〈大使〉がゆく!   作:タキ

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〈大使〉がただぶらぶらして好きなだけ喋るような話を書きたかった。
たのちい。


第1話

「これはもう帰った方がいいだろうな」

「はっ?」

 

 早朝とも深夜とも言えない微妙な時間帯。日の出前のこの時間。

 なんの手入れもされず、雑草がそこかしこで伸びるただっぴろい空き地の近くに一台の車が停まっていた。

 その車内でくたびれた声をあげたのは、田中一郎という男。

 そしてそれに間抜けな返事を返したのは彼の専属の運転手である。

 

「どういうことですか?」

「どう? そのまんまの意味だよ。作戦は失敗、とっとと撤収した方がいい」

「しかし……〈士官〉クラスがふたりも出てます。たかが〈同盟〉の無能どもに遅れを取ることはないかと」

 

 無辜のひとびとは知る由もないが、いま空き地では激しい戦闘が繰り広げられていた。

 組織から脱走した科学者、片山という男を狙って現在作戦展開中だ。

 

「はぁ。君、もっとよく状況を分析したまえよ。いま作戦現場に到着したあのトラック。あれに乗ってるのはヤツらお抱えのスーパーエースだぞ」

「スーパーエース、ですか」田中一郎が口にした単語を繰り返す。「というと、〈仮面ライダー〉ですね」

「そうだ。……知ってるんじゃないか」

「すみません。まだ現場に出るようになって日が浅いのでどうも……すぐにピンと来なくて」

「ふぅ。ならこれを機によく覚えることだ。彼が出たら〈士官〉クラスなんぞひとひねりだ。おっ、ほら、もう終わったようだぞ」

 

 断末魔がひとつ、さらにそれを追ってふたつ目が聞こえた。

 それを聞いた田中一郎は残念そうに肩をすくめる。

 

「……圧倒的ですね」

「まったくだ。敵ながら惚れ惚れする戦績だな。最近になってより脅威的になった。もう手がつけられんかな、あれは」

「そんな。御子柴主任が試験中のプロジェクトが完成すればあんなヤツはすぐに始末できます。組織に楯突く害虫には無残な死を……」

「おい」

 

 射抜くような鋭い視線に晒され、運転手の男はたまらず萎縮して口を噤んだ。

 まるで蛇に睨まれたような恐怖が彼を襲う。

 

「たしかに〈仮面ライダー〉……本郷猛君はわしら〈ショッカー〉とは敵同士だ。迷惑な存在だが、それでも払うべき敬意がある。彼への暴言はこのわしが許さん」

「し、しかし」

「もういい。それ以上喋るな。この首をへし折るぞ?」

「……」

「わかったらとっとと車を出せ。長居は無用だ」

 

 田中一郎への畏怖に飲み込まれた運転手は、アクセルを踏み込み、がたがた震える手でハンドルをきった。

 理不尽だ。

 そう思いながらも、そんな愚痴は胸に留めるしかない。

 彼は上司も上司、〈ショッカー〉という組織における大幹部。現在暫定的に日本支部の司令官を務める存在である。

 普段はひとに好かれるような、明るくユニークなキャラクターで周囲の人間を虜にする彼だが、口の中を覗けば地獄が見えると評判の大悪党である。

 表の顔は与党代議士岸和田の秘書。政治の世界ではそこそこ有名な男だ。

 しかし裏の顔はこの通り、〈ショッカー〉という巨大な組織に属する大幹部――コードネームは〈大使〉。

 それが彼だ。

 

「まったく、君はつまらん。次からは別の運転手を手配してもらう」

「……」

「榊原はなにをしてるんだ? あぁ、入院中だったか。普通の人間はやわで困るな。腕が折れたぐらいで長々と……おまえも腕を折ってみるか? ん?」

「……」

「あははは、そんな顔をするな。大丈夫だ、そんなことはせんよ。やるなら一思いにやる。それが温情ってもんだ」

 

 ひとりで延々と楽しそうに喋り続け、運転手の男をびくびく脅かす〈大使〉。

 

「あぁ、そうだ。ドライブなんだから、なにか音楽があればいいな。と言っても、今の時間、ラジオでそんなご機嫌な音楽はかからんか。……うむ、わしが歌おう。それがいいな。最近覚えた曲がある」

 

 終いには、歌まで歌い出す。よしだたくろうの「今日までそして明日から」をうろ覚えで、微妙な歌唱力で歌い車内に音楽を与える。

 機嫌を直したようにも見えるが、ここで口を利いたらぽっきり首を折られそうだと感じ、やめた。

 

「……おお」歌を途中でやめ、〈大使〉は顔をあげた。「日の出か」

 

 昇り始めた太陽の明かりを受けて、街が少しずつ明るくなった。

 

「よし」

「〈大使〉、なにを」

 

 運転手は思わず声を上げてしまった。

 急に〈大使〉がシートベルトを外したのだ。

 

「ここで降ろせ」

「ですが……」

「口答えするな。わしが降ろせと言うんだ。車をとめろ」

「……はい」

 

 さすがに身の危険を感じて運転手は車を停める。〈大使〉はすぐに車を降りててくてく歩き始めた。

 

「君は帰るといい。わしは街をぶらつく。今日は天気もいいからな。気晴らしするとしよう。それじゃな」

 

 背中を向けたまま、手をぶらぶら振って車から離れていく。

 運転手はしばらく呆然とその様子を眺めていたが、重く深いため息をついて、思い出したように車を発進させた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

〈大使〉がゆく!

 

 

◆◆◆◆

 

 

 1972年4月上旬。

 既に春を迎えたとはいえ、朝方はまだ冷え込んだ。

 だが、小綺麗な白いスーツを着たこの中肉中背の冴えない男――〈大使〉こと田中一郎は、寒さなど感じないのか平然とした様子で銀座の街を練り歩く。

 丸ノ内線の路線に沿うように道を移動していると、小さな喫茶店が目に入った。

 

(この店は……)

「ん、アンタも朝早いね」

 

 喫茶店の入り口からパイプを咥えた男が出てきた。

 

「ここはもう店じまいだよ。長いことやってきたが……また緑川のために働かんとな」

「ああ、立花藤兵衛。あんたの店か」

 

 立花藤兵衛。彼は代々緑川家に仕える男だ。

 一時期引退していたころは店を開いていたと聞いていたが、どうやらそれがこの店、「アミーゴ」らしい。

 

「愛着はあって名残惜しいが……時代には逆らえんな」

「ん? あんた、店を畳むのは緑川家に戻るからじゃないのかね」

「それもあるが……」ちら、と視線を動かして目で訴える。「あの挽肉焦がしの店が流行りらしくてな」

 

 アミーゴからやや離れた位置に赤と黄色が印象的な店があった。

 ハンバーガーの店、というのは覚えがあった。

 

「あぁ……なんだったか。ドムドムハンバーガー?」

「いや、マクドナルドっていう店だよ、ありゃ」

 

 ふぅん。〈大使〉は興味があるのかないのかいまいち分からない反応を示す。

 

「しかし喫茶店が立ち行かんわけでもないだろう」

「そうだが、いかんせん客の入りが悪くてな。城南大学の学生はみんなあっちにとられる。常連が数人入るぐらいで……なんだかなぁ」

「世知辛いなぁ。そうだ。コーヒー一杯だけでももらえんか。閉店前に、アミーゴの味を知っておきたい」

「気持ちは嬉しいが……」

 

 藤兵衛は入り口のドアに吊り下げた「closed」の札を取って、看板を外す作業に取りかかる。

 

「もうここには豆がなくてな。淹れようにもなにも振る舞えんよ。すまんな、二郎さん」

「そうか……ん?」残念そうに肩を落とした〈大使〉は、藤兵衛の口から出た名前に引っかかった。「あんた、今なんて?」

「だから、コーヒーを淹れるための豆が……」

「そうじゃない。あんた、わしのことをなんと呼んだ?」

「二郎さん。そう呼んだが。……なにかいけなかったか?」

 

 目を丸くした〈大使〉は、数秒間黙り込んだが、やがて「あっははははははは」と、盛大に笑った。大笑いだ。

 

「そうか。そうか。うん、なるほどな。通りでフレンドリーにあんたと話せたわけだ。いや、いい経験をした。あんた、なかなか気に入ったよ。それにしても……ふぅ、傑作だ」

「お、おい。なんだなんだ? 気味が悪いね……」

「気にするな。あんたもこのことに気づいたら笑いこけるよ。立花藤兵衛。田中二郎のことをこれからもよろしくな。それと、田中一郎とも仲良くしてやってくれ。……あははははは」

 

 笑いながら、〈大使〉は歩き去っていった。

 そんな彼に首を傾げる藤兵衛。

 

「なんだったんだね、あれは」

「おやじさん、さっきから騒がしいですけどどうしたんですか」

 

 店内の片付けを手伝っていた(正確には手伝わされた)〈弐番〉こと滝和也が荷物を抱えながら顔を出した。

 

「いや、ついさっきまでおまえさんの上司が来てたんだが、なんだか変でな」

「はぁ、上司ですか。すると……田中二郎? おやじさん。あいつと喋ってたんですか?」

「ああ。うん、そうだと思うんだが」

「あの男が世間話に花を咲かせるようなタイプだとは思えないんですがね。……まさか」

「ん?」

「うーん、いや、なんでもないですよ」

「なんだ、煮え切らないな。まぁいいが。それよりも、悪かったな、非番に駆り出して」藤兵衛は外した札と看板を片付ける。

「ホントですよ、おやじさん。でもまぁ、こういうのも楽しいからいいですけど」滝は店内の小物をダンボールに詰めていく。

「……なぁ滝」それを眺めながら、藤兵衛はため息を吐き出した。

「なんです?」

「おまえさん、そのおやじさんってのはなんだね」

「立花さんはなんだか、おやじさんって呼び方がよく似合うんですよね。だから自然と……気づいたらそう呼んでました」

「まったく。ま、悪い気はせんが……ほら、そこのテーブルもどかすぞ」

「はいはい」

 

 

◆◆◆◆

 

 

「おっ」

 

 時刻は正午を回る。

〈大使〉はさらに歩き、散策を続けていると、見知った顔に遭遇した。

 

「む……兄貴か」

「そう嫌そうな顔をするな。嫌なのはわしの方だ」

「そうか。だが私としても昼間から兄貴の顔なんぞ見たくもなかった」

 

 互いに罵りあいながら、ふたりは同じ食事処に入った。

 双子ゆえに考えることが同じだったのか、それとも単なる偶然かは不明だが、ふたりはまったく同時に店に入り、しぶしぶ隣同士になった。

 顔のつくりがまったく同じ男が隣に並ぶ光景に、店員はぎょっとしたものの、すぐにいつもの接客に移った。

 注文はそばとうどんで別れた。ふたりは仏頂面で黙々と食べ始める。重苦しい空気が、店内にただよう。

 

「本郷君は先日も大活躍だったな」

 

 ふと〈大使〉の口から話題が零れた。

 言葉を交わすつもりはなかったが、よほど本郷猛のことが気になっていたようで、自然と名前を出していた。

 

「ああ。〈G素体〉の一件から……いや、正しくは緑川ルリ子護衛任務が終わってからか。ひとが変わったような活躍ぶりだ。兄貴たちには悪いが、もはや改造人間など敵ではないな」

「それは認めるが、だからといって我々を叩きのめせるわけでもあるまい」

「そうだ。だが、いずれは必ず組織を排除し、私たちが新たな〈ショッカー〉として君臨する。そのためにも、彼には期待をかけて優遇する」

「相変わらずの腐りようだな。そうなった暁には、本郷君がおまえたちを全滅させるだろう。それに、今やルリ子嬢も戦いに加わっとるんだ。あははは、まだまだ長生きせんとな」

 

 二郎はずずっと音を立てて汁をすすり、鼻を鳴らした。

 

「ふん。兄貴は随分、あのふたりを買っているらしいな」

「それはそうだ。今までいたか? 本気で〈ショッカー〉と戦おうなんて考える志の強い人間が。緑川ルリ子も本郷猛も最高だ。わしは心底痺れたよ」

「……兄貴のことはたまにわからなくなるな」

「あん?」

「兄貴、あんたは〈ショッカー〉を信奉しているような人間だ。組織に忠義を尽くし、組織のために働く。そんな兄貴が、どうしてそこまで目の上の瘤と言うべき存在に期待する?」

「ははは。そんなもん、決まっとるだろう。おまえの言う通りだ」

「……なに?」

 

 箸と勘定をテーブルに置き、〈大使〉は立ち上がる。そのまま店を出る前に、彼は口の端を歪めて言い残した。

 

「わしが〈ショッカー〉だからだ」

 

 しばらく店の出入り口を眺めていた二郎。「……なるほどな」そうつぶやくと、彼も立ち上がった。

 二郎も自然と笑みを零していた。

 ――その表情は、先ほどの〈大使〉の笑みとまったく同じだった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「さすがに疲れたな」

 

 日が沈み、辺りは暗くなり始めていた。

 歳か。そんなことを思いながら、基地に帰ることに決めた。

 

「〈大使〉」

「ん?」

 

 ふいに声をかけられ、〈大使〉は声の方向に顔を向けた。

 

「お迎えにあがりました。遅くなってすみません」

「まったくだ。この仕事は時間に厳しくせんと務まらん。なぁ、榊原」

 

 榊原――〈大使〉専属の運転手である彼はぺこりと頭を下げた。

 

「もう、腕はいいのかね」

「〈ショッカー〉の医療技術のおかげです。……それでも予定よりは早まりましたが」と、榊原は訳ありそうに苦笑した。

「どういうことだ?」

「私が入院中の間、代わりの運転手を務めていた男……彼に泣きつかれまして。……もうダメだ。早く帰ってきてくれ、と」

 

 その事情を聞いて、〈大使〉は「あはははははははは」と大笑いした。

 街を歩くひとびとが何事かと〈大使〉に視線を向ける。

 それを気にせず、彼は盛大な笑い声を響かせた。

 

「そうか。それは悪いことをしたな。あのつまらん男も、最後の最後に面白いネタをくれた。これは感謝とお詫びをしてやらんとな。彼の名前、なんだったかな?」

「……さぁ?」榊原は肩をすくめた。

「なんだ? 知らんのか?」

「ええ。元々交流のない人間だったもので。それに、印象の薄い男でしたから。すみません」

「あっははははは。そうか! そうだな。あれは印象のないパッとせんヤツだった。じゃあいいか。これからわしの顔を見るたびにびくびく怯えてもらおう」

 

 榊原は〈大使〉の心底楽しそうな笑いに釣られ、気づけばくつくつと笑い出していた。

 最初は声を出さずに笑っていたが、しだいに声を出して大笑いした。

 

「ふぅ。いやぁ、笑うってのはいいもんだな、榊原。幸せな気分になる」

「ええ、まったくです」

「コンビ復活を祝ってドライブと行くか?」

「いえ、残念ながら、そうもいきません」

「なにかあったか?」

「新しい日本支部支部長が就任しました。ロシアから来た、〈将軍〉という男です」

 

 榊原の報告に、〈大使〉は苦虫を噛み潰したような顔を作った。

 

「ロシアからねぇ。これは面倒なことになるな」

「……うちも冷遇されてきたようですね」

「よくわかるようになってきたじゃないか、榊原。まったく、ついてない。これも本郷君とルリ子お嬢さんのせいかな。迷惑なことをしてくれるよ」

「その割には、楽しそうですね」

「ああ、楽しくてしょうがないよ。……さて、榊原。面倒ごとはとっとと済ませてしまおう。〈将軍〉とやらのご機嫌でも伺いに行くか。菓子折りでも持っていてやるべきかな?」

「芋ようかんでも差し出しますか? これが日本の銘菓です、と」

 

 ふたりは会話を交わしながら停めていた車に乗り込んだ。

〈大使〉が助手席に座ると、運転席に置かれた紙袋が目に入った。

 紙袋からは、美味しそうな香りが広がり、車内に充満させていた。

 

「おい榊原、それはなんだ?」

「ああ、来る途中に買ってきたんですよ」紙袋を傾け、中身を見せる。「マクドナルドのビックマックってヤツです。食べますか?」

「ほう……随分でかいな、これは」

 

〈大使〉は紙袋に手を突っ込み、ハンバーガーを取り出した。

 

「これが若者の流行か。ふぅん。どれ……」

 

 大きく口を開け、〈大使〉はビックマックにかぶりついた。

 

「ふむ。ほう。これは、いいな。結構いけるじゃないか」

 

 舌鼓を打ち、ハンバーガーを口の中に押し込むようにしてあっという間に平らげる。

 

「ふぅ。わしもまだまだいけるかな、これなら。気分がよくなったよ。よし……榊原!」

「はい」

「車をぶっ飛ばせ。風に乗って、基地に特攻しようじゃないか」

「と、特攻ですか?」

「そうだ。特攻だ。ほら、いつまでこんなとこに留まってるつもりだ? 車を出せ!」

 

〈大使〉の怒鳴り声に叩かれて車が急発進した。

 猛スピードを出し、車をどんどん追い抜き、信号さえ無視する危険な運転だが、それを止めるものはいない。

 

「最高だ!」

 

〈大使〉は叫ぶ。

 

「そこのけ、そこのけ!」

 

〈大使〉は笑う。

 

「〈ショッカー〉大幹部〈大使〉が通る!」

 

 風に乗って、〈大使〉の歓喜に満ちた声が東京にばら撒かれた。




次回の更新は未定です。すみません。

それにしても……ああ、面白かった。
〈大使〉という男、ただ喋らせるだけでもどんどん動き出すので面白い。素晴らしいキャラクターですよ。

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