譬えこの身が陽に焼き焦げようとも   作:友夏 柚子葉

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αテスト

 

 

 

〜2019年 夏〜

 

 

 

 

 東京都文京区にある住宅街の一角。そこに舞風家がある。

 土地は大きく家の裏には渡り廊下を通じて剣道場があり、門を閉じて正面入り口からは入れないが、蒼巳の曽祖父と祖父が生きてた頃は道路に面した剣道場を解放して子供達に剣道を教えていたらしい。イメージとしては兵庫県明石市にある織田家長屋門を思い浮かべてほしい。

 

 そんな誰も使わなくなった道場に赤タスキを付けた11歳の少年と白タスキ22歳の青年が竹刀を持ち構えていた。

 緊迫した空気の中、紅と白の旗を持った若い女性の「始め!」と声を上げた瞬間その緊迫は解かれた。

 

 

「ッセサアアアアアァァァァアアアーー!!」

「ッヤアアアアァァァアアアァ!!」

 

 

 蒼巳が一歩下がり距離を取る。距離を取り相手をよく見ようと試みた。しかし対峙する晶彦はその逃げの姿勢を許さなかった。素早く踏み込み竹刀を振り下ろす。咄嗟に首を傾げて左肩で竹刀を受け止める。あいさつ代わりなのか、晶彦は気勢を出さずに黙って振り下ろした。蒼巳はすぐさま下から晶彦の竹刀を跳ね返す。

 流石高校1・2年時にインターハイで全国の剣士の頂点に2連続で立った実力差。6年竹刀を振ってないながらも剣士としての勘は鈍っていなく、晶彦から発せられる闘気には気圧されるものがある。

 

 

 

「キエェアアァアァァ!!」

 

 

 

 晶彦が今度は本気の面を放ってきた。それを防ぎ鍔迫り合いに移行する。流石に大人と中学生では身長でも腕力に差が出来き押し込まれてしまう。しかしここで引いては負けてしまう。そう思いなお一層力を籠め、押し返そうとした。……しかしそれが悪手だった。

 押し返そうと力を入れた途端、晶彦が竹刀を引き、蒼巳のバランスが一瞬崩れた。しかし蒼巳もこれにすぐに反応。真っ先に面を取られないように首を傾けて頭を、腰を引いて胴を守りながら体のバランスを直そうと思った。

 人は突然の出来事に反応は出来ても様々な事を一度には出来ない。蒼巳はバランスを崩した自分に直ぐに次の一手を決まり手「面」を放ってくると予想して頭を守った。しかしこの時晶彦は別の一手を狙い、蒼巳はそれを候補に入れず対策をしていなかった。故にその一手が決まるのは必然だった。前へ崩れた体勢を引き戻すのは遅すぎるためそのまま走り晶彦の横を周るようにした。

 

 ……その時だった。目の前に竹刀が迫ってきたのは。

 面であれば縦に振り下ろすのが基本。しかし迫って来た晶彦の竹刀は蒼巳の頬をはたく様に横からの一閃だった。その一閃はあまりにも速く、速過ぎて死を予測し、頭がスローモーションでその高速の一閃を捉えた。

 

(胴が高すぎたのか?けれど晶兄は声を出していない。じゃあこのひと振りはなんだ!?)

 

 

 意図は読み取れなかったが、条件反射で躱してしまう。

 それなりの大振りだった。あとは適切な位置に一歩踏み込めばそれなりに適正な姿勢へと自動的に変わり、大振りの代償である空いた胴をカウンターして終わり。そのビジョンが見えた蒼巳は竹刀を躱し、決めに入る。

 

 

「っさあああアアアアァァァア!!」

 

 

 腕を思いっきり振り、胴を薙ぎ払った。-------完璧に決まった。そう確信し、ガッツポーズをしたい気持ちを抑えた。

 

 

 

 

 

 

「ぅメェエエエエェェェエエンンンッ!!」

 

 

 勝利を確信していた蒼巳の脳天から真下へと衝撃が走る。

 余りにも強い衝撃で面をつけていながら気絶一歩手前まで持ってかれ意識が朦朧とする。そんなぼやけた視界の中、横目で紅白旗を持った紅音を見ると、白の旗が上がっていた。……紅の旗が上がっていないということは、先ほどの胴はどうやら幻だったらしい。

 しかし何故?そう思った蒼巳は理由を模索し始めた。それと同時に目の前に一本の竹刀が差し出された。竹刀を手渡したのは晶彦。だが不思議な事に晶彦は右と左の両方の手に竹刀を持っていた。いつからこの人は二刀流になったのかと思ったが、差し出された竹刀は自分の物だと気付くのには少し時間がかかった。

 

 

「流石晶兄だねー。まさかあそこで竹刀飛ばしするなんて~」

 

 

 寄ってきた紅音の一言で蒼巳は状況を理解した。

 晶彦の意図が分からなかった面前の薙ぎ払い。あれは面を狙ったわけではなく蒼巳の持っていた竹刀を狙っていたのだ。見事に竹刀は手から剥がされ、それに気付かず存在しない虚空の竹刀での胴。蒼巳が一本を取れる道理はなかった。

 負けず嫌いな蒼巳は面越しに紅音に向けて「なんで止めてくれなかったんだ!」そう訴えたが、「止めるよりも早く晶兄が面決めちゃった~」なんて言われて返された。

 

 

「まだまだだな蒼」

 

 面を外し話しかけて来た晶彦。

 

「………中学生相手にアレは大人気なくない?」

 

 こちらも面を取り、ムスッとした表情で訴える蒼巳。

 

「あはは、真剣勝負真剣勝負。一流の剣士の竹刀飛ばし体験できて蒼兄が羨ましいね~」

 

 いいな~。と大好きな兄のかっこいい姿を見れて乙女モード突入の紅音。

 

 

 

 ……そもそも何故この二人が向かい合ったのか。その理由は簡単だった。

 

 

 今は夏。毎年飽きずに訪れるお盆。霊を祀るだの死んだ人を忘れない為など様々な意味があるが、要するに日本人が正月の次に仕事や学業などの手を一度止め、休息をとりやすい行事だ。サービス業?……彼らの事は忘れない。

 茅場晶彦は量子物理学者であり母親と同じ脳科学者である。日々自分の、母親の夢である電脳世界への扉を模索・研究・仮想世界の創造を行っているが、そんな彼もお盆と大晦日正月だけはしっかりと家に帰り、限られた時間のみで会える愛しい弟達と遊ぶのが毎年夏と冬一度ずつの楽しみである。

 そして今年のお盆。晶彦が明日から研究室に戻ると伝えた時、それなりに身長が伸びた蒼巳が昔から剣を交えたかった晶彦に勝負を申し込んだのが元だった。……夢の対決は見事な一本で晶彦の勝利だったがどちらも満たされた。

 

 

 

「そういえば2人ともに後で話がある。とてもいい知らせだ」

 

 そう晶彦が言い、三人は道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを終えて今の椅子に座り、テーブル越しに晶彦が俺と紅音にホチキスで止められた3枚1部の紙を渡した。

 

 1枚目の表紙の一番上に書かれていた「重要機密事項」に団欒とした空気が凍り付いた。

 そしてその下に書かれた「仮想世界αテスト・第一段階・Aグループ」というこの冊子に書かれている内容の題名と思われる文字列に唾を呑む。

 

 

「えーと…晶兄これは何?」

「今私が研究している仮想世界のテストをお前達にも参加してもらいたい。そのテストの趣旨が書かれたもの。まず中を読んで見てくれたたまえ」

 

 そう言われて一枚めくる。

 1ページ目に書かれてたのは『当冊子に記載されている計画の協力の有無に関わらず第三者への他言を固く禁ず。そしてまた〜…』。それなりに長い文が続いているが、つまり口外は絶対にするな。口外したのならそれ相応の罰を与える。そう書いてある。『重要機密』にとっては至って普通の警告文だ。

 

 次に書かれていたことは、協力自体は自己責任。テスト期間中に起こるアクシデントの全責任を主催者側の負担とその賠償を必ず行うと書かれた誓約文。

 1ページ目はこれだけだった。

 

 2ページ目に進むと、本計画の趣旨とその内容が簡潔に書かれていた。

 趣旨は『参加者に最新科学の体験と物理学や医学の発展の為のデータ採取』。後者が無ければとても表向きは素晴らしい趣旨の説明だ。この一文は隠そうと思えば隠せるのだが、テストと言っている以上開き直った方のは良いのだが…どうしても自分の中で悪いイメージが引っかかってしまうのがとても残念に思えてくる。

 

 

「うーん…質問~」

「何かね?」

「このαテストの参加者ってどう決めるのー?」

「……その質問には残念ながらまだ答えることはできない」

 

 晶彦ただ横に首を振っただけだった。しかし俺には分かった。対象者が誰なのか。計画タイトルの気になる「Aグループ」の意味を。

 

 

「………兄さん。それは本当に許可を得ているの?」

「何故そう思う?」

「………ただこれだけの事を秘密裏に行うのを良く厚生労働省が許可したねって。そう思っただけだ」

「蒼巳。君が厚生労働省の何を知っている?…まぁそれはさておき。しっかり許可を得ている上で君達に聞きたい。『仮想世界αテスト・第一段』に参加する意思はあるかね?」

 

 

 目の前に出された同意書。

 警察の職務質問の様な任意協力という名の強制協力に、俺たちは首を縦に振り、サインするしかなかった。

 

 

 

「………兄さんひとつ約束して欲しい」

「なにかね?」

 

 

 蒼巳から偉大なる兄に約束してほしいことがあった。

 一呼吸置き、しっかりと目を見て口を開く。

 

 

「………テスターがどんな人間でも彼らの尊厳を、矜恃を踏み躙らないで欲しい。俺達はまだマトモな方だけど、恐らくBやC…それ以降のグループの人達は世間からは冷たい目で見られてしまう。これは差別とかじゃなくて、俺達がそうだからそう言ってるんだよ。

 ………今回のテスターはみんながみんな1人の何者でもない『健常者』として運営全体で意識するんじゃなくて無意識に見ることを約束してほしい。決して『実験サンプル』なんて目で見ないで欲しい…。兄さん達科学者には難しいかもしれないけど」

「……わかった。充分に心得ておこう」

 

 

 晶彦は目を瞑り、イエス。と言った。

 その言葉を信じ、蒼巳はペンを取り、同意書に自らの名前と仮想世界での名前を書いた。紅音もそれに続き同じく記入した。

 

 

「それで、αテストっていつからなのー?」

 

 紅音が聞く。

 そういえば冊子には日時は書かれていなかった。

 

 

「今からだ。ついて来たまえ」

「「…………え?」」

 

 この人俺達から同意取れなかったらどうするつもりだったんだ?

 

 

 

 晶彦について行き、彼の自室に入るとそこにはベットが2つとかなり大きい機械が2つ3つ。そしてその機械から出たコードが1つに集結して繋がれたヘルメット。

 

 

「少し待ちたまえ。今君たちの名前を入力する。……完了だ。蒼は向かって右の、紅は左側のベットに横になりヘルメットを被ってくれ」

 

 言われた通りに行動し、横にいる晶彦が操作しているパソコンのディスプレイを覗くと、100程の項目の全てが次々と黄色の『All set』から緑色の『Link completed』に変わっていく。

 

「そういえば蒼、コンタクトは外したかね?」

 

 こちらの視線に気付いたのか先程の試合の為に付けていたコンタクトを外してなかったのを忘れていた。……超記憶症候群の俺が忘れるなんて表現をしていいのかわからないけど。

 

 

『こちらFirst Numberの準備は完了した。各自持ち場にて問題は生じてないかね?……ありがとう。では最後のテスターを送る。各々テスターのバイタル等の監視を緩めず、少しでもイレギュラーが生じればすぐに報告する様に』

 

 ヘッドホン型ヘッドセットマイクを付けた晶彦が全国各地にいる研究者達に確認をとる。全て順調に進んでいるらしい。

 

 

「では2人共、準備が出来たのならば『リンクスタート』と口にしてくれたまえ。接続時頭痛や目眩などが起こるが…少しばかり我慢してほしい。それと向こうに着いたのならば動かず待機しておく事。では楽しんできたまえ…」

 

 

 奇妙な胸の高鳴りと共に俺達は目を閉じ、魔法の言葉を口にした。

 

 

 

「「リンクスタート!!」」

 

 

 その言葉と共に、横で晶彦がEnterキーを叩く音がした。

 

 

 先に説明された通り目眩と頭痛が襲ってくる。

 頭の中に映像が映し出される。真っ白な空間。ざわざわとうるさく感じる多数の人による喧騒。

 

 

 ここで俺達は生涯決して離れる事ない出会いをする事になった。

 








剣道の経験は友人に1度だけやらせてもらった程度です。
あくまで妄想なので細かい事を追求しないでください。
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