Game of Vampire   作:のみみず@白月

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魔法

 

 

「ああ、マーガトロイドさん! 何とお礼を言ったらいいのか!」

 

ホグワーツの医務室で、アリス・マーガトロイドはモリーの熱い抱擁を食らっていた。ぬおぉ、息ができない。窒息死しそうだ。

 

あの事件からは数時間が経過している。駆けつけたウィーズリー家の面々に向けて、ハリーと共に事件の説明をしていたのだ。既に話を聞いているダンブルドア先生とマクゴナガルも穏やかな表情で私たちを見守っているが……いや、止めてくれ。

 

「お、落ち着いて頂戴、モリー。息が、できないわ。」

 

「ほら、モリー。マーガトロイドさんを絞め殺す気かい?」

 

結構危なかった。せっかく無事に生き延びたのに、お礼の抱擁で窒息死なんて冗談にもならんぞ。やんわりと引き離してくれたアーサーに目線で礼を言うと、彼も安心したような表情で私に声をかけてきた。

 

「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます、マーガトロイドさん。」

 

「あのね、ジニーを助けるのは当然のことでしょう? 教師としても、友人としてもね。お礼を言われるようなことじゃないわ。」

 

「しかし、貴女とハリーがいなければどうなっていたことか……。私はもう娘に会えなかったかもしれないんです。せめて感謝くらいはさせてください。」

 

安らかな寝顔のジニーを見ながら言うアーサーと共に、双子とロンも自慢の赤毛を下げてお礼を言ってくる。むう、誉め殺しにするつもりか?

 

「それに、ハリーも! 貴方はなんて勇敢な子なんでしょう!」

 

おっと、モリーが今度はハリーを抱きしめたぞ。困ったように苦笑するハリーにも同様の流れが繰り返されたところで、一人椅子に座ったままだったパーシーが絞り出すような声を放った。

 

「……僕、知ってたんです。」

 

「どうしたんだよ、パーシー。何の話だ?」

 

フレッドの質問に、パーシーは項垂れながら懺悔するように語り始める。先程から何故か一人だけ暗い顔をしていたのだが……知っていた? どういうことだ?

 

「知ってたんだ。ジニーが僕を襲った犯人だってこと。忘却術をかけられた時、必死に抵抗したんだよ。だから……だからジニーだって分かってたんだ。」

 

それはまた……予想だにしなかった言葉だ。それで最近ずっと暗い雰囲気だったのか。驚く面々に視線を注がれながらも、パーシーは俯いたままで話を続ける。

 

「でも、誰にも言えなかった。ジニーが闇の魔術を使ったなんて誰に言える? 無許可の忘却術に、磔の呪文まで! 僕は妹が逮捕されるのが怖かったんだ。ひょっとしたら、ジニーは杖を折られてしまうかもしれない。アズカバンに送られてしまうかもしれない。そう思ったら……怖くて誰にも言えなかったんだ。」

 

無理もあるまい。大事な家族だからこそ、きっと誰にも言えなかったのだろう。杖を折られた魔法使いの人生は辛いものだ。ハグリッドはダンブルドア先生によって助けられたが、大抵は魔法界の片隅でひっそり生きることになってしまう。……あまり幸せとは言えないような人生を。

 

そしてパーシーはダンブルドア先生へと向き直ると、覚悟を決めた表情で口を開いた。

 

「僕を退校処分にしてください、ダンブルドア先生。僕は結局最後まで誰にも言えなかった。……一年生が犠牲になった時でさえ、黙ったままだったんです。監督生どころか、ホグワーツの生徒に相応しくありません。」

 

「おいおい、待てよ、パーシー! ……ダンブルドア先生、どうか許してあげてください。こいつは悪気があってやったわけじゃないんです! 罰があるなら僕たちも一緒に受けますから。どんな罰だって構いません!」

 

「そうです! それに、パーシーは今まで色々頑張ってきたんです! 俺たちの悪戯を止めたり、あとは……また止めたりとか。それにほら、勉強も!」

 

「気付かなかった僕も悪いんです。ジニーに真剣に向き合ったのはパーシーだけだったから……だから、僕にも責任はあります!」

 

なんともまあ、普段はいがみ合ってるくせに……いい子たちじゃないか。パーシーを庇うように立ち上がった双子とロンに対して、ダンブルドア先生は優しい笑みで言葉をかける。答えは聞くまでもあるまい。その表情を見れば一目瞭然だ。

 

「おお、そんなに心配せんでおくれ。パーシーを退校になどせんよ。」

 

しっかりと双子とロンに頷いた後、ダンブルドア先生はパーシーの目を見つめながら言葉を放った。

 

「パーシー、君のやったことは結果を見れば間違いだったかもしれん。……しかし、妹を想うその心は正しいものなのじゃ。規則でも、法でもなく、君はもっと奥底にある正しさを実行したのじゃよ。そんな君を一体誰が責められようか? 少なくともわしには出来んよ。出来るはずがない。」

 

「僕は……でも、多くの命を危険に晒してしまいました。罰がなければ示しがつきません。他ならぬ自分が納得できないんです。」

 

「それは困ったのう。わしには君を罰するのは少々難しいようなのじゃ。この老人めの頭を働かせても、どうすればいいのか分からんのじゃよ。」

 

うーむ、やはり真面目すぎる子だな。困り果てた苦笑を浮かべるダンブルドア先生に、同じ表情のマクゴナガルが助け船を出す。

 

「では、来年は監督生バッジは無しとしましょう。パーシーにはそれで充分な罰になるはずです。」

 

「それは……分かりました。そうしてください。」

 

物凄く神妙な顔で頷くパーシーだが……それでいいのか? まあ、本人が納得できるならそれで構わないか。大した罰にならなくて何よりだ。

 

話が一段落したところで、ウズウズしていたモリーがパーシーに抱きついた。おっと、今度はパーシーが窒息しそうだぞ。また一人犠牲者が増えてしまったようだ。

 

「もう、馬鹿な子なんだから! どうしてお母さんに相談してくれなかったの! そんなに辛い思いをすることなんかないのよ!」

 

慌てて止めにかかるアーサーと、パーシーの肩を嬉しそうに叩く弟たち。いやはや、何とも騒がしい家族だ。どうやら赤毛の集団は揃いも揃って家族想いらしい。

 

温かな光景に苦笑していると、ダンブルドア先生がハリーに話しかけているのが聞こえてきた。

 

「ハリー、君も実に見事な活躍をしてくれたのう。ホグワーツに君のような生徒が居ることが、わしは誇らしくて堪らんよ。」

 

「いえ、僕は何も出来ませんでした。バジリスクも、リドルも、結局マーガトロイド先生がやっつけてくれたんです。」

 

あー……つまり、バジリスクを『ぺちゃんこ』にしたのは私だということになっているのだ。そりゃあその方がリーゼ様が動き易いってのは分かっているが、手柄を掠め取っているようでどうにも後ろめたい。

 

私が微妙な気分になっているのを他所に、ダンブルドア先生とハリーの話は続く。

 

「だが、君は立ち向かったのじゃろう? ジニーとアリスを守るために、トムからの決闘を受けたのじゃ。恐怖に屈することなく、杖を手に立ち向かうことを選んだのじゃよ。……そしてなんと勝利した。見事なものではないか。」

 

「でも、あいつは明らかに手加減をしていました。それに呪文をあまり知らなかったので……武装解除しただけです。」

 

「ハリー、君は二年生で、彼は六年生だったのじゃよ。それも、ホグワーツきっての秀才じゃった。その男を相手に君はアリスが準備を終えるまでの時間を稼ぎ、あまつさえ杖を奪い取ったのじゃ。誇りなさい、ハリー。君の勇気がジニーを救ったのじゃから。」

 

「……はい。ありがとうございます。」

 

その通りだ。あの時のハリーには迷わず満点をあげられる。どれだけリドルが油断していたとしても、二年生が六年生に勝つのは至難の業なのだ。私も教師として誇らしいぞ。

 

ちょっとだけ笑顔になったハリーに向かって、ダンブルドア先生はニッコリ笑って言葉を付け足した。

 

「うむ。見事な決闘の勝利を称えて、グリフィンドールに五十点を与えようぞ。」

 

パチリとウィンクしながらそう言うと、ダンブルドア先生はハリーを寮へと送り返した。

 

そのまま目線で私とマクゴナガルに合図して、医務室のドアへと歩いて行く。……家族水入らずにしようということか。うむ、大賛成だ。きっと話したいことが盛りだくさんだろう。

 

マクゴナガルと共に廊下へと出たところで、穏やかな顔のダンブルドア先生が話しかけてきた。

 

「君も見事な活躍じゃったな、アリス。よくぞ二人を守ってくれた。」

 

「まあ、殆どハリーとリーゼ様のお陰ですけどね。バジリスクが居る状況では、人形なしの私は何も出来ませんでしたし。」

 

「そんなことありませんわ! バートリ女史に伝えたのはマーガトロイドさんじゃありませんか! ……でも、杖は残念でしたね。迷惑というか、念入りというか。」

 

慌てて否定してくれたマクゴナガルが言っているのは、人形と共に部屋に残した私の杖のことだ。リドルが何を考えたのか知らないが、いざ回収しようと戻ってみるとポッキリ折れた杖が転がっていたのである。恐らく残った蛇が折ってしまったのだろう。

 

「本当にね。かなり長い付き合いだったし、結構ショックだわ。」

 

「買い直すのですか?」

 

「んー、しばらくはこっちを借りようと思ってるの。ちょっとだけ元気すぎるけど、使った感じは特に問題ないし、それに……エクスペクト・パトローナム!」

 

守護霊の呪文を唱えながらイトスギの杖を振ると、杖先から銀色の獅子が飛び出してきた。私の以前の守護霊はうさぎだ。今回の経験で守護霊が変わってしまったのか、それともこの杖特有の現象なのかは分からないが……うん、悪い気はしない。こっちの方がずっとずっと頼りになりそうだ。

 

私の周りをくるくるとジャレつくように回る獅子を見て、ダンブルドア先生がブルーの瞳から……涙? 一筋の涙を零した。慈しむような、柔らかな微笑を浮かべている。

 

「……なんと美しい魔法か。愛じゃよ、アリス。君がテッサを想う気持ちが、テッサが君を想う気持ちが、この素晴らしい魔法を生み出したのじゃ。これほど見事な友情をわしは知らぬよ。」

 

「私、あの時テッサが手を貸してくれたような気がするんです。私の経験も、知識も、有り得ないことだっていってるんですけど……でも、確信があるんです。説明できない確信が。……変ですかね?」

 

「おお、アリスよ、一体誰がそれを疑おうか。それぞ正しく魔法なのじゃ。元来魔法とは理屈では説明できない、不思議で魅力的なものなのじゃよ。故に我らはそれを『魔法』と呼び始めた。……きっとわしでも、そしてノーレッジでさえも理解できないものが、君たち二人を確かに繋いだのじゃろうて。」

 

「……魔法。」

 

そっと手元の杖に視線を落とす。小さな頃から身近にあった言葉が、何故か今は全然違うものに感じられてしまう。……ああ、そうか。きっとこれがパチュリーの見ていた景色なのだ。

 

あの図書館の魔女がどうしてあそこまで知識を求めるのか。今初めて本当の意味を知れた気がする。私が今まで見ていたものは、『魔法』のほんの一部分でしかなかったのだ。

 

……凄いな。パチュリーも、ダンブルドア先生も。とっくの昔に『これ』に気付いていたのか。あの感覚を知った今なら理解できる。二人の背中のなんと遠いことか。

 

杖を見つめながら押し黙る私に、ダンブルドア先生が嬉しそうな笑みで言葉をかけてきた。

 

「どうやら、君も理解できたようじゃな。つまり……そう、理解などできぬということを。理解する必要も、説明する必要もないのじゃ。君にはもう分かっているのじゃろう?」

 

「はい。……これはまた、参りました。どうやら私はまだまだ修行不足のようですね。今ようやく、魔女として歩き出せた気がします。」

 

「ほっほっほ。案ずるでない、アリス。君は一人ではないのだから。二人ならずっと遠くの景色が見られるよ。わしがそれを保証しよう。」

 

杖を見ながら言うダンブルドア先生に、はにかんだ笑顔で頷いた。……そうだ、私は一人ではないのだ。今ならそれがよく分かる。ちょっとお転婆だけど、とっても頼りになる親友がついているのだから。

 

話が一段落したところで、そういえば押し黙っているマクゴナガルの方を振り返ってみれば……うわぁ、大泣きしている。化粧がめちゃくちゃになるのも構わずに、獅子を見ながらボロボロ涙を流しているのが見えてきた。

 

「マ、マクゴナガル? ほら、拭きなさい。化粧が崩れて酷いことになってるわよ。」

 

「わ、私……すみません、私ったら、どうにも涙が止まらなくって。だって、こんな……こんな。」

 

言葉の合間にも、どことなく心配そうな獅子が近付く度に涙の量を増やしている。……うーむ、マクゴナガルの前では守護霊の呪文をあまり使わない方が良さそうだ。この分だと目が腫れるまで泣き続けてしまうぞ。

 

スペアのハンカチも取り出しながら、アリス・マーガトロイドは涙脆い友人に苦笑を浮かべるのだった。

 


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