「転校生?」
クラス替えの紙が張り出された掲示板の前で私は首をひねった。
「どしたの亜衣?」
「何かあった?」
仲のいい同級生が私の呟きに反応して私を見た。私は掲示板のある箇所を指すと皆もそこに注目する。
「あれ、誰? この子」
「わかんない。転校生かな」
めいめいに話し始める友人たち。私も「どんな子かなー」と便乗する。
小学校の時は転校生ってそこそこいたような気がするけど、中学に上がってから実際に来ることは今回が始めてだ。どんな子が来るのか気になった。それも自分のクラスじゃなおさらだ。
だけどその時は気になるねーと友達同士で話題に挙げる程度で、言葉以上に関心があった訳ではなかった。
教室に入ってきた少女を見た時息を呑んだ。
「どもども、楠舞衣って言います。皆さんよろしこー」
にこにこと気さくな様子で手を振る少女。大きな切れ長の目に細く長い首、とりわけシャランと肩口から零れる黒髪が私を引き付けた。
ここよりもずっと都会からやってきたというその少女は、壇上できらきらと輝いて見えた。
担任の先生が告げた彼女の席は私とはかなり離れた場所だった。四月だからまだ名前の順で席は並んでいる。当たり前と言えばそうだけど、席が近かったらなと期待していた分がっかりした。なぜなら、席が遠かったら話しかける口実がないからだ。
私みたいにぱっとしないのをあんなきらびやかな人が仲良くしてくれるはずがない。きっとこういう人はクラスの中心人物が声を掛け、そうやってグループに加わっていくんだと思う。
残念なことだがそればかりは仕方がない。住む世界が違うとはそういう事なのだ。
都会の空気を纏った美人の転校生がやってきた。私とは無関係な出来事であると判断し、それ以上特に気に留めることもなかった。
始業式から二か月ほど立ったある日。部活を終え、家に戻る両親がリビングにいた。
珍しいこともあるものだと、着替えようと自室に向かった私の背中に「亜衣ちょっと」と母の声がかかった。
汗でべとべとするからさっさと着替えたいのになんだというのだ。
機嫌悪く二人の座るテーブルに近づくと違和感を覚えた。
「亜衣、ちょっとそこ座って」
母に促され、いつも座る母の隣の席につく。いつも通りの事なのに、どこか不穏な空気が流れている。
「何?」
内心の嫌な予感を払拭しようと口に出した。
「ていうか珍しいね。お父さんがこの時間に家にいるって」
「ああ」
普段から寡黙な父だが、いつも以上に黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。
「お前にとっては突然かもしれないんだがな、父さんたち別れようと思っていてな」
「……え?」
何を言われたのか分からなくて思わず聞き返す。すると父は「離婚しようと思っているんだ」と加えて説明した。
「亜衣は来年受験だし、それまではって話はしていたのよ。でもどうしてももう限界で」
「……二人とも好きな人でも出来たの……?」
母が補足するが耳から耳に流れていく感覚がある。それでも何とか返した。離婚という単語に結び付く言葉を反射的に考え口に出しただけで、本当にそれを疑ったわけではなかった。ただ黙っていると何か恐ろしいものが足元からせりあがってくるような不安があったからだ。
二人は私の問いに軽く首を振る。それがほんの少しだけ私に安心感を与えたが、だからと言って問題が解決したわけでもなかった。
「そうじゃないんだ亜衣。父さんも母さんも他に好きな人が出来たわけでもお互いが嫌になった訳でもない」
「じゃあどうして?」
自分の声が耳の奥で籠って聞こえる。怖い。でも何が怖いのか自分では分からない。
心臓が激しく脈動する一方で手足の先端が凍る様に冷たくなっていく。
対面に座る父の顔はこんなにも無機質な顔だっただろうか。寡黙でも、常に穏やかな表情を絶やさなかった父が他人のように見える。
昔から両親が特別仲の良い夫婦だと思ったことはなかった。
友達が語る様に、一緒の布団で寝てるとか、結婚記念日に二人でどこかへ出かけているとか、そんなこと今まで一度もなかったし、お互いが会話をしているところもあまり見たことはなかった。だけど喧嘩している所は見たことがあったわけではなかったし、二人とも口数が多い方じゃないからそういう家族の在り方なんだと思っていた。いや、思おうとしていたのかもしれない。
「あなたやお父さんの事が嫌いなわけじゃないの。でも私もお父さんも今仕事がとっても忙しくてね、家の仕事と外の仕事の両立が出来なくなってきていたのよ。ううん、こういう言い方は卑怯ね。私達は家の事より仕事を優先させたいって思っているの。お母さんいま会社ですごく大切な仕事を任されていて、お父さんもそう。このままいったら家庭が壊れてしまうかもしれない、だからもう別れた方がいいだろうって」
「なに、何言ってるの?」
母の言い分が少しも理解できなかった。いや言葉の上では理解できる。だがそれが私を納得させることはできなかった。
気づけば私は席を立ち、テーブルを挟んで二人の正面に移動していた。
「仕事が忙しいからって、そんなの、そんなの前からじゃん。お父さん家にいないことだって殆ど当たり前だったし、お母さんも遅くて留守番だっていつもしてたじゃん。なんで今更なの?」
口に出すと不満は止まらなかった。
「そんな前ぶりなんもなかったじゃん。忙しいけど、家族でどこかいくとかそんなんなかったけど、でもそれでもいいじゃん。今まででいいじゃん。どうしてそんな答えが出たの?」
自分が混乱していることは分かっていた。
喋っている自分と、それを真上から客観的に見ている自分の二人がいた。頭上にいる私は白けた目で喋っている私を見ている。たくさん話しているようでその実中身が一切籠っていない文字通り子供の主張。ただ同じ言葉を羅列しているだけで両親の心に全く響いていない。
両親は私がしゃべり終わるのを待つと、一言「申し訳ない」と言った。
考え直すだとか、意見を聞くだとか、そういう隙間が一切感じられない謝罪だった。
思えばこの二人が決定したことが覆ったことが今まであっただろうか。
二人が私に何か話す時、それは相談ではなく報告だった。決定事項を確認するだけの作業。ならばこれも私が今何と言おうと関係のない事なのだ。
全身に虚脱感が襲い掛かってきた。
立っているのも辛くなっていき、呼吸が浅くなっているのが分かる。
二人に目の焦点を合わせるのが怖くなり、天井や、リビングの隅を忙しなく徘徊させる。
私の挙動を知らず、あるいは知っていてその上で、両親はつづけた。
「亜衣、あなたはどっちに付いていきたい?」
「……」
「お母さんについてきても、お父さんでも構わないわ。あなた一人くらいならこれまで通り不自由なく暮らしていけると思う。ただやっぱり夜とかは一人で留守番を頼むことになるかもしれないけど」
「違うじゃん!」
会話の途中で遮った。違う。二人の話しているのはズレている。
「私がどっちに付いていきたいとかじゃないじゃん! 二人は本当に自分の所に来て欲しいって思ってるの?」
仕事が優先したくて離婚をするのならば、私の存在は邪魔でしかないはずだ。
だが、だからと言って私の教育を放棄することは世間が許さない。
形上、立場上私の存在を肯定しているが、二人の本音で言えば私はお荷物なはずだ。
好きなことをしたいのに家庭という鎖がそれを許さない。つまり二人の主張はそこに尽きる。
家庭の象徴ともいえる私の存在は二人の目にどう映っているのか。
それでも私は心のどこかで期待していた。すぐに答えが返ってくるものだと思ってた。二人の、私を今まで育てて来てくれた二人を信じたかった。
私が口を挟んでから、二人が口を開くことはなかった。
自宅から自転車で15分ほど走らせると、そこそこ大きな緑地公園がある。
市営グラウンドと隣接したその公園には休日になると少年野球のチームや、老人会のゲートボール、地元のテニスクラブの練習などで賑わいを見せる。
平日、それに前日の雨も相まって今日は全くと言っていいほど人気がなかったが、私にとっては都合がいいと言えた。
グラウンドとコートを結ぶ道の脇には、休憩用の木製ベンチが設置されている少し奥まったスペースがある。春先は毛虫、梅雨時期は雨、秋冬は寒さを理由にそれほど人気のない場所ではあるが、それゆえに一人になりたいときはいつもここに来ていた。
しっとりと湿った風が木々を揺らし、水滴が顔に当たる。ジャージ越しにじんわりとベンチの水分を感じるが、それを気にする心の余裕はなかった。
数十メートル離れた道路から車の走行音が聞こえる以外は音はない。
だからだろう。背後から人の歩く音に過敏に反応してしまった。
「あれ? あー、名前なんだっけ、クラスの」
思いがけず目が合ってしまうと、相手は私を確認するなり即座に私を指さした。
「クラス同じだよね、ほら、えーと、話したことなかったっけ? あれ、思い過ごし?」
「く、楠、さん?」
クラスにやってきた転校生、楠舞衣だった。
彼女は、「なんだやっぱそうじゃん~」と朗らかに笑いながら近づいてきた。
「名前なんて言ったっけ? てかこんな遅くに一人で何やってんの? あ、誰かと待ち合わせ? 彼氏とか? うひょー」
全く親しくない名前も知らない同級生相手によくぞここまで詰め寄れたものだ。そう頭で思いながら、実際私はどう対応してよいものか非常に困っていた。
どうして彼女がこんな地元民でも知らなさそうな穴場に出現したのだろうか。そこが気になったが、対応に追われそれどころではない。
「ひぃ、らぎ。柊亜衣だよ。ちゃんと話したことはなかったと思うけど、一応自己紹介はしたことある、と思う」
私は地味な子だが、長年スポーツをやってきただけあって人と話すのはそんなに苦じゃない。積極的に行くのが得意じゃないってだけだ。でもここまで綺麗な子相手にするとやはり緊張する。話始め声が不自然に上ずってしまったが、それでも何とか平静を装って対応することに成功した。
「あはは何その声、めっちゃ面白いんだけど」
訂正、全然成功していなかった。凄く恥ずかしい。
けたけた笑う楠さんは、「隣失礼しまーす」と私の了解を得ぬまま腰を下ろした。部活をしている時も感じることだが、この手の人たちのパーソナルスペースの狭さは何なのだろうといつも不思議に思う。まだ出会って数秒だというのに、さも昔なじみのような親しみを持ってやってくる。良い悪いは置いておいて、とても私にはマネできる気がしないなと思った。
楠さんは背負っていた大きな鞄を下ろすと、濡れている地面に付かないように足で挟んだ。特徴的な形をしていたそれが不思議で見ていると、「気になる?」と尋ねてくる。
「それリュックなの?」
「ギターケースだよ。あたしギターすんだよねー」
空中で右手をじゃかじゃか振る楠氏。真面目にというよりややオーバーに茶化したような仕草だった。
私はギターをテレビや写真以外で見たことはなかったけれど、なるほど言われてみれば確かにその鞄はギターを収納するのにぴったりの形をしていた。というかギターをそのまま鞄に仕立て直したような形だ。上の方がギターの弦を押さえるあのなっがいヤツみたいに細くなっている。くそ、あれ名前なんて言うんだ。気になる。
「楠さんはギター歴結構長いの?」
「うーん、まあそこそこ?」
楠さんのように明るいクラスの人気者に話しかけてもらえることは嬉しいけれど、その分つまらないやつと思われたら致命的だ。どんなことで嫌われるかとか分からないが、最悪いじめのターゲットにすらされる得る危険性がある。怯えずに私から切り出したそれは、しかしどうやら失敗に終わったようだった。
楠さんはそこに触れられたくないのか、先ほどの饒舌さとは打って変わって静まり返り、気まずい沈黙が流れた。自分からギターだと教えたんだから想像しうる範囲の質問だろ、なんでこっちまで微妙な空気にならなきゃいけないんだ。と、仲のいい友人になら言えるのだが、相手はクラスカースト上位だ。私は体中の脂汗が止まらないような激しい後悔が体を襲っていた。
「ところで、ヒイラギさんはなんでこんなとこいんの? こっち来たばっかのあたしが言うのもなんだけど今までここに人がいるとこなんて見たことないよ」
先ほどの気まずい沈黙は何だったのかと思うほど楠さんは明るい調子で尋ねてきた。
だが彼女の言い分は尤もだ。奥まった場所にあるという事実も相まって、このエリアはあまり人が寄り付かない。ますますこんな場所にベンチを置いたのは設計ミスとしか言いようがないと思う。
「私の家がこの近くだから。ここは、なんていうか一人になりたいときによく使ってて」
「え? じゃあ今も一人になりたかった系? やべー、あたしどっか行った方がいい?」
「いやいやいや! 別にそういう意味で言ったわけじゃないし全然いていいよ!」
油断してぽろっと零した言葉に死にそうになった。何の気なしに『お前邪魔だからどっかいけよ』と言っているような感じになりかけた。
楠さんは取り立てて気にした様子もなく、感情の読み取れない調子で「ほーん」と相槌を打つのみだった。
「でももう七時前よ? 親心配してるくない?」
親という言葉に心臓が跳ねた。今一番聞きたくないものだ。
私は両親が何か答えを言う前に家を飛び出してきていた。
仕事だ家庭を壊したくないだとなんだか言っていたが、結局自分たちの好きにしたい面倒ごとを抱えるのが嫌になっただけなのだろうと思った。そして、その面倒ごとの中に私も入っていたということだ。
家を飛び出し、自転車にまたがった直後は両親が返事をしなかったことに対して悲しみを覚えた。でも今ではそんな両親に対し失望しかない。信じていた、というと言葉が強すぎて自信が持てない表現ではあるけれど、少なくとも『両親だから』という甘えは私の中にあったと思う。
突発的に家を出たのは、二人を見るのが怖くなったから。そして多分、二人も私のこの行動を咎めはしないと思う。だって二人とも家を飛び出す私を引き留めることすらしなかったんだから。
一方で、だからといってこの家出のような行動が二人に何の影響も与えないことは分かっていた。
強がっていたって私は何の力もないただの中学二年生の子供で、お金がなかったらご飯も食べられないし、野宿をする度胸もない。散々強がったって結局二人がいるあの家に戻らなければならないのだ。
つまりこれはただ自分を納得させるために時間を作っているだけ。気持ちの整理するための時間。
客観的に自分の気持ちを分析できることが、今は何より腹立たしかった。
「―――ってことだよね?」
「え?」
しまった。考え事に没頭するあまり、隣に座る同級生の存在を忘れていた。
何やら隣で随分沢山私に話しかけていたようだが、まさか聞いていなかったなんかで済ますことはできない。
どうしよう。ここは適当にお茶を濁すか? いやしかしこれが二択の質問、例えば「犬飼ってるってことだよね?」なんて質問だったとしたら、「うーん、いや、そうかも」みたいな濁した答えをしてしまったら、なんでそこぼかすんだよと思われなくもない。
悩んだ挙句私は、
「そんなことないよ!」
と力強く否定していた。
何が「そんなことない」のか、自分でも理解していない。ただここで曖昧な答えを言って嫌われるより、どうせなら断定してしまった方が同じ嫌われるにしても自分の納得が着く。
しかしなにもこれは無計画に否定したわけではない。
聞き取れた楠さんの言葉の中に「ってことだよね?」とあった。
事実がその通りであるという事を他者に同意を求めるときに使う言葉だ。
だがその時の彼女の言い方が、どこか否定してほしいという風に聞こえてしまったのだ。だから私は賭けに出た。
……後になって思い返せば、普通に「え、ごめん聞いてなかった」と聞き返せばよかっただけなのだが、この時の私は両親の事もあって大分テンパっていた。
それが今後の私と舞衣の関係を決定づける一言であると知っていたなら、私はもう少し慎重に応えるべきだったと思う。
楠さんは私の力強い答えを聞くと一瞬ぽかんと私の顔を見た。四月から今まで教室で見たことのないような見事な呆け面だった。
それもすぐにくしゃっと破顔させると、飛び跳ねる様に立ち上がりついでに私の手も引いて歩き始めた。
「ちょ、ちょっと楠さん!?」
「クスノキさんだなんてそんな他人行儀な呼び方やめなさいな友よ! 今から私達親友じゃないか」
「だから何の話?」
「今から校庭に爆竹鳴らしに行こうぜ相棒!」
「普通にまだ先生学校いるから!?」
何がなんだか分からなかったが、憧れの同級生が自分の手を繋いで嬉々とした表情で歩いている。それが嬉しくて私は再度彼女に尋ねることはしなかった。
彼女は私をどこかに連れていこうとしているようだったが、不思議とそこに不安はなかった。
私はまだ全くと言っていいほど彼女について知らない。けれど、彼女と一緒にいればいいことがあるのではないかという確信めいたものがどこかにあった。
〇
話し疲れて喉が渇いた。
カップに口をつけ、相手の様子を伺う。すると彼女が随分難しそうな顔をしていたのでぎょっとしてしまった。
「ど、どしたのマロちん?」
「いや、ごめん亜衣。ひょっとして亜衣があんまり言いたくなかったのってその、ご両親のこととかあるのかなって思っちゃって」
「いやいやいや、それじゃないって! ていうか気にしなくていいよ? 今は私普通に両親と仲いいし」
マロちんは私の両親の事を聞いた時からそういえば表情が強張ったなと感じていた。そこは配慮が足りなかったと反省。
彼女は私の言葉を信じてくれたようで、「亜衣が大丈夫ならそれでいいけどさ」とそれでも少し気にした様子を見せていたけれど、私が気にするなと手を振るとようやく納得してくれた。考えなく喋ってしまい彼女に余計な気を使わせてしまった。
気まずい部分が解決され後は、聞こう聞こうとマロちんは身を乗りだした。
「亜衣と舞衣って初めから仲良いわけじゃなかったんだ?」
「え、うん。そうだよ。今じゃ想像もつかないと思うけど、あの当時の舞衣のカリスマオーラ感は結構すごかったんだよマロちん」
それもただ猫を被っていただけだとすぐに知る事になったのだけれど。
マロちんは興味深そうに「へー」と頷く。
「ちなみにさ、舞衣は最後亜衣と話していた時なんて訊いてたとか後で分かったの?」
「んー、それはちょっと舞衣の事情とかと重なってくるから本人に聞いた方がいいかも。私が言うと怒るんだよこれが」
「舞衣が亜衣に怒る事とかあるの?」
めっちゃある。人前だとあまり言わないけど、二人になった時だと「なんであんなこと言っちゃうの亜衣? あたし別にいいって言ってなかったよね?」とねちこく言われる。とりわけ彼女も家庭が複雑であり、安易に私が口にすべきものではないと思う。
マロちんはそれもそうかとあっさり引いた。彼女のこういう下手な野次馬根性を出さず、相手を尊重して引く姿勢は偉いなといつも思う。私だったらついつい聞きたくなっちゃうし。
「これは舞衣について聞くわけじゃないんだけど、結局亜衣と舞衣はその後どこ行ったの? まさか本当に学校いって爆竹鳴らしたとか」
「そんなことするわけないって。ただカラオケ行って解散しただけだよ」
この時の舞衣は友達に飢えていた。しばらく経って本人から聞いたことだ。
舞衣は学校の中では友達は多いように見えていたけれど、やはり他所からやってきたという事もありなかなか輪の中に馴染めてはいなかったそうだ。
表面的には仲良くできていたが、それでも一歩引いた視線、都会からやってきたスターといった様子で敬遠されてはいないものの、対等に話せる友人が出来なかったらしい。
それにすでに中学二年生、小学校も合わせると八年間知り合った集団の中にぽっと入れられても、交友関係が出来上がっている以上その中で楽しめる自信がなかったとも言っていた。
意外なことに思えるかもしれないが、舞衣は既存のグループの中に入ることをすごく嫌がる。自分が知らないのにグループの他の皆が知っているという状況が堪らなく寂しいのだそうだ。だから新天地で友達を作るならどこにもグループに属していない一人の子を狙っていたという。その候補の中に私の名前があった時は驚かされたものだ。私は部活をしていたのでぼっちという感覚が自分の中にはなかったが、クラスで特別親しい友人がいたわけでもなかったので比較的一人でいる時間が多かった。だから私が部活をしていると告げた時舞衣はしばらく拗ねるのだがそれは余談だ。
「舞衣とはそこから仲良くなったの?」
「んー、まあそうだね」
カラオケに行った帰りにはもう互いにファーストネームで呼び合う様になっていた。
舞衣はきらびやかで美人で、自分とは合いそうにないなと思っていたのに根っこが似ていたからかもしれない。
歌の趣味も、好みの食べ物も、ついでに好きな人のタイプも舞衣とは今まで一度も被ったことはない。だけどなぜか私は彼女と意気投合してしまった。今になって思えば、この時私も舞衣も家の事で不安を抱えているという共通の悩みがあったからなんじゃないかと思う。だけど出会ったこの日はお互いの家のことなんて話さなかったから、やっぱり感性がどこかに通っていたのかもしれない。
「でもいい事ばかりじゃなかったんだよね」
「……っていうと?」
私が声を潜めてお道化れば、マロちんものってくれた。こういうやり取り楽しい。
「うん、今は大分抑えられてるけど、舞衣にこの後凄いたくさん悪い遊びを教えられたんだよ」
「え?」
はっきり言って当時の舞衣は私以上に荒れていた。表面上はそう見えなかったが、内面は大荒れだった。
「しょうもない事ばっかりやったよ。髪の毛真っキンキンに染めたり、ピアス空けたり。お酒とかたばことか、無断外泊とか。近所の公園にスプレーで落書きしたり、舞衣の家の車勝手に運転してみたり。売春とか万引きとかはしなかったけど、人に迷惑をかけること含めて色々やっちゃたったかな」
返事がなかったのでマロちんを見れば口の端を引きつらせて固まっていた。やばい、赤裸々に言い過ぎたかも。でも詳しく言わない分大分オブラートに包んだはずなんだけど。
……ないね。口に出して思ったけど普通に犯罪行為に手を染めていたし、控えめに言って私と舞衣は非行少女だった。
「マロちん引いてー、るよね、これ」
「い、いやいや、いやいや? 引いてないよ」
嘘だ。これは確実に引いている。逆の立場だったら私は引いている。
だが彼女の言葉に嘘はないようだった。
マロちんはカップの淵を指でなぞりながら、習ったばかりの複雑な数式を見るような目で私を見た。
「本当に引いてないって。ただなんていうかな、今の二人を見てそんなに荒れてたっていうのが想像できなくて」
「そう、かな」
改めて返事に困る。あの当時は今とは比較にならないくらい心が荒んでいた自覚はあるし、他人にも迷惑をかけた最低な時期だった。あまり掘り返したくない黒歴史であると同時に、決して忘れられない私自身の記憶でもある。
「今の二人が出来たのって、多分だけど裕子がすごく関わってるんじゃないかって思うんだけど、どう?」
「おっとマロちん性急に答えを求めて来るねー?」
「だって三人の関係を聞いたのにまだ裕子の名前すら出てきてないもん。そろそろかなって思うじゃん」
もっともな感想だ。
「マロちんの想像は合ってるよー。ここからボス登場って感じ」
「やっぱり。でも話聞くだけでもその時の亜衣と舞衣が裕子と仲良くしそうな感じあまりしないんだけど」
「ご明察。めっちゃバチバチしてました」
両手を合わせて天井を仰ぐ私。思えばあの時は無謀なことをしていたものだ。
「すげえ聞きたい」
「続き?」
「うん」
じゃあ話すとしようか。正直今まで以上に語りたくない部分ではあるけれどそれはまあ自業自得だ。
私自身記憶を手繰りながら言葉を探す。
あの時、まだボスの事を『荒神』と呼び捨てていた頃を思い出しながら。