Game of Vampire   作:のみみず@白月

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エクリジス

 

 

「でも、ロンやハーマイオニー、ルーナやサクヤは倒れなかった。そうだろう?」

 

セストラルに牽かれる馬車の中でハリーが情けなさそうに呟くのを、アンネリーゼ・バートリは苦笑しながら聞いていた。どうやら私は比較対象にも入れてもらえなかったらしい。

 

ホグワーツ特急に吸魂鬼が遊びに来てから数十分後。馬鹿みたいな『恒例行事』へと向かって行った咲夜と魔理沙の一年生コンビと別れ、残りの五人で城へと向かう馬車に乗り込んだのである。無論、ぎゅうぎゅう詰めだ。

 

その辺でようやくショックから立ち直ったハリーは、自分が気絶してしまったことを恥じ入り始めたのだ。今も額の傷痕をさすりながら落ち込んだ顔を隠そうともしていない。

 

泥濘んだ地面を車輪が進む音を背に、ロンが取りなすように声を放った。

 

「マリサだって気絶したぜ。気にするなよ、ハリー。個人差ってもんじゃないかな。」

 

「マリサは一年生だ。気絶したって仕方ないよ。誰もバカにしたりやしない。でも、僕は……三年生じゃないか。」

 

ロンの慰めも梨の礫のようだし……仕方がない。一度瞑目して父上から聞いた話を思い出しながら、ゆっくりとそれを語り出す。とある愚かな人間の失敗談。吸血鬼にとってはちょっとした笑い話だ。

 

「昔、ある所にエクリジスという闇の魔法使いがいた。その男は北海の小さな孤島に要塞を築き、近くを彷徨くマグルの漁師たちを攫って、自分の『実験』に使っていたんだ。……分かるだろう? 現在のアズカバンさ。」

 

突如として話し始めた私にキョトンとする四人を他所に、昔話を続ける。

 

「彼はその場所でありとあらゆる闇の魔術を試した。そんな中、彼はとびっきり古い闇の魔術を再現しようとしたんだ。名高き中世の悪夢、かの最悪の魔女が遺した秘儀をね。数多の失敗と数多の犠牲を生み出した末、遂に彼はそれを達成したんだ。純粋な恐怖だけを寄せ集め、魂を抜いてからっぽになった人間にそれを詰め込んだのさ。そうして生まれたのが……ディメンター。吸魂鬼だよ。」

 

吸血鬼たちから見ても、エクリジスはチャレンジ精神に溢れている男だったらしい。そして当時の父上たちをドン引きさせたその実験は、中々に因果な終わり方を迎えた。

 

「この世に産み落とされた吸魂鬼が最初に何をしたか分かるかい? ……んふふ、エクリジスを『喰っちゃった』のさ。皮肉なもんだね。恐怖について誰よりも知る彼だからこそ、誰よりもそれを恐れていたんだ。吸魂鬼にとってはさぞ御しやすい餌だったことだろう。」

 

今や青い顔で聞いている四人……いや、ルーナは興味深そうだな。三人に向かって、肩を竦めながら物語の終わりを語る。

 

「後はキミたちがご存知の通りだよ。そうして生きる者の居なくなった孤島は、迷い込むマグルを餌にしてその規模を拡大していき、後に魔法省が見つける頃には吸魂鬼のコロニーへと変貌していたそうだ。そして……当時の魔法省がどんな交渉をしたのかは分からないが、今では『アズカバン』として魔法使いたちの牢獄になっているわけさ。」

 

一度手を叩いて話を切りながら、向かいに座るハリーに顔を寄せて口を開く。昔話は終わり。ここからはお勉強の時間だ。

 

「分かったかい? ハリー。吸魂鬼というのは恐怖を知るほどに厄介な相手になるんだ。キミが気絶したのは弱いからじゃない、エクリジスがそうだったように、それを深く知っているからなんだよ。キミは十三歳にして、並みの大人なんかよりもよっぽどそれを知っているということさ。誇るべきかどうかは分からんが、少なくとも恥じるようなことではないはずだ。」

 

ズイっと顔を寄せる私に怯みながらも、ハリーはコクコクと頷いた。

 

「……うん、分かったよ。」

 

ハリーは未だ暗い表情のままだったが、恥じ入るという感じではなくなったな。何かを考え込んでいるらしい。……両親のことか、それともリドルのことか。そんなところだろう。

 

そんなハリーをちょっと心配そうに見ながらも、ハーマイオニーが私に質問を放ってきた。

 

「でも、そんなことよく知ってたわね。私は全然知らなかったわ。」

 

「まあ、何かの本で読んだんだよ。探せばホグワーツの図書館にもあるんじゃないかな。」

 

少なくともエクリジスの本は何冊かあるだろう。吸血鬼の耳に名が残るほどの魔法使いなのだ。そこらの木っ端なはずがない。

 

ハーマイオニーが取り出したメモ帳の読書リストに新たな項目を付け足したところで、馬車はホグワーツの正門へと差し掛かった。おやおや、ここにも件の吸魂鬼か。門番よろしく立っているところ悪いが、ブラックは正門からは入って来ないと思うぞ。

 

再び具合が悪そうになってきたハリーを見たルーナは、何を思ったのかいきなり馬車から身を乗り出して……こりゃいいな。吸魂鬼に向かってあっかんべーを繰り出した。

 

「ほらね、ハリー。こんなヤツら、こうしてやればいいんだよ。あんたは去年も、一昨年も、もっと邪悪なものと戦ったんでしょ? それならこんなヤツらに負けるはずないもん。」

 

かなり不器用な励ましだったが、どうやらハリーの心には届いたようだ。顔はちょっと白いままだったが、ニコリと笑って頷いた。

 

「うん、そうだね。ありがとう、ルーナ。」

 

「ン。」

 

残りの三人が微笑んでその光景を見ている間にも、馬車はホグワーツ城のすぐ側までたどり着く。既に雨が上がった外へと全員で馬車を降りてみれば……ああ、マルフォイが嬉々とした表情で走り寄ってきた。大好きなフリスビーを目にした犬のような表情だ。尻尾があったら千切れるほどに振っているだろう。

 

「ポッター! 気絶したんだって? 嘘だろう? いくら君でもそんなはずはないよな?」

 

おやおや、せっかくいい話で終わりそうなのが台無しじゃないか。誰が広めたのかは知らないが、ハリー・ポッター気絶事件は着々と生徒の間に広まっているようだ。

 

怯んだハリーの前に、ロンが義憤に燃える表情で立ち塞がる。親友の危機を放ってはおけないらしい。

 

「黙れ、マルフォイ! ハリーに構うなよ!」

 

「おや、ウィーズリー。君も気絶したのかな? あのこわーい吸魂鬼に、君も縮み上がったのかい?」

 

我が世の春だな。喜色満面でぴょんぴょん跳ねながら煽ってくるマルフォイは、次にハーマイオニーに何かを言おうとするが……おや、その隣の私を見て急に真顔に戻ってしまったぞ。ジャレかかってきてくれても一向に構わんのだが。

 

「どうしたんだい? マルフォイ。私とは遊んでくれないのかな?」

 

「……僕は、別に。」

 

「ほら、さっきみたいにぴょんぴょん飛び跳ねておくれよ。脳みそを弄られたウサギみたいで、実に楽しい光景だったのに……。」

 

『遊んでくれなくて悲しいリーゼちゃん』の表情で言ってやると、マルフォイは未知の化け物を前にしたような表情になってから、慌てて城への石段を駆け上がっていった。なんだよ、失礼なヤツだな。

 

「あーっと、リーゼ? その表情はちょっと……うん、不気味かな。夢に出そうだからやめて欲しいんだけど。」

 

「失敬だぞ、ロン。」

 

ロンのおずおずという頼みにジト目で返しながら、私たちも石段を上り始める。生徒たちの群れに紛れながら大広間に進むと、毎年恒例の歓迎会の飾りが目に入ってきた。フリットウィックは今年も頑張ったようだ。

 

「それじゃ、私はレイブンクローのテーブルに行くよ。」

 

ルーナが何となく残念そうな表情で離れて行くのにみんなで声をかけてから、私たちもグリフィンドールのテーブルへと向かおうとしたところで……その前に生徒を見渡していたマクゴナガルが声をかけてくる。

 

「ポッター、グレンジャー、あなたたちは私と来なさい!」

 

言いながらチラリと私にアイコンタクトを仕掛けてくるが、意味が全く汲み取れない。またそれか。勘弁してくれ、マクゴナガル。こういう時に聞き返すのは恥ずかしいんだぞ。

 

なんかもう面倒くさいので、こっくりと神妙そうな顔で頷いてやれば、マクゴナガルも同じような顔で頷きを返してきた。私には意味不明だが、今の瞬間にマクゴナガルの中では何らかのやり取りが成立したようだ。むむ、こっちの視点からだとかなり滑稽なやり取りだな。

 

ま、大したことではあるまい。吸魂鬼のことか、ブラックのことか。どっちにしたって咲夜の組み分けよりも優先度は低いのだ。それを放ってまで聞きに行くことはないだろう。っていうか、咲夜の組み分けを見ないなど有り得んぞ。

 

「なんだろ?」

 

「さぁね。まあ、少なくとも怒られはしないだろうさ。今年は誰も空飛ぶ車に乗って来なかったし、暴れ柳も健康そのものだ。」

 

「もう忘れてくれよ、リーゼ。」

 

情けない顔になってしまったロンと一緒にグリフィンドールのテーブルに着いて、去り行くハリーとハーマイオニーを見送る。ハーマイオニーが単なる疑問顔なのに対して、ハリーは戦々恐々とした表情だ。『実績』があるせいで呼び出しがトラウマになっているらしい。

 

徐々に生徒が集まってくる中、ロンが大広間をキョロキョロ見回しながら話しかけてきた。

 

「でも、大広間には吸魂鬼は居ないみたいだな。安心したよ。」

 

「そりゃあそうだろうさ。吸魂鬼と楽しくディナーかい? さすがに想像したくない光景だね。」

 

「正門より内側じゃ見なかったし、校内にはいないのかな? それならいいんだけど……。」

 

見た限りでは、多分そんな感じだろう。さすがのダンブルドアもあの亡霊もどきはお好きでないのかもしれない。博愛主義にも限界があるということか。

 

そのまま雑談をしながら待っていると、やがて新入生たちが入ってくる時間となった。今年はフリットウィックに連れられてのご到着だ。マクゴナガルは未だにお話中か?

 

咲夜を探して列を見渡していると、先んじて向かいに座るロンが声を上げる。

 

「いたぞ、マリサとサクヤだ。」

 

指差す方向を見てみれば……銀髪と金髪の対照的な二人が目に入ってきた。髪色だけではなく、その態度も対照的だ。お淑やかな外行きの仮面を被って静々と歩く咲夜に対して、魔理沙は興味津々の様子でキョロキョロと辺りを見回している。

 

気絶から目覚めた時もケロッとしてたし、今の魔理沙を見ても特に落ち込んでいるようには見えない。別に私の心配するようなことじゃないとは思うが、まあ……大丈夫そうだな。

 

そのまま前の方へと進んで行ったヒヨコの行列は、フリットウィックの進行で組み分けを始めた。

 

「それでは、名前を呼ばれた者から椅子に座って帽子を被るように! ……アドリントン・ヒューイ!」

 

最初の男の子がレイブンクローへと組み分けされたのを皮切りに、次々と生徒たちが組み分けされていく。知り合い二人の番を今か今かと待っていると……呼ばれた。アルファベット順なので、当然ながら先ずは魔理沙だ。

 

「キリサメ・マリサ!」

 

見事な発音で言い切ったフリットウィックの声に従い、魔理沙が意気揚々と椅子に座って帽子を被る。

 

「Kだったんだな。Cだと思ってたよ。」

 

「Kiだよ。キ。」

 

ロンのどうでも良い勘違いを正しながら帽子の結論を待つが……長いな。長すぎないか? 生徒たちがざわめき、そしてそれが大広間を包むほどになっても帽子は沈黙したままだ。フリットウィックもちょっと心配そうになっているぞ。

 

間違いなくハリーよりも長いその組み分けは、少なくとも私が知る中での最長記録を更新した。生徒たちが立ち上がってよく見ようとする中……おっと、ようやく帽子が叫びを放つ。ぶっ壊れたんじゃなかったのか。

 

「グリフィンドール!」

 

「やったぞ、クィディッチ好きを取った!」

 

獅子寮の名前が出た瞬間、向かいのロンが立ち上がって歓声を上げる。……そんなに嬉しいのか、こいつ。私とハーマイオニーが全然話に付き合ってくれなかったせいで、ストレスが溜まっていたのかもしれない。いやまあ、だからってこれからも付き合うつもりはないが。

 

「どーもどーも、よろしくな!」

 

上級生たちの歓迎の言葉に人好きのする笑みで応えながら、魔理沙はロンの隣に座り込んだ。

 

「よう、ロン、リーゼ。よろしくな。」

 

興奮して僅かに頰が赤くなっている魔理沙に、私とロンも歓迎の言葉を送る。

 

「ああ、よろしく、魔理沙。ようこそグリフィンドールへ。」

 

「やったな、マリサ! ここは最高の寮だぜ! クィディッチも連勝中だしな!」

 

テンションの高いロンに若干引きながらも、組み分け待ちの咲夜を見てみれば……おやおや、ちょっとガッカリしているな。あの子の中ではグリフィンドールに入るのは確定らしい。

 

しかし……実際どうなんだ? 母親はハッフルパフだし、父親はレイブンクローだぞ。そしてヴェイユとヴェイユの夫はグリフィンドールだ。更に言えば、性格的には私やレミリアと同じスリザリンだろう。うーむ、分からん。

 

咲夜の組み分けに悩む私を他所に、ロンが魔理沙へと質問を放った。

 

「そういえば、なんであんなに時間がかかったんだ? 帽子が決め兼ねてたとか?」

 

「ああ、そんな感じだったぜ。グリフィンドール、レイブンクロー、スリザリンで迷ってたんだが、結局グリフィンドールになったんだ。」

 

「スリザリンも? 変な帽子だな。」

 

ロンにとっては魔理沙がスリザリンなのはおかしなことらしいが……まあ、確かにスリザリンって感じはしないな。活発な面がそう見せるのかもしれない。グリフィンドールやハッフルパフはともかくとして、スリザリンやレイブンクローでは浮きまくるだろう。

 

「そういえば、ハリーとハーマイオニーは?」

 

「マクゴナガルに呼び出しを食らったんだよ。……ああ、マクゴナガルってのは変身術の教師で、グリフィンドールの寮監なんだけど──」

 

ロンがホグワーツでの『注意事項』を魔理沙へと伝えるのを横目に、残りの組み分けを見守る。ヴェイユの頭文字はWだ。多分最後の方になるだろう。

 

その後はさほど時間のかからない組み分けが続き、そして最後に……咲夜の番だ。

 

「ヴェイユ・サクヤ!」

 

他よりほんのちょっとだけ気持ちがこもっている感じのするフリットウィックの呼びかけに、咲夜が行儀良く前へと進み出る。

 

おや、教員席でも教師たちが身を乗り出してるぞ。ここまで常に無関心だったスネイプですら背凭れから身体を起こしている。……無理もあるまい。彼らはほぼ全員がヴェイユの教え子であり、数人は同僚として苦楽を共にしたのだ。その孫の組み分けとなれば一入だろう。

 

進み出た咲夜がゆっくりと帽子を被ると、ハグリッドなどは巨大な両手を組んで何かを祈り始めた。グリフィンドールにと祈っているのか? もしくはスリザリン以外にと祈ってるのかもしれんな。

 

「グリフィンドールだといいな。」

 

「そうだね。」

 

隣のロンが励ますように言ってくるのに言葉少なに答えていると……少し時間をかけた後、帽子が高らかに叫びを放つ。

 

「グリフィンドール!」

 

……よしよし、悪くない。少なくともこれで側に居られるわけだ。安心しながらいつの間にか乗り出していた身を戻すと、魔理沙がニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。

 

「よかったじゃんか、リーゼ。」

 

「ま、重畳だね。……キミ、何をニヤニヤしてるんだい?」

 

「おっと、こわいこわい。」

 

ニヤニヤを止めない魔理沙を睨みつけたところで、上級生の歓迎に綺麗なお辞儀を返していた咲夜が私の隣に座り込んだ。顔には満面の笑みを浮かべている。

 

「やりました、リーゼお嬢様! グリフィンドールにさせました!」

 

「『させました』? まあ……いいけどね。おめでとう、咲夜。」

 

「はい!」

 

『させました』ってことは、本来はグリフィンドールじゃなかったわけか。ハリーも頼み込んでグリフィンドールにしてもらったようだし……結構いい加減だな、あの帽子。

 

「よろしくな、サクヤ!」

 

「はい、よろしくお願いしますね、ウィーズリー先輩。」

 

「あー……ロンで頼むよ。『ウィーズリー先輩』はこの寮に五人いるんだ。」

 

「それじゃあ、ロン先輩で。」

 

咲夜の口から発せられる先輩という響きににやけているロンを横目に、今度は魔理沙が声をかけた。

 

「よう、咲夜。一緒の寮だな。」

 

「私はリーゼお嬢様と一緒の寮なの。貴女はおまけよ。」

 

「へっへっへ、かわいい台詞だぜ。」

 

魔理沙の人を食ったような返答に、途端に咲夜が唸り始める。うーむ、非常に面白い光景だな。現状では魔理沙が一枚上手か。

 

フリットウィックが椅子を片付け始めたのを眺めながら、かわいいライバル関係のことを考えていると……いつの間に大広間に入ってきたのか、ハリーとハーマイオニーが私たちの近くの席へと座り込んだ。

 

「組み分けを見過ごしちゃったわ!」

 

咲夜とは逆隣に座ったハーマイオニーが言うのに、肩を竦めて言葉を返す。

 

「魔理沙と咲夜はご覧の通りだよ。他に気になるヤツでもいたのかい?」

 

「それは……まあ、いないけど。よろしくね、マリサ、サクヤ。」

 

ハーマイオニーに続いてハリーも歓迎の言葉をかけるのに、一年生二人が返答を返すのを見ていると……やおらダンブルドアが立ち上がって、大広間に声を響かせた。そら、来たぞ。いつものたわ言のお時間だ。

 

「おめでとう、新入生諸君。在校生の皆はあたたかく受け入れてくれることじゃろう。これからの学校生活が素晴らしいものになることを祈っておるよ。……さて、いよいよお待ちかねの食事となるのじゃが、その前にちょっとした紹介と注意事項を話しておかねばならん。」

 

そこで真剣な表情に変わったダンブルドアは、生徒を見渡しながら続きを話す。

 

「今年は捜査のために吸魂鬼が我が校の近くを監視することになっておる。そしてその管理をする為に、アズカバンからお客人がいらっしゃることとなった。……アンス・ラデュッセル刑務官じゃ。」

 

ダンブルドアの紹介に従って、教員席の一番隅に座っていた人物が立ち上がった。痩せぎすの長身に、ローブではなくストライプのスーツ。黒い短髪の顔はそこそこ整っているが、薄暗い雰囲気のせいで良い印象は全くない。貼り付けたような笑みがなんとも不気味だ。

 

「おいおい、酷い笑い方だな。愛想笑いにしたってもっと上手くできるだろうに。」

 

「同感だ。アズカバンで刑務官なんかしてると、どっかおかしくなるのかもね。」

 

魔理沙のコソコソ話に付き合ってる間にも、生徒たちからは恐る恐るという感じの拍手が上がる。皆どうしたらいいかを掴みかねている様子だ。

 

それを気にすることなくラデュッセルが一礼して座ったところで、ダンブルドアは教員席の逆側を手で示しながら声を上げた。

 

「そしてこちらが新任の教師、リーマス・ルーピン先生じゃ。今期から闇の魔術に対する防衛術の教師を勤めていただく。」

 

紹介を受けて、今度はヨレヨレローブのルーピンが立ち上がる。拍手は……まあ、ラデュッセルよりかは大きいな。チラホラと大きな拍手をしている生徒がいるのを見るに、列車での『活躍』も効いているようだ。

 

「あの人、ローブさえ買えばもう少し頼もしく見えるんだけど。」

 

「貧乏なのかもな。ちょっと親近感が湧くよ。」

 

ハーマイオニーの言葉を受けたロンがちょっと拍手を大きくしたところで、ルーピンはぺこりと一礼して座り込んだ。困ったような苦笑がなんとも情けないが、少なくともさっきと違って人間味は感じられるな。

 

「さて、もう一人紹介せねばなるまい。残念ながら退職されたケトルバーン先生に代わって、新たに魔法生物飼育学を教えることとなった……ルビウス・ハグリッド先生じゃ。」

 

「最高だ!」

 

ロンの叫びをかき消すように、大広間を大きな拍手が包み込む。主にグリフィンドールとハッフルパフのテーブルからだ。スリザリンはパラパラと、レイブンクローは気持ち大きめといった感じ。

 

「それじゃあ、あの本を指定したのはハグリッドだったのね。どうりでセンスが似てるはずよ。本人なんだもの。」

 

「やったぞ! ハグリッドが教師だなんて、最高じゃないか!」

 

「うん、最高だ。……リーゼも飼育学を取ったら? 今からでもマクゴナガル先生に頼めばどうにかなるかもよ?」

 

三人は喜びまくっているが……ハリーの問いに、ペチペチと拍手しながら返事を返す。ダンブルドアは人に向き不向きがあることを学ぶべきだな。

 

「確かに知識が申し分ないのは認めよう。魔法生物の飼育に関しても経験豊富だ。……だがね、私は三頭犬の餌やりやらドラゴンのおしめを替えたりするのは嫌だぞ。」

 

「いや、さすがにハグリッドでも授業でそこまではしないよ……しないよね?」

 

「あのはしゃぎっぷりを見たまえよ。絶対に何か仕出かすぞ。保証する。」

 

嬉しそうに両手をブンブン振っているハグリッドを指差して言ってやると、ハリーは自信が無くなってきたらしい。ゴニョゴニョ言いながら勢いを無くし始めた。

 

まあ、あの男には愛嬌がある。他者に失敗を許させてしまうような愛嬌が。この拍手の音を聞く限りでは、そう酷いことにはなるまい。これも一種の才能かもな。

 

私の内心の考えを他所に、ニコニコ顔で頷いていたダンブルドアはやおら真剣な表情に戻って声を張り上げた。

 

「結構、結構。きっとお二方の先生は愉快な授業をしてくれるじゃろう。……とはいえ、楽しい気分で忘れてしまわぬようにもう一度言っておこうかの。よいか? 決して吸魂鬼には近付かないように。彼らに言い訳は通用せんし、その目を欺くことは困難を極める。……そう、例え透明マントでさえも。」

 

おやおや、名指しの注意だぞ、ハリー。ちょっと気まずそうな顔になったハリーを知ってか知らずか、ダンブルドアは厳しい表情のままで話を締めた。

 

「もしも彼らが校内に居るところを見た際には、決して近付かずに教師へと伝えるのじゃ。……それでは、食事に移ろう!」

 

言葉と共に色とりどりのご馳走が出現するが、今年はあまり盛り上がってはいないようだ。誰もが吸魂鬼と、そしてシリウス・ブラックの話をしている。

 

近付くな、か。連中の方から近付いてこなきゃいいがな。何せ彼らにとっては、ホグワーツはご馳走の坩堝だろう。今も幸せいっぱいの大広間を涎を垂らして見ているはずだ。

 

忌々しい吸魂鬼のことを考えながら、アンネリーゼ・バートリはトマトのスープパスタへと手を伸ばすのだった。

 


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