TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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不穏な後輩と ②

 久しぶりに美術部へ行こう。

 そう思った私は、授業が終わると早速美術室へと足を運んでいた。

 私が落ち着いてから一度顔を出したのだが、それきり暫く顔を出せていなかった。行かなかったのは特に理由があった訳ではないんだけど、この前廊下で偶々餅田と会ったとき「どうして来てくれないんですか」と半べそをかかれた。そういやしばらく行ってなかったと思ったのはその時だ。

 餅田に連絡をすると今日はいるとのことなので、さっそく行くことに決めた。

 学食を通ってすぐに美術室がある。その渡り廊下を歩いていると見たことのある顔があった。

「ちょっと待ってください」

 何事もなく通り過ぎようとしたのだが、その声の主に引き留められてしまった。くそー、あんま話したくないのに。

 引き留められて無視と言うのもできない。

 諦めて振り返ると、彼女は「無視しないでください」と私の心の中を読んだような事を言ってくる。ほんと、なんで引き留めたんだろう。聞けばいい事なんだけどさ。

「……明堂さん、だっけ。何か用?」

「お時間今、いいですか」

 不機嫌そうに答える後輩転校生。そこに平等橋と一緒にいたときのような甘さは全くなかった。

 

 

 人目に付かないところで話がしたいからどこかいいところはないかと訊くので、私は以前餅田や裕子と話したテニスコート近くのベンチまで彼女を案内した。その間私も彼女も無言である。

 昼休み見たときはその見た目のせいもあってどこか媚びた印象を与える彼女だったが、どちらかと言うと今は警戒心をむき出しにした一匹狼のようなイメージを抱く。

 どちらが彼女の素なのかは不明だが、どちらにせよあの感じで私に好印象を持っているわけではないんだろう。ちょっと無警戒だったと後悔している間に目的地までついてしまった。

 彼女はしばらく無言で私を見つめていたが、意を決したように体をくの字に曲げ、

「すいませんでした!」

 と謝った。

 いや、何だいきなり。

 呆気にとられ、しばし言葉を失う。

 彼女は一向に頭を上げなかった。

 五分くらいたっても頭をあげない。

 これはいよいよどうしたことだと半分パニックになり、「ちょ、とりあえずさ、頭上げてよ、ね?」というと漸く頭を上げた。私の言葉を待っていたのだとこの時初めて分かった。

「え……?」

 その顔は真っ赤だった。

 頭を下げすぎて血液が集中したのかなと見た瞬間は思ったが、目の充血具合や、洟をすする音から自体が自分の想定外の方向に動いているのではないかという不安が胸中に去来する。

「ど、どうっしたの?」

 焦りすぎて噛む。

 転校生――明堂さんは「ちょ、ちょっと待ってください」と自分の顔を手で隠し、浅く息を整えていた。彼女が再び話始めるのに、たっぷり五分はかかった。

「昼休み、先輩に対して失礼な態度を取ってしまったことを謝らせてほしくて……」

「え、え? あの、昼休み?」

 殊勝な態度で謝罪をする明堂さん。とても昼休みの時に来た人物と同じだとは思えなかった。

「はい。平等橋先輩にあの後すぐすごい注意されて、それで、その、自分でもないなって思っちゃって」

「……平等橋に?」

「……はい」

 そこで一度会話が途切れた。

 私自身何を言えばいいのかわからなかったし、彼女の意図がいまいち計れなかったからだ。

「あの、じゃあ私はこれで」

「ちょちょ、ちょっと待って!」

 お辞儀をして去ろうとする明堂さんの手を掴む。振り払われる気はしなかった。

「私でよかったら話聞く、よ?」

「……」

 彼女は大きく目を見開くと、ぶわっと噴き出すように目から涙を流し始めた。

「わ、わー! なんだなんだなんだ!」

「ご、す、すみまぜん……!」

 話を聞く前に化粧を落としてからだ。私たちは誰にも見られないように小走りで近くのトイレに駆け込んだ。

 

 

 明堂晶。それが彼女のフルネームらしい。

 落ち着いた彼女と二人、テニスコート近くのベンチに座ってペットボトルのジュースを飲んでいた。これは明堂さんが化粧を落としている間、私が学食の自販機で購入しといたものだ。後輩に奢るって初めてだから、なんだか新鮮だった。

「平等橋先輩にさっき告白して、振られました」

「……どぃええ!?」

「先輩って驚き方面白いですね」

 くすくす笑う彼女。益々どれが彼女の本性なのかわからない。

「あー、あの、平等橋がね、そうかー、いや、うん」

「下手な誤魔化しいいですよ。先輩ですよね、平等橋先輩の彼女って」

「……」

「やっぱりそうだ……」

 夕日に照らされた明堂さんの横顔は、化粧を落としたってこともあるかもだけどすっきりしているように見えた。

 化粧を落とすと案外幼い顔つきをしている。

「すいませんって、わざわざ言いに? それとも私とあそこで会ったのは偶然?」

「先輩を探していました。先にクラスの方に行ったんですけどいなくって。昼休み一緒にいた眼鏡をかけた先輩が美術部じゃないかって教えてくれて」

 多分裕子だ。今日美術部に行くことは伝えてはいないが、私がさっさと教室を出るときは大概美術部へ行く時なので気付いたのだろう。

「私父親が転勤族で、小学校の時からずっといろんなところを転々としていたんです」

 ぽつりぽつりと、彼女は自分の話をしてくれた。

「こっちへ来たのもほんと最近で、どうせまた今度もすぐに転校するんだろって思ったら人間関係とかいちいち作るのも億劫になって来るんですよね。だからここでは男子に思いっきり媚びて、反応を楽しもうとかそういうことを考えていました。そうしたら父親が暫く転勤はないって言ってきたんですよ。それこそ私が卒業する三年間」

「それは……なんていうか」

「いいんです。私の自業自得ですから」

 俺が下手なフォローを挟むことを察知したのか、彼女はすぐ手で制した。

「ただすぐに転校するって思ってたから好きにやらかしていたのに、それが卒業まで続くんだと思ったらぞっとしちゃいました。いきなり女子の過半数敵に回しましたから。でもそんな私をかばってくれる子もいて」

「例のサッカー部のマネージャーって子?」

「はい。平等橋先輩から?」

 私は頷いた。昼に平等橋が言った情報と彼女が話す内容。情景が頭に浮かんでくるようだった。

「平等橋先輩って鋭いですよね。私がやらかしていっぱいいっぱいになってるってすぐに気が付いたんですよ。だから平等橋先輩に甘えちゃって、しかも先輩ってモテるから私が先輩に甘えに行ってもクラスの子とか納得するんですよ。ああ、平等橋先輩のファンがまた増えたのか、くらいの認識で」

「ちょっと待って。平等橋って下級生にも人気なの?」

 大事な場面だと分かっていたが止めずにはいられなかった。嘘だろ。あいつなんで下級生にまで人気あんだよ。

 明堂さんは知らなかったんですかと言わんばかりに目を開き頷いた。

「イケメンですし、何より優しくて紳士ですから人気高いですよ。それこそアイドルみたいなものです」

「……信じられない。気を抜いてたら後ろから膝カックンとかしてくる奴が紳士……?」

「先輩だけだと思いますよ。そういうことする相手って」

 話の腰を大きく折ってしまった。私はどうぞ続けてくれと手で示す。

「隠れ蓑って言う感じですね。平等橋先輩に抱いていたのは。でも段々今の騙しているような状況が辛くなってきて、平等橋先輩は優しいしで自分でも暴走していたっていう自覚はあります」

「それで今日の出来事ってわけか」

 はい、と力なく頷くと明堂さんは黙った。私も少し考える時間が欲しかったからちょうどよかった。

 きっと彼女は自分の居場所がほしかったのだ。

 安定しない環境で自暴自棄になり、それが裏目に出てしまった。平等橋はそれは頼れる存在に見えただろう。だが結局平等橋に頼るのは逃避でしかなく、問題の解決にはならない。

「逃げること自体は悪くないと思うんだよ」

「……はい?」

 顔を挙げた明堂さんの目は赤く染まっていた。また泣いたのだろうか。

「クラスでやらかして、それで平等橋に頼ったって言うのは逃げだ。でも逃げることは全然いいことだと私は思う。問題は逃げる先だよね。平等橋って男じゃん。男関係で反感買ったのに男の所に逃げるって選択としてはよくないよね。ってか男の所に逃げるっていう表現もあれだけど」

「仕方ないじゃないですか。女子全員敵に回したのに味方になってくれる子なんていないし。マネージャーの子にもちょっと頼りにくいし……」

「うん。だからさ、私を頼ってみない?」

「……どういうことですか?」

「明堂さんってさ、絵とか好き?」

 

 

 翌日の昼休み。

「で、美術部に勧誘したのか」

「うん。絵は描かなくても居場所があるって言うのは大事だと思うから」

 なるほどなと言うと、平等橋はふうっと浅く息を吐いた。こいつもあれでかなり思いつめていたのかもしれない。

 美術部へ明堂さんを連れて行くと、美術部一同はいたく歓迎した。一年生が一人もおらず、来年の勧誘次第で廃部の危機があったからだ。部長になった餅田は特に俺に礼を言ってきた。同じ一年がいないというのは若干気まずいと思うが、今の明堂さんの立場を思うと逆に良かったような気もする。それに美術部はいわば一時療法だ。逃げ場があるって言うだけで人は随分楽になるが、逃げてばかりじゃ精神的にもつらくなる。いつか自分で解決しないといけない問題もある。

「その時は私も力になってあげたいな」

「なんだ、随分仲良くなったんだな」

「うん。向こうが先輩って懐いてくれたんだ。可愛いんだぜほら」

「はー、お前も写真とか残すようになったんだな」

「しみじみ言うなよ。お前は私の親か」

 スマホをスカートのポケットに戻すと、「いつまでここで待つんだろう」と呟いた。

「俺が聞きてえよ。てかなんで昼休みにこんなとこで待たされなきゃいけねえわけ?」

「……さあ?」

 平等橋の言い分はもっともだ。私はここで誤魔化すことしかできない。

 私は平等橋を連れて放送室の前までやってきていた。放送室を指定したのは舞衣だ。放送部の知り合いがおり、昼休みの間融通してくれるとの話だ。放送室はその構造上防音となっており、万が一話が外に漏れる必要もないし、密室という事で平等橋も逃げ出しにくいとのことだ。私一人ならなかなかこういう場のセッティングが出来なかったので、多少恥ずかしいが舞衣には感謝している。

「準備できたよー」

 舞衣が放送室から出てきた。隣には眼鏡をかけた女子もいる。彼女が舞衣の知り合いの放送部員だろう。話したことはないが、同じ二年であることは分かる。

「じゃあ後は頑張ってね、マロちん」

 舞衣は親指を立てて去っていった。なぜか放送部の子も同じようにグッドラックを送ってくれた。

「なんなんだ?」

「いいから。こっち来てくれ」

 不審がる平等橋を私は無理やり放送室に押し込んだ。

 放送室は初めて入ったが、案外広いんだなというのが印象に残った。もちろん機材がぎっしり詰まっていて狭いのだが、もっと人一人しか入れないとかそういう狭さを想定していたが、四人くらいが駄弁っても十分な広さがあった。

「あー、あのさ、平等橋」

 昼休みは限られている。私は早速本題をぶつけることにした。悠長に自分のタイミングで、なんて待っていたら昼休みが終わってしまう。先制攻撃だいけ。

「そろそろ皆にカミングアウトしてほしいなって、思って」

「えっと、何?」

 後半恥ずかしくてしりすぼみになった。鈍感男はやはり気が付かないらしい。

「いや、だから、その、私たちが付き合ってる、的な」

「なんだよ。俺らが何?」

「お前わざとか? わざと聞き逃してないか?」

「なんの話をしてんだ。つかなんでキレてんの?」

 このポンコツ男は本気で私が何を言おうとしているのか理解していない。私の事を無視して放送室の機材を見ながら「これすげえぜ公麿」と肩を叩いてくることからそれは明白だ。段々腹が立ってきた。

「平等橋。お前に聞きたいことがある」

「お、おうなんだ改まって」

 腹から声を出したこともあって、平等橋はびくりと居直った。

「私はお前にとってなんだ!」

「え、何だって……」

「答えろ!」

「え、え~……」

 平等橋は及び腰になって「なんで今更」とごにょごにょ言い出した。付き合い始めたときも薄々感じていたが、こいつはこの手の言葉を口にするのを極端に嫌がる節がある。別に私も普段はそこまで気にしないが、一度くらいしっかりと言葉に残してほしいと思うのは当然の感情のはずだ。

「さあ!」

「お、お前こそ俺との関係はなんだ!」

 この野郎この期に及んで言い返してきやがった。頭にきた。

「恋人だ! お前はどう考えてやがんだこんちきしょう!」

「いや、俺も……」

 ここで平等橋急にバランスを崩し、廊下へごろんと転がり落ちた。背にしていた扉のノブを気付かないうちに背中で押していたみたいだ。私に詰め寄られて精神的にも逃げていたって言いたいのかこいつは。

 言い足りないとばかりに追いかけて廊下に出て、固まった。

「あ、え……?」

「……」

 固まっているのは俺だけでなく平等橋もだ。こいつの場合転がった姿勢のままなのでかなり不格好だ。

 何故なら、放送室の前には信じられないくらいの人だかりができていたからだ。見ると前に詰めかけているのは殆どがクラスの連中。

「な、何か用?」

 俺は手始めに近くにいる裕子に尋ねた。彼女は無表情から一気ににやりと笑い、私の後ろを指さした。後ろ? 機材があるだけだ。

「やっほー!」

『やっほー!』

 裕子が大きく叫ぶと、廊下のいたるところから裕子の声が反響した。冷汗が止まらない。

「まさかだけど、聞いてた……?」

 私が問うと、クラスの奴らは黙ってサムズアップ。

 平等橋はぱくぱくと金魚のように口を上下に動かす機械と化している。

「まあああああいいいいいいいいいいい!!!」

 私の絶叫はしっかりと後ろの機材が拾い、全校生徒に聞かれることとなった。

 

 

 どすどすと足音が立つなら、間違いなく今の私の足からはその音が鳴っている。

「だから謝ってるじゃんマロちん~」

「許さない。絶対にだ!」

 隣でペコペコ頭を下げる舞衣を無視しながら私はつーんとそっぽを向いた。

 舞依が考えていたのは、単に私が平等橋と話す場をセッティングすることではなく、その会話を全校生徒に聞かせることだったみたいだった。こうすることで否が応でも私と平等橋が付き合っていることが周囲に知れ渡る。だが大胆すぎる。

「学校中に流すなんて何考えてるんだよバカ! お陰で職員室行けば先生に生暖かい目で見られたんだぞ!」

「反省文書いたのは私だから多めに見てよ~。それに問題は起きなかったでしょ」

「問題って言うか、皆の私を見る目がちょっと優しくなったっていうか」

「まあバッシーのアレはひどいものだったからねえ」

 昼休み以降平等橋は私以上に質問の嵐にあっていた。私との事実関係ももちろんだが、それ以上になぜあそこまでヘタレていたかという糾弾が半数を占めていた。

「それにしっかりバッシーからの返事は貰ったんでしょ?」

「言わされてるみたいなもんだよあれじゃ」

 つるし上げを食らうように、平等橋はクラスメイトに囲まれた状態で「俺はこいつと付き合っています」と宣言していた。その時の平等橋は頭から湯気が出そうなほど真っ赤になっていた。

「まー言うて黙ってたけどさ、正直二年は二人が付き合ってることくらい皆知ってるからね。平等橋が認めるかどうかってだけで」

「なんで知ってんだよなんで」

 私が力なく突っ込むと「常識だよ常識」とけらけら笑った。常識ってなんだろう。

「あ、バッシーだ」

 舞衣が指さした下足には平等橋が柱にもたれ掛かってぼーっとしていた。

「じゃあ私はこれで」

「あ、舞衣ちょっと」

 私の返事を聞かずに舞依はそそくさと来た道を引き返していった。今日部活ないって言っていたのに。おせっかいな。

「よう公麿」

「今日部活は?」

「さぼった。ちょっと話したい事あったからな」

 いつになく真面目な様子で平等橋は俺を見た。

「あのな、俺は、本気でお前の事」

「いいよ。無理して言わなくて」

「いや、違うんだ。だから俺は」

「分かってる。そういう意味で言ったんじゃない。今はまだ無理して言わなくていいよ」

 平等橋がこの手の言葉を口にしないのは、きっとしたくてもできないからだと思う。意識ではなく無意識的な部分で体が拒否するのだろう。それはきっと彼の母親の件が影響している。まだ平等橋の中で母親の件は完全に消化できているわけではないはずだ。女性を信頼すること、それは私と付き合うことでだんだん変わってきてはいると思う。でも深層心理の部分で傷はまだ癒えていない。

 相手を好きだと言葉にすることは、裏切られた反動が大きくなることを意味する。

 一度心に大きな傷を負った平等橋は、それがどうしてもできないのだろう。

「でもいつか言ってくれよな」

 私が笑うと、平等橋は眩しそうに眼を細め、応と言った。

 


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