Game of Vampire 作:のみみず@白月
「それじゃあ……いくわよ。」
見たこともないほどに真剣な表情のレミィが私たちを見回すのを、パチュリー・ノーレッジはどうでもいい気分で眺めていた。さっさとやってくれ。
紅魔館のリビングには館の住人が勢ぞろいしている。レミィ、リーゼ、アリス、咲夜、小悪魔、美鈴、エマ、そしてなんと妹様まで居るのだ。何故か妖精メイドまで集まってるし。
全員の視線を一手に集めたレミィが、意を決したように口を開く。
「……スカーレットがいいと思う人! 手を挙げなさい! はい! はいはい!」
レミィと……あー、レミィだけが高々と手を挙げている。妖精メイドですら誰一匹として挙げていないぞ。揃いも揃って白けたジト目だ。
自信満々の様子で手を挙げていたレミィだったが、自分の他に誰一人として手を挙げていないのを確認すると……おや、徐々にその顔に赤みがさしていく。ポンコツ吸血鬼が噴火寸前だ。
「どうしてよっ! スカーレットでしょうが! 咲夜はうちの子でしょうが!」
「はい、却下だね。次に行こうか。」
リーゼの呆れたような感じの機械的な進行に従って、こちらも自信満々のアリスが前に進み出た。……つまり、長きに渡る咲夜の命名戦争に終わりの日が訪れたのだ。さすがに苗字なしでホグワーツに入学するのはマズいのである。
ダシダシと足を踏み鳴らすレミィは納得できないといった表情でアリスを睨みつけるが、アリスはそんな視線を完全に無視して口を開いた。
「それじゃあ、ヴェイユが良いと思う人! はい!」
うん、決まりだな。発言者のアリスはもとより、リーゼ、小悪魔、エマ、妹様、そして妖精メイドの大多数がきゃーきゃー言いながら手を挙げている。数に含まれるかは知らんが。
決まり手は咲夜自身が手を挙げているところだ。何だかんだで本人の意思が一番大切だろうし、そうなるとレミィも反対できまい。
満足そうに頷くアリス。うーうー言いながら頭を抱えるレミィ。これにて十一年の越しの戦争は幕を下ろしたのだ。下ろしたはずなのだが……。
「じゃあじゃあ、十六夜が良いと思う人! いい名前ですよ!」
諦めの悪い大妖怪が慌てて喚き始めた。言わずもがな、自分のネーミングセンスを見限りたくない美鈴である。咲夜のためというか、自分のためであることは間違いあるまい。
まあ……一応私も手を挙げる。名は体を表すべきなのだ。ハロウィンにも、能力にも、出生にも。咲夜には『矛盾』が詰まっているのだから。咲夜って名前は十六夜とセットの方が意味が深まるわけだし。
とはいえ、賛同者は多くはない。美鈴と私、妖精メイドがちらほら手を挙げているだけだ。しかし……。
「ふむふむ、まあいいでしょう! 二位ですからね、二位! 銀メダルです!」
意味不明なことを言う美鈴は、満足そうに頷きながら迷わず引き下がっていった。どうやら彼女の自尊心は守られたようだ。そして代わりに地の底に落とされたのが、ビリッケツのポンコツ吸血鬼である。
「うー! おかしいでしょうが! ヴェイユはともかく、なんで十六夜にまで負けるのよ! 不正だわ! 出来レースだわ! 八百長試合だわ!」
「諦めてください、レミリアさん。私の……いえ、ヴェイユの勝利です!」
「何勝ち誇ってんのよ人形娘! ぐあぁぁ、ムカつく! ……ちょっとフラン、貴女はスカーレットでしょうが! 咲夜にお揃いの名前にして欲しくないの? して欲しいでしょ?」
ふんすと鼻を鳴らすドヤ顔アリスを怒鳴りつけたレミィは、今度は妹様に矛先を向けた。妖精メイドたちのブーイングもなんのそのだ。
矛先を向けられた妹様は、いつものように咲夜を抱きしめながら口を開く。
「だってコゼットの娘なんだよ? ヴェイユに決まってるでしょ? ……ふふ、レミリアお姉様はお馬鹿ちゃんだなぁ。猿だって分かることじゃん。」
うーむ、妹様が大人びた微笑を浮かべながら吐く軽い毒は、昔の無邪気な罵倒よりも威力がある気がする。そう思ったのは私だけではないようで、窮したレミィは再びうーうー言い始めた。
ま、これにて決着だ。立ち上がって部屋のドアへと歩き出す。正直言って私にはどの名前が選ばれようが知ったこっちゃないのだ。私にとっては咲夜は咲夜。スカーレットでも、ヴェイユでも、十六夜でもなく、『咲夜』なのだ。ならば苗字などどうでもいいさ。どうせ呼ぶ機会もあるまい。
……まあ、本人は納得しているようだし。それなら……うん、私もちょっとは嬉しい。ちょっとだけだが。
妖精メイドたちの歓声やらブーイングやらで喧しいリビングを出ようとすると、そんな私に気付いたリーゼが声をかけてきた。
「おや、もう行くのかい? レミィの抵抗はまだまだ続きそうだよ?」
「見ていて面白いのは同意するけど、私にとっては研究の方が大切なの。図書館に戻ってるわね。」
「やれやれ、キミは本当に協調性ってもんがないね。……少しはダンブルドアを見習ったらどうだい?」
「協調性なんか何の役に立つのよ。私は図書館の魔女。『ノーレッジ』こそが全てなの。」
皮肉に適当な返事を返してやると、リーゼは肩を竦めながら首を振る。余計なお世話だ。私のことは誰よりも知っているだろうに。
そのまま廊下を出て、図書館に向かって歩き……浮くか。最近はちゃんと歩いてたし、そろそろ浮いても問題ないはずだ。
一時は歩き方を忘れるという、自分でもちょっとヤバいと感じる症状が出てしまったのだが、最近意識して歩いているせいで大分良くなってきた。あの時の小悪魔の視線は忘れられん。やべえなこいつという戦慄の表情をしていた。今後も気をつける必要がありそうだ。
いつものように荒らされている美鈴の花壇を窓から見て、いつものように落書きをされているレミィの祖父の肖像画を抜け、愛しい図書館へとたどり着く。
「……ふむ。」
立ち並ぶ本棚を眺めながら思考を回す。咲夜の空間制御も多少モノになってきたし、そろそろ拡大計画を試してみるのもいいかもしれない。計算して空間を歪ませれば、理論上無限に近い面積を得られるはずだ。
……無限に広がる図書館か。考えただけで顔がにやけてしまうぞ。なんたって、世界一の図書館に違いないのだ。私の図書館が世界一。いい響きではないか。大英図書館など私のに比べれば『絵本コーナー』同然になるはずだ。
考えていたらなんだか愉快な気分になってきた。ふよふよと図書館を巡っていると、ふとある考えが頭をよぎる。
もっと内装に拘るべきではないか?
むむ、そう考えるとちょっと地味にも思えてきたぞ。レミィの要求で敷かれた赤いカーペットに、連結された本棚の壁。金色のシャンデリアと、各所に置かれた木製のはしご。
悪くはない。雰囲気もあるし、本棚は全て重厚な感じのダークオークで揃えている。カーペットとも合っていると思うが……あれだ、魔女っぽさが足りない。これだと普通の立派な図書館ではないか。
もっと薄暗くして、紫の炎でも灯してみよう。本棚も直線的じゃなくって、もっとぐねぐねと、迷路のように配置したほうがいいかもしれない。
そうなると……うむ、高低差も必要だな。今は普通の二階建てだが、もっとこう……複雑にしたいのだ。魔法の障壁なんかも各所につけて、仕掛け本棚なんかも置きまくろう。
ダメだ、ニヤニヤが止まらん。なんて素敵な思いつきなんだろうか。よくやったぞ、パチュリー・ノーレッジ。お前は天才だ。
どうせ分霊箱が見つかるまではしばらく暇なのだ。その間に図面だけ起こしてしまって、咲夜の成長に備えておこう。これは久々の大仕事になりそうだぞ。
後で管理することになる小悪魔に猛反対されるとも知らず、パチュリー・ノーレッジはニマニマと計画を練るのだった。
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「……で、どうすりゃいいんですかね?」
夏の太陽に照らされる騒がしいロンドンの街並みを眺めながら、紅美鈴は途方に暮れていた。隣の小悪魔さんも困ったような表情をしている。
分霊箱を探せ。それがお嬢様からの命令だったのだが……いや、無理だろ。何を何処で探せばいいのかもわからんのに、見つけ出せるはずがない。
どうしようかと悩んでいるところで、旅の道連れとなった小悪魔さんが口を開いた。
「目的地は一応決まってるんですけど……とりあえず、ご飯にしましょう。マグルの世界のご飯は初めてです。」
「素晴らしい提案ですね。そうしましょう、そうしましょう。」
目的地が有ったとは知らなんだ。とはいえ、ご飯の提案を蹴ってまで行く必要などあるまい。ご飯の誘いは受ける。それが私の信条なのだ。帽子を被り直して歩き出す。
ちなみに、私も小悪魔さんも『マグルっぽい』服装へと姿を変えている。私は緑のつば付きキャップに、黒いタンクトップとジーンズだ。一応夏だしそれっぽい格好を、ということらしい。
小悪魔さんは半袖のシャツにベストを羽織り、黒いハーフパンツを穿いて小さなキャスケットを被っている。フォーマルとキュートの中間みたいな感じだ。
どっちも小悪魔さんの見立てなのだが……なんか道行く人の視線を感じるぞ。ひょっとして、変なんじゃなかろうな?
「小悪魔さん、この服装って本当に合ってるんですか? めちゃくちゃ見られてる感じなんですけど。」
歩道を歩きながら聞いてみると、小悪魔さんはニヤリと笑いながら返事を返してきた。
「それはですねぇ……美鈴さんが美人だからですよ! スラッとした美女がタンクトップなんです。そりゃあみんな見ますよ。ジロジロと。」
「えぇ……? マジですか?」
「マジです。私の見立てに間違いなどないんです!」
ふむ? そう言われるとまあ……悪い気はしない。こんな服装は初めてだが、実に動き易くていい感じだ。昔は肌を見せるのは無作法だったんだが……いつの間にこんな感じになったのやら。痴女だと思われてないよな?
二人でごちゃごちゃした街を見回しながら歩いていると、曲がり角の良さげなレストランが目に入ってきた。レストランっていうか新大陸のダイナーっぽい感じだが、ちょっと年季が入ってるのが逆に美味そうだ。小悪魔さんと目線を合わせて、頷き合ってからそこへと入る。
「ふわぁ、涼しいですねぇ。」
「まさか紅魔館みたいに魔法がかかってるんじゃないでしょうし、どうやってるんですかね? 氷とか?」
「冷蔵庫と同じ仕組みなのかもですね。図書館の本で見たことがあります。」
ドアを抜けると謎の技術によって店内は涼しく保たれていた。人間ってのは次々と新しい発明をしていくせいで、何がどうなってるのかはさっぱりだ。
ま、涼しいのに文句などない。四人がけのテーブルに向かい合って座りながら、メニューを二人で見て……よし、この『ベーコンオムレツバーガー』に決めた。名前がもう既に美味そうだ。不味いはずなどない感じがヒシヒシと伝わってくる。
「決めました。」
「はっやいですね……。」
ついでにコークとポテトでも頼めば完璧だろう。ヨーロッパ大戦の時に初めて飲んだ時は衝撃だった。現状、人間が生み出した物の中で一番偉大なのはこれのはずだ。誰が創ったんだかは知らんが、私でさえ尊敬を禁じえないぞ。
愛想のいい中年のおばちゃんが聞きに来る頃には小悪魔さんも注文を決めたようで、二人で注文を口にする。
「私はベーコンオムレツバーガーとポテトとコークを。」
「私はフレンチトーストのセットで。飲み物はコーヒーをお願いします。」
「はいはい、かしこまりました。」
ニコニコと微笑みながら了承してきたおばちゃんが厨房に注文を叫ぶのを見ながら、小悪魔さんに目的地とやらについての質問を飛ばしてみた。
「それで、目的地ってどこなんですか?」
「レミリアさんが言ってたじゃないですか。リドルの住んでた孤児院ですよ。」
んん? そういえばそんなことも言っていたような……言っていなかったような……。
私の疑問顔に苦笑して、小悪魔さんはおばちゃんが先に持ってきたコーヒーの礼を言ってから説明の続きを口にする。
「どうも。……ウール孤児院。トム・リドルのルーツですよ。アリスちゃんが言うには忌み嫌ってたらしいんですけど、一応調べておこうってことになりまして。」
「でも、まだ残ってるんですかね? 六十年も前の孤児院なんでしょう?」
「微妙なとこですよねぇ。まあ、場所は分かってるので、行ってみれば分かりますよ。」
言うと美味そうにコーヒーを飲み始めた小悪魔さんに頷きながら、考えても無駄だと結論を出す。行ってみれば分かるなら、行ってみてから考えればいいのだ。先に考えるのは私の流儀ではない。
ま、正直なところリドルなどどうでもいい。魔法界もどうでもいいし、ダンブルドアやハリー・ポッターがどうなっても興味などない。私にとって興味があるのは、あの紅い館の住人たちだ。
紅美鈴にとっての最大の敵は退屈である。スカーレット卿に雇われる前は、実に退屈な日々を送っていたものだ。修行して、寝て、修行して、食って寝る。それを繰り返すだけ。今考えると頭がおかしいとしか思えない。
それが今やどうだ? 信じられないほどに一日は長く、退屈なんかとは無縁の日々じゃないか。あの時、スカーレット卿が死んだ時にお嬢様に味方していて本当に良かった。そこらの吸血鬼なら未だに山奥に引きこもっていたはずだ。それに従姉妹様とも出会えなかっただろう。
別にどれだけの魔法使いが死のうが知ったことではないが、あの館のみんなが悲しむのは困る。私は今のあの場所を気に入っているし、みんなで幻想郷とやらに行くのも楽しみなのだ。
あの場所を守るためなら……まあ、命くらいなら懸けてもいいと思う。トカゲちゃんは随分と不死に拘っているらしいが、命ってのは使い時が重要なのだ。生きられるだけ生きて、使うべきときに使う。そんな単純なことがなんだって分かんないのやら。
しかしまあ……百年そこらで絆されるとは、私も随分と丸くなったもんだな。中原に居た頃からは考えられない変わりようだ。昔は結構ヤンチャしてたんだけどなぁ……。
「どうしたんですか? ニヤニヤしちゃって。」
小悪魔さんがキョトンとした表情で問いかけてくるのに、にへらと笑って返事を返す。いけないいけない、顔に出ていたようだ。
「いえいえ、何でもないですよ。ご飯のことを考えてたんです。」
「食いしん坊ですねぇ、美鈴さんは。」
「その通りですよ! これは私の自慢なんです。武人は食うべき時に食うのが仕事ですからね!」
クスクス笑いながら言う小悪魔さんにえへんと胸を張りながら、益体も無い思考を閉じるために蓋をする。
とにかく、分霊箱とやらを見つけりゃいいのだ。そうすれば戦況は動き、再び面白い事態になってくれるはずなのだから。
退屈しなければどうでもいいが、勝って終われるならそれが一番のはずだ。ハッピーエンドでイギリスの物語を終わらせて、そしたら幻想郷で新しい物語を見物すればいい。
ああ、退屈しない。永く生きた妖怪にとってはそれこそが一番の幸せなのだ。そしてそんな幸せを与えてくれる紅魔館は私にとっての宝箱なのである。
己の財宝を守るのは私という妖怪の本能に近い。私のルーツがそうさせるのだ。門番とはまあ、今思えば上手いこと言ったもんだな。私にピッタリじゃないか。
「お待たせしたね。ほら、たんと食べな。お嬢ちゃんたちはちょっと痩せすぎだよ。」
おばちゃんが運んできてくれた皿には……おお、ポテトが山盛りになっている。うんうん、ここはいい店のようだ。また来よう。
「ありがとうございます。」
心のメモ帳に書き込みながらお礼を返し、早速とばかりに齧り付く。
気楽に行こう。お嬢様たちは真剣にやっているようだが、のんびりやればいいのだ。時間は常に私たちの味方なのだから。
予想通りの美味い食事に舌鼓を打ちつつも、紅美鈴は次は何処で何を食べようかと考えるのだった。