる。

「何? 俺の事じろじろ見て来て。きもいんだけど」

「ちょっと朝から辛辣すぎない? 嫌なことでもあったのかよ」

「いや、別にそういうわけじゃないけど」

 もにょもにょと口ごもる公麿。こいつは自分から噛みつくような発言はめったにしない。するとしたら腹の居所が悪い時だけだ。

「家族?」

「……なんでわかんのお前?」

 普通こういう時何回か外してから正解するもんじゃないの? と若干口を尖らせつつも、それが怒りでないことはすぐわかる。

「まだ確定してないし、もしかしたらって話なんだけどさ。俺転校するかもしれない」

「……そう、なのか?」

「あんま驚かないのな。なんか寂しい」

「いや驚き過ぎて言葉が出なかっただけだ」

 これで昨夜の咲江さんの言葉が嘘でないことがはっきりわかった。公麿の口ぶりから昨日咲江さんとゆかりちゃんが俺の家に来たことはしらないらしい。なら俺がそのことを漏らすのは得策ではないだろう。そのことを意識するあまりリアクションが薄くなったが、逆に公麿に不審がられる結果となっては意味がない。

「確定じゃないってどういうことだ?」

「言葉通りだよ。どっちになるのかはまだ分かんないんだってさ。お袋も親父も近いうちに分かるとしか言わねえし」

 きっと俺の選択次第という事なのだろう。咲江さんは穏やかそうに見えてなかなかえげつない選択肢を俺にたたきつけてきやがる。

「公麿はやっぱ残りたいか?」

「んー、どうなんだろうな。分かんねえや」

 公麿は返事を濁した。

 何気ない返事だったが、俺は自分の足元がぐらつくのを感じた。

 答えの分かり切っている質問のつもりだった。

「え、っと。何。お前転校考えてんの?」

「そうじゃねえけどさ、お袋が言うんだったら仕方ねえって言うかなんていうか」

「咲江さんはお前の意思を尊重するんじゃないのか? お前が嫌だってんなら無理強いはしないだろ」

「いやそうだと思うんだけどさ……てか俺平等橋にお袋の名前教えたことあったっけ」

「あ、あるある。この前言ってたろ」

 そうだったっけかなあと首を傾げる呑気な公麿。対して俺はさっきから嫌な汗が止まらなかった。

 咲江さんの名前を出したミスで焦ってんじゃない。公麿が転校を嫌だと思っていないというその事実に対してだ。

 こいつ俺の事が好きなんじゃないのか?

 短い期間で周りのヤツからさんざん言われ続けたもんだから、俺も公麿が俺に気があるって信じて疑ってなかった。そして、その考えから公麿が自分自身の意思で俺から離れていくという事も考えちゃいなかった。昨日咲江さんに言われた時も、公麿の状態次第でっていうあくまで公麿の意思とは別ものだと思っていた。

「……平等橋なんか機嫌悪い? 俺何か怒らせること言った?」

 動揺で返事が出来なかった事が、公麿に俺が不機嫌であると誤解させてしまったみたいだった。

「なんもねえよ。それより最近姉貴が爬虫類飼いたいとか言い出したんだけどこれどうにか止められねえかな」

「マジで? 愛華さん爬虫類好きだったんだ……」

 適当な話でこの場を誤魔化すことはできる。でも俺自身このまま誤魔化し続けてはいられないのだと強い危機感をもって感じた。

 

 

「で、どうすんのよ」

 昼休み、こっそり呼び出した裕子は俺の話を聞くなり一言そういった。

「どうって、俺がどうこうできるもんでもないだろうし」

 場所はいつも公麿と昼飯を食ってる屋上前の踊り場でなく、いつかのテニスコート前のベンチだ。今は昼休みという事もあって制服きた連中がサッカーやらテニスやら楽しそうに騒いでる姿が目に映る。

 俺は裕子に昨日咲江さんが来た事から始まり、今日の公麿が転校を嫌がっていないということまで事細かに伝えた。

 裕子は俺が話終わるまで口を挟むことなく黙って聞いていたが、だんだん眉間の皺が寄っていくのが見て取れた。話し終え、俺がこいつにアドバイスを求めて返ってきたのが最初の言葉である。

「は? あんたしかどうにもならない問題じゃない」

 裕子の機嫌はすこぶる悪かった。もともとこいつは俺と二人でいることを嫌がるのだが、今回はそれに拍車がかかっている。だが俺はそれでいいと思っていた。

「どういうことか詳しく教えてくれるか?」

「……ほんっとあんたって昔からアホね」

「自覚してる。後でいくらでも言っていいから教えてくれよ」

 裕子は何かを考えるように目を強くつぶり、大きな息を吐いた。俺もこいつとは結構長い付き合いだが、ここまで呆れられたのは多分今回が初だ。

 柊と楠の姿はここにはない。俺が外してもらったからだ。

 裕子の言葉はきつい。特になぜか俺には必要のないところまで言葉の刃を向けてくる傾向にある。

しかし俺はこいつの事を信頼していた。

きついことは言ってくるが嘘は言わないし、言ったら怒られるかもしれないがこいつなりに俺の事を心配してくれているのが分かるからだ。

だが意識的か無意識的かは分からないが、こいつのこの分かりにくい思いやりは周りに誰かがいると素直に言ってくれないという困った性質を持っていた。二人になれば周りに人がいない分人を殺せるレベルで言葉はきつくなるが、その分ためになる。だから俺はあえて裕子と二人で話を聞いてもらうことに決めた。

「相手の立場に立って考えてみればわかるでしょ」

「相手の、公麿の?」

「そうよ」

 考えて見なさいよと前置きをして、裕子は人差し指を立てた。

「あの子はあんたが自分の事どう思ってるのかわかってないのよ。そこできて自分の気持ちが分かってしまった。板挟みにあってあの子が考えそうな事は何?」

「今の関係を崩さないままフェードアウト……まさか公麿はそれで?」

「分かるわけないでしょそんなこと」

 裕子は冷たく切り捨てた。だが意外なことに裕子は切り捨てるだけで終わるつもりもないみたいだった。

「……なんか言い足りないって顔してるか?」

「言い足りないって言うか、迷ってる、ていうのが正解かしら」

「迷ってる? 何に」

「初めにいったでしょ。どうすんのって。言葉の意味わかる?」

「馬鹿にしてんのか?」

「してないわ」

 裕子の瞳は揺れていた。いつも自信にあふれているこいつらしくない、どこか萎れた雰囲気だ。

「結局あんたの選択に任せているのよ私は」

「……何の話してんだよ」

「公麿が転校するしないっていうのは多分、いやほぼ絶対あんたの答え次第で決まる、と思ってる。私は公麿には行ってほしくないし、もっと言えばまた仲良く話ができる関係に戻りたい。でもその責任を負うのはあくまであんたなのよね。偉そうなことを言っている自分が無性に残念な生き物に思えてきたのよ」

「お前ってそんなネガティブなキャラだっけ?」

「ほっときなさい」

 裕子は立ち上がった。話はここまでと言う意思表示だ。

「平等橋。どうするかはあんたが決めたらいいと思うわ。公麿を止めるというのならそれ相応の覚悟をもって、そして――」

 ――黙って見送るならそれも選択の一つだと思うわ。

 裕子はそう言って俺を待つことなく行ってしまった。同じクラスだしそろそろ昼休みも終わるし、一緒に帰っても良かった。

 しかしあいつの後ろから絶対についてくるなというオーラが発せられていて、俺はついていくことが出来なかった。

 

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