部活の後の男どもはテンションが高い。
とりわけあまり部活動が熱心でないと言われているこの高校の中でもまだ精力的な活動を行っているサッカー部では。きつい練習を終えた解放感から知らずテンションが上がるのだろう。
更衣室とは名ばかりの、各運動部の部室が並立するグラウンドのプレハブ小屋の集合体。その一室で俺は裸で叫びまわる仲間たちを横目に今日もこいつら元気だなーと苦笑をしていた。全然嫌いじゃないぜこのアホさ加減。
「静かじゃんまーくん?」
後ろから大きな衝撃があったと思えば、肩口からにゅっと首が生えてきた。
「そりゃな。結構しんどかったし」
「またまた。キャプテン様は言う事が真面目になりますね?」
お茶ら気た感じはこいつの持ち味なんだが、練習終わりに絡まれるとちょっと鬱陶しい。上半身裸で密着されるのも最高に不愉快だし。
俺をからかう様にやってきた同期の望月から逃げるように身を捩ると、「まーくんったら照れ屋~」と返ってきた。めんどくせえ。
公麿とのごたごたがあった時期と並行して俺はサッカー部のキャプテンに任命されていた。
適任者が他にいなかったってだけだが、前キャプテンに「あとは任せた」と言われちゃ責任が肩にのしかかるものである。キャプテンの仕事はどこの学校でもそうかもしれないが、メインはクラブの代表だ。委員会や顧問の報告、練習の切り出し等率先するのが仕事だ。その際チームメイト達がしっかりついてきているかだとか、不満は抱いていないかだとか細かな所まで気を配る必要が出てくる。そうした小さいところが試合のプレーに影響するからだ。もちろんこんなこと俺だけじゃとても手が回らないから副キャプテンや同期の仲間たちに助けてもらってる。だが一方でキャプテンになって改めて同期や後輩たちが好き勝手に暴れまわってるのが分かった。練習メニューの「俺はこうした方がいいと思います」勢の存在だとか。こいつらこっちに言ってくれるのは全然いいんだけど、一度みんなで同意したメニューをガン無視して自分たちで勝手に始めるから統率が取れなくなる。他にも遅刻魔だとか、サボり魔だとか、ラフプレーを屁でも思わない悪辣漢だとか。就任当初は随分苦労させられたものだ。みんなアクが強すぎる。前キャプテンはこれを纏めていたのかと感心させられる。
プレイはぴか一だが、マイペース代表の望月は「まーくんは真面目だからなあ」と肩を叩いてくる。お前が後輩を誑かしてるのは知ってるんだぞこの野郎と一言いいたくなる。言ったら面倒だから言わないけど。
望月のどうでもいい話を適当に聞き流していると、ロッカーに置いているスマホがぶるぶる動いた。
「なに、彼女?」
「あー、まあな」
公麿から『図書委員手伝ってるから迎えに来て』とメッセージがきた。こいつはここ最近放課後に図書室にいることが多い。本が好きになったと主張してくるが、明らかにこっちの終わる時間に合わせているのがバレバレだった。指摘したら拗ねて待っていてくれなくなりそうなので言わないが。とはいっても毎日ってわけじゃない。週で言うと二度ほどだ。美術部がない日だけ待ってくれている感じだ。後は裕子や柊や楠といった普段教室で一緒にいる連中の部活がない日なんかは何も言わず帰っていたりする。そんな日は結構気分が下がったりするんだがこれもまた公麿には言っていない。
図書委員でもない公麿がどうして手伝っているのかは不明だが、あのお人よしのすることだ。きっと後輩か誰かが困っていたから手伝ってしまったんだろう。それでも以前までは『図書委員手伝ってるからちょっと待ってて』となっていたのが迎えに来てくれとなったのだから大したものだ。俺相手だから気を遣わず言ってきてんだろうって伝わって来る。露骨な愛情表現なんかよりずっと嬉しくなるんだから不思議なもんだ。
「まーくん知ってる? 君らの存在って周りから随分羨ましがられてるって」
「なんだよそれ」
女子生徒と頻繁に付き合っている望月が、顔を引きつらせているなんて珍しいこともあるものだ。少なくともお前は興味ないだろと言いたくなる。
「だって今まで誰と付き合っても淡白だったまーくんがデレデレで校内うろついてるし? 同じく女になったってかなり特殊だけど男の時から男子に人気のあった綾峰ちゃんとでしょ? しかも前の放送」
「あれはもう散々弄り倒しただろお前ら」
放送という言葉を聞きつけたのか、ほかの部員まで「おう、またあの話か」と寄ってきた。やべえ、マジでうぜえことになってきた。
少し前楠に仕掛けられたせいで俺と公麿が付き合っていることを校内放送で流されたという事故、もとい事件が発生した。
公麿は裕子のかん口令があるから多分そこまで弄られてないだろうけど、俺はもういろんな人にそのことで弄られ倒した。
顧問に会えば「よう色男」とからかわれ、担任に会えば「応援しているからね」と強く手を握られる。授業中では俺が先生の出す問題に正解すると「数学は答えられるのに告白の返事が出来ないのはどーしてだ」とクラスメイトにからかわれることもしばしば。そして放課後かなりの時間を共にしている部活仲間たちだ。
こいつらの対応は三者三様。
単純に上の人たちみたいにからかってくるタイプ。
この人ら校内放送つかって何やってんだよと一歩引いてみてくるタイプ。
そして、
「おう平等橋、お前いつになったら別れるんだよ」
「てめえが綾ちゃん独占するのは反吐が出んだよ、あぁあん?」
「落ち着けお前ら」
公麿信者の死ね死ね攻撃である。
公麿が男子にも人気が高いことは知っていたつもりだったが、まさか部活の中でもその数がかなりいたことに驚愕させられた。男の時から公麿と仲の良かった俺が憎たらしくてしょうがなかったと告白された時はどうしたらいいのかと途方に暮れたものだ。
「まーまー落ち着きたまえよ諸君」
珍しく望月がいきり立つ男共を押さえた。いやほんとマジで珍しい。どういうつもりなんだ。いつも火に油を注ぐ行為に精を出す男なのに。
「まーくんを責めてもキミらが惨めな現実は変わらないそうだろう?」
「殺すぞ望月!」
「てめえも挽肉になりてえか!?」
血気盛んな男子高校生を挑発するのはよせ。
「話は最後まで聞きたまえよ童貞諸君。そんな君たちに朗報だ。いい知らせがある」
「朗報って時点でいい知らせと意味重複してんだよ! 殺すぞてめえ!」
駄目だ。部員の何人かの目が血走り始めた。恐ろしいのが、この反応を示しているのが同期の二年だけじゃなく一年も混ざっているってことだ。無礼講もここまで行くとどうなんだと思う。先輩後輩の垣根が薄いこともこの部活の伝統みたいなところはあるが。
「なんだあ? この猿ども。いいのか? 良い話なのにいいのか?」
「おい誰か縄もってこい。プールに沈めんぞこいつ」
「警察にばれないかな」
「なあに水泳部と協力すれば証拠は残らねえよ」
望月が逆切れしたところで更にキレ返す部員ども。しかしこの光景も見慣れたものだ。望月のこちらをかなり馬鹿にしたような発言に全員がキレて、望月がキレ返す。でも仲が悪いわけじゃない。
「隣の女子高と合コンセッティングしてやったぜ?」
水を打ったように静まり返る部員ども。次いで絶叫。「うおおおおおお! さすがは我らが望月様!」と望月礼賛の嵐が巻き起こる。バカばっかりだ。
「静かに。これには向こう側からの条件がある!」
人差し指を掲げる望月に、部員どもは訓練された犬のように黙り、息を呑んだ。
「平等橋正義を参加させよとのことだ」
怒りの矛先が俺に向いた。納得できねえ。
翌日、学食で飯を食い終わり教室に戻ろうとしていると向かいの廊下から公麿と柊が歩いてくるのが目に入った。
「あれ、バッシーじゃん」
「ほんとだ」
柊が気付くとおーいと手を振って来る。横で公麿も小さく手を振りかけ、やっぱりやめているのが面白かった。
「なんか元気ない?」
俺が口を開く前に公麿がやや眉を下げて尋ねてきた。こいつの人の機微を察する能力はなんなんだと時々怖くなる時がある。
「いや別になんもねえよ」
「嘘だ。顔色ちょっと悪いもん」
「熱はねえよ?」
「そういうのではないんだけど」
「そこ唐突にいちゃつき始めるのやめてくんないかな?」
柊が咳ばらいをすると公麿が飛び跳ねるように俺から離れた。ほんとこいつの気を許した人間に対するパーソナルスペースの狭さは如何なもんかと問いただしたくなる。
「マロちんじゃないけど、なんかあったの? 向こうから歩いてて難しい顔はしてたよ?」
柊が気付くってことはよっぽどってことなんだろう。思わず乾いた笑いがこぼれそうになるのをぐっと堪える。
「私にも言えないこと?」
公麿が不安そうな声音で尋ねる。やめてくれ、隣の柊の目つきが今ので五割り増し鋭くなる。これでも柊だったからまだましだ。裕子か楠だったらさっきのだけで小一時間ネチネチ責められ続けただろう。というかこの三人の公麿に対する異常な愛着はなんなのか。公麿を見ていると庇護欲が掻き立てられるってのはありそうだが、それにしてもきつい。泣きそうだ。
「いや、その、えっとだな。ほ、放課後話す!」
話すにしても、とてもじゃないが柊がいる横で話す勇気はない。
逃げるように会話を打ち切った俺は、二人の声を無視して振り切った。
「合コン?」
「まあ、平たく言うと」
ふーん、と隣に歩く公麿が言った。どういう意味での「ふーん」なのか凄く気になるが、聞くに聞けない。
先日部活終わりの更衣室で望月が持ち出した合コンの話。
どういうわけだか向こうに俺を知っている女子がいるらしく、俺が行くなら人数を整えてやってもいいということらしかった。
当然俺はそんなもん興味ないし、なにより相手がもういる。その日は断って帰ったら、翌日から授業中、休み時間関わらず部員からの嫌がらせが始まった。
10人単位でLineのスタンプ投下、『行くって言え』と書かれた紙を丸めて授業中にぶつけられる、休み時間の度にトイレに呼び出されてネチネチ懇願。
そして昼休み、望月が「これまーくんが行くて言うまであと二か月は粘るからね?」の一言でとうとう折れる羽目になってしまった。
これが卒業まで、なんて言われたら途中で飽きるだろと無視できたんだが、二か月はリアルすぎる数字だった。あの馬鹿どもだったら平気でする。どれだけ出会いに飢えているんだあいつらは。
それに、お前は彼女がいるからいいよなと言われるのがうざかった。公麿から連絡が来るたびに騒ぐし、昼休みに話すこともできなくなるし。あいつらに相手が、全員が出来なくても一人でも出来たらそっちに意識が分散されるだろうという薄暗い意図があったことも確かだ。
だが行くと言ってしまった以上通さなきゃいけない筋はある。
公麿だ。
俺の中で浮気の気持ちは一切ないと断言できるが、それを公麿に伝えなければいけない。こいつは口には出さないが人一倍寂しがり屋だし、独占欲も強い。困るのはそれを直接言ってこないことだ。寂しいのに、どこかに行ってほしくないのにこいつは口ではなにも言わない。ただ悲しそうな眼を向けて来るだけだ。
それで泣かれた日には俺は俺が情けなくなる。
世の中には彼女がいても合コンに参加する奴なんてごまんといるだろう。今回の俺みたいに、自分が行かなきゃそもそも会が成り立たない場合だったり、全体の盛り上げ役だったり、出会いを求める以外の理由だ。
しかしそんなの行った奴の都合だ。見てる側はどんな目的かなんてわかりゃしない。
放課後、一緒に帰ろうとわざわざ誘って今日は美術部があったというのに、俺は公麿と帰っているのはそれを説明するためだった。
「望月って前クラス合宿の時に絡んできたあのチャラいのだよね?」
「え、ああ。よく覚えてるな」
公麿の返事に一瞬遅れて返す。声音は特に怒っていたり悲しんでいる様子はない。
「平等橋も大変だねー。いいよ、行ってきたら?」
「え、マジ?」
あまりにもあっさりした返事だったので思わず公麿の顔を覗き込んでしまった。彼女は「なんだよ」と心外そうに頬を膨らませる。
「私だってなんでもかんでも嫌がるわけじゃないぞ。そりゃ、ちょっとは嫌だけどさ。お前モテるし、私は、こんなだし」
自分の胸に手を当てる公麿。胸の大小という話ではなく、元男だという事実を言っているのだろう。
「でも付き合いじゃん、そういうのって。断ったら平等橋が変な感じになっちゃうだろ」
「公麿……」
「あ、でも、その、あれだ。気になる子がいたとか、Line交換した、とかはやめて欲しいな。いや、でもそんなこと言うのもめんどくさいか……」
「しねえよそんなこと」
俯く公麿を安心させるように彼女の頭をわしわし撫でた。セットが乱れると脇腹に拳が飛んできたが、いつもより威力は弱かった。
「あとでどんな感じだったか教えてよ」
「興味あんのか?」
「一回どんなもんか知りたいじゃん」
「お前は行かないでくれ……」
なんだそれと呆れた顔をされた。
「ミナでーす」
「サヤカです」
「モカで~す」
土曜日の昼。部活が終わって引き連れられてきたカラオケで四人の女子がいた。隣の女子高っていや格式ばっててお嬢様って感じが俺の中であっただけに最初の三人には目を丸くさせられた。化粧が濃い、というか、ギャルっぽい。
アイシャドウやリップの色が強くてとても同年代とは思えない。顔は隣の馬鹿どもが唾を飲み込むほどだから整っているんだと思うが、どうにもな。やはりまだ女性を強く連想させられる化粧品は俺の中で抵抗が強いのかと勝手に落ち込まされる。おかしいな、おかしくなってた時の公麿のアレは普通に可愛いと思えたんだけどな。そういや最近あいつも薄っすら化粧し始めてんだよな。あれ、どうしてそっちは大丈夫なんだろう。
「まーくん、まーくん、自己紹介、出番」
望月に腕を引っ張られて意識がどこかへ飛んでいたことに気づいた。
「あーっと、平等橋正義です。一応ここにいるサッカー部の奴らのキャプテンやってます」
両陣営からお~っという歓声が上がる。いらねえそれ。
なんとなく周囲を見渡していると、対面に座る一人の女子と目が合った。あれ、この子どこかで。
「なになにバッシー。さっそく行っちゃうわけ?」
テンションの上がったバカ一人がマイクを使ってハウリング。うるせええええ。
「夏奈だよ。覚えてない?」
四人の中で化粧がすごく薄い。
夏奈という名前はすぐに出てきた。
「柳本?」
「え、まさか今気づいたの?」
望月が茶々を入れてくる。
無言で肯定をしてしまえば、この場はきっと「えー、ないわー」みたいな感じになってしまうだろう。それは避けねば。
「んなわけねえじゃん。ちょっとオーバーにリアクション取ってみただけ。マジっぽかった?」
なにそれ受ける~と全体から飛んできた。柳本もきゃっきゃ、きゃっきゃと笑っていた。人間変わるもんだな、と化粧以外全体的に崩しまくったイメージを与える中学時代の知人を見て思った。
柳本夏奈と付き合っていたのは中学二年の時分だった。
親父が倒れたりとか、姉貴が社会人なるかならないかくらいの時で、俺が最も荒んでいた時期の一つだったと思う。
柳本はその当時結構仲の良かった友達の女子から紹介されたってやつで、第一印象は内気な女の子だった。
付き合ってほしいと頼まれたのはそこからすぐだったが、あまり長続きはしなかった。
俺がその当時今以上に女性不振だったこともあったけど、性格が合わなかったというのが大きい。
好きなものとか趣味趣向は人それぞれだし、その部分で共有できなくても問題はないと俺は思っている。俺と彼女とでは価値観が共有できなかったことが最大の理由だった。
食べ物も、映画も、景色も、なに一つ共感をすることが出来ない。
逆にここまで合わない人も珍しいと俺は驚いていたほどだ。
だが、そこでさっさと別れればいいのに俺も彼女も今度こそはという思いからずるずる先延ばしになった。先延ばしといっても、ほぼ最初の段階で合わないなと思っていたので、それを続けるってことはたとえ二か月という短い期間でも苦痛のような期間だったと思う。
彼女は明らかに退屈にしていたし、俺もそうだった。だから俺から別れを切り出したんだが、後日柳本を紹介した友人にたいそう詰られた。
女ってやつはこれだからと益々女性不振を加速させた相手。
それが柳本という中学の同級生だ。
顔かたちは変わっていないが、あの頃より大分チャラくなったな。と、隣でラブソングを歌う彼女を見ながら思う。そう、隣だ。
自己紹介が終わって全員が一曲ずつ歌い終わると、席替えをしようと望月が切りだしたそうだ。トイレに行っていて俺は知らなかったが。戻って来ると俺の横が望月じゃなく柳本に変わっていて驚かされた。順当に考えたら当然か。この場で俺が知ってる女子は柳本しかいない。つまり会を設定した女子側の幹事は柳本という事になるのだろう。俺を呼びだしたってことは俺に話しがあるってことだ。
「どうだった?」
「うまいじゃん」
歌い終わると柳本が訊いてくる。普通だと思うが正直に答えるのはまずい。普段聞きなれてるのが上手いから比較してしまうんだよな。そういうの悪いって思うんだけど心の中くらいは正直でいたい。
「正義くんはなんていうか、独特だよね」
「いいよ普通に下手で」
それでいつも散々からかわれているし。
皆めいめいに話し始めているので、いつしか俺と柳本二人で話し込むという構図になっていた。
「柳本結構変わったな」
「そう? どんな風に?」
「どんなって……」
ギャルくなった、チャラくなった。
外見はそうだが、何よりも中身が変わった、ように思う。内気な印象は微塵も残っていない。
「正義くんと別れてからいろいろ試行錯誤したんだよ。正義くんも結構変わったよね」
「……俺が?」
急に俺の話になって反応が遅れる。
「変わったよ。なんて言うのかな、優しい感じになった」
「変わってねえよそこは」
笑わすつもりはなかったが、柳本は噴出した。そこまでおかしなことを言っただろうか。
「冷たかったじゃん。付き合いはじめた時とか、化粧した日とか、あと最後の方とか」
言葉を詰められされた。意識していなくても相手に伝わっていたらしい。
「今日化粧薄いでしょ? 本当は普段もっとすごいんだよ」
「そうなのか?」
尋ねておいてなんだが予想はついた。周りを見てれば柳本が如何に浮いているか分かる。きっと普段は柳本も他の三人と同じ感じなのだろう。
「正義くんに会うためにね。今日は特別。ねえ正義くん、今彼女いるでしょ」
「いきなりなんだよ」
「私も彼氏できたんだ」
「……そうなんだ」
会話の意図が読めず、視線を彷徨わせる。
「あんたなんかより全然いい人なんだから。今日はそれを確かめに呼んだだけ。期待したなら残念でした」
「期待ってなんだよ」
俺の問いには答えず、柳本は「しーらない」とそっぽを向いた。
その後は皆を交えてゲームをしたりそこそこ盛り上がっていた気がする。ただ柳本の表情だけは最後まで見ることはできなかった。
その夜、家に帰ると公麿がいた。
姉貴の姿が見えないのが不思議だったので尋ねると、「コンビニに宅配頼みに行ったよ」との答えが返ってきた。
「どうしたの? なんか疲れた顔してるけど」
「そう見える?」
「見える」
待っててと公麿は席を立つと、台所でお茶を沸かし始めた。こいつだんだん俺んちの食器の位置とか把握し始めてるんだよな。
公麿の入れた茶を飲んでいると、「合コンどうなったの?」と聞いてきた。話の流れから聞かれるのは当然だ。
「楽しかったよ。そこそこ」
「そうなんだ。じゃあそれは楽しさ疲れ?」
「……でもねえなあ」
「なにがあったんだよ」
軽く笑いながら訊いてくるが、公麿の目からは心配の二文字が浮かび上がっているように見えた。
こいつに隠す必要もないか。誰にも話したくはないが、公麿には話したかった。
「昔の自分がどれだけ幼稚だったか再認識させられたんだよ」
俺は今日の事の顛末を公麿に話した。柳本の話は中学の時から遡って話した。
話し終えると、公麿は難しい顔をしたまま腕を組んで黙った。
「複雑な気分になるなあ」
ぽつんと零した言葉に、そうだよなと同意すると「違うよ」と返って来る。何か間違えたのだろうか。
「その子、柳本さんだっけ、にだよ」
「柳本に?」
「話しぶりからすると彼氏がいるなんて嘘だもん。それか、本当にいるかもしれないけど」ちらっとこっちを見る。
「何?」
「お前鈍感だもんなあ」
公麿はぐっと背を伸ばした。真剣な話をしている最中で申し訳ないが、セーターを着た状態でそれをされると非常に目の毒だ。胸の形がはっきり浮き出てくるから勘弁してくれ。
顔ごと横に向けると「なんだよいきなり」と不機嫌な声が飛んでくる。今までの会話で不機嫌にさせる部分があったとするなら、多分さっきの“鈍感”の所だろう。
「その子まだお前の事好きだよ」
「分かるかよんなもん」
「じゃなきゃわざわざ化粧薄くしてまで会いに来ないし、今の自分を自慢するために呼んだりもしないだろ。それで会ってみたら相手にはもう彼女がいるんだろ、強がりも言いたくなる」
それに、と一息入れる。
「あれだけ頑なに女嫌いを通してたお前が優しい雰囲気になってるんだ。相手の人には絶対に勝てないって思うじゃん。ふつう」
その相手がどうっていうのは別にと今度はごにょごにょ口を噤む公麿を見て、ようやくなぜ柳本が突然あの場であんな事を言い出したのか分かった。なるほど、確かに俺は鈍感かもしれない。
「仮にそうだとしても、俺にはもう相手がいるし」
公麿を見つめれば数秒で目をそらされた。地味に傷ついた。
「正義」
公麿が突然俺の名前を呼んだ。
「え、なに急に」
「名前、下で呼ばれてたんだろ」
誰にとは聞かなくても分かる。こいつ気にしてたのか。
「これからは私も呼ぶから」
「張り合うところか?」
「お前って時々そういうところあるよな」
胡乱げに見つめられる。
「呼ぶから、絶対」
「ああ、了解」
ふんと公麿は鼻を鳴らした。