TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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誤字報告してくださる方々、非常にありがたいです。個別に返事をする方法がわからないので、失礼ながらここでお礼申し上げさせていただきます。


藤原咲弥 ③

 ぐしゃっとリースを握りつぶすと、綾峰は「なんだ、何かあったか?」と声を掛けてきた。何でもないと返す。

「なんでもないことはないだろう。あらら、せっかくの飾り付けがぺしゃんこだ。お前はクリスマスが嫌いなのか?」

「うるさい」

 12月に入るとクリスマス仕様の飾り付けが本部から送られてきた。コラボグッズだったり店の外に貼る系の物は夜に飾り付けることが多い。昼間じゃ客が多いからだ。

 俺たちは卓上ツリーや店外から見えるオーナメントを着ける作業していた。

「……クリスマス」

 思わず呟いた。

 去年までクリスマスと言えば楽しい日の象徴だった。昼間はクラスメイトとカラオケやボーリングに行き、遊び疲れて家に帰れば家族がいた。七面鳥は高いからとフライドチキンのバレルを買ってきて、今日だけは特別と父さんがワインを飲ませ酸っぱいと騒ぐ。姉さんが今年も彼氏がいなくて家族とサビシマスなんて嘆く横で母さんが笑っている。

 今年のクリスマスはあの暗いアパートで一人だ。

「クリスマスはいいな。街全体が明るくなるし、企業の商法だってわかっちゃいるんだが無性にプレゼントが買いたくなる。お前も彼氏と一緒に過ごしたりするんじゃないのか?」

「彼氏なんていない。黙れよ綾峰」

 熊男は「これは失礼」と全く悪びれない表情で頭を掻いた。

 この数か月で俺は熊男の事を綾峰と呼び捨てにすることになった。書類上俺は22歳なので、敬語はやめろと向こうから言ってきたのだ。本当の年齢が5つも違うのでかなり気後れしたが、ここで断って年齢を疑われることがあっては厄介だという気持ちが先立ち以降ずっとため口で通している。相手も敬語がぞわぞわすると言っているので良かったのだと思う。ただ敬語をやめると元来の俺の口の悪さが出てきてかなり辛辣になっているという自覚はあるのだが、熊男が気にした様子は一切ない。ここらで自分自身ストップ掛けないと他の人にも同じ調子で言ってしまいそうで怖い。

「そういえば24日も25日もシフト入ってたなお前。この日入ってくれるってんで店長が泣いて喜んでたぞ」

「暇なんだよ。そういうお前は両方とも休みだったな。珍しい」

 労働基準法に引っかかるからこれ以上は働かないで。そう店長に頭を下げられるほど普段バイトの鬼と化している綾峰が、この二日間は休みとなっていた。こんな熊でも彼女がいるのだろうか。俺が胡乱げな目で見ると「家族だよ」と俺の思考を先回りするように答えた。

「クリスマスは家族で過ごすって決めてるんだ。大の男がちょっと引くか?」

「別に」

 少なくとも、彼女と二人で過ごすという答えよりよっぽどマシに聞こえた。

 

 

 ピピピッという電子音がアパートの部屋に響いた。

 のっそりと脇の下から取り出すと、38.7℃の文字が写っていた。

「……マジかぁ」

 24日の夜。ぎりぎりまで寝ていたがついに体調が回復することはなかった。

 体温計を見るために掲げた腕をぽすんと布団の落とす。体中が熱く、だるい。頭がガンガン痛む。

 前日から少し喉がいがいがすると思っていたが、まさか風邪の予兆だったとは。

 情けないが今日のバイトは休むしかないだろう。

 のそのそと立ち上がり、炬燵の上に置いたスマートフォンを掴む。立つだけで足元がおぼつかない。

『あ、もしもし。藤原さん?』

「すいまぜん、風邪引いて熱出したようで」

『あー、今日休みか。おっけ了解了解。大丈夫、リョウタが昨日彼女に振られたって泣きついてきたからあいつが代わりに入るよ多分! 大事取って一応明日も休みかな? また連絡して! 安静にしといてね!」

 一瞬で電話が切れた。初めてこのバイトを休んだがあっさりしたものだ。店長はバイトの人たちと個人的に仲が良く、休日も一緒に遊ぶこともあるらしい。リョウタというのもたまにシフトが重なる30代のフリーターの事で個人的にあまり仲は良くないがうちの古株の一人だ。この前まで彼女と何周年記念かの指輪を見せつけてうざかったが、そうか別れたか。

 布団へ戻り、目を瞑ると一気に眠気が襲ってきた。

 

『サクー、この肉マジ柔らかいわ』

 姉さん?

 頭の後ろで姉さんの楽しそうな声が聞こえてきた。

 俺も食べたいと声を出そうとするが不思議と音が出ない。

『咲弥、お前ももう来年は高校卒業だ。そろそろ酒の味を覚えておきなさい』

 酔った父さんがワイングラスを片手に手招きをする。それを母さんが『やめてくださいよみっともない』と窘めるが本気で怒っているわけでもない。

 今行く。そう言ったつもりが言葉がやはり出ない。

『置いていくわよ咲弥』

『先に行っているからな』

『追いついていらっしゃい』

 三人はそれぞれ笑いながら歩いていく。

 待って!

 追いつこうと必死で走るけれど、まるで足踏みをするように一向に追いつかない。

 段々話声も遠くなり、距離がどんどん離れていく。

 行かないで。一人にしないで。

 

 目が覚めた。

 いつの間にか両手は宙をさまよっている。寝ぼけていたにしては嫌な目覚めだ。

 あれから何時間経ったのだろうと時計を見ると、ほんの数時間しか進んでいない事に驚かされた。

 頭痛は引き、心なしか体も軽い。汗を沢山かいたからだろう。

 起き上がるのは億劫だが喉はからからだ。

 立ち上がって冷蔵庫を覗く。残念なことに飲み物の類が一切入っていなかった。

 仕方なく水道を捻って喉を潤す。鉄分の多い味がした。これは明日腹を下すこと間違いなしだ。

 

 体調は幾分回復したが気分は最悪だ。

 炬燵に入り、スイッチを入れる。もう一度眠る気は起きない。

 何もこんな日に家族の夢を見ることはないだろう。

 風邪を引いて孤独な夜は特別胸に刺さる。こんな気分になりたくないからわざわざバイトを入れたというのに。

 木製の机に頬を付ければひんやりと心地がいい。

 食欲はないけれど何か食べたほうがいいかな。そうじゃないと明日の出勤に差し支える。でももう一度立ち上がるのは面倒だな。

 炬燵が温かくなり、うとうとしてきた。まずい、ここで寝たらまた風邪がぶり返す。気持ちいいんだけどさ。

 このまま意識を手放してしまおうかと諦めかけていると、ピンポーンと高い音が鳴った。

 びくりと体を震わせる。なんの音だ。

 一瞬頭の中で探ったが、すぐに部屋のインターホンだと思い出した。入居初めに新聞とNHKが来た以外にこの部屋のインターホンを聞いたことがなかったから忘れかけていた。

 それにしても誰だろう。

 この部屋に尋ねてくる知り合いはいないはずだがと訝しみながら鍵を開ける。

「よお。なんだ元気そうじゃないか」

「……は?」

 綾峰がいた。

 コートにマフラーという普段バイトじゃ見ない姿だが、この大男を見間違えることはない。

「なんで、ここが?」

「なんでって、それよりほら、これ食え。急に風邪なんて引いたら外出るのも大変だろ」

 綾峰はスーパーのビニール袋を俺に手渡してきた。持つとズシリと重みがある。一体どれだけ持って来てくれたのか。

 それじゃあ俺はここでと、帰ろうとする綾峰のコートの端を俺は咄嗟に掴んだ。

 え、なにという驚いた顔をする綾峰。俺が俺の行動に一番驚いていた。

「さ、寒いから! 早く入って!」

「はあ?」

 本当はどうして俺の家を知っていたのか訊こうと口を開いたつもりだった。でもそれにしたって風邪が治った後バイトで聞けばいい話だ。つまり、俺のこの行動を説明することは俺はできなかった。

 

 

 綾峰は俺の部屋に入ると、「お前男入れるんだから最低でも下着くらい片付けてろよ」とあきれ顔だった。そんな余裕なかったんだ。

 部屋干ししている洗濯物をクローゼットに押し込んでいる間に綾峰は台所に立って調理を始めた。

「何してんだ」

「まだ飯食った感じじゃないしな。できるまで寝とけ」

「……食欲ない」

「少しでも食っとけ。治るもんも治らんぞ」

 無理やり布団に押し込まれると、今度は掌で俺の額を触る。手が、大きい。

「熱いな。冷えピタ貼っとくか」

 持ってきたビニール袋から取り出し、それを貼った。ひんやりと清涼感に包まれ、寝苦しさが消えていく。

「あと小まめに水分補給だ。ポカリとアクエリ、どっちがいい?」

「……ぽかり」

 わかったというと、コップに注ぎ手渡した。寝ながらだと飲みにくいだろと折れ曲がるストローをそれに添えてきた。

 どうしてここまで。

「…………」

「うわ、なんだいきなり。何泣いてんだよお前!」

「うるさい。泣いてない」

 顔を見られないように、布団を被った。人恋しいと思っていた時に来るからだ。

 音が漏れないように必死で耐えた。それでも体は小刻みに震えていたはずだが、綾峰がそれを指摘してくることはなかった。

 

 

 暫くして綾峰は一人前用の土鍋を持ってやってきた。

「鍋焼きうどんだ。お前うどん嫌いじゃないよな?」

「作ってから言うなよ」

 炬燵を布団の方まで移動させて、俺は布団に入ったまま足だけ炬燵に入るという極楽のような状態でご飯を食べられる事に成った。

「う、しょうが入ってる」

「風邪には効くんだ。食っとけ」

 ネギと鶏肉が入ったうどんはとてもおいしかった。しょうがは苦手だったけど、汁まで全部飲むとぽかぽか体が温かくなった。

「常備薬とかあるのか?」

「ない」

「ならそのまま布団はいっとけ」

 ものの数十分で食べ終えると、綾峰はすぐに食器を洗いに行った。ちなみに土鍋は綾峰の家から持参してきたらしい。もう使ってないからやると言われた。

 食欲はないと思っていたが、体はエネルギーを求めていたらしい。無理なく食べきれたことに綾峰は「そんだけ食えりゃ風邪なんてすぐだ」と笑った。大食いだと言われたみたいでちょっと微妙な気分になった。作っておいてもらってあれだけどさ。

「話戻るけど、なんでうちに来たんだよ」

 洗い物をしている綾峰に話しかけると、奴は「店長からお前が風邪ひいたって連絡来たからな」と返って来る。違う。そうじゃなくてどうしてこの場所を知っていたのか聞きたいんだ。

 そう聞くと、「お前覚えてないのか?」と呆れたような声がやってきた。

「覚えてないって、何が?」

「お前がバイト入って一月くらいしたあと、お前の歓迎会やったろ店長と俺と三人で」

「歓迎会……?」

 全く記憶にない。そんなことあっただろうか。

「ほら、店長が店のビール全種類開けだした」

「あ、あー」

 思い出した。

「あれ歓迎会だったんだ」

「当たり前だろう」

 思い出せなかったのも無理はない。路上で缶ビールを飲んだというだけだからだ。

 バイトに慣れ始めたころ、太陽が昇るか上らないかという時に店長がやってきた。この日は俺と綾峰の二人の勤務で、店長がやってきたのは意外だった。

 何も言わずに店のアルコール飲料を多量にレジに持っていくと、一言。

『飲むぜ綾ちゃん』

 これで普段滅多に羽目を外さない綾峰が「よっしゃああ!」と叫び、嫌がる俺を掴んで店の外へ出た。ちょうどそのタイミングで早朝のシフトの人と交代した。

 スタッフの専用口付近で互いに好きな飲み物を持ち、乾杯をした。俺は未成年だから本当は何も飲みたくなかったのだけど、場の空気に逆らえきれずついつい飲んでしまった。その日の記憶はない。

「あの日お前が酔いつぶれて俺がここまで運んで来たんだろ。覚えてなかったか」

「そういえばそんなことがあったような、なかったような」

 記憶があやふやだ。そうだったか?

 まあいいけどさ、と綾峰はエプロンを畳み上着を羽織り始めた。

「え、なんで?」

「なんでって、そろそろ帰んだよ。もう結構いい時間だしな」

 時間を見ればもう日付は変わっていた。そういえば今日こいつは家族と過ごす予定だった筈だ。なのにどうしてこんなところまで来てくれたのかという気持ちが沸き上がる一方、どうしてここで帰るんだ薄情者という気持ちが膨れ上がった。

「か、帰らないで」

 布団から出て綾峰のコートを脱がそうとする。当然のように綾峰は困惑しながら抵抗した。

「どうした。お前いつもとキャラ違うぞ」

「う、いや、違う。さっきのはなし! 帰れ! さっさと帰れよ!」

 跳ねるように布団に戻ると頭から被った。顔に血液が集中していくのがわかる。

 やばいやばいやばい。

 何やってんだよ俺。熱に浮かされたって言っても限度があるだろ。

 一分経って、二分経って、ようやく音がしなくなった。

 帰った、のか。

 沈んだ気分のまま布団から顔を出すと、壁に背を預けながらスマホを弄る綾峰がまだいた。

「いるのかよ!」

「いるよ。なんだ居たらまずいのか?」

 うぅーと低く唸り声が漏れる。獣かよと笑うがこっちは恥ずかしくってそれどころじゃない。

「なあ、お前体の調子はちょっとはよくなったか?」

「……別に。普通」

 顔だけ出して憮然と答える。今日の俺はちょっとおかしい。

「ならさ、俺の家に泊りに来いよ。療養も兼ねてな」

 


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