TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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桜さんと由紀ちゃん ②

 

 小学校高学年になると、私もさすがに桜さん離れというか、大人と一緒に遊ぶという行為に恥ずかしさを覚えた。

 その旨を伝えると、桜さんは「公麿も男になったね」とぐっと親指を立てるだけであっさり私を構うことはなくなった。

 普段のねちっこさから考えてもう何回か攻防があると予想していた私は、逆に寂しさを覚えるほどだった。けれど意地が勝って何も言えなかった。そういえば桜さんが兄貴に構わなくなったのも兄貴がやめてくれと言ったからだと聞いた。

 構わなくなったと表現すると、桜さんが私に冷たくなったとかそういうイメージを抱いてしまうかもしれない。でもそんなことは全然ない。相変わらず優しいし、たまに小さないたずらをしてくることも変わらなかった。あくまで遊び相手として全力で仕掛けて来ることがなくなったというだけだ。

 だが私が桜さんから卒業したことで、桜さんの無茶ぶりというか、欲望のはけ口というか、いままで私が担っていた部分がある人物に取って代わった。

 ゆかりだ。

 もともと私とゆかりは桜さんと一緒に遊ぶことが多かった。私は友達がいなかったし、ゆかりもお兄ちゃんお兄ちゃんといつも俺の後ろをついてきていたからだ。しかしそれでも年長という事でより危険なことは私が請け負っていて、ゆかりはあくまで私の横にいるというだけだった気がする。

 それが私がいなくなったことで、ゆかりは桜さんの壮絶な遊びに巻き込まれていく事になった。

 これもまた誤解のないように説明しなければいけないが、桜さんの方から一緒に遊ぼうと私たちに言ってくることは少なかった。向こうは社会人で時間もあまりないし、家に来るのもメインはお母さんと話をするためだからだ。

 だから遊ぶ場合はまず私たちの方から声を掛ける。遊びの内容の過激さから、どうして桜さんを遊びに誘ってしまったんだろうと後悔することが多かったというだけで。

 毎度毎度怖い思いをするが、その反動か桜さんの遊びは刺激に満ちていた。

 いうなれば桜さんの遊びは麻薬のように中毒性の高いものだったのだ。怖いのにやめられないし、なにより頻度は高いとはいえ桜さんが家に来るのはレアだ。遊んでもらわなれば損だという感情が先だった。

 これまで私が矢面になっていた遊びの主体がゆかりに変わったことでなにが起こったか。

 いろいろあるけれど、やはりゆかりが物凄く桜さんに感化されてしまったことが言えるだろう。

 私以上に行動力や知的好奇心に富むゆかりと桜さんの相性は抜群だった。

 私が引きながら行うことも、ゆかりは嬉々として行う。

 例えば、ゆかりが中学一年生の時。夏休みにアメリカ大陸を横断しようと桜さんが切り出した。俺がドン引きしている横で、ゆかりは嬉々とした表情で迷うことなく頷いていた。その日のうちに荷物を纏めていると、帰宅した親父に全力で止められて事なきを得たが、あと三十分親父の帰宅が遅ければ実行に移していたことは間違いない。お母さんはなぜか桜さんの破天荒さには弱いんだよな。何も言わないし。

 ゆかりは桜さんの事を心底尊敬している節があり、間違いなくゆかりの性格形成に大きく関わった人物であると言えるだろう。

 そんな二人が関わることを私はいつからか恐れるようになってしまった。

 いや恐れるというと語弊があるか。単純に面倒と感じる、か。両方を足して二で割った感情が一番正確かもしれない。

 どうしてか、それを詳細に説明するより今の状況を伝える方がより理解してもらえると思う。

「桜ちゃん、これお姉ちゃんの彼氏」

「ほう、公麿も立派になったもんだ。で、どこまでいったの?」

「それがキスもまだだって。手つなぐだけで手一杯」

「それじゃ彼氏もたまったもんじゃないでしょうよ。あ、逆に溜まっていく一方なのか」

「桜ちゃん上手い!」

「微塵も上手くねえよバカ二人!」

 げらげら笑う二人の頭を叩く。全く悪びれることなく詫びる二人を見て、やっぱりこうなるかと肩を落とした。

 ゆかりは中学、というか現在に至っても桜さんと一緒に遊ぶことが多い。それは恥ずかしくなって一緒に遊ぶことを止めた私との違いだ。

 ただその内容が運動やスポーツではなく私を弄るというものに変化した。

 本人たち曰く愛のなせる業と言うが、もっと生産的なことに時間を割いて欲しいと思う。

 たまにやって来る桜さんを捕まえてはゆかりは私の最近の写真や行動を逐一報告しては「あら~、公麿も大人になっていくのね」とにやにや笑ってくる。何度言ってもゆかりはやめないから早いうちから受け入れることにしたけど。

 それにゆかりがそんなことをしだした理由もある程度想像がついたということも大きい。

 ゆかりが小学校六年生に上がったあたりで、私も妹という存在が煩わしく感じられるようになった。

 何をする時も後ろについてくるし、自分一人でしたい時でも横にゆかりがいるからできない、なんてことも多かった。だから一時期ゆかりを遠ざけていた。

 横で騒がれても無視したし、腕を引っ張られるのも嫌な時は部屋に閉じこもった。

 ゆかりはそれが面白くなかったんだと思う。

 桜さんを使えば俺がゆかりを無視するなんてことはできない。無視し続けてもしつこいくらいに続けてくるし、あの人は私が無視できないポイントを知っているような節があるからだ。これを言えば無視はできまいだろうと言った風に。

 私が女になったことでゆかりが前にもまして私に構ってオーラを出す様になったが、それも一時期の無視期間が堪えているのではないかと予想する。

 しかしそれによりゆかりを無視することがなくなったので、桜さんと結託して私を弄ることはもうないと半ば願望に近い気持ちを抱いていたのだが、今の様子を見るにもうただ面白くなっているだけな気もする。

「そんなに怒りなさんなよ公麿」

 まだ腹を抱えてげらげら笑っているゆかりを置いて、一足先に復活した桜さんは「大変だったね」と優しい声を出した。

「いろいろあったのに今笑い話もできる。いい子だよあんた」

「別に……そんなことないけど」

「うわ、それ言うとあんたマジで似てるわ」

「……? 誰と」

「桜?」

「やばい聞かれた!」

 照れくさくてそっぽを向くと、桜さんは変な所に反応した。本当に何の事を言っているのか分からなくて聞き返したが桜さんは詳しく教えてくれなかった。どういうわけかキッチンにいるお母さんが無言で微笑んでいたのが怖かった。

 時刻は午後八時を少し過ぎたころ。

 夕飯を済ませ、今はリビングで一家団欒と言ったところだ。

 兄貴はバイト、親父は残業があるとかで、私、お母さん、ゆかり、桜さんと由紀ちゃんの五人だったけど。

 洗い物の手伝いを買って出た由紀ちゃんはお母さんと食器を洗っている。真面目で可愛いなあと思っていたが、桜さんがぼそりと「まだ照れてやがんな」と呟いていたので他に理由はあるみたいに思えた。

 由紀ちゃんと言えば、飯の時由紀ちゃんは随分ゆかりと話し込んでいた。私の時とは打って変わったように饒舌になる由紀ちゃんに私は深い敗北感とショックを隠し切れなかった。お母さんと桜さんがくつくつと爆笑していた事が余計に腹立たしかった。

 特にすることもないが、いつもの癖でリビングでごろごろしているとゆかりと桜ちゃんによる私弄りが始まったというわけである。

 余談だが、正義の話になるとゆかりがあいつの事をちょくちょくこけ下ろした。なんでか知らないけど私の周りの女性は正義に厳しい。本当にどうしてだろう。別にチャラいこともないんだけどな。別に私から正義の愚痴とかのろけとか話すことはないのに。

 さすがにちょっと可哀そうだなと思ったので、その都度軽いフォローを入れたのだがその度に桜さんが「そいつ本当に信用できるの?」と真剣な顔になっていったので話がおかしな方向に進んでいった。最終的に、話の流れで正義を桜さんに会わせるという事になってしまったので後であいつに伝えなきゃいけない。ちょっと憂鬱だ。

「面白い話をしていますね」

「あ、お母さん」

「咲ちゃんも混ざる? 自分の姪の恋バナ程聞くなんて私一人じゃお腹いっぱいでさあ」

「その話絶対しないから!」

 用事を済ませたお母さんが人数分のお茶を持ってやってきた。隣にはお袋の裾をちょんと摘まんだまま不安そうにこちらを伺う由紀ちゃんもいる。

 お母さんはあらあらと楽し気に私たちの炬燵に入ると、由紀ちゃんは素早い動きで桜さんの隣に腰を下ろした。ちょうど私の対極の位置だ。なんだ、本当に私なにか由紀ちゃんにしたのか? 初対面で小さな女の子に嫌われる原因が本当に分からない。

 結局その日、私は由紀ちゃんと一言も会話をすることはなかった。

 

 

「じゃあね由紀。また日曜の夜迎えに来るから。ていうかあんたなんつー顔してんのよ」

「……だって」

 朝早くに桜さんは我が家を出発した。

 見送りにお母さんと私が付き添った。

 私は由紀ちゃんに嫌われているみたいだし、わざわざ同じ空間にいるのもなあと思ったのだが、寝る前桜さんに直接頼まれたのだ。理由は聞いてないけど。桜さんに頼まれると条件反で頷いてしまう。やっぱり幼少期のトラウマは深刻なんじゃないかと脂汗が浮き出る瞬間であった。

 玄関で靴を履き替える桜さんの裾を掴み、半べそをかく由紀ちゃんの頭を荒々しく撫でる桜さんはかなり困った顔をしていた。由紀ちゃんにとって我が家は初めて来る場所だし、殆ど知らない人がたくさんいる場所だ。一人になる恐怖は私にも理解できた。

 桜さんは私にアイコンタクトで「あとは任せた」と残し、由紀ちゃんが服を放した一瞬を狙って逃げるように出ていった。

「おかーさん!」

「ちょ、ストップ由紀ちゃん」

 玄関を駆けようと踏み出したので、とっさに由紀ちゃんの手を掴んだ。

 掴んでから、振り払われるんじゃないかという考えがよぎり体が硬直した。しかし予想に反し由紀ちゃんの反応はおとなしいものだった。むしろ私が手を掴んだことで由紀ちゃんの勢いが弱まった気すらする。由紀ちゃんにとってはあまり好ましくなかっただろうが、桜さんが私を呼んだ役割くらいは果たせたのではないだろうか。

 とはいえいつまでも相手の嫌がる行為を続けるほど私もいい性格をしていない。

 素早く手を放し二度寝をしようと階段に足を掛けると、後ろから襟袖を掴まれた。カエルがつぶれたみたいな声が自分の喉から漏れた。

 涙目になって振り返るとお母さんがにこにこ笑いながら「どこにいくんですか?」と聞く。まだ何かすることがあっただろうか。

「朝ごはんの支度をするので由紀さんと少し遊んでいらっしゃい」

「じゃあゆかり起こしてくるよ。ついでだし兄貴と親父も起こそうか」

「公麿さんが、二人で、遊んでいらっしゃい」

 一節一節区切ってお母さんは私の言葉にかぶせるように言った。心なしか圧が強い。

 いやでもなあ。

 由紀ちゃんも嫌がるだろう。そう思い彼女を見れば、私とお母さんの両方を見ていた。

 話を聞いていただろうが、特に否定するそぶりはない。相手が嫌だと言わないなら、私から言うのも違うよなあ。

「えっと、じゃあ私の部屋くる?」

 控えめに提案してみれば、由紀ちゃんは小さく頷いた。

 

 由紀ちゃんを招き入れたはいいが、私の部屋に遊べるものは少ない。テレビゲームもリビングだし、この部屋に娯楽と言えば携帯ゲームと数冊の小説くらいのものだ。最近舞衣に押し付けられたファッション雑誌なんかはあるけど小学生が興味あるのか分からない。

 私の不安は的中したようで、部屋に入ってから由紀ちゃんは所在なさげに私を見つめるばかりだった。

 今まで年下の女の子と言えばゆかりしか知らないから、こんな時普通の女の子がどんなものを求めているのか分からない。ゆかりは桜さんと結託する時点で明らかに普通の音の子の枠から出ているのでそもそも論外だ。

 それでも由紀ちゃんにとっては年上の部屋が珍しいのか、単に私に期待することを諦めたのか、私が黙っている間に控えめに部屋を観察しているようだった。時折興味深そうに何かを見つめている。

「使ってみる? それ」

「……い、いいでぅ」

 話しかけられるとは思っていなかったのか、相手はびくりと肩を揺らして手を振った。焦りすぎて噛んだのか、恥ずかしそうに顔を伏せる姿が可愛い。ゆかりにはこういう小動物のような可愛さはない。

 由紀ちゃんが見ていたのは私の部屋に着実に数を増やしつつある化粧品だ。この年齢の女の子がもう化粧品に興味があるのか私には分からないけれど、多分あると思う。背伸びしたい年頃だし。ただまだ彼女に心を許してもらっていないのであっさり遠慮されてしまったが。

「あ、あの」

 さてどうやって時間を潰そうかなと考えていると、由紀ちゃんが緊張した面持ちで私に声を掛けた。相変わらず可愛い声だ。

「なに?」

「結婚する前のお母さんって、どんな人だったんですか?」

 顔を真っ赤に染める内容じゃないと思う。よっぽど私に話しかけるのが勇気のいることだったのだろう。彼女の方から来てくれたことに若干以上の喜びを覚えた。

 それに尋ねられた内容が微笑ましすぎて、思わず口角が上がってしまう。

「いいよ、じゃあ私しか持ってない桜さんの写真とか見せてあげる」

 お母さんや親父に聞けばより詳細に分かることだ。それでも私と由紀ちゃんとの接点なんて桜さんくらいしかない。

 懸命に歩み寄ろうとしてくれる女の子に、私は素直に乗った。

 

 桜さんの話は由紀ちゃんに大いに受けた。

 少し誇張した話にもなったけど、概ね事実の事を言うだけで由紀ちゃんはお腹を抱えてベッドの上で苦しんだ。桜さんを知らない見ず知らずの人にも桜さんの話はスベリ知らずだ。桜さんを知っている由紀ちゃんにとってはおかしくて仕方がない話もあっただろう。実際に経験を共にした私にとっては地獄だったことも多々あったが。

 ただ話をしたのが功をなしたのか、嬉しいことに朝食の時間になるころには由紀ちゃんはすっかり私に気を許してくれるようになった。

「おかーさんは朝弱いから、わたしがコーヒー淹れるんだよ。飛び切り苦くしないと後でこっそり二杯目を自分で作るの。この前悔しいから思いっきり苦くしたら涙目になって壁を叩いてたわ。とってもおもしろかった」

 私の隣に座って饒舌に話す由紀ちゃんをみて、そうかそうかと微笑む私。自分でも分かるほど顔がだらしなくなっている気がする。きもいという誹りは甘んじて受け入れよう。でもこの子可愛いんだよ。

 我が家の朝食は基本ご飯が中心だけど、たまにトーストが出ることもある。今日は普段由紀ちゃんがトーストを食べているという事で、ベーコンエッグにサラダ、コーヒーという欧米スタイルだった。

 私の隣にうんしょうんしょと椅子を移動させてやってきた由紀ちゃんは、私が尋ねるまでもなく桜さんの話を聞かせてくれた。

 もともと寡黙なほうではないと桜さんから聞いていたが、なるほどと納得させられる饒舌ぶりだ。

 お母さんは時々「そういえば昔も桜はそんなところがありましたね」と相槌をうち、由紀ちゃんが目を輝かせながら「それ詳しく教えて!」と食いつく。桜さんの事を心底好いているんだなという感情がありありと伝わってきた。

 そうこうしていると他の住人も起きてきた。

「今日はパンか」

「おはようございます大介さん。寝ぐせすごいですね」

「おはよう兄貴。寝ぐせやっばいな」

「枕カバー変えたのが悪かったか……」

 ぼりぼりと腹を掻く兄貴。由紀ちゃんはすっと兄貴から身を隠す様に私にしがみ付いた。

 昨夜帰りの遅かった兄貴と由紀ちゃんは今初めて対面している。事前に連絡は受けていただろうが、兄貴の目に彼女はどう映っているのだろうか。

「叔母さんの子?」

「あー、うん。由紀ちゃんっていうから」

「ふーん」

 じっと兄貴に見つめられてますます委縮する由紀ちゃん。分かるよ、兄貴のあの人を測ろうとする目は私も怖いもの。加えて親父譲りの鋭い眼光の威圧感も半端じゃない。初対面の人と仲良くなれた例がないという兄貴の愚痴を何度聞いたことか。ただフォローをさせてくれるなら、あれも本人の意思じゃないってことだ。でも小学生にこの兄貴は怖いよな。

「なんだ大介、朝から小学生を脅してからに」

「物騒なこと言うなよ親父」

 のっそりと立ち上がった熊がやってきたかと思うほどの迫力。親父は朝だというのにがはははとテンション高く兄貴の肩を叩いた。反比例するかのように兄貴のテンションが下がっていく。

「あー、もうご飯食べてる! 起こしてよお姉ちゃん!」

「何度も声掛けたろ」

 ばたばたと階段を降りる音と共にやって来るゆかり。朝だというのにこの家族はやかましい。

「ごめんね由紀ちゃん。朝から騒がしくして」

 人の家の喧騒なんてどういう目で見ればいいのか分からないだろう。そう思って横を見れば、どこか寂しそうな目で私たちを見ていた。

「由紀ちゃん?」

「あ、ううん。平気。たのしそうだぇ」

 焦りすぎて由紀ちゃんは噛んだ。

 

 

 せっかく由紀ちゃんが来てくれたのだが、土曜日は美術部の予定が入っていた。

 午後から餅田が入賞した絵の展覧会に行くのだ。正確には美術部全体の参加ってわけじゃなく、行きたい人だけの任意参加なんだけど。

 昼前に駅で集合だからそろそろ出なきゃいけない。

 そうお母さんにいうと、側で聞いていた由紀ちゃんが物欲しそうな目で私とお母さんを見つめていた。何が言いたいのかはなんとなく分かるけど。

 私が何と言おうか迷っていると、お母さんが食器を拭きながら「提案ですけど」と切り出す。

「由紀さんも私と一緒に見に行きますか?」

「いきたい」

 間髪入れずに由紀ちゃんは即答した。その後口を押えて赤くなる姿が可愛かった。

「でもお母さん、私友達いるし……」

「ええ。ですから公麿さんとではなく私と二人になりますけど。でもお昼くらいは一緒に取りませんか? お友達も一緒に」

「ちょっと聞いてみるよ」

 美奈子と晶に伝えると、すぐに了解が取れた。二人のレスポンスの速さに驚愕だ。

 お母さんに「大丈夫だよ」と伝えると、いそいそと準備を始めた。二人は車で行くみたいだけど、私は電車だからそろそろ出なきゃいけない。

 部屋で着替えているとお母さんがノックをして入ってきた。

「どしたの?」

「いいえ。ただちょっとごめんなさいね。親同伴なんてあまり嬉しくはないでしょう?」

「そのこと? 全然いいよ」

 お母さんがいるという事は結構いいもの食べれるってことだし。学生の財布の脆弱さを考えればどんとこいだ。これが横に親父も同席って言うなら考えるけど、親父は今朝がたすぐに会社へ出勤していった。

「それにしても随分と由紀さんと打ち解けましたね。ゆかりさんが小さかった頃を思い出してしまいました」

 私の後ろをよちよちついてきた時を言っているのだろうか。ふふふと微笑むお母さんを横目に、それはちょっと違うんじゃないかと私は思った。

「普通に暇だからだと思うよ」

 今朝で私とも仲良くなってくれたと思うけど、やはり由紀ちゃんとの相性はゆかりの方がいいと思う。

 元気を濃縮させたようなゆかりは、朝の限られた時間でも由紀ちゃんと楽し気に喋っていた。というかゆかりが来たことで由紀ちゃんを隣からかっさわれた。くそ、ゆかりめ。

 そんなゆかりだが、コーヒーをずびずび飲んでいる最中、思い出したかのように「やばい忘れてた!」とテーブルを叩いて立ち上がった。

「何?」

「今日学校で模試だ!」

 時計を見ればあと20分で開始だそうだった。

 バタバタと用意を済ませ、親父に車で送られて行った。嵐のような立ち去り方だった。

 そんなわけでゆかりが居なくなり、家には私とお母さんと兄貴しかいない。

 留守番をするには暇だと言う気持ちは分かった。由紀ちゃんは勿論の事、兄貴にとっても由紀ちゃんのような華奢な小学生女子を相手にすることは苦手とするだろうし。

 由紀ちゃんは私と一緒にいたいというより、まだ私、というより話の出来る年の近い存在が側にいることを求めたのだろう。お母さんもいるからそれで解決すると私は思うんだけどなあ。

「それよりさ、お昼あそこの中華行ってみたいんだけど!」

「あの最近できた所ですね。あまりおいしくないと聞いたんですが大丈夫ですか?」

 おいしいよ。多分。

 


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