最近妙な視線を感じる。
視線の主はわかってる。
「あの、なんか用か? 荒神」
「あら、どうして私だって気が付いたのかしら。ひょっとして愛?」
「電柱で隠れられるほど小柄じゃねえよお前」
荒神だ。
こいつがここ最近ずっと俺のことを意味深な感じで見つめてくる。
荒神とは女となってから二か月。一番仲良く付き合っている女友だちだと思ってる。勝手だけど、俺は女子の中で一番信頼してる。次点で亜衣と舞衣だけどあいつら適当だからなあ。
「まあバレてしまったら仕方がないわ。ちょうどいいし一緒に学校に行きましょうか」
「いいよ。じゃあ三人で行こうか」
「は? 三人……?」
荒神が固まっているとそいつはやって来た。
「悪い公麿。ちっと遅れたか?」
「ちょっとだけね。後でジュースおごりな」
「牛乳でも買ってやるよチビ」
「お前ぶっ殺す!」
平等橋だった。
最近俺たちは朝一緒に登校している。
一緒にといっても住んでる場所が平等橋のほうが遠いので駅から学校までの間だけだけど。
昔はあいさつ代わりに俺の尻を触ってきた平等橋だが最近はそんな事なくなった。あれは慣れたとはいえ普通にきもかったから止めてくれて俺は嬉しい。代わりにどっちが先に着いているかで勝負するようになった。平等橋のほうが家が遠いから不利のはずなのに、遅刻しないためとか言って勝負をやめることはしない。おかげで結構な割合で俺は昼休みにただでジュースが飲めている。
「ちょっと待ちなさいよ!」
俺と平等橋はじゃれ合いの手を止めて荒神を見た。やべえ忘れてた。
「よお裕子。お前もこの時間なのな」
「黙りなさい男性器」
「だ……」
平等橋が絶句した。普段の荒神の様子を知っている俺でもなかなかきついパンチだ。
この二人が幼馴染だという話は荒神から聞いているが、二人が仲良く話している所を俺は見たことがない。というか荒神が一方的に平等橋、いや広く男子を毛嫌いしている。
「今日は荒神も一緒でいいよな」
「え、いやでも公麿」
「いいわよね?」
「あ、ああ……」
誘っといてなんだけど、予想通りギスギスした登校になった。
「ねえ綾峰。あんたって女が好きなの? 男が好きなの?」
昼休み。唐突に荒神が尋ねてきた。
俺は平等橋に奢ってもらったコーヒー牛乳を飲みながら、何言ってんだこいつと思った。
「おお。ボスがついに切り込みましたぜ舞衣殿!」
「ワクワクが止まりませんな亜衣殿!」
例の如く亜依と舞衣は無責任に囃し立てる。
しかし好き、か。考えたこともなかったな。
昔からそういう事に興味が薄かった。男の時はそれでも可愛い同級生とか目で追っていた気がする。今は、今はどうだろう。女の子を目で追うことは昔よりずっと増えたけど、それは服装だったり髪型とか化粧だったりファッションチェックの意味合いが濃くなったような気がする。
反対に男は今も昔もあんまり興味ないな。
「女の子の方が見ることは多い、かな?」
「絶対嘘よ!」
正直に話したのに荒神に嘘と断定された。嘘じゃねえよ。
「じゃあもっと限定するわ。平等橋のことどう思ってる?」
教室の後ろの方で友達と飯食ってる平等橋が噴き出した。アイツ聞き耳でも立ててたのか?
「好きだよ」
「はあ!?」
なんだ。一気に教室から音が消えたぞ。まるで俺たちしか喋ってないみたいだ。
俺が平等橋のことをどう思ってるかなんて決まってんだろ。
「大切な友達だからな」
一気にクラスの空気が元に戻った。時でも止められていたのかのようだ。
後ろから「どんまい」だの「調子に乗ってたからだよ」といった男子の声が聞こえる。
「じゃ、じゃあ私は?」
「おっとこの空気で行きますかボス」
「その強心臓には感服しますぜボス」
荒神か。いや、えと、荒神な。
「……」
友達って言っていいのかな。怒られないかな。ちらっと荒神を見る。鼻息荒くこっちを見つめている。許して、くれるよな。
「……と、友達。だよ」
恥ずかしい。なんだこれ。たまらず顔を逸らす。やってられるか。
荒神は俺の回答に満足したらしい。
「私も好きだぞ綾峰!」とハグしてきた。待て。俺は一度も好きだなんて言ってない。そりゃ好きだが。
「ねえねえ。マロちん亜衣は?」
「そうだねえ。舞衣のことも気になるなあ」
「うん。二人も好きだよ。と、友達だから」
何度言っても慣れない。冗談で聞いてるって分かってても照れるものは照れるのだ。
「舞衣さんや。何やらボスの気持ちがちょっとわかりそうですわ」
「同意しますよ亜衣さんや。これはボスを馬鹿にできませんなあ」
女になって二か月。季節は夏に向かっていた。
「あ、うん。わかった。じゃあ土曜な。うん。わかってる」
電話を終えると、ゆかりが俺の方をじーっと見ていることに気が付いた。
「お姉ちゃん。今の電話だれ?」
そういえば最近ゆかりの俺や兄貴の呼び方が変わった。ゆかりの兄貴に対する呼び名のボスだが、俺の学校の友人が級友相手に使ってると教えたあたりからだ。「パクリじゃん! てか誰でも思いつくってことじゃん! はっずーい!」そういうことらしかった。それ以来俺のことはお姉ちゃん。兄貴のことはお兄ちゃん。親父のことは相変わらずビックボスと呼んでいる。親父のは変わらなかったみたいだ。
「友達だよ」
「男?」
間髪入れずに聞いてきた。思わず妹の様子を窺いみるがジャンプを読んでる以外特に変わった様子はない。いやあった。ジャンプ逆さまだ。こいつ絶対読んでねえ。電話聞き耳立ててやがったな。
「まあ、そうなるか」
先ほど平等橋から電話があった。今週の土曜久しぶりに部活が休みになったから遊ばないかとのことだった。あいつはサッカー部に入っているのでなかなか休みが取れない。俺は二つ返事で了承した。
妹の反応は劇的だった。
「うっそ本当? お姉ちゃんってモテるんだ! すごいすごい!」
マンガ雑誌を放り投げて俺に飛びつくゆかり。女になって感覚が近くなったせいか、男の時ほど妹の行動がうざく感じない。
「いや別にモテるとかじゃないよ。仲いい友達ってだけ」
「えー、でもそれお姉ちゃんがそう思ってるだけで向こうはそう思ってないかもじゃん」
「ないない」
俺は一笑した。平等橋が俺に? 男の時なら冗談で言ってきそうだが今はそういうことはしないだろう。
「わっかんないじゃん。お姉ちゃんすっごい可愛いもん。ていうかお兄ちゃんの時から可愛かったじゃん」
「いやちょっと待てよ」
「例えるならそう、エロ同人のヒロインみたいなモテ方してたじゃん」
「嬉しくねえモテ方だな」
大体酷いやられ方されるじゃねえかそれだと。いやジャンルにもよるけど。
うーんとゆかりは顎に指をあてる。考え事をするときのこいつの癖だ。
「でもお姉ちゃん胸小っちゃいから。そりゃ中学生の私なんかよりは全然大きいんだけどさ、それでも胸がねぇ……あ、『胸が無え』。あははははは」
「微塵も面白くねえよ」
ちょっとイラッと来たので眉間をぐりぐりしてやった。暴れまわるほど痛いだろう。
「それよりさ、その人かっこいい?」
復活したゆかりは懲りずにやってくる。学習能力というものをこいつの脳は搭載していないらしい。
だが容姿か。うーん。
「ああ。かっこいい部類だと思う」
初めはリア充オーラを振りまきすぎてて苦手だったけど、慣れるとそれもなくなった。客観的に見てあいつはイケメンだ。
「ほんと? 写真とかある?」
「ねえよんなもん」
「うっそなんでないの? 普通友達同士だと写真撮るじゃん」
「いや俺も女になって初めて分かったけど、男はそんな写真撮らねえよ」
ほんと荒神とのツーショット何枚撮ったんだろう。最近じゃもう容量ないし俺のスマホじゃ撮らないことにしてるし。アイツ撮り過ぎなんだよな。
「じゃあさ、今度撮ってきてよ」
「あー、気が向いたらな」
多分覚えてることないと思うけど。