Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ゴドリックの谷へ

 

 

「久し振りだね、グリンデルバルド。元気にしてたかい?」

 

デンマークの山奥にある小さな村。ようやく見つけ出したグリンデルバルドの背中に声をかけながら、アンネリーゼ・バートリはうんざりした気分で翼を震わせていた。周囲を見渡せば山、雪、そして申し訳程度の針葉樹。地獄の方が百倍マシみたいな場所じゃないか。探し当てるのには骨が折れたぞ。

 

「っ! ……お前か、吸血鬼。」

 

「如何にも、吸血鬼さ。逃亡生活を楽しんでいるようでなによりだよ、犯罪者さん。」

 

杖を構えながら素早く振り向いてきたグリンデルバルドだったが、どうやら今回は呪文を放つ気はないようだ。無駄な抵抗をしない程度の脳みそはあるらしい。

 

「犯罪者になったのはお前のせいでもあるんだがな。」

 

「おいおい、私は将来有望な青年に『軽い読書』のための本を渡しただけだぞ? 大体、よく言うだろう? 見つかる方が悪いのさ。次からは見つからないようにやりたまえ。……それで、どうだった? あの本は気に入ってくれたかい? ゲラート。」

 

「名前で呼ばないでもらおうか。お前と友人になった覚えはない。……あの本は確かに興味深かった。自分で試す気にはならなかったがな。」

 

うーむ、残念。まだ友人にはなれないらしい。シャイなヤツだな。含み笑いをしながらも、さっさと本題に移るために話を進める。ここは寒すぎて長居したくないのだ。

 

「何はともあれ、キミはあの本を使い熟せたわけだ。だったら対価を渡そうじゃないか。私は約束を守る吸血鬼だからね。」

 

私がそう言うと、グリンデルバルドは構えを解いて興味を露わにしてきた。死の秘宝への関心は未だに薄れていないようだ。

 

「……ニワトコの杖のことか?」

 

「その通りさ。まだそこにあるかは分からないが、少なくともヒントは残っているはずだ。キミもよく知ってる場所にね。……心当たりはあるかい?」

 

適当なことを言いながら焦らしてやると、グリンデルバルドは苛々した様子で先を促してくる。なんか、こいつには出任せばっかり言ってる気がするな。そりゃあ友人になれないわけだ。

 

「勿体ぶらずにさっさと言ったらどうなんだ、吸血鬼。」

 

「んふふ、そう焦らないでくれたまえ。……『ゴドリックの谷』さ。かの透明マントの所有者だったとされる、イグノタス・ぺべレルが眠る地。どうだい? それらしい場所だとは思わないか?」

 

「……そこには前から目星を付けていた。目新しい情報じゃないな。」

 

おっと、既に知ってたか。まあいい、話が早くなるだけだ。それなら場所の説明はしなくて済むな。

 

「だったら、私の助言をいい切っ掛けとして受け取っておきたまえよ。ゴドリックの谷にはキミの大おばが住んでいるんだろう? そこを頼ったらどうだい?」

 

「どうやら、俺のことを随分と調べたようだな。……前にも聞いたが、何が目的なんだ?」

 

「んふふ、残念ながらそれはまだ秘密なんだ。然るべき時が来たら話してあげるから、それまでは我慢しておいてくれたまえ。……キミには期待してるからね? ゲラート・グリンデルバルド。精々私を愉しませてくれ。」

 

カッコよく台詞を決めた後、能力を使って姿を消すが……いや待て、ヤバいぞ。雪に足跡が付くから歩いて離れられないじゃないか。カッコつけて消えたのに、去って行く足跡が残っちゃうのは恥ずかしすぎる。

 

透明な状態でずっと背後に潜んでいた美鈴に目線で指示を送り、彼女が掴まった後で雪が動かないようにそっと飛び上がった。……危ないところだったな。そんな生暖かい目で見るなよ、美鈴。奢ってやらないぞ。

 

そのまま残されたグリンデルバルドを空中から眺めていると、彼は少しの間だけ辺りを警戒していたかと思えば、杖を振って姿くらましで消えていく。

 

「これで素直にゴドリックの谷に向かってくれると助かるんだけどね。……ちょっと怪しすぎたかな?」

 

「んー、そりゃあ怪しいでしょうけど、悪魔なんてそんなもんですよ。大丈夫じゃないですかね。」

 

「まあ、ダメならダメで別の方法を使うさ。……それじゃ、早く帰ろう。暖かい場所に戻ってブラッドワインで一杯やりたいよ。キミもどうだい? 美鈴。」

 

「いいですねぇ、ご馳走になります。こんなに面倒くさかったんだから、ご褒美くらいあって然るべきですよ。」

 

全くだな。ワインはレミリアの秘蔵のものを拝借しよう。あいつも少しは苦労すべきなのだ。後で美鈴から隠し場所を聞こうと決意しつつ、アンネリーゼ・バートリは姿あらわしのために杖を取り出すのだった。

 

 

─────

 

 

「んん? つまり、ダンブルドアは卒業旅行には行ってないの?」

 

エントランスに運び込んだ椅子に腰掛けながら、レミリア・スカーレットは暖炉に浮かぶ顔に向かって話しかけていた。暖炉に首を突っ込んで、煙突飛行で顔だけを『送身』しているらしい。あまりにも度し難い使い方だが、魔法使いどもにとってはこれが電話の代わりになっているようだ。

 

内心で呆れている私の問いかけを受けて、暖炉に浮かんでいる金で雇った魔法省のネズミは額に汗をかきながら口早に説明してくる。

 

「ええ、その……母親が事故で死んだとのことでして。弟のほうがホグワーツに戻ってしまうと、病気の妹の世話をする人間が居なくなってしまうので、ゴドリックの谷にある家に残っているようなのです。妹の病気は精神的なものらしく、母親の死もそれが間接的な原因になっているとか。」

 

ふむ、おかしくなった妹のために家を離れることが出来なくなったというわけだ。どこかで聞いたような話じゃないか。妹想いなのは評価できるが、卒業旅行が取り止めになった以上、計画に多少手を加える必要が出てきてしまったな。

 

「大まかな事情は理解したわ。本人の様子はどうなの?」

 

「はい、母親の件で調査に出ました魔法事故調査部の友人によりますと、随分と気落ちしていたようです。どうも、何と言うか……母親の死がショックなのに加えて、将来を悲観していたようでして。」

 

「なるほどね、ご苦労様。いつも通り報酬はマグルの株券で渡すわ。」

 

「はい、はい! ありがとうございます。では、これで失礼させていただきます。」

 

ペコペコと首だけでお辞儀をしながら消えていくネズミを、アホらしい気分で見送ってから席を立つ。……しかし、ダンブルドアがゴドリックの谷に残ったままってのは厄介だな。

 

病気の妹を殺すのは論外として、これで残る標的は弟のみ。その弟にしたって次の長期休暇まではホグワーツの中だ。まさかホグワーツでグリンデルバルドに殺しをさせるのは不可能だろうし、そうなると休暇で弟が帰ってきている短い期間中にどうにかして殺させる必要がある。難しいぞ、これは。

 

考えながらも一階の廊下を進み、リビングルームのドアを開けてみれば……ソファに座ってワインを飲んでいるリーゼと美鈴の姿が見えてきた。いつの間にやらグリンデルバルド探しの旅から帰って来たらしい。

 

「やあ、レミィ。お邪魔してるよ。」

 

「いらっしゃい、リーゼ。どうやらグリンデルバルドは見つかったようね。こっちにも進展が……ねえ、ちょっと? それってもしかして、私が大事に取っておいたワイン? そうよね? そうじゃないの! どういうことよ!」

 

もう殆ど製造されていないブラッドワインの、しかも当たり年のやつ。ちゃんとリーゼに見つからないように、ワインセラーの隠し棚の中に仕舞っておいたはずなのに。

 

私の怒声に対して、リーゼは余裕綽々の態度で笑っているが……おまえか、美鈴! 門番妖怪は焦った表情を顔に浮かべながら、取り上げられる前にと言わんばかりにゴクゴク一気飲みし始めた。おのれ裏切り者! 一度ならず二度までも!

 

「こら、あんたね……ええい、飲むのをやめなさいよ! 私のワイン! あんたが隠し場所を教えたんでしょ、美鈴!」

 

「んぐっ、毒を食らわば皿までです。どうせ怒られるなら、全部飲んでから怒られます!」

 

なんてヤツなんだ。居直りおったぞ、こいつ! リーゼがグラスに入っていたワインを優雅に飲み干すのを横目に、ようやく美鈴から瓶を取り返すと……もう五分の一ほどしか残っていないじゃないか! ぐぬぬ、盗人どもめ。どうしてくれようか。

 

「まあまあ、そう怒らないでくれよ、レミィ。後で代わりに何か買ってくるから。それより、進展ってのは? ダンブルドアに動きでもあったのかい?」

 

……生半可なものじゃ許すつもりはないからな。そのことを態度で示しながら、さっき得た情報をリーゼに伝えるために口を開く。美鈴には後で禁酒令を出しておこう。酒好きのこいつにとってはさぞ堪えるはずだ。

 

「母親が死んだ所為で卒業旅行が中止になって、妹の世話のために今もゴドリックの谷に残ってるらしいのよ。標的の選択肢が弟だけになっちゃったってわけ。」

 

「ふむ、面倒な事態だね。グリンデルバルドにはゴドリックの谷のことを伝えてあるわけだが……なんか勝手に出会っちゃいそうじゃないか? これ。あの町はそんなに広くないだろう?」

 

「まあ、別にそれでもいいんだけどね。事前に関係を持ったんだったら、それを捻じ曲げちゃえばいいのよ。」

 

「とにかく、弟を殺させるんであればクリスマス休暇か夏休みを待つ必要がありそうだね。……どっちにしろ微々たる時間だよ。その程度ならフランも待てるだろうさ。その間に殺させる方法を考えようじゃないか。」

 

そうする他ないだろうな。ちょびっとだけ待つことにはなったが、大元の計画では来年開始する予定だったわけだし、そんなに大した問題ではないのかもしれない。……フランをあやす必要はありそうだが。

 

「うーん、開始前からこんがらがっちゃったわね。分かってはいたけど、中々計画通りには進んでくれないみたいじゃない。」

 

「んふふ、それが楽しいのさ。駒が生きてるからこそのトラブルだよ。ゲームってのはこうでなくっちゃね。」

 

まあ、その通りだ。思い通りにいかないからこそ、今回のゲームはやり甲斐があるものになるだろう。頭の中で計画を組み直しながら、レミリア・スカーレットは静かに微笑むのだった。

 

 

─────

 

 

「何と言うか……まさに悪魔の計画ね。」

 

ムーンホールドでも徐々に夏の匂いがしてきたある日、パチュリー・ノーレッジは図書館の本を整理しながらリーゼの話に相槌を打っていた。代理戦争か。とんでもないレベルで悪趣味な『ゲーム』じゃないか。

 

「そりゃあ私たちは悪魔だからね。……止めなくていいのかい? グリンデルバルドはともかくとして、ダンブルドアはキミにとっても顔見知りだろう?」

 

新しく設置した閲覧机の上に腰掛けるリーゼに対して、分類作業の手は止めずに答えを返す。この本は……何語だ? これ。見たことない文字だぞ。象形文字ってことが分かるくらいだ。

 

「同情はするし、私が言ってやめるんだったらそうするけどね。言ってもやめないでしょう? 貴女たちは。」

 

「んふふ、もちろんやめないとも。むしろやる気が出てくるね。」

 

「だったら諦めて本の整理に集中するわよ。今の私には貴女たちを説得してるような時間は無いしね。」

 

この屋敷での生活には非常に、非常に満足している。夕方起きて本を読み、夜食を食べた後に本を整理して、朝食を取ったら研究に時間を割き、そして眠くなってきたら寝るわけだ。まさに夢のような生活じゃないか。

 

未分類の本の山と、見たこともない言語の翻訳作業、それに加えて手に入れた力の研究。そんな忙しい日々を送っている私には、ダンブルドアだのグリンデル何某だのに構っている余裕などない。精々ホグワーツ同期の好でダンブルドアの勝利を祈っておくくらいだ。

 

私の素っ気ない返答を受けて、リーゼはカサカサと逃げ出そうとする本を捕まえながら話を続けてきた。あの本は『拘束棚』行きだな。

 

「まあ、そんなわけで二人はゴドリックの谷で出会いを果たしたわけだが……どうもダンブルドアとグリンデルバルドは仲良しこよしになっちゃったみたいでね。やれ魔法界を変えるだの、マグルを支配するだのって二人で意気投合しているわけさ。困ったもんだよ。」

 

「そんなこと言われてもね。……本屋の時みたいに魅了を使えばいいじゃないの。あの時の私だったら、貴女に命じられれば親でも殺すわよ。」

 

「んー、出来ればそれは避けたいんだ。最終手段としては有り得るかもだけどね。そういえば、ダンブルドアの弟はどんなヤツなんだい?」

 

「アバーフォース・ダンブルドアだったかしら? 残念ながら、私はよく知らないわ。三学年も下だし、寮も違ったしね。……ただ、兄弟仲はあまり良くないみたいよ? 大広間ではいつも離れて座ってたから。ダンブルドアと共同研究をしてた時も全然話に出てこなかったの。」

 

兄弟で同じ寮だったのにも関わらず、あの二人をセットで見かけた覚えは殆どない。かといって喧嘩をしている場面も見たことがないのだ。兄弟がいない私にはよく分からない関係性だな。

 

「ふぅん? ……ま、どうにかしてみるさ。ちょっとした計画も進めてるしね。キミの力の制御の方はどうなんだい?」

 

「そっちは順調よ。苦手だった杖なし魔法も簡単に使えるようになったわ。『見えるなら、操れる』。貴女の言った通りだったわね。」

 

ホグワーツでは詳しく習わなかった技術だが、杖なし魔法というのはかなり便利だ。手は塞がらないし、大仰な動作も必要ない。もちろん杖を使った魔法にもそれなりの利点はあるのだが、リーゼが棒きれだのと馬鹿にしていた理由がようやく理解できたぞ。

 

「それと、触媒に使うための賢者の石をいくつか作っているところよ。こっちに関しては……うん、単純に人手不足ね。図書館の本の整理を怠るわけにはいかないし、ロワーさんやエマさんには屋敷の仕事があるわけだから、延々手伝ってもらうわけにもいかないわ。」

 

今は私が呑み込んだ石とは少し違う、それぞれの別の属性を強く持っている賢者の石を作っているのだ。ベースとなる製法が確立しているからまだマシだが、それでも大変な作業であることには変わりない。

 

「人手? ……それなら適当に使い魔でも召喚すればいいじゃないか。木っ端悪魔だったら今のキミでも簡単に支配できると思うよ? やり方が書いてある本はここの図書館に山ほどあるだろう?」

 

「それも考えたんだけどね。『体験談』を読む限りでは、悪魔を使役した人間はロクな死に方をしてないらしいじゃないの。さすがの私も地獄で永遠に苦しむようなことになるのは御免よ。」

 

「そりゃあ、並の人間ならそうだろうがね。キミはもう『並』とは言えないだろう? 今度試してみようじゃないか。……なぁに、ヤバそうなヤツが出て来たら私が何とかしてあげるよ。」

 

リーゼが乗り気になっちゃってるし、とうとう私は悪魔召喚にまで手を染めることになりそうだ。これはもう地獄行き決定かもしれない。吸血鬼と契約したあたりで既にアウトだったのかもしれないが。

 

「まあ……そうね、その時はよろしく頼むわ。」

 

「ああ、任せてくれたまえ。……さてと、それじゃあ今日も紅魔館に行ってくるよ。ダンブルドア・グリンデルバルド革命同盟の対処を進めるべきだろうしね。」

 

言うと、リーゼは閲覧机から飛び降りて歩き始めた。うーむ、今や私は『吸血鬼側』の立ち位置に居るわけか。なんとも言えない気分だな。……ただまあ、ゲームの駒になるよりかは幾分マシな状況だろう。ダンブルドアはご苦労なことだ。

 

思考もそこそこに、本の分類作業に戻る。残念ながら、新米魔女たる私の腕は彼らを助けられるほどには長くない。現状ではこの場所で自分の幸せを掴み取るので精一杯だ。ダンブルドアたちには自力で頑張ってもらうとしよう。

 

心の中で鳶色の髪の青年にちょびっとだけエールを送りながら、パチュリー・ノーレッジは次なる本へと手を伸ばすのだった。

 


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