TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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なんで俺を避けるんだよ

 俺の心配はどうやら杞憂に終わったらしい。

 あの後クラス中騒ぎになって授業にならなくなったので、田中先生が俺に対する質問の時間をつくってくれたのだ。先生は苦笑いしていたが。

 クラスメイト達から矢継ぎ早で質問がきて、俺はそれにわかる範囲で答えていった。

 きもいとか、学校辞めろとか、オカマとか、そういった罵倒を覚悟していた俺は少し拍子抜けした。

 そのことをぽろっと漏らすと、『むしろ女になって結果オーライ』と謎のサムズアップを食らった。男女ともに。

 俺はどうやらクラスで受け入れられたようだった。

 だが、一人、その中で俺に一言も話しかけてこない奴がいた。

 そいつは俺のことを遠巻きに見ているだけで、何とも言えない表情を浮かべたまま教室を出ていった。

 

 平等橋にだけは、俺は受け入れられなかったようだった。

 

 

 二時間目が終わり、昼休みになると俺の噂は学年で広まったようだった。

 ひっきりなしに他のクラスの奴らが俺のことを見に来て、その度に「やべえええ」と意味不明の奇声を発しては俺のクラスメイトに粛清されていた。

 俺は普段平等橋と飯を食っていたので、今日はぼっちかと肩を落としていたらクラスの女子が誘ってくれたので甘えることにした。

 皆本当の所腹の中で何を考えているのかはわからない。

 俺のことを受け入れてくれるように見えても実際はきもいって思っているのかもしれない。

 でも今は表面上でも好意的にふるまってくれることに感謝した。

 

 あれから一か月たった。

 校長先生には学校の継続を願い出た。立ち会っていた石田先生が小さくガッツポーズしていたことを俺は見逃さなかった。

 俺は女子の友達ができ、付き合う人間も男の頃に比べ随分変わった。

 変わったといっても男の時は特定の友人は平等橋しかいなかったので、むしろ友達は増えたといってもよかった。

 体の変化としては、胸の成長等はあれからそれほど変化はない。巨乳になるのかと焦った時期もあったが並くらいで落ち着いた。ついでに生理も来た。股間からドバドバ血が出た時は悲鳴を挙げそうになったが、妹が助けてくれた。

 体が女性になった影響か、精神面でも変化があった。

 一人称が『私』になり、髪も少し伸ばすようになった。

 これは単に俺のビジュアルで『俺』というとどうも背伸びをしているというかなんというか、若干中二病を拗らせた痛い奴に見えると思ったからというのが一つ、もう一つはクラスの男子が「俺っ娘キター」と俺がいない所で叫んでいるのを聞いたからだ。うん、あいつら悪い奴らじゃねえんだけどな。でもそれは他人に向けての態度ってだけで、家や心の中ではやっぱり『俺』が馴染んでる。こればっかりはどうしようもないんじゃないかって勝手に思ってる。

 髪を伸ばし始めたのは友人となった荒神の助言だった。

 荒神は俺が女になって真っ先に声をかけてくれた女子の一人で、男の時から何かと親切にしてくれた女子のクラス委員長だ。誰だって美人な同級生が、「あなた髪の毛亜麻色なんだ。綺麗だね」なんて頬染めて言われたらその気になるだろ。なる、よね?

 別に荒神含め女子を恋愛対象に見ているとかじゃないんだけど、やっぱり女の子に褒められるとうれしい。これはもう本能みたいなものだ。

 細かい仕草なども荒神などからいろいろ指導を食らい、今では女子のビギナーくらいは自任してる。これを口に出すと「まだまだ半人前よ」とグチグチ言われるんだけど。

 でもいいことばかりじゃない。

「あ、平等橋」

 昼休み。俺が声を掛ける前に奴はふいっと教室から出ていった。

 わかりやすく俺を避けている。

「避けられてるね」

「うわ!」

 右肩から首が生えて来たかと思った。

 クラス委員長、荒神裕子はもう一度「避けられてるわね」といった。2度目はちょっと傷ついた。

 荒神は特別背が高いわけではないが、それよりずっと小柄な俺はまるで荒神にハグされているような格好になっている。

「荒神ちょっと重いって」

「またまた。嬉しいくせに」

 確かにいい匂いするし柔らかいし嫌な気分はしない。でも認めるのは癪だ。

「おっぱい揉むぞこの野郎」

「いいわね。保健室に行きましょうか」

「待った待った! 私が悪かったごめん!」

「わかればいいのよ」

 なぜか負けた気分になった。

 俺は一つ溜息を吐くと自分の席に戻った。荒神もついてきた。

「なんだよ」

「初めに私が言ったことの返事がないなって思ったから」

「なんのことだよ」

「言わないとわからない?」

 言わなくてもわかる。平等橋のことだ。

 クラスの大部分が俺を受け入れてくれた一方で、平等橋だけが俺を避けているということは周知の事実だった。

 俺はそこに裏切られたという気持ちはない。と、思いたい。 

 反対の立場だったら俺だって戸惑うと思うし、やっぱり否定してしまうかもしれない。そう思ったからだ。

 だが理性とは逆に感情は複雑だった。

 なんで俺を避けるんだよ、とか。

 せめて話し合いくらいさせろよ、とか。

 いろいろと平等橋個人に対する怒りも湧いてくる。それが理不尽な怒りであることはわかるのだけど、こうも露骨に避けられて何も思わないほど俺は感情が疎いわけじゃない。

「戸惑っているんじゃない?」

 荒神が前の席に腰かけてそういった。

「あんたらって男の時ずっと仲良かったじゃない。ちょっと見てて怖いなって思うくらい」

「まって怖いってどういう意味?」

 目を逸らすな。

「あいつの気持ちもわかるんだ。皆が変なんだよ。普通こんなことそう簡単に受け入れられないって。だから平等橋の態度もわかるんだよな」

「それは違うわ」

 顔を上げると荒神は強い口調でもう一度「それは違う」と否定した。

「あいつのあれはね、ただ逃げてるだけ。わけわかんなくて戸惑って逃げてるだけなのよ。それで傷つく誰かがいるってこともわかっていないアホなのよ」

 捲し立てるように荒神は言った。

 俺は一瞬言葉に詰まり、荒神をじっと見つめた。

「やだ。照れるじゃない。キスしたいの?」

「全然違う。荒神って平等橋のこと詳しいんだ」

 俺は平等橋の友人関係を詳しく把握していない。友達が多いことは知っていた。男女ともに顔が広く、この学校の中でも何度か付き合った女子がいるという話も直接聞いたことがあった。ひょっとして俺が聞いていなかっただけで彼女も平等橋と以前そういう関係にあったのだろうか。

「待って。今あんたが何考えてるか分かった。絶対違うから。ただの幼馴染ってだけよ」

「幼馴染……」

「そこで意味深な顔しない。そもそも私あいつのこと男だとも思ってないし向こうもそうよ。何妬いた?」

「いやそういうことじゃ全くないんだけどさ」

「なにこの子のブレなさ……」

 離れてみてわかった。俺は平等橋のこと何も知らないんだなって。

 アイツは友達が多くて、俺はあいつの大勢いる友達の一人だった。それはわかってた。

 でも趣味が合ったのもあるし、俺たちは勝手に互いが特別な友人だと思っていると思っていた。そう思っていたのは俺だけだったんだろうか。

 また黙りこんだ俺に痺れを切らしたのか、荒神は両手で俺の頭を掴むとぐしゃぐしゃと掻きまわした。 

「うっわなにこれあんた頭ちっさ! めっちゃいいにおいする!」

「何がしたいんだよやめろって!」

 ようやっと離した荒神は、俺のカバンから勝手に俺のスマホを取り出して何やら弄っていた。

「え、何やってんの荒神」

「Line交換してんの。そういえばまだだったなって」

「なんでこのタイミング……?」

 俺の疑問はスマホが帰って来た時すぐに分かった。

 

Yuko『平等橋の家ここだからね』 

 

 見慣れないアイコンと二通の新着メッセージ。一件は上の言葉と、もう一つは位置情報。

「荒神……」

「だからそんな庇護欲掻き立てる目で見るなって。疼くじゃん」

「荒神……」

 温度の下がった目で見つめても彼女はくねくねと体をよじらせるだけだった。

 

 


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