Game of Vampire 作:のみみず@白月
「おや、もう乗車時間になってたか。」
既に生徒が乗り込み始めているホグワーツ特急を見ながら、アンネリーゼ・バートリはポツリと呟いていた。
ガヤガヤとざわめきが響き渡る9と3/4番線のホームは、家族との別れを惜しむ生徒や新入生を心配そうに見送る親たちで溢れかえっている。もはや見慣れた光景だ。アリスやフランの送り迎えを含めると、何度見たかわからんほどだぞ。
とりあえず暖炉から離れて見知った顔がいないかと見渡し始めたところで、私に続いて出てきた咲夜が声をかけてきた。ぷるぷる頭を振ってるのを見るに、この子も煙突飛行は得意ではないようだ。
「アリスはいますか?」
「んー……まだ来てないみたいだね。ちょっとホームで待とうか。」
「はい!」
元気よく答えた咲夜に微笑みながら、手を引いてホームの隅のベンチへと移動する。……しかし、今年はやけに混んでる気がするな。ブラックが逃走中なことが影響しているのかもしれない。覆面の闇祓いとかも紛れているのだろうか?
人混みにうんざりしながらも何とか空いているベンチを見つけて、そこに荷物を置いて一息ついていると……おっと、先にハリーたちがお目見えだ。赤毛の集団がゾロゾロとマグル側の入り口からホームへと入ってきた。
どうやらウィーズリー夫妻は護衛任務を全うしたようで、漏れ鍋に泊まっていたハリーとハーマイオニーもきちんと集団に交じっている。ハリーは言わずもがなだし、ハーマイオニーも両親が忙しいせいで前乗りしていたのだ。ドリル夫妻の歯医者は案外繁盛しているらしい。
レミリアの情報が正しければ、ここまでの道中では闇祓いも同行していたはずだ。フランの話を聞いた後では過保護すぎるようにも感じてしまうが、凶悪犯が狙っている可能性があるのだからやむを得ない処置なのだろう。
というか……煙突飛行で来なかったあたり、軽く『撒き餌』として使われている感があるな。スクリムジョールの企てか? レミリアによれば『必要な安全は確保する人物』とのことだったが、この分だとちょっと怪しいぞ。
まあ、何にせよここまで来れば安全なはずだ。魔法使いがウジャウジャいるこのホームで騒ぎを起こす馬鹿はいないだろうし、ホグワーツ特急は前回の戦争の経験を糧に堅牢な造りへと生まれ変わっている。そして今から向かうホグワーツは言わずもがなだ。
アーサー・ウィーズリーに何かを話しかけられているハリーをぼんやり眺めていると、私を見つけたハーマイオニーとロンが近付いてきた。……ロンのやつ、かなり背が伸びてるな。あんまり並ばないように気をつけなければ。私がチビに見えてしまう。
「リーゼ、早いのね!」
「よう、リーゼ! 久しぶりだな!」
元気いっぱいに手を振ってくる二人に返事を返しながら、後ろに控える咲夜をそっと押し出して自己紹介をさせる。
「やあ、二人とも。また会えて嬉しいよ。こっちは今年入学の、サクヤ・ヴェイユ。私の……家族だ。ハーマイオニーは見たことがあったかな?」
「ええ、一年生の時にちょっとだけ顔を合わせたわね。改めて、ハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしくね?」
ニコニコ言うハーマイオニーに続いて、ロンも笑顔で口を開く。頼れるお兄さんを演出したいのかは知らんが、ちょっと胸を張り気味だ。毛玉だらけのシャツが目立っちゃってるぞ。
「ロン・ウィーズリーだ。よろしくな。」
「はい、サクヤ・ヴェイユと申します。よろしくお願いしますね。」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀した咲夜は、そのまま顔を上げてとんでもないことを口にし始めた。
「リーゼお嬢様の従者です!」
おおっと、咲夜。そりゃあ出発前に話は聞いていたが、自己紹介でいきなりブッ込んでくるとは思わなかったぞ。初っ端から飛ばすじゃないか。
ハーマイオニーとロンの反応は……何故かハーマイオニーは得心いったというように頷き、ロンはポカンと大口を開けている。良かった、引かれてはいないようだ。
静々と私の後ろに下がった咲夜を見て、ハーマイオニーが然もありなんとばかりに呟いた。
「前に会ったときはメイド服を着てたもんね。代々続く使用人の家の娘さんとかなんでしょう? そういうの、本で読んだことがあるわ。」
「いやいや、咲夜のこれは……まあ、趣味みたいなもんだよ。立場的には私と対等さ。そのつもりで接してあげてくれるかい?」
「えぇ……? そうなの? それじゃあ、その……どういうこと?」
一転して意味不明だとクエスチョンを浮かべるハーマイオニーに、物凄く噛み砕いた説明を放つ。
「つまり、咲夜も私と同じ感じの『お嬢様』なんだけど、将来の夢が使用人なんだよ。だからこんなことをしているんだ。……深く考えないでくれ、ハーマイオニー。分かり難いのは自覚してる。」
「あー……分かったわ。いや、分かんないけど。分かったわ。」
ぼんやりとした説明にぼんやりとした返事を返したハーマイオニーは、微妙な表情をしながら肩を竦めた。ま、一から十まで話してたら日が暮れるのだ。適当に理解してくれれば充分だろう。
大口を開けていたロンもまた、私と咲夜を見比べながらコクコク頷く。
「ママが聞いたら羨ましがるぜ。従者? そんなの初めて見たよ。存在は知ってたけど……従者か。物語の存在じゃなかったんだな。」
ロンにとっての従者は、邪悪なドラゴンやら囚われのお姫様とかと同格の存在らしい。私から見ればウィーズリー家の理不尽さの方がよっぽど物語なわけだが……。
こちらの話がひと段落ついたところで、アーサーから解放されたハリーが近付いてきた。何を話されたのかちょっと暗めの表情だったが、私を見て元気を取り戻したようだ。ブラックに狙われているとでも言われたか?
「やあ、ハリー。元気そうだね。」
「リーゼ! 会えて嬉しいよ。」
ハリーにも咲夜のことを紹介しようとすると……その前に咲夜がずいっと進み出て口を開く。
「私、サクヤ・ヴェイユです。貴方には負けませんから!」
最後にふんすと鼻を鳴らした咲夜は、それだけ言い放つと再び私の後ろに戻ってしまった。あー、なんだ? 咲夜とハリーは初対面のはずだぞ。……いや、一方的には知ってるんだったか?
思わず後ろを振り返ってみると、咲夜は『言ってやりましたよ!』みたいな満足気な表情を浮かべている。全くもって意味不明だが……うーむ、かわいい。なんか全てを許しちゃいたくなる表情だ。
「えっと……? ハリー・ポッターです。よろしく?」
顔に大量の疑問符を貼り付けたハリーにアイコンタクトで気にするなと伝えていると、ロンが微妙な空気を取りなすように口を開いた。
「えっと、それじゃあ行こうぜ。急がないと席が埋まっちゃうよ。」
「ああ、すまないが先に行っててくれ。もう一人新入生に知り合いがいるんだ。」
「ありゃ、そうなのか。そうすると……席が足りるかな?」
私の返答に、ロンが全員を見回しながら首を傾げる。ふむ、確かに多いな。去年の様子だとルーナも来そうだし、そうなると七人。片面四人ってのは結構キツそうだ。
「それなら尚更空いてる席を取っておかないと。急ぎましょう!」
脳内で私と同じ答えを弾き出したらしいハーマイオニーに続いて、ハリーとロンも列車へと入って行く。頼んだぞ、先遣隊諸君。青白ちゃんやロングボトムくらいなら追い出しても構わんからな。
「ちゃんと後から来てね、リーゼ!」
「ああ、場所取りは任せたよ。」
列車に片足を入れながら言ってくるハーマイオニーに返事をしてから、再び咲夜と二人でアリスを待つ。……しかし、結構遅いな。時間に几帳面なアリスにしては珍しいことだ。一時間前からそわそわし出して、三十分前には既に待ってるタイプの子なのに。
「アリスにしては遅いね。」
ポツリと呟くと、咲夜はちょっと苦々しげな顔になって口を開いた。
「きっと魔理沙のせいですよ。アリスを困らせてるに決まってます!」
「おや、咲夜は魔理沙が嫌いなのかい?」
「嫌いっていうか……ちょっと苦手です。」
「ふぅん?」
そういえば、アリスがいい刺激になるはずだと言ってたっけ。アリスとヴェイユ、フランとコゼットというよりかは、私とレミリアのような関係なのだろう。助け合うのではなく、競い合う感じの。
何にせよ、いいことだ。この子は少々閉じた世界で育ちすぎた。もう少し色々な人間とも関係を持つべきだろう。吸血鬼の館で箱入り娘だなんて、私にだってダメなことが分かるのだ。
魔理沙のことでも考えているのだろうか? ちょっとだけぶすっとしている咲夜に微笑んでいると、件の金髪二人組がようやく暖炉から現れた。一緒に出てくるのを見るに、煙突飛行についてをレクチャーしていたようだ。
ふむ。……並べて見ると、魔理沙の方はほんの僅かだけ茶色が入っているな。それにしたって大した違いはないが。アリスの年齢を知らなければ姉妹にも見えるかもしれない。
「ほら、来たみたいだよ。」
咲夜に声をかけてから荷物を持って近付いてみれば、向こうもこちらに気付いたらしい。アリスは和かな笑みで、魔理沙はちょっと怯んだような顔で、それぞれ声をかけてくる。
「リーゼ様、お待たせしました。」
「あっと、待たせたな、リーゼ。あー……遅れてすまんかった。」
「別にいいさ。というか、キミはどうしてそんなにビビってるんだい? 私はまだ何にもしていないはずだが……。」
続いて咲夜に声をかけ始めたアリスを横目に、魔理沙へと質問を飛ばしてみると……彼女はちょっと気まずそうに頰を掻きながら返答を返してきた。
「『まだ』、ね。一応初対面で軽く脅されたような覚えもあるんだが……まあ、癖みたいなもんさ。幻想郷育ちってのは妖力には敏感なんだよ。あそこじゃ、この感覚が鈍いヤツは人里以外じゃ生きていけないからな。」
「ふぅん。気になる話だが、今後の楽しみに取っておこう。」
妖力に対する感覚の違いか。中々興味をそそられる話だが、幻想郷のことを聞き出す過程で出てくるだろう。焦る必要などない。
心の中の質問リストに新たな項目を記載したところで、アリスの咲夜に対する注意もひと段落したらしい。危ないことをしない、校則を守る、勉強を頑張る、か。ハリーに聞かせるべきかもしれないな、それは。
「それじゃ、行ってくるよ。」
「行ってくるね、アリス!」
「行ってくるぜ。」
出発直前の汽笛と共に私が言うと、咲夜と魔理沙も同じような言葉を放つ。それを聞いたアリスは、ニッコリ微笑みながら満足そうに頷いた。
「楽しんでらっしゃい、咲夜、魔理沙。リーゼ様はお仕事の方も頑張ってくださいね。」
ひらひらと手を振るアリスに背を向けて、三人で赤い車体へと乗り込む。さて、お次はコンパートメントの捜索だ。ハーマイオニーたちが上手く空席を見つけていればいいのだが……。
キョロキョロと興味深そうに車内を見回す二人を制御しながら、次々とコンパートメントを覗き込んでいく。いくつかの見知らぬ生徒たちを通り過ぎたところで……おっと、ウィーズリーの双子だ。ジョーダンと三人で今日も元気に悪巧みをしているらしい。
「やあ、ドッペルゲンガーさんたち。キミたちのかわいい弟を知らないかい?」
「よう、アンネリーゼ。もう一個先の車両で見たぜ。レイブンクローの不思議ちゃんも一緒だ。」
「どうも、双子のどっちかさん。」
ジョージだよ! という声を背にしながら、言われた方向へと歩き出す。不思議ちゃん……ルーナも合流済みというわけだ。分かりやすいあだ名じゃないか。
言われた通りに一個先の車両を探してみると……いた。いつもの三人組と不思議ちゃんがお喋りしている。ルーナの服装は今日も凄いな。何故か鎖が巻き付いてるぞ。
「席が取れたようでなによりだよ。……それと、久しぶりだね、ルーナ。」
「アンネリーゼだ。ウン、久しぶりだね。」
先ずはルーナに挨拶を送ってから、トランクを荷棚に載せようと奥へ進むが……その前に魔理沙が驚いたような声を放った。
「あれ、ハリー? リーゼと友達だったのか?」
「マリサ? それじゃあ、知り合いの新入生って君だったの?」
なんだ? ハリーと魔理沙は既に顔見知りだったのか? 謎の接点に首を傾げながらも、二人の会話を背にとりあえず荷物を……やっぱり狭いぞ、これは。基本的には四人で、最大でも六人で座るコンパートメントなのだ。七人乗りってのは些か以上に手狭になってしまう。
今度は咲夜と魔理沙がルーナからの素っ頓狂な自己紹介を受けているのを尻目に、モゾモゾと位置調整をしている三人に向かって言い放つ。
「席替えが必要だね。小柄な四人がこっち、三人はそっちだ。それが比較的マシな選択肢だろう。」
「そうね。細かい荷物はこっちに置いて頂戴。……ロン、貴方はなんでそんなに大きくなっちゃったのよ。」
「あのな、ハーマイオニー。僕は縦に伸びたんだ。横じゃないぞ!」
わちゃわちゃと狭いコンパートメントを動き回って、ようやく席が決定した。私とハーマイオニーが窓際で、ハーマイオニー側はハリー、ロンの順。私の方は咲夜、ルーナ、魔理沙の順だ。狭いっちゃ狭いが、これなら僅かな余裕もある。
やっと一息つけるぞ。ロンが新しい杖を取り出して自慢しているのを他所に、風景の流れる車窓へと目を向ける。既にロンドンの中心部は遠ざかり、ちらほらと緑が増えつつあるようだ。
……今年は油断しないからな。もう平和な一年などとは言わん。今年やるべきなのは『ブラック問題』の早期解決だ。ホグワーツまで来るとは思えんが、一応ダンブルドアと話し合う必要はあるだろう。フランに怒られるような結末だけは避けねばなるまい。
賢いリーゼちゃんは学習したのだ。どうせ問題は起きるのだから、さっさと解決して後半だけでもゆっくり過ごす。これこそ正しい選択なのである。夏休みの宿題と一緒だ。
去年のような失敗はすまいと内心で誓いながら、アンネリーゼ・バートリは三年目の学生生活へと運ばれて行くのだった。
色々調べたせいなのか、ページ下にコウモリ駆除の広告が出るようになっちゃいました。