TSしたら友人がおかしくなった   作:玉ねぎ祭り

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それ俺も作ったんだぜ

『今日なんか機嫌良い?』

 朝だけでいろんなやつに言われた言葉だ。確かに気分は悪くないが、そんなに顔に出ているのだろうか。

「出てるわよ」

「うわ!」

 気が付けば俺の前の席に荒神が座っていた。

 じとーっと座った目で俺を見てくる荒神。怒ってる、わけではなさそうだし、何だろう。

「はあ、敵に塩を送るなんて言葉があるけど実際にする奴は阿呆ね。そう思わない?」

「なんの話?」

「あー、いいのいいの。こっちの話」

 やってらんないわよとそっぽを向きながら愚痴る荒神。

 そうしていると教室にあいつが来た。流石にあの傷は一日では治らなかったみたいで、ところどころ湿布が貼られている。

 平等橋は俺に気が付くと、照れくさそうに片手をあげた。

 俺も手を振り返す。へへ。

「うっわあの男殺したい」

「物騒なこと言うなよ荒神」

 荒神はどこから出したのか不明だが鉛筆をバキバキ折っていた。

「そうだ。荒神、昨日はありがとうな。おかげでちょっと仲直りできたよ」

「うんでしょうね。もうオーラでわかるもの。くっそ男なんて死ね」

 元男の身としてはなかなか心に刺さる言葉だ。それにしても荒神はなぜそんなに平等橋に敵愾心を抱くのだろう。

「昨日はそんな感じじゃなかったのにどうしたんだよ」

「昨日の私が今いれば間違いなく絞め殺してるわ」

「怖ええよお前」

 荒神と話しながら俺はうっすらと平等橋のほうに意識を向けていた。

 男友達と馬鹿笑いする平等橋。ちょっと前まではあの中に俺もいた。というか引きずられていたんだよな。

 それがなくなったことは悲しいけど、でもだからって俺たちの関係が壊れるってことはないだろう。

 昨日の夜、俺はそう思ったのだ。

 

 

「え、キミちゃん男の子だったの?」

「はい、ごめんなさい黙ってて」 

 流れで夕飯もごちそうになることになった俺は愛華さんに正直に告げることにした。愛華さんは凄く驚いたみたいだったけどすぐに受け入れてくれた。なんとなく、この人は大丈夫だという確信が俺にはあった。 

 リビングに食器を並べている間、平等橋は黙々と料理で使用したフライパンとか洗っていた。

 時折あいつがこっちを見るから、その度に振り向くとすっと目を逸らされた。それが四五回続いてなんだろうかと思っていると、平等橋は愛華さんに拳骨を食らっていた。少しずつ愛華さんと平等橋の力関係のようなものが見えてきたような気がした。

「正義。このハンバーグおいしいでしょ?」

「口の中切れすぎてて血の味しかしない」

「おい旨いだろ? 旨いって言えよ」

「めちゃめちゃ旨いよ姉貴」

 ガンと向う脛を蹴られた平等橋は壊れたブリキ人形みたいに首を縦に振っていた。ちなみにお前が今食ってるの俺が作った部分のやつだ。そうか、旨いか、そうか。

 夕飯を済ますと、本題とばかりに愛華さんは平等橋に詰め寄った。

「で、あんたキミちゃん無視してたんだって? はーガキくさ」

「いや、それは、その」

「言い訳すんなボケ。まだキミちゃんへの謝罪の言葉が聞こえないけど?」

「あ、いやごめ」

「あたしに言ってどうすんだよ」

 愛華さんの平等橋いじめは留まることを知らない。ていうか一応部屋から出てきた時謝ってはもらったんだよね。

 でも平等橋はきっちりとこっちに向き直って頭を下げた。

「公麿、その、ごめんな」

 そう、久しぶりに俺の方を向いて言った。

 俺は気にすんなよって言おうか、それとも全くだ、ふざけんなよって詰ろうか。

 迷った結果何も言えなかった。 

 口を開いて出た言葉は言葉とも言えない嗚咽。 

 俺は泣いていた。

「ど屑じゃんアンタ」

「姉貴は黙ってくれよ! ごめん公麿、俺またなんかした、よな、マジでごめんって」

 さっさと泣き止めよ俺。みっともないぜこの野郎。

 そう頭では思うが体は逆らうみたいに涙とか鼻水とか生産しやがる。

 高校まで友達っていう友達ができたことがなかった。

 昔からこの顔のせいで変な奴を引き付けることが多くって、それが原因で極度の人見知りになった。

 歳を重ねるごとにマシにはなったけど自分から友達を作りに行くなんてできなかった。作り方が分からなかったんだ。

 親切な奴も数回は俺に話しかけてくれるけど、緊張してうまく喋れない俺を相手することはだんだんなくなっていく。

 平等橋は俺がどんなに上手く話せなくて、傍から見たら冷たく見えるような返しをしてもしつこく話しかけてくれた唯一の友達だった。

 嫌われたくなかった。

 愛華さんからタオルを受け取った俺は酷い顔を隠すように、涙を拭いた。

「無視なんてするなよ」

 まだ顔は上げられない。タオル越しのくぐもった声で伝わっているだろうか。

「嫌われたくないんだ」

「ああ、本当にごめん」

 俺は人生で初めて、友達とケンカをして、仲直りをした。

 

 

 昼休み、俺は弁当箱をもって席を立った。

「綾峰。あんたどこ行く気?」

 後ろから肩を掴まれた。この声、この掴み方、間違いなく荒神だ。

「えっと平等橋のとこだけど」

 昨日昼飯の約束はあいつの家でした。久しぶりに二人で昼飯だ。

「やめなさい」

「え?」

「絶対にいかせないわ」

 目がマジだった。

「ちょ、どういうことだよ」

「言葉のとおりよ。わからない?」

「全然わかんねえよ」

 荒神は頭が痛いとばかりに天井を仰いだ。そこまで変なことを言っただろうか。

「亜衣、舞衣ここに」

「「ヘイ親分!」」

 ささっと荒神の両脇から女子が生えてきた。俺が女になってから一緒にいることが多いメンバーだ。

 柊亜衣と楠舞衣。

 短髪で巨乳なのが亜衣で、長髪で貧乳なのが舞衣。

 性格はどちらもお調子者で常に荒神をリーダーに悪ふざけをしている点が共通している。偶にこの二人は姉妹なんじゃないかと疑うほどだ。

「マロちんダメだよ~。マロちんを男の所なんて行かせないって~」と亜衣。

「そうそう、それにボスが昼休みはすはすできなくて困るって愚痴聞くの面倒なんだもん」と舞衣。あ、舞衣が荒神に殴られた。

「いや、でも今日はもう私平等橋と約束しちゃってるし」

「そんなもの破りなさい」

 んな滅茶苦茶な。

「荒神。いつも言ってるじゃないか。約束は絶対守れって。お前私に無茶なお願いしては「約束だからね、絶対守れよ」って言ってくるじゃないか」

 そういう時の荒神の要求は大体俺へのボディタッチが多い気がするのだが。無茶なお願いをしては守れなかったと称して俺に執拗に触れようとしてくる。正直約束も何もないと思う。

 だが荒神は痛いところを突かれたとばかりに「うぐっ」と呻き声を上げた。

「え、ボスそんなことしてるの?」

「ボス前々からヤバイと思ってたけどまさかこれほどとは」

 亜衣と舞衣がこそこそ後ろで話しているが、荒神の地獄耳を知っている俺はこいつら絶対後で〆られるぞと戦々恐々した。

 それはともかく荒神だ。

「ごめん荒神。今日だけはだめか?」

 俺は荒神の目を見てお願いをした。背が低い俺は見上げる形となる。

「ぐ、く、くそう。これは卑怯だ。こんなの反則だ」

 荒神はがばっと俺に抱き着くと、わしわしと頭をなでだした。く、喰われるかと思った。

「今日だけだからな。絶対明日は私とお昼だからな!」

「ボス私らもいますぜ?」

「所詮あたいらは蚊帳の外さ舞衣さんや」

 何はともあれ許可は出た。

 平等橋はもう先にいつもの場所に言っているだろう。

 俺が荒神に詰め寄られてるときにアイコンタクトで先に行くように伝えておいたからだ。

 

 

 屋上前の踊り場に平等橋は先に座っていた。ここが俺たちのいつもの場所だった。 

「お、案外早かったじゃん」 

 平等橋はスマホから顔を上げ、俺を認めるとそういった。

 もともとこの場所は俺が一人で飯を食う時に使っていた場所だった。

 殆どの教室が入っている二棟三棟の校舎と違い、職員室や情報教室など特別教室が入っているこの1棟は昼休みの生徒の出入りは少なくなる。特に一棟の屋上前なんてよっぽどのことがない限り人は来ない。

 いろいろ探した結果俺が見つけた秘密のスポットだったのだが、何の拍子か平等橋に見つかってしまった。それが縁で友達になったのだけど。

 難点は教室と離れている為急いでご飯を食べなければいけない点。特に俺は飯を食うのが遅いから急がなければお弁当を残してしまう。そうすると兄貴に烈火の如くキレられるので死活問題だった。

「出た丸弁。お前女になってもそれ変わんねえのな」

「うるせえほっとけ」

 丸弁とは兄貴の弁当のことだ。丸い弁当箱ってだけだなんだがなぜか平等橋は面白がってそう呼ぶ。女になっても食べる量自体はそう変わらない。

「そういう平等橋は今日は弁当なのか」

「ああ。昨日の残り詰めただけだけどな」

 そういって弁当箱の蓋を開けると見覚えのあるハンバーグ。俺も手伝ったやつだ。

「昨日は姉貴にしこたま殴られて味なんてわかんなかったけど、今日食ってみると結構うまいな」

「それ私も作ったんだぜ」

 平等橋が吹いた。きたねえ。

「ひょっとして昨日のもお前作ってたの?」

 俺のペットボトルの茶を受け取りながら奴が聞いてくる。当たり前だろう。

 平等橋は確かめるようにハンバーグを見る。見てわかるもんでもあるまい。

「うまいよ。普通に」

「そいつはよかった」

 ちょっと照れ臭かった。ちょっとだけな。

 

 


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