Game of Vampire 作:のみみず@白月
「あああ、イライラするわね! 何だってあの男は教師生活をエンジョイしてんのよ!」
紅魔館の執務室に響き渡るレミリアの怒声を肴に、アンネリーゼ・バートリはゆったりとワインを楽しんでいた。
あの三つ巴の決闘からは数年が経過しているが、ダンブルドアは未だに動き出す気配すら見せていないようだ。レミリアが必死にイギリス魔法界に働きかけてダンブルドアを矢面に祭り上げようとしているものの、その動きは悉く失敗しているらしい。
対してこちらの陣営は順風満帆といった具合だ。愛しのニワトコの杖を手にしたゲラートは北欧を中心として勢力の地盤を固め、『より大きな善のために』というスローガンを掲げながらそのカリスマで狂信者たちを作り出している。時期が来ればヨーロッパ大陸へと殴り込みをかける予定だとか。
レミリアはダンブルドアを煽る傍ら、大陸側の魔法界とのパイプを構築してその動きに対応しようとしているようだが……残念ながらヨーロッパ諸国の魔法コミュニティの繋がりは蜘蛛の糸よりも細いらしい。あまり上手くは進んでいないようだ。
「苦労しているみたいじゃないか、レミィ。」
「ええ、そうよ! 苦労させられてるわ! 無能な変身術の教師さんと、頭の固い各国魔法省の馬鹿どものお陰でね!」
「まあ、私とフランにとっては嬉しい展開だよ。……ワンサイドゲームなのは少々退屈だがね。」
「ぐぬぬ、今は精々勝ち誇っていればいいわ。最後に勝つのは私たちよ! そうでしょ? 美鈴!」
レミリアに声をかけられた美鈴を見てみると……おお、これは凄いな。立ったまま寝てるのか? かっくりかっくりしながら目を瞑っている。
「おいこら、起きなさい! そしてさっさと向こうの陣営の情報を集めてくるのよ!」
「んぁ、ぇえ? 何ですか? お嬢様。何か言いました?」
「あんたね、寝惚けてる暇があるのかしら? とっととグリンデルバルドが次にふざけたお祭りを起こす場所を探ってこないと、お気に入りの庭を吹っ飛ばすわよ。」
「ちょっ、行きます! 行きますから!」
相変わらず元気な連中だな。紅魔館主従のコントを眺めつつ、ソファから立ち上がってドアへと向かう。レミリアたちも頑張っているようだし、私もそろそろ働くとするか。
「それじゃあ私も失礼しようかな。我が頼もしい参謀どのと作戦会議をしてくるよ。キミも頑張りたまえ、レミィ。」
「今に見てなさい! 逆転して吠え面かかせてやるから!」
ありきたりな台詞が返ってきたのに苦笑しながら、執務室のドアを抜けて地下通路へと歩き出す。……まあ、レミリアが焦るのも仕方がないだろう。こちらの陣営が着々と力を付けているのに対して、ヨーロッパ魔法界はどうも危機を認識すらしていないようなのだから。
この前なんて、ゲラートの危険性を知らせる手紙の返答として聖マンゴの誇大妄想科への受診を勧めてきたくらいだ。いやはや、あの時のレミリアは見ものだったな。思い出すだけで元気が出てくるぞ。
そのまま一階の廊下を進んでいると、妖精メイドたちからロワーは来ていないのかと聞かれてしまった。彼は今連絡員としてゲラートに付けているので、しばらくは顔を出さないと伝えてやれば……おやまあ、大人気じゃないか。何事にも拘らない妖精メイドたちにしては珍しくガッカリしているぞ。
我が家のしもべ妖精の意外な人気っぷりに驚きながらも、地下通路へと下りて最奥の扉を開くと、地下室の中央に置かれた巨大な机の上に座り込んでいるフランの姿が見えてくる。あの机の上にはヨーロッパを中心とした大きな地図が貼ってあるはずだ。
「あ、リーゼお姉様! どうだった? アイツの様子。悔しがってた?」
「ああ、随分と焦ってるみたいだったよ。無理もないけどね。」
そう伝えてやれば、フランは飛び回りながらきゃーきゃー喜び始めた。レミリアに勝っていることがそこまで嬉しいのか。本人に伝えたら泣くかもしれないな。
「えへへ、やったね! 私たちの勝利はもうカクテーだよ! えっとえっと、この辺は全部手に入ったから、次はこの……ポーランド? だね!」
「そうだね。……そういえば、ポーランドには『吸血鬼』を名乗ってる半端者たちの村があるらしいよ。ついでに潰しちゃおうか。」
ゲラートからの報告によれば、ポーランドには『魔法界における吸血鬼』の村がいくつか点在しているらしい。種族名が吸血鬼ということで、ゲラートは一応こちらに連絡してきたようだが……ふん、あんな連中と私たちを一緒にしないで欲しいぞ。必要なら遠慮せずにぶっ潰せと伝えておいた。
「ハンパモノ? 私たちとは違うの?」
「全然違うさ。連中は木の杭を心臓に打ち込まれた程度で死ぬみたいだし、銀にも弱いそうだ。おまけに……これが一番間抜けな点だが、ニンニクが苦手らしい。一体全体何だってそんな生態になってるんだろうね。」
私の説明を聞いて、フランは目をパチクリさせながら驚いている。うむうむ、気持ちはよく分かるぞ。私だって最初に聞いた時は驚いたもんだ。ジョークにしたって意味不明じゃないか。
「ニンニク? ニンニクが苦手だなんて、大変そうだねぇ。んー……だけど、フランもそんなのと一緒にされるのはイヤかなぁ。」
「だろう? まったくもっていい迷惑だ。せめて呼び名を変えて欲しいね。紛らわしすぎるよ。」
「じゃあさ、じゃあさ、グリンデルバルドが魔法界をシハイしたら変えちゃおうよ! そうだなぁ……ヒル人間! ヒル人間はどう?」
うーむ、どうやらフランのネーミングセンスは姉に似てしまったようだ。悲しいような、これはこれで面白いような、何ともいえない微妙な気分になるな。
「ま、その辺はフランの好きにしてくれたまえ。頼りにしてるよ、私の可愛い参謀さん。」
「うん、任せて! 私がリーゼお姉様を勝利に導くよ!」
しかし、実際のところフランは優秀な参謀っぷりを見せている。語彙が少ないために言葉足らずになってしまうが、よくよく聞いてみればかなり堅実な計画を立てることが分かった。レミリアのように無駄な優雅さを重んじることはなく、私のように余計な遊びを入れるわけでもなく、いかにこちらが多数の状況を作るかを重視しているらしい。ゲラートがフランの立てた計画をいくつか戦略に取り入れたくらいだ。
そのことを伝えて褒めまくったら、次の日にはとうとう兵站の本を読み始めてしまった。……この子はどこに向かっているのだろうか? ちょっと失敗したかもしれないな。
何にせよ、現状は大満足と言っていいだろう。可愛くて頼りになる参謀、優秀な駒、狂信的な兵隊。ゲームのオープニングは頗る順調に進んでいるわけだ。……頼むから巻き返してくれよ? レミリア。このまま終わりってのは盛り上がりに欠けるぞ。
順調なのを喜ぶ私と、対戦相手の頑張りを願う私。自分の中に潜む相反する感情を自覚しながら、アンネリーゼ・バートリはポーランドの詳細な地図を机に広げるのだった。
─────
「……むう。」
ムーンホールドの中庭にも雪が積もり始めた頃、パチュリー・ノーレッジは空き部屋の床に描かれた巨大な魔法陣を前に緊張していた。
なんたって、これから悪魔召喚の儀式を行うのだ。これで緊張しないようなヤツはどうかしてるぞ。……いやまあ、隣の楽しそうな吸血鬼は例外だが。
「本当の本当に大丈夫なんでしょうね? リーゼみたいなのが出てきたら、陣に閉じ込めておける自信は無いわよ?」
「心配しすぎだよ、パチェ。この程度の陣で呼び出せるヤツなんて高が知れてるさ。精々インキュバスでも呼び出しちゃって、キミが真っ赤になるくらいじゃないかな。」
「な、ならないわよ。……それじゃ、始めましょうか。」
うーむ、愛称で呼ばれるのにはまだ慣れないな。家族以外ではリーゼが初だぞ。ムズムズする気持ちを隠しながら、本を片手に詠唱を開始すると……応じるように床の魔法陣が虹色に輝き始めた。『この程度の陣』とリーゼは言っていたが、今回の魔法陣でも直径が私の身長の二倍はある。おまけに陣の中は複雑な図形や謎の言語でビッシリと埋め尽くされているのだ。
正直なところ、私はこの魔法陣に関して半分も理解できていない。殆どリーゼに任せっきりになってしまったのは悔しいが、構成する要素があまりに多すぎるのだ。準備中に難しすぎるとリーゼに愚痴ってみたら、苦笑しながら東方の魔術師には都市一つを魔法陣に見立てたヤツがいると教えてくれた。凄まじいもんだな。魔法使いの頂はまだまだ高いらしい。
さて、もうすぐ詠唱が終わるぞ。口では呪文を唱えつつも、手の中の賢者の石を握り締める。いざとなればこいつに貯め込んだ魔力を解放してぶつけてやるつもりだ。リーゼが対処するまでの目潰し程度にはなればいいのだが。
考えている間にも詠唱が……終わった! 最後の一節を唱え切った瞬間、灰の混じった黒い煙のようなものが魔法陣から噴き出てきた。徐々に煙が人のカタチを作り出し、その肌が、髪が、翼が形成されていく。
「おいおい、これは──」
リーゼの思わず漏らしたという感じの呟きを聞いて、内心の緊張がさらに増す。まさか失敗? それとも『ヤバい』のを呼び出しちゃったとか?
だけど、もう止められないぞ。私が焦り始めたところで、召喚された悪魔はその姿を形成し終えたらしい。赤いロングの髪に、小さな翼を生やしたワンピース姿の少女。一見する限りは可愛い小悪魔といった具合だが、私は見た目に騙されてはいけないことを隣に立つ吸血鬼で学習済みだ。
「こんにちは、召喚者さん。私は魔界より生まれし悪魔の一柱。さあ、契約の内容を……あれぇ? なんか、物凄いのが横に居るように見えるんですけど。もしかして私、エサにされちゃう感じですか?」
前半部分をちょっと気取った感じで、後半部分を絶望の表情で言った悪魔の視線を辿ってみれば……心底呆れたという表情のリーゼが見えてきた。どういうことなんだ?
「パチェ、送還しちゃおう。こいつはダメだ。小物すぎて使い物にならないと思うよ。」
「ちょちょっ、待ってください! 召喚の順番待ちの列に並ぶのはもう嫌です! 私は、えーっと……そう、お料理! お料理が得意ですよ! お裁縫も出来ますし!」
なんだそりゃ。一気に緊張感が霧散しちゃったな。どうやらこの悪魔に関しては、見た目通りの存在と思って問題ないようだ。拍子抜けしている私へと、リーゼが肩を竦めながら助言を送ってくる。
「間違いなく低級悪魔だね。下の下だよ。さっさと送還作業に入ろうじゃないか。全然役に立たないだろうし、こんなのを使役してたら他の魔女に侮られちゃうぞ。」
「わー、待ってください、偉大な悪魔様! 私はお役に立ちますよ? ほら、お掃除とか! あとあと、お洗濯だって!」
「えーっと、落ち着いて頂戴。申し訳ないんだけど、ちょっとだけ待っててくれるかしら? こっちに居る吸血鬼と話があるの。」
涙目で主張してくる悪魔に一言断ってから、リーゼに小声で話しかけた。奇妙な状況になってきたな。
「リーゼ、どういうことなの? 私の認識だと、低級悪魔にしたってもう少し迫力があるもんだと思ってたんだけど……この悪魔がとびっきりの小物だってこと?」
「残念ながら、その通りだ。悪魔もピンキリなのさ。多分、生まれて五十年も経ってないような若い悪魔なんじゃないかな。長く生きてる人外特有の雰囲気がないからね。」
つまり、悪魔の新入社員というわけだ。チラリと魔法陣の方を見てみれば、件の悪魔は不安そうな表情でこちらを窺っている。契約を取れるかが心配なのだろう。保険会社の外交員みたいだな。
「でも、悪くないんじゃないかしら? そりゃあ弱そうには見えるけど、別に誰かと戦わせるわけじゃないもの。むしろ安全そうで良いと思わない?」
「いやいや、あんなのでいいのかい? あれだと人間を雇うのと大差ないよ? 下手すると人間の方が役に立つくらいだ。」
「それはまあ、ちょっと残念すぎるけど……だったら、とりあえず契約の対価を聞いてみましょうよ。見合わないようだったら送還しちゃえばいいでしょ?」
「……まあ、キミの使役する悪魔だからね。パチェがそう言うなら反対はしないよ。」
よし、決まりだ。声を潜めた話し合いを切り上げ、再び悪魔へと向き直った。対する悪魔は期待の瞳でこちらを見つめている。何というか……捨てられた子犬みたいだ。
「えっと、私が必要としているのは図書館の管理と実験の手伝いよ。それと……そうね、身の回りの世話もお願い出来るのであれば尚良いわ。」
「出来ます、任せてください! 魔界では家事手伝いをやってたんです!」
悪魔が家事手伝い? 変な世界観だな。契約を取るのに必死なようだし、もしかしたら魔界は就職難なのかもしれない。内心で益体も無いことを考えつつ、今度は対価の話を切り出す。
「それで、対価はどうなるのかしら? 契約期間は私が死ぬまででお願いしたいのだけれど。」
これは事前にリーゼと決めておいた作戦だ。それなりに強力な悪魔じゃないと、一見しただけでは私が不死であることを見抜けないらしい。だからこう言っておけば少ない対価でかなり長い期間使役できるのだとか。昔からある『裏ワザ』だとリーゼは言っていた。
「死ぬまでですか? そうですねぇ、それなら寿命三十年とか? もしくは二十年? ……ああいや、冗談です! 十年! 十年で!」
たった十年ぽっち? 私たちが少なすぎて呆気にとられているのを、悪魔の方は不満を感じているのだと受け取ったようだ。三十年でさえ信じられないほど『お得』だというのに、三分の一まで減らしてくる。思わず隣のリーゼを見てみれば……おお、笑ってるな。ここまで来ると呆れよりも面白さが勝ったらしい。
何にせよ、私からすれば破格の契約だ。アンフェアすぎる状況にちょっと申し訳なく思いつつも、悪魔に対して承諾の返答を送る。
「十年でいいのね? それなら契約したいんだけど……。」
「ほ、本当ですか? よかったぁ、これで私も一人前の悪魔になれます!」
「あー……うん、良かったわね。それじゃあ、さっさと結んじゃいましょうか。」
言って、リーゼが用意してくれた高級そうな羊皮紙に契約の内容を書き込む。それに私の血を一滴だけ垂らした後、嬉しそうにガッツポーズする悪魔に渡してやると……彼女はその内容をじっくりと確認してから、満面の笑みでムシャムシャ食べ始めた。食べるのか。
「んっ、んぐっ、ご馳走さまです! これにて契約は成りました。何なりと命じてください!」
ニコニコ笑いながら言ってくる悪魔に、リーゼが悪意たっぷりの笑みで話しかける。どうやら種明かしの時間が始まるようだ。
「おめでとう、低級悪魔。これでキミは永遠に仕えられるご主人様を得られたわけだ。良かったじゃないか。」
「へ? 永遠に? ……まさかっ!」
素早い勢いでこちらを見たかと思えば、悪魔は何かを探るように私を凝視するが……結局見ただけでは分からなかったようで、おずおずと私に質問を投げかけてきた。
「あのですね、つかぬ事を伺いますが……ご主人様は不死とか、そういうタイプの人間なんですか? 違いますよね? お願いだから違うと言ってください。」
「不死ではないけど、不老ではあるわ。……その、ごめんなさいね。」
「うぐっ、だっ、騙しましたね! この悪魔!」
うーむ、悪魔に悪魔と罵られるとは思わなかったぞ。不老にはなってみるもんだな。貴重な経験が出来たと感心している私を他所に、目尻に涙を浮かべている悪魔へとリーゼがクスクス笑いながら言葉を放つ。この吸血鬼の辞書には容赦という単語が存在していないようだ。
「キミも悪魔の端くれだったら生まれた時から知ってるはずだ。騙される方が悪いのさ。諦めたまえ。」
「そんなぁ。それならせめて、寿命三百年くらいは貰っておけばよかったです……。」
これはまた、見ていて可哀想なほどに落ち込んでるな。リーゼはともかく、私の心には罪悪感という感情ががまだ残っているのだ。
「ええっと……それで、名前は何て言うのかしら? まだ聞いてなかったわね。」
「パチェ、このレベルの悪魔には名前なんてないよ。もっと上位の悪魔じゃないと、固有の名前なんて持ってないもんさ。」
「うう、その通りです。私はまだ名前を持ってないんです。」
そうだったのか。しかし、そうなると呼び難いことこの上ないぞ。名前を付けてやろうかと口を開きかけたところで、それを見越したらしいリーゼから注意が飛んできた。
「先に言っておくが、名前は付けないように。悪魔って存在は名前を持つとその力を増すんだ。無害なままで使役し続けたいのであれば、適当に……そうだな、『小悪魔』とでも呼んでおきたまえ。弱っちい方が安心なんだろう?」
「あのあの、ご主人様! 名前を付けてくれてもいいんですよ? 力を得ても謀反なんか起こしませんから! ……たぶん。」
……うん、リーゼの言う通り名前は無しにしたほうが良さそうだな。発言の最後で目を逸らした小悪魔へと、苦笑しながら声をかける。
「それじゃあ、小悪魔と呼ばせてもらうわ。これからよろしくね。」
「うぅー、今日はきっと厄日です。……分かりました。よろしくお願いしますね、ご主人様。」
案外素直に挨拶を返してくれたな。諦めの境地だろうか? とにかく、これで助手が必要な実験も進められそうだ。小悪魔は何だかんだいってよく働きそうだし、安全性抜群なのだから召喚は大成功と言えるだろう。……私にとっては、だが。
早速リーゼにからかわれ始めた小悪魔を眺めながら、パチュリー・ノーレッジはうんうん頷くのだった。