Game of Vampire 作:のみみず@白月
「見ろよ、最初のホグズミード行きの日が決まったってよ。十月末。ハロウィンの昼だ!」
監督生が壁に貼っていった紙を指差して興奮するロンを横目に、アンネリーゼ・バートリは次なる一手を熟考していた。こいつ……休みの間にまた強くなったな。エジプトに行ってまでチェスをしてたのか?
どうやらホグズミード行きの日にちが決まったらしいが、今の私にとってはチェスの方が大事なのだ。談話室のテーブルに置かれたチェス盤にはかなり不利になった私の駒たちが置かれている。現状は二戦して引き分け中。ガキに負け越すなど私のプライドが許さんぞ。
ちなみにソファの左隣にはレポートを長々と書いているハーマイオニーが、右隣には私の肩に凭れかかってウトウトしている咲夜がいる。ハリーと魔理沙は当然ながらクィディッチの練習中だ。もう陽が落ちそうなのに、まだ帰ってくる気配はない。
三連覇が懸かっているのに加え、ウッドは今年で卒業となるのだ。結果としてかのクィディッチ狂は凄まじい気迫で練習計画を組み立てているようで、それに巻き込まれた二人はクィディッチ漬けの日々を送っている。十月の夕空は寒かろうに、なんともご苦労なことだ。
羊皮紙半巻きと言われていた宿題を既に二巻き以上書いているハーマイオニーが、チラリと貼り紙を見ながら口を開いた。
「楽しみだわ。リーゼも行くわよね?」
「いや、私はパスだ。ハロウィンは咲夜の誕生日なんだよ。祝ってやらないと可哀想だろう?」
いつでも行けるホグズミードと、一年に一度の誕生日。どちらを優先すべきかなど言うまでもあるまい。それが咲夜の誕生日なら尚更だ。
それに、ルーピンもその日にハリーへとブラックの件を伝える気でいるらしい。うじうじと延び延びにしていたのをやっと決意したのだ。なんともまあ、今年のハロウィンもイベントが盛りだくさんじゃないか。
トロールと猫の石像を思い出している私に、瞼を落としかけている咲夜が囁いてくる。ほぼ寝てる顔だな、これは。
「えへへ、ありがとうございます、リーゼお嬢様。」
「なぁに、当然だろう? ここ二年は一緒に過ごせなかったんだ。これからはきちんとお祝いするさ。」
「はぁい……。」
そっと頭を膝に乗せてやりながら言うと、咲夜は幸せそうに目を閉じて寝息を立て始めた。うーむ、よく寝る子だ。寝る子は育つというが……あんまり背が高くなられても困るな。どうせ追い越されるにしたって、差がつきすぎると悲しくなるぞ。
私のローブをギュッと握りながら眠る咲夜を見て、ハーマイオニーが微笑みつつも口を開く。
「うーん……それなら私も残ろうかしら? ホグズミード行きの日は何回もあるんだしね。」
「おや、気にしなくていいんだよ? 結構楽しみにしてたんだろう?」
「この前の私の誕生日はサクヤにお祝いしてもらったし、私もちゃんと祝ってあげたいのよ。うん……そうね、ホグズミードはまた今度に回すわ。」
柔らかく咲夜の頭を撫でるハーマイオニーの言葉に、ロンも苦笑しながら頷いた。
「それなら、僕も残るよ。ハリーも行けないっぽいし、一人で行ってもつまんないだろ? 悪戯専門店はちょっと惹かれるけど……ま、友達と過ごすのが一番さ。」
「おやおや、いい先輩たちじゃないか。」
「そう思うなら、一手待ってくれよ。そう来るとは思わなかったんだ。」
「それとこれとは話が別さ。」
どうやらギリッギリで勝てそうだ。悔しそうにロンが呻き始めたところで、疲れ果てた様子のハリーと魔理沙が扉から入ってくる。なんともまあ……ボロボロじゃないか。重労働を強いられた後の囚人みたいだ。
ヨロヨロと私たちのソファに近付いてきた二人は、口を開くのも億劫な様子で声を放ってきた。
「疲れたよ……ウッドが新戦術を編み出したんだ。敵も味方も、めちゃくちゃ疲れるやつをね。」
「私は寝るぜ。もうだめだ。」
ハリーはドサリとロンの隣に座り込んだが、魔理沙は短く声を放って寝室へと向かって行く。十一歳の女の子にはキツすぎる練習量だったようだ。
それを全員が苦笑しつつ見送ったところで、ハリーたちよりかは元気を残している様子の双子の声が聞こえてきた。彼らも貼り紙を見つけたらしい。
「よっしゃ、ハロウィンか。ベタベタキャンディも発煙かんしゃく玉も切れてるし、ゾンコの店に行かないとな。」
「となると、臭い玉はギリギリ保ちそうだ。あとは……よし、糞爆弾も買い込もうぜ。期限が切れそうなやつは全部使っちゃってさ。」
録音してマクゴナガルに聞かせてやりたい台詞だな。思わずため息を吐きながら顔を上げると、曇り顔のハリーが見えてきた。ホグズミードに行けないのが悲しいのだろう。双子のことを羨ましそうに見つめている。
ホグズミードに行くには許可証への保護者のサインが必要になるのだ。つまり、ハリーの場合は叔父か叔母のサインが。そして妹を膨らまされた叔父がサインを書いてくれるはずもなく、許可証無しのハリーはホグズミードには行けないのである。いやまあ、『風船事件』無しでも怪しいとこだとは思うが。
夏休み直前の顔を先取りしているハリーに、苦笑しながら話しかけた。
「ハリー、心配しなくても大丈夫だ。ハロウィンは咲夜の誕生日でね。私は当然だし、ハーマイオニーとロンも残ってくれるそうだよ。」
「それは……うん、よかったよ! そっか、サクヤの誕生日なんだ。僕もお祝いを用意しないとだね。」
おや、途端にハリーの顔は天気空に変わったぞ。なんとも現金なもんだ。苦笑を強めながらチェックをかけて、なんとか五百歳の尊厳を守り切る。……もうロンからの勝負は受けない方がいいかもしれない。
そのままハリーとロンがウッドの新戦術とやらを話し始め、私がハーマイオニーのレポートをぼんやり眺めていると……オレンジ色の毛玉が凄まじい勢いで談話室に突っ込んできた。ハーマイオニーが誇るぶさいく猫、クルックルッなんとかだ。
「スキャバーズ!」
スキャバーズ? クルックルッなんとかじゃないのか? ロンの悲鳴のような声に従ってよく見てみれば……おっと、毛玉の視線の先で哀れなネズミが必死に逃げ回っているのが見えてきた。どうやら毛玉ちゃんは狩りの時間を楽しんでいるらしい。
「クルックシャンクス、ダメよ!」
クルックシャンクスだったか、惜しいな。ハーマイオニーの注意も聞く様子はなく、毛玉は狂ったようにロンのネズミを追い回している。本能ってものを感じさせる一幕じゃないか。よっぽどお腹が空いているようだ。
「誰かその猫を止めてくれ!」
ロンの声で数人のグリフィンドール生が立ち塞がるが、残念ながら毛玉は見事な運動神経でそれを避けて行く。ハリーのダイビングキャッチも……ダメだな。地上じゃ連勝シーカーも形無しだ。クィディッチが空飛ぶ猫を追う競技じゃなくてよかったな。
個人的にはこの世からネズミが一匹減るのは大歓迎なんだが……まあ、ここで毛玉がネズミを食えば、ハーマイオニーとロンの関係が悪化するのは目に見えている。咲夜の誕生日を和やかに終わらせるためにも、毛玉ちゃんのディナーは取り上げるべきだろう。
「キミたちは魔法使いだろうに。何かの魔法を使いたまえよ。……アクシオ、クルックシャンクス。」
ちょっと呆れながら呼び寄せ呪文を使ってみれば、飛んできた毛玉ちゃんは私の右手に収まった。バタバタと暴れるそいつの首根っこを掴んで、全然可愛くない潰れ顔を見ながらボソリと話しかける。
「やあ、毛玉ちゃん。大人しくしておいてくれ。咲夜が起きちゃうだろう?」
スヤスヤ眠る咲夜を目線で示して言ってやると、毛玉はにゃあごと鳴いてから大人しくなった。ほう、結構賢いじゃないか。
「クルックシャンクス! ダメじゃないの! メッ!」
ハーマイオニーが駆け寄ってきて私から受け取った毛玉を叱るが、ロンはそれどころではないらしい。収納棚の隙間に入り込んだネズミを必死になって摑み出そうとしている。
「ロン、呼び寄せ呪文を使えば一発だぞ。毛玉はデカいから難しいかもしれないが、ネズミなら楽勝だろう?」
「僕はまだ使えないんだ。リーゼ、頼めるかい? ハーマイオニーはその猛獣を離すなよ!」
かなり怒った顔でハーマイオニーに注意するロンに従って、収納棚に向かってもう一度呼び寄せ呪文を使う。すると飛んできたネズミが私の手に……む、埃まみれでばっちいな。しもべ妖精どもは棚の下の埃を見落としたようだ。
「アクシオ、スキャバーズ。……やあ、ネズミ。災難だったね。」
「ありがとう、リーゼ。そら、こっちにおいで、スキャバーズ。」
ジタバタと暴れている今にも死にそうなネズミをロンに引き渡すと、彼はそれを大事そうに胸ポケットに入れながらハーマイオニーを糾弾し始めた。おやおや、今度は飼い主の代理戦争が始まったぞ。
「おい、ハーマイオニー! その猫は檻かなんかに閉じ込めておけよ! ただでさえスキャバーズは弱ってるんだ。いつか本当に食われちまうぞ!」
唾を撒き散らしながら怒るロンに、ハーマイオニーも負けじと反論する。ペットのこととなると誰もが熱くなるようだ。
「クルックシャンクスはそれが悪いことだって分からないのよ! それに、猫はネズミを追いかけるものだわ。本能なんだから仕方ないでしょう?」
「その本能とやらでスキャバーズが死んだらどうするつもりだ!」
「きっとジャレてただけよ! 殺したりなんか……しないわよ。たぶん。」
どうやらハーマイオニーが劣勢だな。なんたって、毛玉がネズミを食い殺そうとしていたのは誰の目から見ても明らかなのだ。どんな弁護士でもこれを覆すのは困難だろう。
ロンにもそれはよく分かっているようで、怒鳴り声を上げながら寝室へと歩いて行った。
「いいか、男子寮にいるのを見かけたら蹴っ飛ばしてやるからな! その猫を絶対に入れないでくれよ!」
「ひどいわ、ロン! クルックシャンクスが可哀想よ!」
「スキャバーズはもっと可哀想だ!」
ドスドスと荒い足取りで男子寮へと上っていくロンを見ながら、ハリーが私の耳元でそっと囁いた。
「ロンは僕が。そっちはハーマイオニーを頼むよ。」
「全くもって……お互い苦労するね。了解だ。」
かなり疲れた表情のハリーに苦笑いで頷いてから、毛玉をギュッと抱きしめているハーマイオニーへの言葉を探し始める。どうやら面倒な喧嘩が始まってしまったらしい。長引かなければいいんだが……。
この騒ぎでも一切目を覚まさなかった咲夜の寝顔を見ながら、ちょっとだけため息を吐くのだった。
───
そして代理戦争は三日経っても終息の様子を見せなかった。お陰で授業がやり難くて仕方がないぞ。今日の薬草学は季節外れに実ってしまった花咲か豆の収穫なのだが、ハーマイオニー、私、ハリー、ロンの順で並び、両隣の二人は目も合わせようとしない始末だ。
既に私は面倒くさくなって匙を投げたせいで、喧嘩のしわ寄せは全てハリーに向かっている。結果として今の彼は酷使された中間管理職のような有様だ。厳しい練習も相まって、そろそろ若白髪が生えてくるかもしれない。
全員が黙って豆を鞘から出している中、ハリーが無理しているのが丸わかりな明るい声で共通の話題を投げかけてきた。
「あー……そういえば、サクヤの誕生日プレゼントは決めた? 被らないようにしないとでしょ?」
「ああ、私は絶対に被らない自信があるから気にしなくていいよ。好みを知ってるのは家族の特権なのさ。」
銀製のナイフをオーダーメイドで作らせたのだ。被る心配は皆無だろう。私の返答を聞いて、ハーマイオニーとロンがそれぞれ『ハリーと私』に向かって口を開く。
「私はマグルの世界の洋服よ。この前トランクに紛れ込んでたファッション雑誌を見せてあげたら、かなり興味深そうにしてたから。ママに手紙で頼んで買っておいてもらったの。」
「僕はお菓子の詰め合わせだ。あの年頃ならやっぱりお菓子さ。……マグルのヘンテコな服なんか貰っても嬉しくないだろうし、成長期なんだからすぐに着れなくなるだろ?」
「『誰かさん』と違って、サクヤはちゃんとオシャレに関心があるみたいなのよ。服なんか幾らあっても困らないわ。いっつも毛玉だらけの同じ服を着てる『誰かさん』とは違ってね。」
「ハリーやリーゼは何にしたんだい? もし洋服にしようってんならやめた方がいいぜ。人にはそれぞれ趣味ってもんがあるんだ。洋服は自分で選ぶものなのさ。押し付けられちゃ堪んないだろ?」
そら、また始まったぞ。豆を鞘から取り出しつつ、お互いに決して目を合わせないままで罵り合っている。一事が万事この調子なのだ。もう付き合ってられん。
ノーコメントを決め込んだ私に対して、哀れな中間管理職は勇敢にも仲裁に入った。彼の辞書には不可能という文字は存在していないようだ。
「えーっと……洋服もお菓子もいい選択だと思うよ、うん。僕は何にしようかな? クィディッチ観戦用の双眼鏡とか? きっとサクヤはマリサを応援したいだろうし。」
「いい選択だわ、ハリー。お菓子よりかはよっぽどマシよ。誰もが自分と同じ精神年齢だと思わないで欲しいわよね。」
「そりゃいいな、ハリー。僕もリーゼに双眼鏡を贈ってもらった時は嬉しかったし、洋服とかいうバカみたいな贈り物より全然良いと思うぜ。」
そして現代のナポレオンも匙を投げた。モゴモゴと何かを言った後、黙って豆の収穫作業に没頭し始めたのだ。賢い選択だぞ、ハリー。どうせ何を言っても悪化するだけなのだから。
いつもならこのまま授業の終了まで無言タイムが続くのだが、今日の二人はひと味違うらしい。やおらロンが『本題』を口にし始めたのだ。
「……あの猫を家に送り帰したらどうだ? それでみんなが幸せになれるだろ?」
ハーマイオニーの方を見ずにボソリと言うロンに、ハーマイオニーもまたロンを見ずにポツリと呟く。
「クルックシャンクスは悪意なんかないのよ。それで私と引き離されるなんて可哀想だわ。スキャバーズをちゃんとカゴに入れておけばいいだけでしょう?」
「スキャバーズの方が先輩なんだぞ。元からいたスキャバーズが不便を強いられて、なんだって新入りのあの猫が堂々と闊歩できるんだ? 理不尽だとは思わないのか?」
徐々にボルテージが上がってきたロンに引き摺られるように、ハーマイオニーもまたほっぺたを赤くしながら言葉を放つ。ハリーはアタフタと二人を交互に見て、私はひたすら豆の収穫だ。……しかし、この豆は何に使うんだ? 私たちだけでも桶一杯分は収穫したぞ。
「あのね、クルックシャンクスには広い場所が必要なの。体の大きさから見てもそれは明らかでしょう? スキャバーズはカゴの中でも充分に運動できるわ! もし必要なら、私が回し車でもプレゼントするわよ。」
「回し車? 回し車だって? スキャバーズをバカにしてるのか? 大体、スキャバーズはずっと自由に過ごしてたんだ。それがいきなりカゴの中だなんて……可哀想だと思わないのか!」
「ネズミはカゴの中で飼うものよ、ロン! それがあるべき姿ってもんだわ!」
「マグルのネズミとは違うんだ! スキャバーズは賢いんだから、自由を与えられて然るべきはずだぞ!」
今や怒鳴り合いに発展した喧嘩は温室中に響き渡っている。パチルとブラウンが巻き添えを恐れて避難し、フィネガンとトーマスが殴り合いに備えて引き離せるようにと身構え、ロングボトムが大口を開けて心配そうにキョロキョロし始めた辺りで……遅いぞ。向こうからドスドスとスプラウトが走ってきた。さっさと止めてくれ。
「何をしているんですか! ここは喧嘩をする場所ではありませんよ!」
「ハーマイオニーのせいです! ハーマイオニーが僕のネズミを殺そうと──」
「もう知らない!」
ロンの殺鼠宣言を受けて、とうとうハーマイオニーが決壊してしまったようだ。ポロポロと涙を流しながら、豆をロンにぶん投げて温室を飛び出して行った。ああ……とうとうこうなったか。
花咲か豆がぶつかったせいで身体中花だらけになったロンは、それを荒々しく振り払いつつも口を開く。
「泣かれたって、今回ばかりは謝らないぞ! スキャバーズの命が懸かってるんだ!」
まあ……今回に限ってはロンに非があるとは言えまい。実際にネズミが殺されかけたのは確かだし、あの猫をどうにかしない限り危険なままなのだ。
怒りから一転して困惑し始めたスプラウトが事情を聞くのを見ながら、アンネリーゼ・バートリは大きなため息を吐くのだった。