Game of Vampire   作:のみみず@白月

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三つ巴の決闘

 

 

「さて、ようやくこの日が訪れたわけだけど……まさかもう不測の事態は起こらないでしょうね?」

 

紅魔館のテラスから忌々しい日光に照らされる庭を眺めながら、レミリア・スカーレットは隣に座るリーゼへと問いかけていた。美鈴のヤツ、また無駄なスキルを習得したみたいだな。現在進行形で庭に見事なフラワーアートが出来つつあるぞ。

 

「いやぁ、それはさすがに勘弁してほしいところだね。準備もきちんとしてあるわけだし、大丈夫だと信じようじゃないか。」

 

「そうね。……それにしても、フランも良い方法を考えついたものだわ。」

 

ゴドリックの谷で運命の出会いを果たしたダンブルドアとグリンデルバルドは、どうやらその若き情熱を魔法界の改革に捧げることに決めたらしい。日がな一日『革命』についてを語り合い、今や断金の間柄といったところだが……残念なことに、彼らにとってゴドリックの谷は狭すぎたわけだ。

 

妹を重荷に感じながらも見捨てることの出来ないダンブルドアと、それを歯痒い思いで見ているグリンデルバルド。そんなギリギリのバランスを保っている二人の下に、夏休みに入ったダンブルドアの弟……アバーフォースが帰ってくるのである。そして三人が一堂に会した瞬間、ダンブルドアの家と紅魔館の地下室を『繋げる』というのが今回の計画のあらましだ。

 

もちろん物理的に繋げるわけにはいかないが、フランの狂気を漏れ出させる程度ならどうにかなるだろう。そのための仕掛けは三ヶ月も掛けて慎重に構築したし、綿密なシミュレーションだって何度も行った。

 

ダンブルドアからの手紙である程度の状況を把握しているアバーフォースは、兄を妙な道に誘うグリンデルバルドのことを疎ましく思っているらしい。ダンブルドアとしてはそんな弟の誤解を解きたがっているようだし、グリンデルバルドは親友の『重荷』を邪魔くさく感じているようだ。その辺は私たちが介入したわけではないが、勝手にいい感じに仕上がってくれている。

 

だから後は私の能力で三人が揃う日を調べるだけでよかった。やけに複雑に絡み合っていた所為で読むのは非常に難しかったが、三人が顔を合わせるのは今日この日……つまり、アバーフォースがホグワーツから戻ってくる正にその日であることを特定してある。

 

しかしまあ、自分の狂気を計画に組み込むとは……うむうむ、素晴らしいぞ。フランは可愛い上に賢く育っているらしい。これは姉の教育の賜物に違いないな。

 

トラブルに備えてリーゼがしもべ妖精を連れて現地に向かうことになっているし、狂気の調整のために私と美鈴は地下室に詰めておく予定だ。私が脳内で計画のおさらいをしていると、隣のウッドチェアに座っていたリーゼが立ち上がって話しかけてきた。

 

「さて、そろそろ行こうかな。もうちょっとでレミィが読んだ時刻になるしね。」

 

「タイミングの調整は任せたからね。それじゃ、私も地下室に向かうわ。……美鈴! めーりーん! 行くわよ!」

 

リーゼが杖魔法で姿を消すのを見送ってから、フラワーアートを完成させた美鈴と共に地下室へと移動する。フランも早くゲームを始めたがっているのだ。成功してくれなきゃ困るぞ。

 

計画が無事に進むことを祈りつつ、レミリア・スカーレットは紅魔館の廊下をひた歩くのだった。

 

 

─────

 

 

「いやはや、相変わらずのど田舎だね。」

 

夏の緑色に染まったゴドリックの谷を見渡しながら、アンネリーゼ・バートリはポツリと呟いていた。隣に立っているロワーの返事は聞かなくても分かるぞ。『そうでございますね、お嬢様』に違いない。

 

「そうでございますね、お嬢様。」

 

そら見たことか。優秀なのは頼もしいが、もう少し遊びがあっても良いんじゃないだろうか。……いやまあ、何も美鈴ほどとは言わないが。

 

いつも通りの反応に苦笑しながらも、姿を消した状態でダンブルドアの家を目指して歩き出す。私がここに居た痕跡を残すわけにはいかないのだ。レミリアが読んだ時間まではあと二十分ほど。のんびり歩いても問題ないだろう。

 

 

 

そしてダンブルドアの家の前に到着すると、早速とばかりに中から言い争う声が聞こえてきた。そっと裏手に回って窓からリビングを覗き込んでみれば……おやまあ、兄弟喧嘩の真っ最中らしい。

 

「何を訳の分からないことを言ってるんだよ、兄さん! アリアナのことはどうするつもりなんだ? 血を分けた妹よりも、その親友とやらの方が大切だって言うのかい?」

 

「そうじゃない。そうじゃないんだ、アバーフォース。これはアリアナのためでもあるんだよ。……お前はアリアナを一生家の中に閉じ込めておくつもりなのか? アリアナのような魔法使いを救うためにも、僕たちはより大きな善のために──」

 

「またそれか! 『より大きな善のために』。まるで新手の宗教じゃないか! ……僕は兄さんが何を目指そうが構わないさ。兄さんが僕なんかよりも遥かに優秀で、僕やアリアナのことをお荷物にしか思ってないってことは分かってるからね。でも、そのためにアリアナを蔑ろにするのは認められない! 兄さんがアリアナの面倒を見れないって言うなら、僕はもうホグワーツには戻れないよ!」

 

声を荒ぶらせるアバーフォースに対して、ダンブルドアは静かな声で説得を続ける。どうやらグリンデルバルドと計画している『革命』のことを話しているようだ。

 

「違うんだ、アバーフォース。僕はお前たちをお荷物だなんて思ってないし、アリアナを蔑ろにするつもりもない。アリアナの世話はもちろん続けるさ。ただ、ほんの僅かな時間……三日に一度くらい、たった数時間家を空けるようになるかもしれないってだけなんだよ。」

 

「その『たった数時間』が問題なんじゃないか。……兄さんはアリアナが去年の夏にやったことをもう忘れちゃったのかい? 今はアリアナを一人にすべきじゃないんだよ。ご大層な革命とやらをしている間に、アリアナに何かあったらどうするつもりなのさ!」

 

うーむ、二人の議論は平行線を辿っているらしい。病気の妹を優先すべきだと言う家に居ない弟と、実際に世話をしている自由な時間が欲しい兄。部外者の立場からしても難しい話し合いじゃないか。そうこうしているうちに、通りの向こうからグリンデルバルドが歩いて来るのが見えてきた。よしよし、これで役者は揃ったわけだ。

 

グリンデルバルドが玄関に近付くのを確認しながら、隣に立つロワーに確認の目線を送ってみると、我が家の優秀なしもべ妖精は間髪を容れずにそっと頷いてくる。私の指示で彼が開始の合図をレミリアに送る手筈になっているのだ。

 

そんな私たちのやり取りなど当然知る由もなく、グリンデルバルドの何度目かのノックで喧嘩に夢中だった二人が来客に気付く。

 

「お前が思っている以上にこの問題は大きなものなんだ。僕たちはアリアナのような、マグルの無理解に晒された魔法使いたちの未来のために……ああ、ゲラートが来たみたいだ。僕は二人が、あー、友達になれるんじゃないかと思って呼んだんだが……そうだな、今日のところは帰ってもらうよ。もうそんな空気じゃなくなっちゃったしね。」

 

「構わないさ、入ってもらいなよ。僕もその人には聞きたいことがあるんだ。」

 

「それは……分かった、この際誰かに間に入ってもらった方がいいかもな。」

 

個人的には絶対に悪手だと思うが、ダンブルドアは本気でそう思っているようだ。家のドアを開けてグリンデルバルドと小声で話すと、そのままアバーフォースが居るリビングまで案内してきた。

 

そして彼ら全員が部屋に入った瞬間、私の指示を受けたロワーがパチリと指を鳴らす。途端に漏れ出る微かな狂気の気配を感じながらも、気を引き締めてすぐに介入できるように身構えた。今日死んでいいのはアバーフォースただ一人だ。ゲームの駒たる二人を死なせるわけにはいかない。

 

窓の外で緊張する私を他所に、グリンデルバルドとアバーフォースはぎこちない雰囲気で挨拶を交わしていたが……徐々に強くなってきた狂気に当てられたのだろう。次第にやり取りが物騒なものになり始める。いいぞ、その調子だ。

 

「──なのは余計なお世話なんだよ、『より大きな善のために』教の大司教様。僕たち家族のことは放っておいてくれないか? 頼むから兄さんを変な道に引き込まないでくれ。迷惑だ。」

 

「嘆かわしい。お前は何も分かっていないようだな。俺たちが成そうとしていることがどれだけ偉大なことなのかを。……この期に及んで自分が兄の足枷になっていることに気付けないのか? 優秀な兄ではなく、無能な弟が妹の世話をすればそれで解決のはずだ。俺たちにはお前のような凡人に構っている暇は無いんだよ。」

 

「よせ、二人とも。落ち着いてくれ。……頼む、落ち着け!」

 

ダンブルドアが止めようとしているが、二人の言い争いはどんどん熱を帯びていく。そして……おっと、グリンデルバルドがとうとう杖に手を伸ばしたぞ。抜きざまの無言呪文を受けて、アバーフォースが吹き飛ばされてしまった。

 

「アバーフォース! やめろ、ゲラート!」

 

堪らず杖を抜いたダンブルドアがグリンデルバルドに赤い閃光を撃ち出すが、グリンデルバルドは素早い杖捌きでそれを防いだ。ダンブルドアが選んだのは武装解除術か? 少なくとも兄の方はまだ僅かな冷静さを残しているらしい。

 

「このっ、ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

だが、すぐさま立ち上がった弟が失神呪文をグリンデルバルドに放ったのを皮切りに、事態はもはや止めようもないほどに悪化していく。アバーフォースに応戦するグリンデルバルドと、二人を止めようとするダンブルドア。三つ巴の決闘の始まりだ。

 

そしてここでいくつか、私にとっても予想外の出来事が起こった。

 

一つ目の予想外は、ダンブルドアとグリンデルバルドの戦闘が想像していたものよりも数段激しいことだ。二人の流れるような杖捌きに従って、呪文の閃光が凄まじい勢いで行き交っている。思い返してみれば、魔法使い同士の本気の闘いを見るのは初めてかもしれない。ここまでのものとは思ってなかったぞ。

 

二つ目は、アバーフォースがなんとかそれに食らいついていることだ。一瞬でやられるかと思ったら、この歳下の弟もダンブルドアに負けず劣らずの才能を持っていたらしい。適当にグリンデルバルドの魔法で失神したところを殺してやれば、ヤツの所為だということになるかと思っていたが……中々どうして耐えるじゃないか。

 

二つの予想外に顔を引きつらせながらも、ダンブルドアとグリンデルバルドに直撃しそうな呪文だけを妖力の結界を使ってひたすら逸らす。二人の実力なら放っておいても問題なさそうではあるが、ここまで閃光の量が多いと正直判断が難しい。疑わしきは逸らせ、だ。

 

しかし……ふむ? ここから観察していると分かるが、どうもダンブルドアがアバーフォースを庇っているみたいだな。庇っている本人からも攻撃されているというのに、なんとも健気なことではないか。

 

そして闘いが白熱してきたところで、三つ目の予想外が起きた。私にとっても、闘いを繰り広げる三人にとっても予想外の出来事が。……ダンブルドア家の末妹、アリアナ・ダンブルドアがリビングに乱入してきたのだ。

 

「やめて!」

 

アリアナが叫びながら魔力を暴走させた瞬間、部屋中の物が吹き飛ぶと同時に飛び回っていた閃光の軌道がズレる。ええい、厄介なことをしてくれるじゃないか。舌打ちをしつつも何とかダンブルドアとグリンデルバルドに当たりそうだった閃光を逸らしてやれば……おいおい、どうなったんだ? 杖を下ろして呆然と立ち尽くす三人と、倒れて動かなくなっているアリアナ・ダンブルドアの姿が目に入ってきた。

 

私が慌ててロワーに狂気を止めさせている間にも、いち早く立ち直ったダンブルドアが杖を放り投げて横たわる妹へと駆け寄っていく。

 

「ア、アリアナ? ……アリアナ!」

 

一拍置いてからアバーフォースも近付いて、必死の表情で治癒呪文を唱え始めるが……ピクリとも動かないぞ。まさか、死んだのか? またしても予想外だな。

 

「俺は……違う。違うんだ、アルバス。俺は、お前の家族を説得しようと思って。それで──」

 

グリンデルバルドが真っ青な顔で何かを呟いているが、二人にその言葉が届いているとは思えない。彼はしばらく立ち尽くした後、何かに気付いたような表情になったかと思えば慌てて家を出て行った。自分が指名手配されていることを思い出したらしい。この後起きる面倒のことを考えれば、自分はここに居るべきではないと考えたようだ。ジェスチャーでロワーに指示を出してその後を追わせておく。

 

そんなグリンデルバルドの動きを無視して、アバーフォースは倒れ伏す妹に必死で呪文を唱えていたが……暫くした後、憔悴しきった様子のダンブルドアにそれを止められた。

 

「もういい、アバーフォース。もう無駄なんだ。アリアナは……アリアナは逝ってしまったんだよ。」

 

「違う、そんなわけない! ……そうだ、早く聖マンゴに連れていかないと。癒者たちなら何とかしてくれるはずだ!」

 

「もう遅いんだ。アリアナは……彼女は、死んでしまったんだよ。」

 

青い瞳から一筋の涙を流しながら、アリアナの目を閉じようとするダンブルドアのことを……アバーフォースが不意に突き飛ばす。どうやら彼の悲しみは怒りに変わったらしい。

 

「ふざけるなよ、アルバス! お前が……お前の所為だ! 何が革命だ! 何がアリアナのような魔法使いを救うだ! どうして、どうしてこんな……もうお前を兄とは思わない。離れてくれ。離れてくれよ! アリアナから離れろ!」

 

「すまない、アバーフォース。本当にすまない。僕はただ、お前に分かってほしかったんだ。僕の夢を理解してほしかったんだよ。それだけだったんだ……。」

 

ああくそ、嫌な形でケリが付いてしまったな。勿論ながら私としては妹が死んだことなどどうでもいい。精々入れ込んでいたレミリアが悲しむくらいだろう。……問題なのは、ダンブルドアには自責の念だけが残り、グリンデルバルドは後ろめたさを抱えてしまったという点だ。

 

まあ、起こってしまったことはどうしようもない。『復讐』という感じではなくなってしまったが、何にせよ因縁付けることは叶ったのだ。今後も仲良しこよしってのはさすがに有り得ないだろう。考えながらも窓から離れて、ロワーの気配を探してみれば……居た。町の外れまで移動しているらしい。

 

姿を消したままで空に浮かび上がり、気配を感じた方向へと移動する。レミリアには悪いが、ゲームはもう始まった。だったら先ずは傷心のグリンデルバルドを焚き付けに行くとしよう。

 

 

 

そのまま町はずれの森に到着すると、倒れた木に座り込んでいるグリンデルバルドの姿が見えてきた。どうやら落ち込んでいるらしい。こいつにもそんな感情があったんだなと感心しつつ、近くに下り立って口を開く。この男にとってもダンブルドアの存在は特別だったわけか。

 

「やあ、ゲラート。随分と落ち込んでるみたいじゃないか。どうしたんだい?」

 

毎度のように背後から声をかけた私に対して、グリンデルバルドはいつもの俊敏さを見せずにノロノロとした動きで振り返ってきた。うーむ、これは重症だな。

 

「……お前か、吸血鬼。悪いが今はお前に構っている気分じゃない。それに、名前で呼ぶな。」

 

「おいおい、まさかお友達の妹を殺したぐらいでご傷心なのか? ダームストラングが誇る悪の魔法使いが? なんとまあ、お笑い種だね。」

 

「お前……お前が何かしたのか?」

 

一転してこちらを睨みつけながら立ち上がったグリンデルバルドに、肩を竦めて話を続ける。元気が出てきたようじゃないか。

 

「おっと、人の所為にするのは良くないぞ、ゲラート。私は見ていただけで何もしてないさ。……んふふ、中々に楽しめたよ。魔法使いの決闘を見るのは初めてだったしね。」

 

「黙れ。黙って、さっさと消えてしまえ。お前に名前を呼ばれる度に虫唾が走る。俺の目の前から消え失せろ、吸血鬼!」

 

「別にそれは構わんがね、本当にそれで良いのかい? このままだとキミが残す悪名は母校で気持ちの悪い実験をやったってのと、病気の少女を殺したことだけになってしまうよ?」

 

ふむ、よく考えたらどっちも私の所為じゃないか。こいつの怒りにも多少の正当性がありそうだな。ゆっくりとグリンデルバルドの周囲を回りながら語る私に、『皇帝』どのは怒り心頭の顔で杖を抜き放った。

 

「黙れと言った! その悪名とやらに忌々しい吸血鬼を殺したことを加えてやってもいいんだぞ!」

 

「んー、出来もしないことは言わない方がいいと思うよ。そもそも吸血鬼を殺すってのは世に誇れる善行なわけだしね。……なあ、ゲラート。正直なところ、キミの目的なんてのはどうでもいいんだ。『より大きな善のために』? 大いに結構。キミは以前私の目的を聞いてきたね? その問いに今答えるとしよう。……私の望みは変革だよ。大いなる変化と、それに付随する血みどろの戦い。キミにはそれを引き起こすための駒になって欲しいのさ。」

 

グリンデルバルドの瞳を覗き込みながら訥々と話す。もちろん魅了は使っていない。ルールで決めたことだし、私としてもその方が面白いからだ。そんな私の言葉を聞いて、グリンデルバルドの瞳からは怒りの色が薄れ、代わりに疑いが顔を覗かせ始めた。

 

「それを信じたとして……駒になる? 冗談じゃない。誰が好き好んで吸血鬼の駒とやらになることを選ぶ?」

 

「いやまあ、この前契約した人間は自分の望みを手に入れて満足してたんだけどね。……よく考えてみなよ、ゲラート。私の望みと、キミの望みは相反していないだろう? キミが魔法界を変え、私はその過程を楽しむ。そのためには力が必要なはずだ。大きな力が。」

 

「信用できると思うのか? 死の秘宝にしたって結局まともに見つからなかったぞ。……それと、何度言ったら分かるんだ? 俺を、名前で、呼ぶな。」

 

怒っているようにも、疑っているように見えるが、吸血鬼としてのカンはもう少しだと囁いている。だったらもっと揺らしてみることにしよう。

 

「だが、この谷に来たのは正解だったろう? ある意味でキミの人生における『秘宝』は見つかったはずだ。まあ、最後はキミ自身の所為で滅茶苦茶になっちゃったけどね。……無駄な探り合いはやめようじゃないか、ゲラート。ゲラート・グリンデルバルド。聡いキミなら分かっているはずだよ。キミに残された選択肢はもう多くはないんだ。さあ、この手を取りたまえ。それとも、『より大きな善のために』自分を犠牲にすることは出来ないのかな?」

 

手を伸ばして五秒、十秒……しかし、グリンデルバルドは手を取らない。差し出された私の手を見つめていたかと思えば、やおらこちらに問いかけを放ってきた。

 

「一つだけ、一つだけ聞かせろ。この手を取れば、俺は魔法界を変えられるのか? マグルどもから身を隠し、惨めに隠れ潜んでいる魔法使いたちを救うことが出来るのか? そのためなら俺はどんなことでもする覚悟がある。たとえそれが……悪魔との契約であってもだ。」

 

「約束しよう、ゲラート。この手を取ればキミの願いは叶うよ。」

 

私が迷わず頷いたのを見て、グリンデルバルド……ゲラートが私の手を握る。もちろん約束してやるよ、ゲラート。吸血鬼が約束を守るかは約束できないけどな。

 

とはいえ、少なくとも力を得ることは出来るはずだ。私に勝利をもたらすためにも、こいつにはもっと強くなってもらわないと困るんだから。それをどんな方向に持っていくかは自分次第だろう。

 

「んふふ、これにて契約は成ったわけだ。……では、早速行動に移ろうじゃないか。マイキュー・グレゴロビッチを知っているかい?」

 

「当然だ。世界で三本の指に入るとまで言われている杖作りだろう?」

 

「その通り。それで、そのグレゴロビッチが最近自分の店を喧伝しているらしくてね。曰く、『自分はニワトコの杖の所有者で、その技術を杖作りに取り入れている』ってな具合に。……馬鹿なヤツだよ。わざわざ自分が所有者だと言い触らすとは。」

 

「……店の評判のための虚言じゃないんだろうな? もう無駄足は御免だぞ。」

 

「その心配はないさ。うちに居候している魔女に確かめてもらったんだ。私が頼りにするほどの魔女だからね。間違いないと思うよ。」

 

パチュリーをあの図書館から連れ出すのには苦労した。おかげで大英図書館からパチュリーが読みたい本を何冊か盗み出す羽目になったくらいだ。だが、その甲斐あって本物のニワトコの杖であることは確認している。

 

「彼女は所有権が云々だから、使う本人に盗み出させたほうが良いと言っていたんだが……意味は分かるかい?」

 

「杖の忠誠を手に入れるためには、使う本人が元の所有者を打ち破る必要がある。『魔女』とやらはそのことを言っているんだろう。」

 

「ふぅん? ま、何でもいいさ。とにかく行ってきたまえよ。場所は私のしもべ妖精に案内させるから。……ロワー、任せたぞ。」

 

「お任せください、お嬢様。」

 

それまでずっと後方で待機していたロワーに指示を出してやると、彼は深々とお辞儀をしながら了承の返事を寄越してきた。ロワーは杖を調べに行った際にも連れて行ったし、道案内は任せられるはずだ。私からすれば地味で古ぼけた杖にしか見えなかったが、ゲラートは随分とご執心らしい。だったら持たせておいた方がいいだろう。

 

「それじゃ、また連絡するよ。詳しい話はその時にしようじゃないか。キミは早く杖を手に入れたいんだろう?」

 

「……まだ完全に信用したわけではないぞ。そのことは覚えておいてもらおうか。」

 

うーん、中々懐いてくれないな。ロワーに続いて姿くらましするゲラートを苦笑しながら見送った後、私も紅魔館に戻るために杖を取り出す。レミリアに結果を説明しに行かないとな。弟じゃなくて妹のほうが死んだと言ったらあの姉バカは怒るだろうか? ……まあ、所詮は人間のことだ。大した問題はあるまい。

 

最後に夏の陽光が照り付けるゴドリックの谷を一瞥した後、アンネリーゼ・バートリは杖を振って姿を消すのだった。

 


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