とある男子の目線から
〇
うちの高校の男子にアンケートを取ってみて、最も華がある学年はどこだと聞くとしよう。
大多数の生徒は二年と答えるだろう。
この場合の華というのは、早い話女子のルックスだ。
去年俺たちが入学してから、先輩や下世話な男性教員が俺たちの代が『あたり』の年だと言っているのを何度も耳にしたことがあった。
確かに周りを見ても、俺たちの学年の女子はかなり美人が揃っている気がする。
うちの高校は偏差値がそこそこ高いってこと以外は、部活でも特に目立った成績がない普通の高校だ。一部俺たちの代で美術部が著しい貢献を学校にしているがそれは除く(余談だがその立役者となった部員の餅田美奈子という女子生徒も俺たちと同じ二年で、これも例に漏れず相当な美人だ)。だというのにどうしてこれほどルックスの良い芸能人クラスの女子が集中したのかは謎だ。
可愛い女子が多いと、その中で誰が一番か、なんて馬鹿な事を言い出すのが男子高校生という生き物だ。残念というほかない。
そういうことを言い出すのは決まってクラスの中心人物なのだが、二年三組で言い出したのは平等橋と言う男子だった。
この学年で平等橋を知らない奴はまずいない。
理由はいくつかあるが、単純に顔がいいからという点が上がる。
きりりと精悍な顔つきで、部活であるサッカー部の印象から爽やかなスポーツマン、初対面で平等橋が抱かれやすい印象がそれのようだ。これは平等橋の部活仲間から聞いた話だ。
話すと明るく、ノリがいい。無茶ぶりをしても楽しそうに応え、人を弄ったりして笑いを取ることもない。
真面目そうな外見とは裏腹に打ち解けやすい性格という事もあり、男女問わず平等橋の人気は高い。
明るく真面目でスポーツ万能、しかも面白い。
これほど揃っていれば女子にモテるのは当然だが、男子にもやっかみを持たれていないとなると不自然だと思う人もいるだろう。実際俺も平等橋の事をよく知らなければいけ好かないやつだと思っていただろう。
男子が平等橋を好くのは、平等橋が女子の事を苦手としているからだ。
これはある程度平等橋と親しくない奴でも知っている情報だ。本人はこの情報が流れていることを知らなさそうだが、少なくともうちの学年では暗黙の了解として受け入れられている。女子に人気があっても、本人がそれを自慢したり誇示しないというのは男子にとってかなり親しみが持てるというものだ。反対に俺モテますよと言う風にスカしてくる男子は絞め殺したいほど憎らしい。これはあくまで俺は、だが。
俺と平等橋が出合ったのは一年生の時だ。出席番号順で、偶然席が近かったこともあり、彼と親しくなった。
持ち前の明るさと中学の頃からの知り合いなども含め、四月の頭にはすぐに平等橋を中心としたグループが出来上がった。その中に俺も入ることが出来たわけだ。
中には平等橋の事を露骨に狙っている奴もいたが、そういう女子は比較的早い段階でグループから抜けていった。そうして段々数が少なくなっていき、最終的に五人ほどのグループとして落ち着いた次第だった。
男女構成は男が三で女子が二。
女子も初めは平等橋に気がある素振りを見せていたが、アプローチに一切答えない平等橋に飽きたのかすぐに友人としての付き合いに切り替えたようだった。
女子のアプローチは露骨だったと思う。
二人で飯行こうとか、休みの日遊びに行こうとか、映画館、テーマパーク、水族館などなど。明らかなデートの誘いは傍で聞いていて面白いものでもなかった。
平等橋は困った風に笑うだけで、二人で遊びに行くということは決してしなかった。代わりに男子も含めて複数人で遊びに行くなら高確率で乗ってきたが。
女子といる時に見せる顔と、男子といる時に見せる顔が違うなと感じたのは何も俺だけではなかった。自然な笑顔や無邪気な行動が女子の前だと極端に減るからだ。
女子と話すことが苦痛とか苦手だとか感じている風には見えない。だがなんとなく苦手なんだろうなと感じることが一緒にいることが長くなるにつれ感じるようになったのだ。
事実一年の短い間でも平等橋は何人かの女子と付き合っていたらしいが、調子はどうだと聞くといつも別れた後だった。笑いながらまた振られたよと言う平等橋は悲しんでいるようには一切見えなかった。
そんな平等橋だが、一年の冬ごろから徐々に雰囲気が変わっていった。それもいい方向にだ。
男子に対しては気安いが、それでもどことなく薄い壁があるように見えた平等橋だったが、それも少なくなってきた。もともと明るいやつだったが、もっと明るくなった。しこりが取れた、とでも表現したら的確なのかもしれない。
理由はなんとなく想像がつく。
同じクラスにいる綾峰という男子だ。
綾峰は男子なのだが、一見すると女子にしか見えないような奴だ。
初対面で綾峰を見れば、文化祭にはまだ早くないか? と突っ込んでしまうほど男子の制服に違和感を覚えるだろう。
背は低く、声は高い。でかい目に小動物を連想させる所作はどう見ても女子にしか見えない。髪は耳に掛るくらいの短髪だが、それも活発なショートカット女子そのものだ。
綾峰は夏休みを超えてもクラスで浮いている男子だった。
特別性格が悪いとか、嫌な奴だという話は聞いたことがない。
四月の初め綾峰に声を掛けた男子がいた。入学直後でまだクラスにどんな奴がいるかもよくわかっていない時期だ。
佐藤か中村だったと思うが、声を掛けた男子連中が綾峰の事をコスプレをした女子と勘違いし、「お前気合入りすぎだろ! スカート忘れたのかよ」と大爆笑したそうだ。これは仮に綾峰が女子であっても失礼な対応だが、綾峰はそれに対してただひたすら無言を貫いたらしい。
自分の事を馬鹿にした男子を無言のままじっと睨み、「な、なんだよ」と怯むもお構いなしに黙って睨む。時折綾峰の喉奥からぐるぐると低い唸り声が聞こえ出し、たまらず相手は逃げ出してしまった。
この一件から綾峰はつつくとなんだかヤバそうなヤツという扱いをクラスで受けるようになった。いやクラス、というと語弊があるか。男子のみだ。女子とは時折話しているのを見るからだ。でもその光景を見ることで、やはり綾峰は女子なんじゃないかと男子の中で盛り上がり、水泳の授業で奴の裸を見たことがあるにも関わらず「綾峰は女子」説が成り立ち今に至るというわけだった。
そんな綾峰とどういうわけか平等橋は仲良くなったようだった。
綾峰の存在自体は平等橋も知っているはずだった。同じクラスだからだ。しかし話したことはなかったように見える。それを聞けば「まあ、ちょっとな」とはぐらかされてしまう。
俺たちのグループは別にいつも一緒というわけじゃない。休み時間とか、空いている時間があれば駄弁ったり遊んだりするが全員揃っていることは少ない。
平等橋がいない時、教室を出て廊下を見渡すと大抵彼は綾峰と一緒にいた。
何度か綾峰と一緒にいる平等橋を見たが、それはもう生き生きとしていた。
一口に楽しいと言えども種類はある。笑えるから、一緒にいてくれるから、お金をくれるから、いろいろだ。
平等橋が綾峰と一緒にいる時に見せている表情から、気が許せているから楽しいという風に見えた。友人としてそれは無性にもやっとするというか悲しいというか、悔しいというか、複雑な気分にさせられた。
「あんたってさ、ホモなの?」
「は?」
同じグループの女子、新妻彩子のあんまりな言葉に俺は固まった。
「いや平等橋の事好き過ぎでしょ」
「ち、違う! というかお前も前は平等橋のファンだっただろ!」
「どんだけ前の話よ。つか、今のバッシーみてたらそんな気起きるわけないでしょ。見て見なよあれ」
彼女の指さす先には平等橋が綾峰の姿があった。平等橋は綾峰の頭をバシバシ叩きながら大爆笑しており、それに綾峰が全力でキレていた。
二年に上がった時、平等橋が「うちのクラスで一番可愛い女子選手権しようぜ」と切り出した。
一年の時同じグループだった奴らは俺を除き全員平等橋と離れた。俺は平等橋と同じクラスだったことが嬉しかった。嬉しすぎて神に感謝を捧げているところを新妻に見られ薄っすら笑われたのは思い出したくもない過去だ。
二年のクラスではサッカー部もそこそこ人数がおり、またすぐに平等橋を中心としたクラスが出来上がった。一年と違うのは少しグループの規模が大きくなったくらいか。
女子が体育から帰ってくる前に平等橋は人を集めた。
「ランキング?」
俺たちの声が耳に届いたのだろう。綾峰がこちらを振り返った。
平等橋はまずったという顔を作った後、すぐに綾峰を味方に引き込んだ。俺は咄嗟に平等橋に綾峰を入れることにストップをかけようとしたが、味方に引き入れた方が色々やりやすいという平等橋の意見に引くしかなかった。
二年に上がり、俺も綾峰の事が少しずつ分かるようになっていた。
まず性格だが、これは超が付くほどの人見知りだった。
同じクラスであったにも関わらず、一年の終わりまで俺は綾峰とまともに話せたことがなかった程だ。
人見知りではあるが嫌な性格じゃなかった。どころか一度懐に入れてしまえばかなり気の利くいいやつだった。
自己主張の強いやつではないことは前から知っていたが、その分聞き上手だった。大げさではなくその時その時にリアクションを取ってくれ、どんなくだらない話にも耳を傾けてくれる。それでいて嘘はつかないから面白くない話をすると面白くないとはっきり表情に出してくれるから話を聞いてくれている時は本当に興味があるんだという気にさせてくれる。
加えて忘れてはならないビジュアルだ。
学年でも女子を押しのけて上位に食い込むであろう綾峰の顔で熱心に見つめられれば、男だと分かっていてもついくらっとくるものだ。実際俺を筆頭に男子とある程度打ち解けるようになってからは、綾峰は男子の中で急激に人気を高めていった。本人にとっては不本意かもしれないが、俺も綾峰求心者筆頭の一人だ。
冗談で綾峰の事を女子扱いしてるやつが大半で、俺もどちらかというとその一人に入るのだが、本気で綾峰に恋愛感情を抱いている奴もいる。うちのクラスでは村木がそれだ。
長身でそこそこイケメンなのだが女子にはモテない。いいやつなのだが女子の中ではそれこそ「いい人」止まりで彼女はできない。だから綾峰に熱を上げたのかと思ったがどうもそうでもないらしい。
もはや綾峰は女子だろ。
俺の中ではそういう結論が出ていただけに綾峰がこの企画に参加することを反対したのだが、仲間外れにされたと感じたのだろうか、綾峰が俺の方を見てかなり落ち込んだ表情をせていた。
後でこっそり謝りに行くと、「別にそんなことで落ち込んでねーし。いや、でも、うん。ありがと」と軽く腹を殴られて逃げられた。悶え死ぬかと思った。
ランキングの結果は途中先生の乱入なんかで散々だったが、結果自体は後日でた。
「綾峰が四位というのはやばいな」
「公麿やるなぁ」
俺がポツリと呟くと、横から平等橋が感心したように反応した。
綾峰がクラスでもある程度溶け込めるようになったのは平等橋の存在が大きかったように思う。
そこまで頻繁ではないが、何か平等橋がやろうとする時に綾峰を呼ぶことがある。そこで普段皆の前で姿を現さない綾峰の事を男子連中は知る機会が増えていくというわけだ。繰り返しになるが、綾峰は殆ど女子みたいなものだというのが俺たち男子の共通認識なので、可愛い女子と話すことが出来るという意味で平等橋が綾峰を連れてくる時大抵俺たちは喜んだ。
だがどれだけこっち側から綾峰と仲良くしたいと思っても、綾峰にとって特別は平等橋一人だけだったように思う。
まだ話し始めてそれほど時間が経っていないという事も勿論考えられるが、どこか綾峰には平等橋に接する時と俺たち男子たちと接する時とで薄い膜のようなものがあると感じさせられるのだ。それはかつて平等橋から感じられたものにとてもよく似ていて、二人はひょっとしてかなり似ているのではないかと思った。
平等橋と綾峰の夫婦漫才のような関係はすぐに学年でも知れ渡るようになった。
もともと知名度の高い二人だ。平等橋は単純な人気、綾峰は男とは思えないルックスから。男子同士ってこともあって女子からのやっかみもなく、どころか二人の関係を涙ながらに称える女子もいると聞くほどだった。
俺もそんな二人を微笑ましく見ているひとりだった。
「落ち着いたもんねあんたも」
「うるさいなこの野郎」
余計な茶々を入れてくるのは新妻だ。クラスが違っても廊下で会えばこうして憎まれ口を利いてくる来るところは変わらない。
「ようやく平等橋熱は収まった?」
「そんなもの初めからない!」
「あっそ」
平等橋と綾峰の微笑ましい関係を側で見ていた。それが急に壊れるなんて思いもしていなかった。
ある日綾峰が女になって現れたからだ。
〇
綾峰が女になって、最初の日はやはりクラスに緊張は走っていたように思う。
女だ女だと冗談で言っていても、本気で女だと思ってるやつはいない。
これから綾峰とどうやって接していこうというのが皆の本音だったと思う。
「静粛に!」
綾峰が女になって登校してきたその日、昼休みに何かの用事で綾峰が先生に呼び出されている間に一人の女子が教卓の前に立ち、叫んだ。
「ボスボス? 別に誰も騒いじゃいませんぜ?」
「黙ってなって舞依。ボスが皆を注目させたいだけなんだから」
「聞こえてるわよそこのバカ二人」
教卓の前に立ったのは荒神裕子。このクラスで女子のリーダー、みたいなやつだ。
きりっとした雰囲気を持った美人で、眼鏡から覗く泣き黒子がエロいとはクラスの男子談。顔だけなら間違いなく学年一位を張れるがいかんせん男子に対する当たりが強い。
荒神を茶化す二人の女子、柊と楠をしっしと手で払い、荒神は「手短に言うけど」と前置きをした。
「綾峰は私たちが面倒を見るわ」
以上、と荒神は締めた。クラスの一同困惑に包まれる。
「ちょっと裕子それどういう事?」
俺たちのグループの女子、飯島が皆を代表するように恐る恐る尋ねた。
「今の微妙な空気嫌でしょ。どうすればいいのか分からない、みたいなね。私と亜衣と舞衣、三人で綾峰に付いて女子の何たるかをいろいろ教えるわ。だから時間はかかるかもしれないけど今度は女子として綾峰がこのクラスにいることが普通って言う状況にしたいの」
にっと荒神が笑えば飯島は「微妙っていうかさー」と視線をうろつかせる。荒神はそのはっきりと物事を言う性格が相まって女子から絶大の支持を得ている。飯島も荒神のファンの一人だ。
「さっき石田先生にちょっと聞いたんだけど、綾峰隣の女子高にも転校勧められたみたい。でも断ってこっちに残ったそうなのよ。皆は嬉しくない? あのシャイな綾峰がわざわざ茶化されるとか、陰口とかいろいろ言われる危険を冒してまで残ってくれたのよ」
そう言われてしまえば皆NOとは言えない。自然と隣同士目を合わせる。
「だから皆悪いわね。あの子の事暫く独占させてもらうわよ」
何か不満があれば聞くわよ、と荒神は俺たちを見渡した。仮に言いたいことがあってもこの状況で手を挙げるやつはいないだろう。
荒神の言い方は上手いと思った。
まだ午前中だったが、何もしなければ綾峰が今後孤立するかもしれないという事は容易に想像がついたからだ。
授業の休み時間ごとに、女になったことで皆一斉に綾峰に詰め寄った。終いには隣のクラスからもやって来る始末だったが、その殆どは興味本位の野次馬だった。
綾峰は逐一質問に答えているようだったが、その反応は一年の入学当初と酷似していた。つまり、必死で返そうとしているが相手には綾峰が機嫌を悪くしている風にしか見えない。いろんな人に囲まれていてテンパっているから、綾峰は周囲が自分の事をどう見ているのか分からなかったのだろう。
今の綾峰に人が集まっているのは一過性のものだ。熱が過ぎれば一年の頃のように去っていくだろう。いや、女になったというその奇特性から弄りや、ひょっとしたら虐めの対象にされるかもしれない。
荒神がわざわざ名乗りを上げたのは、綾峰がクラスの中で浮いた存在であるという事を否定するためだ。正確には浮いた存在であることをはっきりと認めたうえで、馴染ませていこうと了解を取るためだ。
これは荒神だからできたことだ。
並みの正義感が強いだけの女子が言えば、他からの反発が強かったと思う。正義感ぶるなとか、何様のつもりだとか、なんでお前が仕切ってんのとか、こっちを悪役に仕立ててない? 等様々な不満が爆発しただろう。
荒神はその分このクラスの女子の過半数、というか全員か、の支持を得ている為女子からの反発はまず出ない。男子も荒神を恐れている為口をはさむことはないだろう。
それに皆誰かがこう言ってくれるのを期待していた節があったのだろうと思う。
綾峰が女になって、やはり混乱した。
冗談だろ? と思ったし、俺は引かなかったが周りから引かれたり、キモイと言われたりするんじゃないかと心配もした。でもだからと言って自分は力になれないなとも思った。何故なら、『手を伸ばせるほど綾峰と仲が良くなかった』からだ。
迷惑じゃないかという感情が先だつ。男は更に損だ。女になったから急に寄って来たんじゃないかと綾峰に思われたらどうしよう。この考えが先行して下手に動くと却って綾峰に不信感を与えそうだ。
だから誰かがこいつの面倒は自分が見ると言ってくれて安心したんだ。
それもクラスで一番発言力の強い女子が言うんだ。これ以上ないほどの適任者だ。
荒神は普段特別クラスを仕切ることはしない。
まだクラス替えからそんなに経ってないからって言うのもあるが、自分から前に立つより皆がしたいことを纏めてそれを可能にさせるために頑張る感じのリーダータイプだからだ。だからそんな荒神が自分から宣言したと言うのはそうとう珍しいことだった。ひょっとしたらクラスのこの微妙な空気をいち早く察知して切り出したのではないかと勘繰ってしまうほどに。
荒神の宣言通り、教室に戻ってきた綾峰は荒神のグループに組み込まれる事に成った。
そうして一月が経つと綾峰もすっかり女が板についたように見えた。
スカート姿も目に慣れ、少しだけ膨らんだ胸部に目を移すこともしばしば。
「何見てんの?」
「綾峰の胸」
「あいつぺちゃぱいだろ」
隣でパックのジュースを啜るのは平等橋だ。こいつは綾峰が女子になってから一か月くらい一切綾峰と喋っていなかったそうだが、今じゃすっかり元に戻ったように綾峰と仲が良い。
「おい、どこ行くんだ」
「公麿からかって来る」
平等橋は席を立つと、さっそく綾峰の方へ向かっていった。
「はあ、いいよなあ平等橋」
「うわ、びっくりした!」
隣で大きな溜息が聞こえたと思ったら、村木がさっきまで平等橋が座っていた席に腰かけていた。
「そんなにびっくりすることでもないだろ」
「お前声でかいよ。いやまあどうでもいいんだけど」
村木と俺は仲は悪くないがそこまで話す仲でもない。ぼーっと平等橋と綾峰の取っ組み合いを見ていると、「やっぱ付き合ってんのかなー」と独り言にしてはやや声量が大きい呟き。
「さあ? 付き合ってないんじゃないか」
「え、マジ声漏れてた?」
「ギャグで言っているなら面白くないし、マジで言ってるなら同情するよ」
付き合ってはいないと思うが、付き合うのも時間の問題だろう。
これ以上村木に絡まれるのも嫌なので俺はトイレを行くふりをして廊下へ出た。少し歩いていると前から見知った人物が歩いていた。向こうも俺の事に気が付いたようで、片手を揚げて近づいてくる。
「何。ボッチ?」
「うるさいトイレだ」
にやにやと意地悪く笑う新妻。クラスが離れている癖に結構廊下で会う事が多いから不思議だ。
「うちのクラスでも話題になってたよ」
「綾峰の事か?」
「ていうかバッシーのこと、かな。ダークホース現るってね」
にひひと口の端を歪める新妻。独特だがこれがこいつの笑い方だ。人前ではしない方がいいと言っているんだが聞きやしない。
「あんたとしては心中穏やかじゃないんじゃない? 愛しの平等橋が盗られてさ」
「お前それ何度も言ってるが違うぞ。俺をホモに仕立てるんじゃない!」
新妻がそのネタで俺を弄って来ることにももう慣れた。
「今バッシーが綾峰クンとくっつくかで賭けやってるよ」
「へえ。今どのくらいなんだ?」
「半々かな。ちなみにあたしは付き合う方に五百円」
「それクラス別でも参加して大丈夫なやつか?」
「余裕。だってこれ学年単位でやってるやつだもん」
「この学年はどれだけあの二人に関心を寄せているんだよ」
「いろいろと有名だからねあの二人は」
確かにそうだ。よくも悪くも目立つ二人であることは否定できない。
「ちなみにどっちに入れるの?」
「付き合うに五千円」
「大きく出たねえ」
ちょうど平等橋が教室から出てきた。彼は俺たちを見つけると「珍しいなおい」と近づいてきた。
「なんだお前ら、相変わらず仲いいな」
「いやー、お宅と綾峰クンほどじゃないと思うけど?」
「ダチだからな。それよりどうしたんだよハタ、まさかお前ら」
「ちがうからな! それだけはないから!」
平等橋がよからぬ事を言い出しそうな雰囲気だったので咄嗟に止めた。
「それよりもバッシーさ、マジなとこどうなん? 別にあたしらに聞かれるのが初めてってわけでもないんでしょ」
何がとは言わないことがミソだ。一歩踏み込んだところで新妻は平等橋に綾峰の事を尋ねた。
「マジも何も。普通に友達だって。それ以上でもそれ以下でもねえよ」
そう言うと、俺トイレ行くからと一言残し、平等橋はそそくさと俺たちから離れていった。
「どう思う? あれ」
「グレー、だな」
「さすが平等橋検定二級」
「そんな検定はない」
新妻に問われた時、平等橋は間髪入れずに答えた。意識的に答えを用意していないとあんなことできない。しかし、その割には目に余裕は感じられなかった。いつも飄々としている平等橋からは想像もつかないほど。
「やはり時間の問題だな」
俺は財布から五千円札を取り出した。
時期的には一年~二年六月くらいの出来事ですね。今回全く無名の脇役視点でしたが、次回は公麿か平等橋のどっちかで一本やろうかなと思います。