Game of Vampire   作:のみみず@白月

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マリサ・キリサメと魔術師の星見台
星屑


 

 

「面倒なことを言ってくれるじゃないか、あの悪霊め……。」

 

ダイアゴン横丁のカフェテラスで苛立たしげに呟く吸血鬼を、霧雨魔理沙は身構えながら恐る恐る見ていた。怖い。すっごい怖い。

 

なんたって、目の前に座る吸血鬼からは明らかな妖力を感じるのだ。幻想郷で見る下級妖怪なんかとは全然違う。枷がある状態でこれか? どうかしてるぞ。間違いなくあっちで言う大妖怪クラスだ。

 

当然ながらテーブルに置かれた紅茶を飲むどころではない。なんたって、機嫌を損ねれば殺されるかもしれないのだ。魅魔様から持たされた手紙の中身は見ていないが、この吸血鬼が怒ったら私に何か出来るとは思えん。魅魔様が穏便な言葉で書いてくれていることを祈るばかりだ。……うん、儚い望みだな。あの方が『丁寧な』手紙を書くわけない。

 

内心でビビっている私に、黒髪の吸血鬼……バートリがようやく口を開いた。

 

「……いいだろう。バートリの借りはバートリが返す。父上があの悪霊に借りがあるのは確かだし、私も昔一度だけアメリカでの仕事を手伝ってもらったことがある。……囚われのお姫様を救うためにね。だから、学用資金については任せてもらおう。」

 

「感謝するぜ……します。」

 

「敬語も結構。キミの英語が下手くそなこともここに書いてあるよ。それに、私は十一歳の小娘に目くじらをたてるほど心が狭くはないつもりだ。楽にしたまえ。」

 

一安心だ。なんだよ、結構話が分かる奴じゃないか。私がホッと一息ついたところで、バートリはいきなり身を乗り出してニヤニヤ笑いながら口を開く。文字通りの悪魔の笑みで。

 

「おいおい、何を安心しているんだい? 霧雨魔理沙。キミの目の前にいるのは吸血鬼だよ? 条件があるに決まっているだろう?」

 

前言撤回だ、クソったれめ! 蛇に睨まれた蛙。吸血鬼に睨まれた人間だ。私が為すすべなく頷いたのを見て、バートリは条件とやらを話し始めた。

 

「先ず一つ、我々吸血鬼はイギリス魔法界じゃ『上手く』やってるんだ。別に私の存在を言いふらすなとまでは言わないが、余計なことは口走らないでもらおうか。意味は分かるね?」

 

「あー……わかったぜ。」

 

吸血鬼が人間の『お友達』なのはウィーズリーからよく聞いている。この感じだと絶対に悪巧みをしているのは確かだが、私は自分の命の方が大事なのだ。言いふらしたりはしない。というか、出来ない。

 

「二つ、幻想郷についての情報を渡して貰おう。有力者、勢力、思想、宗教、文化、地理……キミの知る限り全てをだ。出来るだろう?」

 

おいおい、何のつもりだ? 幻想郷に攻め込もうとでもしてるのか? それはさすがに看過できんぞ。あそこの連中がコイツらに敗れるとは思いたくないが、万が一ということがある。

 

内心の焦りを必死に隠しつつ、精一杯睨みつけながら博麗結界のことを話す。

 

「……幻想郷に入ろうとしてるなら無駄だぞ。あそこは強力な結界で守られてる。いくらあんたらでも突破できないはずだ。」

 

「んふふ、もう八雲紫とは話がついているのさ。心配どうも、小さな魔法使いさん。」

 

八雲紫? あの、大間抜けの、すっとこどっこいの、親バカの、ポンコツ賢者め! 何を考えてそんなことをしようとしてるんだ! ……もういい、私は知らんからな。話せと言うなら話してやるさ。どうせそうする以外に道などないんだ。

 

「わかったよ、話せばいいんだろ? 話せば。」

 

「大変結構。それじゃあ……ふむ、住まいはどうするつもりだい? 一応、我が家にも空き部屋は腐るほどあるが。」

 

「……吸血鬼だらけの家じゃないだろうな?」

 

「だらけとは言わないが、私を含めて三人いるよ。それと、悪魔に妖怪に魔女もいるね。」

 

この世の地獄じゃないか。誰がそんな場所に住むもんか。命がいくつあっても足りやしないぞ!

 

必死に首を振りながら、断固拒否の返答を返す。

 

「ありがたいが、やめとくぜ。どっかその辺に家を借りるさ。吸血鬼も悪魔も妖怪もなしの家をな。」

 

魔女ってのだけは非常に気になるが、その他の種族がヤバすぎる。危うきは避けよ。それだけはここも幻想郷も変わらないはずだ。

 

バートリはクスクス笑いながらも、肩を竦めて頷いた。

 

「んふふ、残念だね。ちょうど同い年の子もいるんだが……まあいい、どうせホグワーツで会うことになるだろう。」

 

ちょうど学校の話題が出たので、ウィーズリーから聞いていた『与太話』を口に出してみる。あり得ない話だが……違うと言ってくれ。頼むから。

 

「そのことなんだが……あー、あんたが通ってるって聞いてるんだ。その、ホグワーツに。生徒として。何かの勘違いだよな?」

 

否定してくれと願いながら半笑いで問いかけると、バートリは急に不機嫌そうな顔になって鼻を鳴らした。おっと、マズいぞ。地雷を踏んだか?

 

「不本意ながら、真実だ。とあるゲームをしててね、勝つためには必要なことなんだよ。……いいか? 本意ではないということは分かってくれるね?」

 

「ああ、分かるぜ! よく分かる!」

 

いったい誰が否定できる? 少なくとも私には無理だ。不機嫌な吸血鬼など近寄りたくもないのに、目の前で睨みつけられているんだぞ。

 

必死に頷きまくって同意してやると、バートリはうんうん頷きながら口を開いた。

 

「分かってくれて嬉しいよ。誰もこの辛さを理解してくれないんだ。考えてもみたまえ。キミが乳児と一緒の生活をしているようなもんだぞ? ミルクを貰っておしめを替えられて……ほら、耐え難い苦痛だろう?」

 

「それは……うん、そりゃ酷いな。同情するぜ。」

 

リップサービス八割の本音二割だ。確かに楽しそうな生活とは思えない。私が寺子屋のバカガキどもと一緒に過ごしたくはないのと同じことなのだろう。いや、乳児ってのはさすがに言いすぎだと思うが。

 

深く頷いた私に、バートリはかなり機嫌が良くなってきたらしい。いいぞ、その調子だ。機嫌の良い吸血鬼も嫌だが、悪いよりかは遥かにいいのだ。

 

「話が分かるじゃないか、魔理沙。私のことはリーゼと呼びたまえ。キミの『バートリ』の発音は残念に過ぎるしね。」

 

「あー……光栄だよ、リーゼ。」

 

「よしよし。それじゃあ、ホグワーツには私が話を通しておこう。学用品の準備は……出来るのかい? まだ何にも知らないんだろう?」

 

む、それは……確かにその通りだ。何を買えばいいのかも、どこで買えばいいのかも、どう買えばいいのかもわからん。全てがわからん。

 

どう答えようかと迷う私を見兼ねたのか、リーゼがある提案を口にしてきた。

 

「なんなら、案内人をつけようか? ウチの子も今年入学だし、どうせ買い物はする予定だったんだよ。」

 

「えーっと、吸血鬼か? それとも妖怪か悪魔? それ以外なら是非お願いしたいんだが……。」

 

「残念ながら魔女だよ。社交的で明るいのと、人嫌いで暗いのがいるけど……どっちがいい?」

 

そんなもん前者に決まってるだろうに。まあ、魔女っぽいのは後者だな。ちょっと興味はあるが……うん、やっぱり前者だ。吸血鬼基準の『人嫌い』だとすれば、呪い殺されるかもしれないのだから。

 

「出来れば明るい方で頼む。」

 

「そりゃそうだね。それなら、買い物の日取りは後で教えるよ。住処は……本当にいいのかい? マグルよりかは手続きは楽だが、魔法界でも子供一人で探すのは難しいと思うよ?」

 

「んー……そりゃあそうかもしれんけど。うん、まあ、気を悪くしないで欲しいんだが、吸血鬼の住処ってのはちょっと気後れしちまうんだよ。私はほら、幻想郷育ちだからさ。あんたらがどんな存在かってのをちょっとは理解してるつもりだぜ。」

 

肩を竦めて言うと、リーゼは愉快そうにクスクス笑いながら口を開いた。怒ってはいないらしい。

 

「んふふ、素晴らしい。最近はあまり見なくなってしまった正しい反応だね。……ふむ、そういうことなら無理にとは言わないが。」

 

そのまま宙を見つめて何かを考え始めたリーゼは、やがて指を鳴らして提案を放ってきた。

 

「……ああ、それならあそこがいい。キミを案内する予定の魔女が、昔住んでいた家が残ってるんだ。ダイアゴン横丁にね。」

 

「ここに? そりゃあ、使えるんなら助かるぜ。頼んでみてくれるか?」

 

「話は通しておこう。そういうことなら、しばらくはこのまま漏れ鍋に泊まっておいてくれ。買い物の時に案内してもらえばいい。日にちは……決まったらふくろう便を送るよ。」

 

「ふくろう便?」

 

私が問い返すと、リーゼは苦笑しながら答えを返す。この様子だと魔法界じゃ常識のようだ。色々と勉強する必要があるな。

 

「こっちじゃ手紙をふくろうに運ばせるのさ。他にも連絡手段は色々あるが、ふくろう便が最も一般的な方法だね。ふむ、キミも一羽持っておいた方がいいかもしれんな……。」

 

言いながらごそごそと懐を弄ったリーゼは、あー……金貨の詰まった袋をテーブルに乗せた。価値はわからんが、絶対に大金であることだけは理解できる。しかし、どっから取り出したんだ? これも魔法か?

 

「これでしばらく過ごしておいてくれ。ふくろうも一羽買っておくように。金貨がガリオン、銀貨がシックル、銅貨がクヌートだ。まあ……詳しいことは漏れ鍋の店主にでも聞けばいいだろう。年中暇してるんだ、喜んで教えてくれるさ。」

 

「それじゃ、ありがたく。」

 

何にせよ、貰えるもんは貰っておこう。少なくともこれで氷菓子を我慢する必要はなくなったのだ。吸血鬼の贈り物にビビってるようじゃあ、立派な魔法使いなどなれないのである。

 

私がクソ重い袋を受け取ったのを見て、リーゼが残りの紅茶を飲み干しながら立ち上がった。

 

「それじゃあ、私たちが次に会うのはホグワーツ……特急の中かもね。何にせよ、しばらくのお別れだ。息災でいたまえ、魔理沙。」

 

「ああ、世話になったぜ。ありがとな、リーゼ。」

 

一応立ち上がって見送ると、リーゼは一度振り返って言葉を放つ。

 

「……そうだ。キミと一緒に買い物をするであろう女の子は、純然たる人間だよ。出来れば友達になってやってくれ。」

 

言うとそのまま去っていく。最後の言葉と共に見せた顔は……うーむ、綺麗な微笑みだった。吸血鬼についてはよく分からなかったが、どうやら身内はきちんと大切にするようだ。

 

ま、真剣に考えたところで答えなど出まい。妖怪ってのはどいつもこいつも意味不明な生き物なのだ。妙に律儀だったり、謎の制約を課していたり。人間から見ると何を考えているのかさっぱりだ。

 

首を振って考えを振り払ってから、私も紅茶を飲み干して店を出る。麦茶の方が好きだが、こっちも結構悪くはないな。もう少し甘ければなお良いが。

 

さて、先立つ物は手に入ったし、漏れ鍋に戻る前にちょっとだけショッピングと洒落込もう。ダイアゴン横丁の表通りを歩きながら、左右のショーケースを確認する。金貨の袋が重すぎて服が変なことになってるが、そこはご愛嬌だ。

 

別に豪遊しようってんじゃない。少し楽しむくらいなら構いやしないはずだ。この場所は……というか、この世界は私の興味を惹いて止まないのだから。魅魔様の教えの一つ、『好奇心に従え。ただし、死なない程度に』を実行しなければなるまい。

 

しかしながら……うーむ、ワクワクが止まらんぞ。恐らく薬の材料なのであろう、見たこともない乾燥した植物が吊るされた店。何やら仕掛けが盛りだくさんの望遠鏡。色とりどりの水晶玉専門店。道行く人々、建物、言語、商品。幻想郷では見られなかったそれらに、自然と心が弾んでしまう。

 

来てよかった。ここにきて初めて心の底からそう思う。私が憧れた『魔法の世界』がここにはあるのだ。ここではきっと誰も私をバカになんてしない。道具屋の跡取りではなく、人里の娘でもなく、魔法使いの霧雨魔理沙でいられるのだ。

 

スキップしたがる足を抑えながら歩いていると……あれは、箒? ショーケースに箒が飾られている店が見えてきた。明らかに掃除用ではない、高級そうな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

 

魔女っぽいぞ! 思わず近付いて見てみれば、想像通りに乗り物として売っているらしいではないか。うう、入ってみたい。……よし、入ろう! 見るだけならタダなのだ。たぶん。

 

意を決して中に入ると、店主らしき人物がカウンターに座ったままで声をかけてきた。何度か見た動く写真の新聞を読んでいる。あれもちょっと気になってるのだが……どこに売ってるんだろうか?

 

「いらっしゃい。」

 

「あー……邪魔するぜ。」

 

どうやら新聞から目を離す気はないようだ。やる気のなさそうな店主に一声かけてから、店内の箒を一つ一つ見回していく。

 

うーむ、この金具は何のためについてるんだ? ……足を引っ掛けるためか? 色々と分からんことは多いが、とにかく沢山の種類があることだけは分かった。

 

ニンバス、クリーンスイープ、コメット、ツィガー。名前も違うが、形も少しずつ違っている。ぬう、乗ってみたいぜ。……実はちょっとだけ憧れているのだ。私が魔法使いを目指したルーツはそこなのだから。

 

寺子屋に置いてあった、小さい頃に読んだ外の世界の絵本。不思議な魔法使いが様々な魔法で主人公のお姫様を助けるストーリーだ。周りの子たちはみんなお姫様に憧れていたが、私だけは魔法使いに憧れていた。

 

箒で空を飛び、悪い竜からお姫様を守る。そりゃあただの物語だってのはもう分かってる。それでも箒というのは私の心をくすぐるのだ。

 

あの物語が現実にあるようで、ちょっとニマニマしてしまう。そのまま店内を物色していると……一本の箒が目に入ってきた。

 

店の隅にある埃を被った箒。一際古ぼけているそれから、何故か視線が離せない。近付いて前に置いてあるプレートの文字を読んでみると……。

 

「スターダスト。」

 

『星屑』か。私が思い描いている魔法と似ている名前だ。何か運命的なものを感じながらジッと見つめていると、店主がチラリとこちらを見ながら声を放ってきた。

 

「やめときな、お嬢ちゃん。そいつはお世辞にも良い箒とは言えねえぞ。おまけに制作会社は倒産済みだ。あの悪名高きユニバーサル箒株式会社さ。」

 

「……ってことは、安いのか? ユニバーサルなんちゃらってのは知らんが、少なくともあの店頭にあった、あー……ファイアボルト? あれよりは安いはずだよな?」

 

「当たり前だろうが。ファイアボルト一本でその箒五十本は買えるぜ。……おい、まさか買うとは言わねえだろうな?」

 

視線でやめとけと言っている店主に、ニヤリと笑って言い放つ。

 

「買うぜ。あんたの忠告はありがたいがな、どうにも惹かれちまうんだよ。私は直感ってのを信じるタチなんだ。」

 

「まあ、買うってんなら売るけどなぁ……ガキを騙したみたいで気が引けるぜ。本当にいいのか? 返品は利かねえぞ。」

 

「魔法使いに二言はないさ。」

 

カウンターへとスターダストを置くと、店主はやれやれとばかりに首を振りながらも包んでくれた。勢いで買っちゃったが……まあ、安いし。実用品だし。大丈夫なはずだ。十ガリオンってことは、金貨十枚だよな?

 

「金具はオマケしといてやるよ。そもそも付いてねえ方がおかしいんだしな。……そりゃあ倒産するわけだぜ。」

 

「ありがとよ!」

 

なかなかに気の良い店主に礼を言って、代金を置いた後に意気揚々と店を出る。いい買い物をした。したはずだ。したと思おう。

 

早速乗ってみたいが……うん、我慢したほうがいいな。ここまで箒で飛んでいるようなヤツは見なかったし、何かしらの決まりがあるのかもしれない。先ずはこの世界の常識を、延々コップを拭いている漏れ鍋のバーテンダーから学ぶ必要がありそうだ。

 

「よろしくな、相棒。」

 

買ったばかりの箒に声をかけながら、霧雨魔理沙は軽い足取りで漏れ鍋へと戻るのだった。

 


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