Game of Vampire   作:のみみず@白月

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二人で

 

 

「苦労したよ。本当に苦労した。」

 

クスクス笑いながら言うトム・リドルを、アリス・マーガトロイドは無言で睨みつけていた。……本当にあの時のままだ。まだ『ヴォルデモート卿』になる前の、人間らしさを失っていないリドル。

 

私が何の答えも返さないことを気にする様子もなく、リドルはジニーの隣にある根に腰を下ろしながら、私の目をジッと見つめて言葉を繋ぐ。

 

「僕は君を侮ってはいない。ダンブルドアも、そしてバートリもだ。君たちが揃っているホグワーツで動くのは本当に骨が折れたよ。」

 

かつてのハンサムな顔に苦笑を浮かべたリドルは、未だ返事が無いことに肩を竦めてから続きを話し始めた。

 

「だが、僕は成し遂げたんだ。招待したかった二人だけをこの場に呼び寄せることができた。……何か質問はないのかい? 君でもいいよ、ハリー・ポッター。僕だけが話し続けるんじゃあ退屈だろう?」

 

言葉を投げかけられたハリーは、チラリとジニーを見ながら口を開く。リドルは……くそ、私から目線を外す気はないらしい。

 

「君は……誰なんだ?」

 

「おっと、これは失礼したね。自己紹介がまだだったか。僕はトム・マールヴォロ・リドル。マーガトロイドと同級生の魔法使いで……そして、君の宿敵だよ。」

 

横目で私を捉えたままのリドルがするりと杖を振ると、空中に緑色の文字が浮かび上がった。

 

Tom Marvolo Riddle.

 

そしてもう一度リドルが杖を振ると、文字はゆっくりとその並びを変える。今やイギリス魔法界の誰もが知る名前に。そして誰もが口にするのを躊躇う名前に。

 

I am Lord Voldemort.

 

「ほら、君ならよく知っている名前だろう? 『生き残った男の子』、ハリー・ポッター。」

 

「ヴォルデモート……。」

 

驚愕に染まった顔で黙り込むハリーに代わって、今度は私が質問を飛ばす。……隙が欲しい。僅かな隙が。

 

「その姿はどうしたの? 随分と若返っているじゃない。」

 

「君には言われたくないけどね。……これは記憶だよ。十六歳の僕の記憶。それを日記帳に閉じ込めたのさ。いつか誰かが手にした時、再び秘密の部屋を開けるように。サラザール・スリザリンの崇高な使命を成し遂げられるようにとね。」

 

ジニーの側にある小さな手帳……日記帳を指差しながら言うリドルに、立ち直ったハリーが鼻を鳴らしながら言葉を放った。

 

「だが、君は失敗した。今回は誰も死んではいないぞ。猫一匹でさえも!」

 

「まだ言ってなかったかな? 別にどうでも良くなったのさ。この城にはもっと僕の興味を引くものがあったんだ。……ハリー・ポッターとアリス・マーガトロイド。片や未来の僕を打ち倒し、片や過去の姿のまま。穢れた血などいつでも殺せる。今の僕にはどうでもいい存在なんだよ。」

 

「……パーシーを傷つけたのも君なのか?」

 

「僕であり、この子でもあるのさ。」

 

そう言ってリドルはジニーのことを指差す。……どういう意味だ? 私とハリーの疑問を汲み取ったのか、リドルは得意げな表情でこの一年間について語り始めた。

 

「始まりは、この子が僕の日記帳を手にしたことにある。返事が返ってくる日記帳。悩みを打ち明けられる小さな友人。この子はあらゆることを僕に相談したよ。やれお下がりは嫌だの、やれ兄たちがガサツだの、やれ愛しいハリー・ポッターが振り向いてくれないだの。十一歳のガキの悩みを聞くのは耐え難い苦痛だった……しかし、僕はひたすらに彼女を肯定したんだ。そうすることで、徐々に彼女を支配していったのさ。」

 

薄暗い笑みだ。少なくとも学生時代にはこんな笑みを浮かべるリドルは見たことはなかった。……仮面か。あの頃から既に、この男は仮面を被っていたのか。

 

「彼女が悩みを打ち明ける度に、彼女の魂は僕へと注ぎ込まれてきた。深層の恐れ、後ろ暗い秘密、密かな嫉妬。そういった感情を糧にして、僕の魂は徐々に大きくなっていったんだ。このおチビちゃんの魂を凌ぐほどにね。」

 

今やリドルの顔は凄惨な笑みを浮かべている。心底楽しそうなその表情は、間違いなく『ヴォルデモート卿』の笑みだ。似ても似つかないと思っていたあの顔が、今のリドルには重なって見えてしまう。

 

「そうすれば話は簡単さ。今度は逆に僕の魂をおチビちゃんに注ぎ込めばよかった。そうしてこの小娘を支配した僕は、鶏どもを殺し、秘密の部屋を開き、そしてバジリスクを外へと解き放った!」

 

根っこから立ち上がって、演劇じみた仕草で両手を大きく広げたリドルだったが……次の瞬間、その顔からは急に笑みが消え失せた。幕が落ちるように、ストンと。

 

「……そこからが問題だったよ。あまりにも対処が早すぎたんだ。次の日にはホグワーツは鶏小屋へと姿を変え、バジリスクは奴らの鳴き声にのたうちまわっていた。慌てて誰が指揮を執っているのかを調べた僕は……驚いたよ。ダンブルドアはともかく、マーガトロイド? あのおチビちゃんが書いていた『アリスさん』が君だとは思わなかったのさ。そしておまけに、グリフィンドールの談話室に居たバートリだ。ハリー・ポッターと仲良く話している彼女を見たとき、僕は自分の目を疑ったよ。こんな不幸があっていいのか? ってね。」

 

肩を竦めて言うリドルは、再び根っこに腰掛け直す。まあ、容易に想像できる話だ。いきなり敵側にリーゼ様が現れるなど、悪夢以外の何物でもない。そこだけはよく理解できる。さぞ意味不明な光景だったろう。

 

ハリーはリーゼ様の名前に疑問げな表情を浮かべるが、リドルはそれに構うことなく話の続きを語り出した。

 

「お陰で方針を大きく変更する羽目になった。僕は君たちが間違いなく秘密の部屋を見つけ出すことを確信していたんだ。余りにも人材が揃いすぎていたからね。本当はそこにハリー・ポッターを誘き出すつもりだったんだが……部屋に拘るのはやめにしたよ。予想通り君たちは部屋を見つけ、そして『スリザリンの』バジリスクを殺し、見事に油断してくれた。」

 

「パーシーは? 何故傷つけたの?」

 

私の問いに、リドルは嬉しそうな表情で答える。イラつく顔だ。ぶん殴ってやりたいな。去年リーゼ様が嬉しそうにぶん殴ったと言っていた気持ちが良く理解できたぞ。

 

「やっと質問してくれたか! 嬉しいよ、マーガトロイド。それで……ああ、あのメガネの赤毛か。もちろん理由があるさ。……僕はジニーの身体を完全に乗っ取ることは出来なかった。僕が動かしている時の記憶も、彼女には僅かに残っていたんだ。そして家族を殺すぞと彼女を脅して口止めしていたんだが……あのメガネがジニーにしつこく付き纏ってきたんだよ。やれ悩みを聞くだの、やれ秘密は守るだの、くだらない正義感を振り回しながらね。絆されてジニーが話しそうになったのを見て、放って置けなくなったってわけさ。」

 

一度言葉を止めて、リドルは何故か俯いた。……今だ! その瞬間、袖口の人形を城に向かって解き放つ。魔力の糸を通じてリーゼ様をこの場所に連れてくるようにとの命令は与えた。頼むぞ、急いでくれ。

 

そしてゆっくりと顔を上げたリドルは……笑っている。最高の喜劇を見たと言わんばかりの表情だ。

 

「ここからが傑作だったよ! 僕はわざとジニーの意識を残したまま、あのメガネを拷問してやったのさ! 磔の呪文でいたぶり、胸を引き裂いてやった! 次は殺すぞと脅しながらね! ……お陰でジニーは従順になったよ。笑える話だろう? あのメガネは助けようとしたのに、結果的に僕の支配を手助けすることになったんだ。そして忘却術でメガネの記憶を消した後に、君がそれを発見したというわけさ。」

 

「クソ野郎ね、貴方は。」

 

ジニーがどんな気持ちでそれを見ていたか……きっと苦しかったろうに。辛かったろうに。想像するだけで胸が張り裂けそうだ。ハリーも同じ気持ちのようで、両手を血が滲むほどに握りしめているのが見える。

 

そんな私たちを愉快そうに見ながら、リドルは続きを話し始めた。

 

「酷いじゃないか、マーガトロイド。僕らは友達だろう? ……まあいいさ、どこまで話したかな? ああ、そうそう。君たちはバジリスクを殺し、あの厄介な鶏どもを城から追い出してくれたんだ。助かったよ。お陰で『彼』をここまで移動させることができた。」

 

「『彼』?」

 

「おっと、その話はもう少し先にしよう、ハリー・ポッター。……そして僕は、あの半巨人とダンブルドアを追い出しにかかった。あの半巨人は少々『彼』について詳し過ぎるからね。矛盾に気付かれてしまうかもしれないと思ったんだ。……その後はご存知の通りさ。適当にガキを数人痛めつけて、ダンブルドアをホグワーツから離れさせた。退任などどうでも良かったんだ。重要なのは彼が一時的にでもこの場所から居なくなることだったんだよ。」

 

最後にリドルは、どうだと言わんばかりに手を広げながら、この一年の話を締めくくった。

 

「そしてバートリも、君も出し抜いた! あの忌々しい吸血鬼は何も気付かず談話室に居るし、杖も人形も無しじゃあ『七色の人形使い』は戦えないだろう?」

 

「どうかしらね? 試してみる?」

 

「ハッタリは無駄だよ、マーガトロイド。それに……言ったはずだ。僕は君を侮ってはいないとね。君を招待するにあたって、僕は万全を期したのさ。さあ、友人を紹介しようじゃないか。『彼』も君たちと話したくってウズウズしてる。」

 

私の挑発を軽く受け流したリドルの背後から、見覚えのある長い胴体が巨木を──

 

「目線を下げなさい、ハリー! 目を見ちゃダメ! バジリスクよ!」

 

私たちが殺したものより一回り小さなバジリスクだ。殺したはずの毒蛇の王が、巨木を伝って下りてくる。……まあ、リドルの話で予想はできていた。ドビーの言っていた『勘違い』はリドルと、そしてバジリスクのことだったのだろう。

 

私の声に従ってハリーが俯いたのを確認してから、目線を下げたままでリドルに声を投げかける。

 

「私たちが殺したのはスリザリンのバジリスク。そしてそいつこそが、貴方のバジリスクというわけ?」

 

「微妙に違うかな。正確にはゴームレイス・ゴーントが残したバジリスクだ。スリザリンのバジリスクはどうも……主人に忠実すぎるみたいでね。子孫である僕たちを襲わないまでも、命令を聞きやしないのさ。日がな一日スリザリンの石像を見つめて、ただあの部屋を守るのみだよ。」

 

リドルは隣まで這い出してきたバジリスクの鱗を撫でながら、自慢げな表情で続きを話す。

 

「それを問題視したゴームレイスがあの部屋に新たなバジリスクを残していったんだ。……彼女のことは知っているだろう? 崇高な思想を掲げた魔女で、イルヴァーモーニーを建設した『血を裏切る者』の伯母だよ。」

 

「ええ、知っているわ。残忍でイカれた純血主義者で、偉大なイゾルト・セイアの伯母でしょう?」

 

ゴームレイス・ゴーントは十七世紀を代表する闇の魔女だ。彼女はイゾルト・セイアの両親を殺し、偏見を吹き込みながら監禁し続けた。マグルを憎め、穢れた血を蔑め、と。

 

しかしイゾルトはそれに負けず、アメリカまで逃げ出してイルヴァーモーニー魔法魔術学校の基礎を作ったのだ。そして機転と勇気、愛を以って追ってきたゴームレイスに打ち勝った。『イゾルトの大冒険』。幼い頃によくお父さんとお母さんが読んでくれた絵本。こんな魔女になりなさい、と優しく頭を撫でてくれていた。

 

「どうやら認識に齟齬があるらしいね。……君は純血の魔女だろう? 少しは思うところはないのかい?」

 

「一切無いわね。私の生みの親も、育ての親も、正しい教育を施してくれたのよ。」

 

……まあ、正しいかは微妙か。私はもう人間じゃないし、育ての親は吸血鬼と魔女だ。とはいえ、誰に恥じるでもない生き方を教えてはくれたのだ。胸を張ってそう言える。

 

真っ直ぐに睨みつける私に、リドルはほんの少しだけ残念そうな顔になった。……何故か一年生の時の面影が重なる。ホグワーツ特急で出会った頃の、まだ幼かったリドルの顔が。

 

「君は……騙されているんだ。聡い君なら分かるはずだろう? 支配者と、被支配者。力ある者と、無力な者。それは生まれながらに決まっていることなんだ。マグル上がりの俗物どもが、我が物顔で魔法界に蔓延る? 許されるべきじゃない。そんなことがあってはならないんだよ。」

 

「聞くに耐えない妄言ね。私はマグル生まれの偉大な魔法使いたちを知っているわ。その人たちは貴方なんかよりずっと多くのことを知っていたわよ。」

 

「ああ、どこかで聞いたような台詞じゃないか。その穢れた血どもが知っていたこととやらを当ててあげよう。愛だろう? ……それはダンブルドアの妄言なんだ、マーガトロイド! 本気で、本気で信じているのか? 愛? 愛だと? そんなくだらないものが力を持つわけがない! まさか本気で思っているんじゃないだろう?」

 

「いいえ。私は本気で信じているわ、リドル。……貴方にはきっと理解できないんでしょうね。だから今更それを信じろとは言わない。でも、私はそれを知っているの。それがどんなに強い力なのか、それがどんなに美しい魔法なのかを。」

 

きっとリドルには一生理解できまい。彼は真逆の道を選んでしまったのだから。五年生のあの時、私たちとリドルの道は別たれてしまったのだ。

 

一切の迷いなく言い切った私に、リドルは顔を歪めて尚も言い募ろうと口を開くが……結局言葉を発さずに、ハリーに向き直って言葉を放った。

 

「いいさ、この問答は後だ。先にもう一つの用事を済ませてしまおう。……決闘の作法は知っているかな? ハリー・ポッター。十一年前の決闘を正しい形で終わらせようじゃないか。君が勝てばジニーは解放してあげるよ。」

 

「黙りなさい、リドル。彼は十二歳で、貴方は十六歳よ。情けないとは思わないの?」

 

「手加減はするさ。それに……十一年前よりかは差は縮まっているだろう? 君は黙って見ていてくれ、マーガトロイド。余計な動きをすれば……。」

 

リドルの目線を受けて、バジリスクがジニーに噛み付くフリをする。クソったれめ!

 

ハリーは私とジニーを交互に見た後、覚悟を決めた表情でゆっくりと前へと進み出た。……ああ、ジェームズやリリー、テッサやマクゴナガルと同じ瞳だ。勇気を湛えた瞳。グリフィンドールの瞳。

 

「約束しろ、リドル。僕が勝ったら、ジニーとマーガトロイド先生には手を出すな。」

 

「いいだろう、ハリー・ポッター。約束しようじゃないか。……その代わり、僕が勝ったら君の命を貰うよ。どうだい?」

 

「それで構わない。約束は守ってもらうぞ。」

 

ダメだ、ハリー。その男は約束なんか守らないし、貴方はリドルには勝てない。二年生と六年生の差というのは大きいのだ。……頼むから早く来てくれ、リーゼ様! 私が内心の焦りに押し潰されそうになっている間にも、ハリーとリドルは決闘の作法を進めていく。

 

杖を眼前に構え、それを振り下ろす。後ろを向き、お互いに距離を取ってから……先手を取ったのはハリーだった。リドルはニヤニヤと笑いながらその呪文を弾く。いたぶるつもりか、こいつ!

 

「フリペンド!」

 

「おっと、そんなものか? 未来の僕を打ち倒した力を見せてはくれないのか?」

 

「黙れ! エクスペリアームス!」

 

「ふむ? 無言呪文も使えないか……まあ、二年生なら仕方がないさ。落ち込むことは……ないよ!」

 

言葉と共にリドルが放った無言呪文を……ハリーは見事に盾の呪文で受け止めた。凄いぞ、ハリー。授業の時とは段違いの杖捌きだ。

 

「プロテゴ! エクスペリアームス!」

 

「おおっと。今のは少々驚いたよ。その歳で盾の呪文を使えるとはね。」

 

言いながら、リドルは余裕の笑みでハリーを痛め付けていく。必死に防戦するハリーは、想像よりも遥かに戦えている。戦えているが……。

 

内心の焦りが頂点を迎えようとした瞬間、耳元で望んだ声が囁いてきた。

 

「私が蛇を仕留める。五秒後だ。」

 

リーゼ様だ! 恐らく能力で姿を消しているのだろう。背筋を歓喜が伝っていくのを感じながら、一秒。

 

「どうした? この程度か? ハリー・ポッター!」

 

リドルがニヤニヤと笑いながら呪文を放つ。二秒。

 

私がゆっくりと懐の杖に手を伸ばすと同時に、呪文を前に出ることで避けたハリーが……ルーモスか? 無言呪文で眩い光を放った。三秒。

 

「くっ……。」

 

咄嗟に目を逸らしたリドルに、ハリーが大きく杖を振り上げる。四秒。

 

……力を貸してくれ、テッサ! 五秒!

 

友の遺したイトスギの杖を振り上げた瞬間、不思議な感覚が私を包んだ。じんわりと温かなものが身体中に広がって行くような感覚。まるで杖が自分の意思で動いたかのように、滑らかな動きで振り下ろされていく。直前まで何か別の呪文を使おうとしていたはずなのだが、そんな考えは吹き飛んでしまった。

 

誰かと一緒に杖を振っているような不思議な感覚の後……杖先から美しい銀色の獅子が飛び出してきた。ライオン。テッサの守護霊だ。

 

獅子がその美しい毛並みを靡かせながら走り出す。そしてそれを合図に、三つのことが同時に起こった。

 

私が杖を握ったのを見てジニーに噛み付こうとしていたバジリスクが、何かに押さえつけられるかのようにいきなり地面に頭を激突させた後、ひしゃげるように頭を陥没させた。

 

「エクスペリアームス!」

 

「っ! 馬鹿な!」

 

片手で目を覆いながら杖を突き出すリドルに、隙を突いたハリーの武装解除術が激突する。

 

そして……迷わず巨木の下へと走って行った銀色の獅子が、リドルの日記帳にその牙を突き立てた。

 

「……違う、まだ終わっていない! まだ僕は──」

 

後ろに倒れ込みながらこちらに手を伸ばすリドルが、サラサラと砂のようになって消えていく。……終わった、のか?

 

ハリーと私が呆然とする中、ライオンがこちらに近付いて来て……優しく私に頭を擦り付けてきた。ふわふわで柔らかいたてがみから一瞬だけ漂ってきた匂いは、彼女を思い出す陽だまりの匂いだ。

 

思わず手元の杖に視線を落とす。その視界が涙で歪むのを感じながら、微かな声で呟いた。

 

「ありがとう、テッサ。」

 

世迷いごとだと言ってもらって構わない。有り得ないと言われたって気にするもんか。だって私には絶対の確信がある。テッサが、彼女が手を貸してくれたのだ。

 

杖を見つめる視界の端で蜂蜜色の髪が揺らめいたのを、アリス・マーガトロイドは確かに感じたのだった。

 


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