Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ギリギリだぞ、ハーマイオニー。」
学期初日、ルーン文字の最初の授業。滑り込むように教室に飛び込んできたハーマイオニーに、アンネリーゼ・バートリは呆れた顔で言い放っていた。
「セーフよね?」
「セーフさ。ほら、バブリングがご到着だ。」
ハーマイオニーが飛びつくように私の隣に座った瞬間、この授業の教師であるバブリングが教室へと入ってくる。細身にブロンドの短髪。非常に神経質そうな見た目の魔女だ。こいつはどうも食事を私室で取る派のようで、今まであまり見たことがない。……アリスなら何か知ってるだろうか?
バブリングは杖を一振りして黒板に大量のルーンを浮かび上がらせてから、教卓の前に姿勢良く立って口を開いた。マクゴナガルのキリっとした感じとはまた違う、正確な機械って雰囲気の姿勢の良さだ。
「ごきげんよう、三年生の皆さん。ご存知の通り、私はバスシバ・バブリング教授です。そしてこちらもご存知の通り、この授業では主にルーン文字の扱い方を学んでもらいます。」
台本を棒読みしているかのようなバブリングが教卓にルーンの刻まれた小石を置くと、いきなりその石から青い炎が立ち上がる。……ふむ、面白いな。パチュリーお勧めの授業だけあるじゃないか。
「私は今、杖を振っていません。呪文も唱えてはいません。……つまり、この小石が杖の代わりとなり、ルーンが呪文の代わりとなっているのです。ルーンを使った魔法は杖魔法よりも遥かに制限が多いですが、利点もまた数多く存在します。」
無表情で言った後、バブリングは教室のドアを見て静止してしまった。……なんだよ、燃料でも切れたのか? ピクリとも動かんな。青いガラス玉のような瞳でドアをジッと見ている。
生徒たちが釣られて入り口の方へと振り返ると……おっと、いきなりドアが凍りついたぞ。薄く氷が張り、霜がそれを覆っているようだ。ざわざわと騒ぎ始める生徒たちを他所に、バブリングが再び動き出した。
「あのドアには私がルーンを刻んでおきました。私が遠くロンドンまで離れていたとしても、あのドアは同じように凍りついたでしょう。……もう分かりましたね? ルーンは術者を必要としません。事前に正しい準備さえ整えておけば、勝手に魔法を発動させることができます。これこそがルーン最大の利点であり、最も危険な部分なのです。」
そのままバブリングは教卓の前にある箱を指差し、締めとなる言葉を放つ。
「五年間を通して、あなたたちにはこの利点と危険性の両方を学んでもらうことになるでしょう。最初の授業では最も基本となる十六文字を石に刻んでもらいます。石と彫刻刀は前にあるので、必要な物を取るように。……では、開始。」
凄まじく平坦な声で言い終わると、バブリングは椅子に座って微動だにしなくなった。……成る程、石工の真似事をさせられるわけか。派手な授業紹介の割に、なんともつまらん始まり方じゃないか。
ため息を吐きながら石ころと彫刻刀を取り、ハーマイオニーと共にガリガリ削り始める。
「魔法でどうにかできないのか? これは。」
「出来そうだけど……やってみる?」
私の提案を受けたハーマイオニーが杖を取り出そうとしたところで、椅子に座って虚空を見つめていたバブリングがポツリと呟いた。
「魔法は使わないように。ルーンと干渉します。文字を刻んだ石は今後も使うので、丁寧に制作することをお勧めしますよ。」
抑揚の一切ない声で呟き終えたバブリングは、再び彫像のように動かなくなった。こいつ……カラクリ人形じゃないだろうな? 人間味を一切感じないぞ。アリスの人形と並べたら面白そうだ。
私がホグワーツの変人教師ランキングに修正を加えたところで、ハーマイオニーが残念そうに杖を置く。
「ダメみたいね。普通に削りましょうか。」
「楽しい授業になりそうだね、まったく。」
首を振りながら答えて、再び石ころを削り始める。まあいいさ、吸血鬼の力ならさして苦労する作業じゃない。……力を入れすぎて砕いてしまう可能性はあるが。
手早く最初の文字を彫り終わったところで、チラリと苦戦しているハーマイオニーを見ながら質問を投げかけた。
「そういえば、占い学はどうだったんだい? 随分と高名な予言者らしいが。」
「期待外れね。紅茶占いとかいうのをさせられたんだけど、バーナム効果を利用したようなことを……言って、たの……。」
話の途中で勢いを無くしたハーマイオニーに向かって、ニヤリと笑って話しかける。気付くのがちょっと遅かったじゃないか、秀才さん。
「ふむ? 奇妙な話じゃないか。最初の占い学が行われているのは『今』だよ、ハーマイオニー。」
「あー、そうだけど、その……。」
わたわたと手を振りながら慌てるハーマイオニーに向かって、含み笑いをしながら言葉を放った。ま、そんなことだろうと思ってたさ。かわいい姿も見れたことだし、意地悪はこの辺にしておこう。
「んふふ、大丈夫だよ、ハーマイオニー。キミが何を使っているかは見当がつく……というか、ついた。『繰り返している』んだろう?」
「……もう、本当に貴女にはかなわないわね。御察しの通りよ。マクゴナガル先生に手配していただいたの。」
半信半疑だったが、やはり逆転時計か。アレックス・ヴェイユが神秘部で迷いなく使用できたのも、ホグワーツ時代によく使っていたからなのだろう。当時渡したのは……フリットウィックか? 感謝しないといけないな。お陰で咲夜は生を受けることが出来たのだから。
しかし、ハーマイオニーに関してはちょっと心配だ。時間を歪めるというのは、吸血鬼から見たってかなり危険な行為なのだから。これから数年を通して使うってのはかなりリスキーな気がするぞ。十三歳の少女に持たせていいオモチャじゃないだろうに。
ハーマイオニーの首筋にかかるチェーンを指差しながら、割と本気の警告を口にする。
「気をつけて使うんだよ? それは危険な代物だ。下手すれば死ぬくらいじゃ済まないぞ。『ここ』から弾き出されて、時間の隙間に閉じ込められる可能性だってあるんだ。」
「大丈夫、マクゴナガル先生からもきつく言われてるわ。最低限にしか使わないつもりよ。」
「それと、さっきみたいな失敗も無しにしたまえ。『今』自分が何をしているのかをきちんと把握しておくんだ。じゃないと他人との会話が滅茶苦茶になるよ。」
「うっ……分かってるわ。使い始めたばかりだから、まだ慣れてないだけよ。」
なんとも心配になる言葉ではないか。後でマクゴナガルに危険性をちゃんと説明したのかを聞く必要がありそうだ。……というか、咲夜に悪影響とかないよな? 私の能力は逆転時計に反応しないようだが、咲夜もそうとは限らないのだ。彼女にもそれとなく聞いておかねばなるまい。
内心で二つの予定を追加していると、ハーマイオニーが占い学についての続きを話し出した。
「とにかく、占い学はいまいちだったわ。ハリーに死神犬が取り憑いてるだの、そのうち死ぬだのって……たわ言のオンパレードよ。」
「死神犬?」
「大きな黒い犬なんですって。墓場がどうたらとか言ってたけど、馬鹿馬鹿しすぎて聞いてなかったわ。」
ふむ、驚きだ。一つはハーマイオニーが教師を毛嫌いしていることに。一つは大きな黒い犬という言葉を、最近聞いたことがあることに。
まあ、少なくともブラックは死神犬とかいう訳の分からん生き物ではない。単に犬に変身できるおっさんだ。大体、見ただけで死ぬならフランやルーピンは百回以上死んでるだろう。しかし、ハリーがそのうち死ぬってのは……うーむ、ハーマイオニーの言葉が確かならただのたわ言だろうが、仮にもハリーとリドルの因縁を予言した予言者なのだ。微妙に気になるな。
死神犬とやらについて考え込む私を他所に、ハーマイオニーはガリガリと石ころに彫刻刀を走らせながら、占い学がいかにいい加減な授業だったのかを捲し立ててきた。
「信じられる? 何にでも見えそうなお茶っ葉の塊を見て、死の予言をしてるのよ? この石の削りカスを見ても同じようなことを言うに違いないわ。バカみたい。」
「いやはや、実に珍しい光景だね。キミが授業を嫌うのは初めて見たよ。」
「最初の一回で結論を出すのはどうかと思うけど……そうね、嫌いだわ。あの学問は不確かすぎるもの。」
おいおい……怒り任せに削ってるから、文字が荒くなってるぞ。この様子だと結構どぎついことを言われたのかもしれない。
「なんにせよ私は取らなくてよかったよ。まあ……この分だとルーン文字も微妙な感じだけどね。初っ端からこんなことをさせられるとは思わなかった。石ころの加工、か。」
「きっと次から面白くなるわよ……きっとね。」
二つ目の文字を終わらせながら、ハーマイオニーと共にため息を吐くのだった。
───
「今日はここまで。終わらなかった者は次の授業までに刻んでくるように。彫刻刀はお貸しします。」
バブリングの無表情・無感動・無動作の三拍子揃った終わりの言葉と共に、生徒たちは立ち上がって次の授業へと向かい始めた。当然ながら私とハーマイオニーもその流れについて行く。
「四個も残っちゃったわ。課題を残すなんて初めてよ。」
「いい経験になったじゃないか。少なくともこれで、キミの将来の選択肢から石工は除外されたわけだ。」
「最初から無かったけどね。」
ハーマイオニーとたわいもない話をしながら次の授業である変身術の教室へと向かえば、ちょうどハリーとロンが廊下でスリザリンの……パーキンソンだったか? マルフォイと仲のいい女生徒にからかわれているところだった。
「ほら、ポッター! 吸魂鬼が来るわよ? うううぅぅぅぅぅぅ!」
うーむ、両手を広げながらハリーに威嚇のポーズをしているパーキンソンには、どうやら演技のセンスはないらしい。どう見たっておかしくなった聖マンゴの患者にしか見えないぞ。忌々しそうに見つめるハリーとロンに代わって、近付いてパーキンソンに声をかける。
「やあ、パーキンソン。ここは人間の世界だから、人間の言葉で喋った方がいいね。その唸り声は家に帰ってから両親相手に使いたまえよ。」
「……黙りなさいよ、羽つきチビ。あんたには関係ないでしょ? そっちこそさっさと洞穴にでも帰れば?」
「おやおや、驚いたね。キミがスラスラ言葉を喋れるとは知らなかったよ。それならどうして普段はトロールの真似事なんかしてるんだい? しかも飛びっきり馬鹿なトロールの真似を。」
驚愕の表情で言ってやると、パーキンソンは顔を真っ赤にして雌牛のように突撃してきた。残念だな、赤い布があれば完璧だったのだが……やむなく布なしでひょいっと躱してやれば、彼女は廊下の石柱へと突っ込んでいく。おお、あれは痛いぞ。
「無事かい? パーキンソン。死んでやしないだろうね? そうなると私はここに銅像を建てなくちゃならないぞ。『イカれた雌牛、パンジー・パーキンソン。石柱への求愛に失敗してここに眠る』ってな具合に。」
今やお腹を抱えて笑っているロンを尻目に話しかけてみると、パーキンソンはふーふー唸りながらふらふらと立ち上がった。そのままよく分からん捨て台詞を吐くと、足早に何処かへと去っていく。さらば、雌牛ちゃん。また会う日まで。
肩を竦めて見送ったところで、ハーマイオニーが呆れた表情で話しかけてきた。
「お見事、リーゼ。これでグリフィンドールとスリザリンの憎しみの連鎖に拍車をかけたわね。いつか負債が返ってくるわよ。」
「んふふ、自覚はあるさ。だが、やられたらやり返すべきだよ、ハーマイオニー。そうでなくっちゃ面白くないだろう?」
「面白いかどうかはともかくとして、あれはいただけないわね。ハリーを笑うマルフォイそっくりよ。」
言いながらハーマイオニーが指差す先では、ロンが未だに笑い続けている。どうやらハーマイオニーは一足先に大人への階段を上ったらしい。もう馬鹿馬鹿しい喧嘩を笑えるお年頃ではないということか。
対して、ほくそ笑んでいるハリーと馬鹿笑いしているロンは『ガキンチョ期間』を抜け出すにはもうちょっとかかりそうだ。男女の差というかは、ハーマイオニー個人の精神年齢の問題っぽいな。早生まれってのもあるか。
友人の成長を実感しながらも、苦笑を浮かべて口を開く。
「随分と大人になってしまって悲しいよ、ハーミー。お嫁さんに行ってしまう日も近いかな?」
「もう! いいから行くわよ!」
よよよと目を覆いながら言ってやると、ハーマイオニーはぷんすか怒りながら変身術の教室へと歩き出した。うーむ、これはこれで面白い。思春期に突入したということか?
となれば、今年か来年あたりには恋愛期間に突入だ。人間ってのは忙しなく成長するもんだな。この前までは殻を被ったヒヨコだったってのに、もう発情期がきたのか。
人間の成長の早さを改めて感じていると、ロンを引っ張ってついてきたハリーが声をかけてきた。
「ハーマイオニーはなんでリーゼと一緒にいるの? さっきまで僕らと一緒だったじゃないか。」
「乙女の秘密よ。」
ハーマイオニーの凄まじく適当な言い訳に疑問符を浮かべたハリーだったが、変身術の教室に入るとその表情は一転して曇り空へと変わる。……なんだこの空気は? お通夜ではないか。
「誰か死んだのかい?」
「これから死ぬんだよ、僕が。」
思わず呟いた言葉に、ハリーがうんざりしたように返してきた。ああ、例の予言か。ハーマイオニーはともかくとして、他のグリフィンドール生にとっては信ずるに値する予言だったらしい。
椅子に座るグリフィンドールの同級生たちは、誰もがハリーを見ながらコソコソと囁き合っている。……おい、ロングボトムなんかは泣きそうになってるぞ。いくらなんでも早すぎだろうが。
呆れながらもいつものように四人で机に座ったところで、マクゴナガルが教室前方のドアから入室してきた。なんかこう、バブリングの後だとやたら人間味があるように感じてしまうな。
「おや、揃ってますね。大いに結構。少し早いですが、始めてしまいましょうか。」
生徒を見回しながら出欠を確認したマクゴナガルは、今日の内容であるアニメーガスについてを説明し始める。……とはいえ、全員うわの空でそれどころではなさそうだ。真面目に聞いてるのはハーマイオニーだけだぞ。
パチルとブラウンなどは、今にもハリーにお悔やみの言葉を言いそうになっている。彼女たちが葬式まで我慢できればいいのだが……うーん、この分だと無理そうだな。授業が終わったらご愁傷様でしたと言ってくるぞ。
教室の異様な雰囲気はどうやらマクゴナガルにも伝わったらしい。彼女がトラ猫に変身しても誰一人として驚かないのを確認したところで、ちょっと不満そうな表情を浮かべながら全員に問いかけてきた。
「……別に構いませんが、私が変身したのを見て拍手が起こらなかったのは初めてです。何かあったのですか?」
誰もが気まずそうにハリーを見つめている中、ハーマイオニーだけがうんざりした表情を隠さずに返事を放つ。
「占い学で死の予言をされたんです。」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりのハーマイオニーに対して、マクゴナガルも然もありなんと頷きながら口を開いた。どうやらこの二人の占い学に対する意見は共通しているようだ。つまり、二人は揃って『たわ言』派閥の人間ってことか。
「ああ、占い学の最初の授業ですか。……それで? 今年は誰が死ぬことになったのですか?」
「あー……僕です。」
恐る恐る手を挙げたハリーに対して、マクゴナガルが鼻を鳴らして言い放つ。
「安心しなさい、ポッター。シビルはあの職に就いて以来、毎年生徒の死を予言してきましたが、これまでに誰一人として死んだ者はいません。むしろ彼女の死の予言は健康の証と言えるでしょう。」
ハーマイオニーそっくりの表情で首を振るマクゴナガルは、呆れていることを隠そうともしていない口調で続きを話し始めた。
「ですから、貴方の宿題を免除するわけにはいきません。……ただし、もし死んだなら提出しなくて結構ですからね。墓場まで取り立てに行ったりはしないから安心なさい。」
おやおや、中々のジョークを言えるじゃないか、マクゴナガル。ちょっと見直したぞ。教室を包んだクスクス笑いを見て、マクゴナガルは澄ました顔で授業を再開した。
「では、教科書の六十一ページを開きなさい。今日はアニメーガスの危険性と法規制についての──」
さて、山場は終わった。後は退屈な時間をやり過ごすだけだ。ハーマイオニーがクイクイと裾を引くのを無視しながら、アンネリーゼ・バートリはゆっくりと机に寝そべるのだった。