TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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朗報ねえ

『黙って見送る』 

 裕子が残したあの言葉が頭から離れなかった。

 

 だってそれは俺がどこかで考えていたことだったからだ。

 公麿がどこかに行くのは嫌だ。

 でも引き留める側の俺が自信を持てないんだ。

 俺は公麿を、公麿の人生を壊しちゃいないだろうか、そんな疑問が頭を過る。 

 公麿はいきなり男から女になるなんていう通常ならあり得ないような経験をした。それだけじゃ飽き足らず、自分の性別に困惑し、自身を否定する行動にまででた。

 そんな思いつめた公麿を俺は責任をもって引き留めることが出来るのだろうか。

 たかだか一年弱。

 俺と公麿が接してきた時間なんてそんなもんだ。

 これからもあいつの人生は続く。高校時代の思い出は特別だなんていう大人もいるけど、それだって長い人生を見れば風化するに値する時がいつか来る。

 ここで公麿を見送ることがあいつにとって一番いい選択なんじゃないだろうか。

 ただでさえ俺は少し前まで女性が苦手なポンコツだ。そんな俺がと思ってしまう。

「あれ、平等橋まだ着替えてないのか?」

 考え事をしていたからだろうか。いつの間にか周りにいた男どもがいなくなっていた。

 六時間目は体育だ。

 俺もいつも一緒にいるやつらと一緒に更衣室に入ったところまでは覚えているんだが、そこから考えが渦巻いてぼーっとしていたみたいだ。考えてみたら先行ってるぞと声掛けがあった気もする。

 出口に立つのはクラスメイトの村木。

 グループが違うのでそこまで話すわけじゃないが、気のいいやつで男子の中ではいいやつという扱いを受けている。女子を前にすると緊張してどもる癖があり、それさえどうにかなればモテそうなのになとはクラス男子の共通認識だ。

 体育では日直とは別に週に一回更衣室の鍵を閉める当番が決まっている。今週は村木のようだった。

「あー、悪い。すぐ出るわ」

「平等橋が一人ってなんか珍しいよな」

「そうか?」

 急いで制服を脱いで体操服に着替えていると村木が更衣室のカギを回しながら笑った。

「いつもクラスの中心じゃん。あ、別にこれ嫌味じゃねえから」

「思ってねえって」

 身振りで否定する村木がおかしくて少し笑ってしまった。

 しばらく益体もないラリーを交わすと、タイミングを計ったように村木が口を開いた。

「平等橋ってさ、どうやって綾峰と仲良くなったんだ?」

 一瞬だけ、ズボンのベルトを外す手が止まってしまった。

 村木を見ると、彼は俺の目は見ず更衣室の扉にもたれてどこか遠くを見ていた。 

「別に? 普通に声かけて普通に仲良くなっただけだな。それ言ったらお前だって結構公麿と仲いいじゃん」

「お前と比べたら全然だよ。下の名前で呼んでる時点で歴然じゃん」

 「そうかもなー」と笑って返しながら、こいつは一体何が言いたいのだろうかと焦りにも似た感情を抱く。

 真意が掴めずにいると、「俺さー」と村木が言った。

「綾峰に告白したんだよね。夏合宿の時」

 振られたんだけどさ、と。

 落ち込んでいると言うより疲れたような声。村木は初めて俺と目を合わせた。

「綾峰がああなったのって平等橋が関係してんだろ?」

「……どうだかな」

 村木の言葉の意味が頭から素通りする。

 こいつは俺と仲良く会話がしたいんじゃない。

 責めてるんだ。

 村木の追随は続く。

「夏休み前は何ともなかったよな」

「あー、まあそうだな」

「夏休みの最中になんかあったのか?」

「なんだよなんかって。てかいいよこの話面白くないし」

「綾峰が平等橋に告白したとか?」

「ははは。いいって、もうやめようぜこういうの」

いい加減限界だ。笑顔で返すのも無理が出てきた。

この話はもうここまで。

そういう目で睨んだ。

「綾峰はお前の事が好きなんだと思う」

「なんなんだお前」

 自分でも意外なほど冷たい声が出た。

 普段お調子者演じている俺のこんな姿教室で見せたことはない。村木は明らかに動揺していた。

「関係ないだろ。首突っ込んでくんなよ」

 いらいらする。村木にじゃない、自分にだ。

 さんざん周りから攻め立てるように選択を迫られ、それに焦って苛立っている。でもここまでその選択を引き延ばしたのは俺自身だ。八つ当たりで人を責めている自分。関係の薄いお前まで俺に何か言ってくるんじゃないと、過剰防衛にも近い衝動で口走ったことが後悔し止まない。

 予想外だったのが、気を悪くして黙るかと思った村木が俺の方に詰め寄ってきたことだ。

「……なんだよ」

 殴られるのだろうか。村木の身長は俺より頭ちょっと高い。近くによれば少し見上げなければいけない。腕力じゃこいつに勝てないかもしれない。

 冷静に見えた村木は近くに寄るとまったくそうじゃなかった。

 手を握りしめ、体は小刻みに揺れ、フーフーと小さく鼻息は漏れている。

「お、俺は、俺は関係ないよ!」

大きな声を上げる村木なんて始めていた。呆気にとられ、言い返す機会を失う。

「お前らの間に何があるとか、そういうの全然知らねえし、そういうのを知りたいってわけでもない」

「はあ? だったら」

「でもさ、悔しいんだ。一番近い場所にいるお前が、綾峰があんなんなってもずっとそうしてるお前が分からないんだ。多分事情あるんだろうなって、あるんだろ? なんかそういうの。それでもさ、お前がそんなんだと諦めるに諦められねえんだよ」

「……」

「逃げてるお前を見ると、余計に悔しくってさぁ」

 感情をそのままぶつけられた。そんな気分だった。

 男の時から男にモテていた公麿だが、村木はネタじゃなくマジで公麿の事を好いているやつだった。でもそこまで強い思いがあったことまでは知らなかった。

 公麿からも村木に告白されたことは聞かされていない。でも、ひょっとしたら村木の告白がきっかけで自分の性を自覚し始めたのだろうか。

 現実逃避にも近い推察は今いい。俺は村木と向かい合わなければいけないと思った。

「逃げてる、か。どうしてそう思ったんだよ村木」

「え、あ、いや……」

 熱が冷えたのか、村木は気まずそうに眼をそらし、じりじりと俺から距離を取ろうとする。

「……教室とかで二人見てても白々しい会話しかしてないし、なんか距離あるなって、その、綾峰がっていうか平等橋がって感じなんだけど、あの平等橋さっきはなんていうか」

「いやいいよ。逆にサンキュな。お前の言う通りだよ」

 逃げている。

 ほとんど会話すらしてなかった村木ですらそう感じたんだ。会話をしている公麿はもっとそう感じていても不思議じゃない。

 人一倍人の機微に敏感なあいつだ。誤魔化しているようで誤魔化せていないじゃないか。

 公麿との問題に固執するあまり、問題に対して慎重になり過ぎるあまり。俺は自分でも気がつかないくらいあいつに対して消極的になっていたのだろう。

 別に村木に言われたからって訳じゃないが、馬鹿らしい自分を見て乾いた笑いが止まらない。

 本末転倒もいいところだ。こういう俺の態度を見て公麿は転校を、俺と離れることを選択肢に入れる気分になったんじゃないだろうか。

 だが、逆に気分が軽くなった。

 開き直ったと言えるかもしれない。

「もういろいろ考えるのはやめるわ」

 もともと俺は計算高く動く人間じゃない。

 自分勝手で、周りに迷惑かけて生きてきたんだ。だけど、そんな俺を公麿は必死で見捨てないでいてくれた。

 誰のためかと言われれば自分の為。

 間違ったことをするのかもしれない。

 当の公麿本人にすら嫌われるかもしれない。

 だけど知るかそんなもの。先に手を握ったのはあいつの方なのだ。 

 もう一度、俺の自分勝手にあいつを巻き込んでやろう。

「俺さ、自分がしたい事しようって思うわ」

「え? 何、何の話?」

「いや、こっちの話」

突然の俺の宣言に困惑を隠せない村木。俺はなんでもないという風に首を振った。

「あ、てか時間」

「え?」

 時計を見ると授業は開始まであと1分。二人そろって遅刻した。

 

 

「あら、平等橋じゃないですか」

「餅田か。結構久しぶりだな」

 下足で靴を履き替えていると背の高い女が声を掛けてきた。

「部活はどうしたんですか? あなた確かサッカー部じゃなかったでしたっけ?」

「今日は休ませてもらった。そういうお前も美術部はどうしたよ」

「なんだか創作意欲がわかなくて……っていうのは冗談です。私もちょっとした用事ですよ」

 俺が薄目で馬鹿にした顔をしていると、コホンと咳ばらいをして言い直す。俺たちは別にこうやって世間話をするような仲じゃない。こいつが話しかけてくるときは決まっている。

「公麿か?」

「決め打ちみたいに言うのやめてくれません? 気分が悪いです」

「悪かったな。じゃあなんだよ」

「別に。知り合いに会って無視もないでしょう?」

 驚いた。てっきり嫌われているとばかり思っていた。

 俺が目を丸くしていると、彼女はふっと口の端を上げて罠に掛ったウサギを見つけたマタギのような顔をした。

「まあ公麿ちゃんの事は聞くんですけどね」

「ブレねえよなお前」

 彼女は以前公麿に告白をしたことがあるという。いつかのタイミングで本人から告げられた。

 男の時の公麿に好意を抱いていたそうで、女となってからは友人となったそうだが今でも公麿への好意は変わらないらしい。恋愛感情ではないと本人は主張するが、側で見ているとそれも怪しいものだと感じている。

「お前は俺にいろいろ言ってこないんだな」

 駅まで一緒に歩いているが、なかなか彼女の口から公麿の話が出てこない。それが逆に不気味だった。

「何を言うんです?」

「いや、公麿の事。噂になってんだろ、よそのクラスでも」

 さすがに一月近く立つと噂も広まる。公麿の男装騒ぎはクラス外でも有名になっていることは部活をしていると嫌でも耳に入って来る。

「ああ。そのことですか。そうですね、あれ以来美術部にも顔を出さなくなって寂しいです」

「……それだけ?」

「最近会ってないんでマジで会いたいですね。ああ、癒しが足りないなあ」

 うっとりと両手を組む餅田。違う。そういうリアクションが見たかったわけじゃない。

「そうじゃなくて、俺のせいとか、俺がなんかしなきゃとか、そういうの」

「ないですよそんなの。なんです? その気持ち悪い質問」

 分かっていたことだが餅田は裕子とはまた違った意味で辛辣だ。女子の気持ち悪いは想像を超えるダメージがある。

「裕子とはそういう話はしないのか?」

「……二週間前に一度電話でそういう話はしましたね。公麿ちゃんが男の子の制服をもう一度着るようになってゆうちゃんたちが避けられ始めたって」

 餅田は俺が知らない裕子との会話を教えてくれた。

「ゆうちゃんが事態を動かさないって言うので、私も下手な口出しはしないって決めたんです。ただでさえ私は口下手ですから」

「めっちゃ喋ってんじゃねえか」

「どうでもいい人には饒舌になるんです。……嘘ですよ、露骨に凹まないでください」

 俺が復活すると餅田は気を取り直して話を戻す。

「なんて言ったら分からなかった、というのが正しいでしょうか。公麿ちゃんの抱えるものが私では到底推しはかることが出来なかった。行くことで彼女を傷つけるかもしれなかった。いろいろ理由はありますけどどれも違いますね。

 ……私は自分が傷つくのが嫌だったんだと思います。ゆうちゃんの話を聞いて、自分も避けられたら立ち直れないだろうなって。だから公麿ちゃんの所には行けませんでした。そして、そんな臆病な私があなたにとやかくいう資格なんてないですよ」

「でも思うところはあるんだろ?」

「多少は。でも些細なことです」

 ゆうちゃんはいろいろ言いますけど、と餅田は口にする。

「私は平等橋の負う責任ってそんなにないと思ってますよ。公麿ちゃんがああなったのはそりゃ確かにあなたに原因の一部があったかもしれませんけど、それからここまで続いたことは一概にあなただけのものではないと思いますから」

「どうしてそう思うんだ?」

「クラス全員で現状維持をするって、言い換えれば逃げですよ。誰もかれもが下手につついて責任を負いたくなかったからって見方もできます。担任やほかの先生もゆうちゃんに説得されたからって素直に首を縦に振って公麿ちゃんのあれを見逃したのもどうかと思います。あとは私ですが、これはさっきも言いましたね。言い方あれですけどみんな逃げてたんですよ。平等橋一人を責めるのは間違ってます」

「おい、でもそれは」

「分かってます。対応を間違えてたら公麿ちゃんはもっとまずい事になっていたのかもしれない。というか今の公麿ちゃんの危うさを見るとそうなる可能性も十分あったでしょうね。私が言いたいのは、責任の所在で責任感を持つことはないってことですよ」

「……言い回しがめんどくせえよお前」

「よく言われるんですよ。特にゆうちゃんに」

 駅が見えてきた。随分話し込んだものだ。

「それはそうとさっきから思っていたんですが、なんだか大人になりましたか?」

「どういう意味だよ」

「落ち着いている、というより腹を括ったという感じがします」

「かもな」

「ひょっとしてこれから公麿ちゃんに会いに行くんですか?」

「まあ、な」

 本当は放課後にでも公麿をひっ捕まえて話そうと思った。

 だが最近逃げるように終礼が終わると帰るので部活に休みの連絡を終えてゆっくりあいつの家に向かおうと思っていた。顔じゃわからないが吐きそうなほど緊張している。

「ふうん。まあ朗報を期待しています」

「朗報ねえ」

「頑張ってください」

 

 


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