初めましての方は初めまして。
見覚えがあるなと思った方はお久しぶりです。
〜2015年 夏〜
神奈川県藤沢市の住宅街の一角にあるそれなりに大きい屋敷。屋敷全体を通して窓ガラスは少なく、数少ない日光の出入口全てには検問を行うように特殊なシートが貼られている。
屋敷の二階の一室から幼い2つの鼻歌が扉越しに聞こえてくる。
青年は自室の扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開けた。するとそこには案の定昼間からカーテンをかけ、電気をつけた部屋に雪の様に白い小さな影が2つあった。イギリスの世界遺産のひとつ<ストーンヘンジ>のように円柱状に積み重ねられた膨大な本の中にあった。数はざっと50前後。全てこの部屋の主の青年の本棚に納められていた物だ。
青年はため息をつき、頭に手を当てる。そして一言。
「紅音。蒼巳。私の本を読むのは構わないが、もう8歳になるのだから読んだのならちゃんと片付けたまえ」
「「………はぁーい」」
紅音と呼ばれた銀髪ロングで紅色の瞳を持つ少女は英語…でもないイタリア語の恋愛小説に夢中で生返事を返す。
蒼巳と呼ばれた銀髪ショートで蒼色の瞳を持つ少年はパラパラと1ページ2秒もかけないで小説を流し読みし、300ページあるものを五分以内に1冊を読み終えている。こちらも生返事だった。
「紅音。もう英語はいいのか?蒼巳は読み溜めして頭が痛くなったりしないのか?」
「「べつにー」」
この蒼眼の弟・蒼巳は超記憶症候群と呼ばれる頭の奇病の持ち主。1度でも『見た・聴いた・触った・味わった・嗅いだ』ら絶対にそれを忘れず、まるでカメラのように頭に保存してしまう病。言ってしまえばただ『記憶力が良すぎる』というものだが…これは決して「能力」ではなく「病気」だ。
………そしてこの本のストーンヘンジ創生の原因である。
青年が言った読み溜めとは、その奇病を駆使して1度文を全て記憶し、後からゆっくりと移動中などで本を持たずして頭の中で読書タイムを取ると言う、とても人間とは思えない離れ業だ。もし世界のどこかに『普通の記憶力の良い人』が居たとして同じ事をやったとしても1冊…良くて2冊が限界だろう。蒼巳にはストックの上限は存在しない。
こちらの紅眼の姉・紅音は生まれて6年にして完璧に母国語の日本語だけではなく、英語までも操るバイリンガル少女。親や祖父母に英語圏の人間は居る訳では無く、完全に第二言語の英語だが…習得した原因は恐らく少女が乳児の時に母親が子守唄代わりにQUEENの曲をCDを流しながら歌っていた所為だろう。……弟の方にも効果は少なからずあったみたいだが、奇病のおかげで特に結果として意味はなかっただろう。幼い頃から2ヶ国語を操れる能力があるお陰か、次の言語を覚えるのも容易いらしい。今はイタリア語を勉強中だ、
ここまでの2人の特徴を聞いて察しの良い人は気付いたかも知れないが、この双子の姉弟は『│先天性白皮症《アルビノ》』である。
先天性白皮症とは、受精卵の細胞分裂時に遺伝子の綱が上手く結びつかず、体を紫外線から守るメラニン色素を合成する酵素の生産能力に欠陥をもたらし、色素の欠乏する事によって引き起こされる病気である。
先天性白皮症の特徴として、体毛や皮膚が雪の様に白く、皮膚が紫外線に弱い(個人差有り)。眼の虹彩にメラニン色素が無いため奥の毛細血管を流れる血の色が外に反射され赤目。など、特に日本人の様な黒髪黒目が『一般的な』健常者とは外見の面で大きく異なる。
しかし色が白いと言うだけで、他の人と何ら変わりない『健常者』である。
「私は明日まで家を空けるが、寝るまでに二人で協力してしっかりと棚に本を元にあった場所に戻しておきたまえ」
「「………はぁーい」」
青年…茅場晶彦は愛しい妹達にやっておく事を伝え、机の上のUSBメモリを手に取り部屋を後にした。
晶彦が階段を降り、玄関に行くと母・桃華が晶彦の鞄を持ち待っていた。
「全く…しっかりしてよね」
「すまない母さん。重村教授がどうしてもこのデータが16時までに欲しいと言われてね」
これから晶彦はここ神奈川から東京にある<東都工業大学>に向かわなければならない。18歳大学1年生茅場晶彦は自らが所属する重村ゼミの教授・重村徹大の研究室にUSBメモリに入ったデータを渡しにいかなくてはならなくなった。
お盆休みの実家帰省中の教授都合の呼び出し。これから社会人になっていけば当たり前になってしまうかもしれないが、学生時代からこのような体験をしてしまうのはなんとも世知辛い。
「届けたらすぐに帰ってくるの?」
「いや、どうしても手が離せない状況で手伝って貰いたい用事が同時に来たらしい。明日まで帰れないだろう」
「そう…。気をつけて行くのよ」
「では行ってくる母さん」
ヤレヤレ…。そう口にしながら晶彦は家を出た。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
翌日の朝。研究室での作業を終え、神奈川の実家に帰ってきた晶彦が自分の部屋の扉を開けると……昨日よりも柱が高くなったストーンヘンジの中心で絵を描く雪の様に白い小さな影が2つあった。
「「晶兄おかえりー」」
「ただいま。……ところで2人共。私が昨日家を出る前に言ったことを覚えているかね?」
「蒼巳、なんて言ってたっけー?」
「寝るまでに本を片付けておけ。だよ、お姉ちゃん」
……そういったはずだが、言った事はやって無く、寧ろ昨日よりも悪化している始末。7歳からこの様に言われた事最低限をちゃんとやってない子になってしまってる事を知った晶彦酷く悲しくなった。
もしかしたら昨晩一度片付けて朝起きてこれだけの本を読んだとも考えたが、現在の時刻は朝の10時。休みの日は決まって9時に起きるこの2人が1時間でこれだけの量を読むとは考えられない。晶彦はどういう了見か2人に聞いた。すると驚くべき返答が帰ってきた。
「私達まだ寝てないよー」
「…眠くなったら片付ける。そんな事より晶兄フリーゲームの創り方教えてよ!」
「……………………」
返ってきたのは屁理屈だった。その答えを聞いた晶彦はため息をつき、額に手を乗せた。…この年頃から娯楽に浸かりきってのオールナイトはまずい。そう思い、どうしてこうなったか悩む。確かにここは怒るべき場面なんだろうが、怒る気になれない。
恐らく大人であれば「そんな屁理屈言ってないでさっさと片付けて寝ろ!」と怒鳴るだろう。しかし晶彦はそうすることが出来ない。なぜならそういった怒り方が嫌いだからだ。『屁理屈も立派な理屈。ましてや子供が精一杯考え出して言葉にした主張』そう考えるからだ。
この様に言われてしまうような事を言ってしまった迂闊な自分の発言にも責任がある。そう結論した晶彦は再びため息をつき、2人に歩み寄る。
「確かに寝てないのであれば片付ける必要は無いが、その年からのオールは成長上好ましくない。今後はそのような事を控える様に。大きく育って欲しいと願う私からのお願いだ」
「「………はぁーい」」
実に面白く無い。そういった返事の仕方だが、恐らくは言う通りにしてくれるだろう。いい子だ。そう言って頭を撫でると、弟・蒼巳からのお願いを思い出す。
「ところで何故フリーゲームの創り方を知りたいのかね?」
「あのね!僕達物語を書いたの!」
「蒼巳と私が一緒に考えた物語を私がパソコンに打ち込んで、蒼巳が考えたイラストを私が描いたの!」
なるほど。先程からスケッチブックに描いていたのはその物語に出てくるキャラクター達。物語を打ち込んだ。そう言われて紅音に与えた使わなくなったノートパソコンを開く。
デスクトップ上にWordのアイコンで『百獣物語』と名前付けられたファイルがあった。それを開き、中に綴られた文章を読んだ。
舞台は球体の星ではなく四角い箱庭の世界。
100程の街で構成され、第一の街○○・第二の街○○・第三の街○○……第百の街○○と言った形で、ほぼほぼ第一から第百迄は一本道。街と街の間には森や平原が広がり、第二の町以降の街の前には大きな遺跡があり、遺跡の主の魔獣が神によって封印されている。
神は第一から第九十までの十の倍数の街に1人ずつ女神が、第百の街に主神が1人、計11の神様がおり、感情や魔法など様々なものを司っている。
主人公は吸血鬼の様に陽の光を浴びる事が許されず、第一の街の女神の神殿の地下で女神と共に生活を送っている少年。
物語は主神の乱心により女神を封印し、封印されていた世界中の魔獣達を解放。全ての街の人々を第一の街に集め、性交渉による繁殖を封じる呪いを人間にかけ、限られた人員で魔獣を倒し、封印されし女神達を解放するべく世界の果て第百の街の神殿で待ち構える主神を剣と魔法で倒しに行く。
そんな王道RPGだった。
設定だけでまだ未完成だが、実に面白い内容。
「つまりこの作品をゲームという形で肉付けしたい。だからゲームの創り方が知りたいのだな」
「そういうことー」
「晶兄も昔は作ってたんでしょ!」
PCなどのインターネット大好きの好奇心の塊の紅音の事だ、既にやり方は調べたのだろうけど、ただ淡々と書かれているばかりの記事ではうまく理解出来なかったのだろう。こういうのは経験者に言葉で教えて貰いながらやるのが理解できるのだろう。
実家帰省中とはいえただゆっくり過ごすだけのこの時間をたまにしか会わない可愛い妹達に教えて過ごすのも悪くない。
と、なれば早速昔お世話になったサイトからツールをダウンロードし、基礎骨組みの組み立て方を教える事にした。
紅音と蒼巳は今までで最高に楽しい時間を送り、人生初の作品をゲームという形で創造した。
……………そのシナリオが7年後の秋に10000という人間を電脳世界に幽閉し、死と隣り合わせの絶望に叩き落とす『元』となる事は知らずに…。