Game of Vampire   作:のみみず@白月

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星と月

 

 

「なんかちょっとワクワクするな、こういうの。」

 

大広間に並べられた大量の寝袋を見ながら、霧雨魔理沙は隣の咲夜へと囁きかけていた。非日常感がなんとも堪らん。

 

シリウス・ブラックなる凶悪犯が城に入り込んだということで、今日は全寮仲良く大広間で眠ることになったのだ。机も長椅子も無くなった大広間には、先ほど校長が用意した紫色の寝袋が並んでいる。……こういうのって魔法で作り出しているのだろうか? それともどっかから呼び寄せてるだけか?

 

ふかふかの寝袋を見ながら考える私に、咲夜が呆れ顔で声を放った。

 

「不謹慎よ、魔理沙。太ったレディが可哀想だわ。」

 

「そりゃまあ、同情はするけどさ。誰も死んでないんだろ? さすがにこれは大袈裟だと思うんだがな。」

 

「マグルを十人以上吹っ飛ばしたヤツが城にいるのよ? それもたった一発の呪文でね。生徒が吹っ飛ばされないように警戒するのは当然じゃないの。」

 

「……十人以上? マジかよ。」

 

そりゃまた……大したヤツじゃないか。ダイアゴン横丁にいた頃から脱獄犯が逃げ回ってるのは知ってたが、そこまでのことをやったってのは知らなかった。思ってた以上に凶悪な殺人鬼だったようだ。

 

顔を引きつらせながら寝袋を確保したところで、キョロキョロと辺りを見回しているハーマイオニーが歩み寄ってくる。随分と不安そうな顔だな。

 

「サクヤ、マリサ。リーゼを見なかった? 何処にもいないんだけど……まさか今日も歩き回ってるわけじゃないわよね? ブラックがウロついてるかもしれないのよ?」

 

「大丈夫ですよ、ハーマイオニー先輩。もしリーゼお嬢様に会ったとすれば、その時がブラックの最期になるはずです。」

 

「変な冗談を言ってる場合じゃないのよ、サクヤ。……ああ、心配だわ! 先生方に伝えないと!」

 

焦っているハーマイオニーには悪いが、私も咲夜の予想に賛成だ。たかだか大量殺人鬼程度では吸血鬼を相手取るには分が悪かろう。同じ鬼にも格というものがあるのだから。

 

とはいえ、ハーマイオニーにとっては憂慮すべき事態らしい。キョトンとする咲夜を尻目に、大広間の戸締りを確認しているマクゴナガルの方へと走って行ってしまった。

 

「……冗談を言ったつもりはなかったんだけど。」

 

「ま、リーゼの吸血鬼像は視点によって変わるってこった。……ほら、隅っこを確保しようぜ。真ん中の方で寝るのは嫌だろ?」

 

「そうね。私は人より壁の方が安心できるわ。」

 

よく分からん返事に苦笑しながら二人で壁際へと移動する。まあ、安心できるかはともかくとして、確かに隣で寝るのに適しているのは壁の方だろう。壁はいびきをかかないし、寝返りを打ったりもしないのだ。

 

「この辺でいいんじゃないか? 人も少ないしな。」

 

「それじゃ、ここにしましょ。」

 

人気のない壁際に寝袋を並べて、二人同時に入り込む。仰向けになってみて気付いたが、天井が歓迎会の時と同じで夜空に変わっているようだ。何というか……喧しくない、心が落ち着くような星空に。きっとあの粋な校長の計らいだろう。

 

「……奇妙な誕生日になっちまったな。」

 

薄暗い星空を見上げながらポツリと呟くと、隣の咲夜も同じような小声で返してきた。

 

「ふふ、そうね。まさか大広間で寝ることになるとは思わなかったわ。……でもまあ、悪くないかも。こうしてると、外で寝っ転がってるみたいね。」

 

「へへ、そうだな。……私さ、星が好きなんだ。魔法使いを目指そうとしたのも星がきっかけなんだぜ?」

 

「そうなの? ……うーん、私はどっちかっていうと月の方が好きね。私の名前も本来は月を表してるのよ? 名付けてくれた人に聞いたことがあるわ。」

 

ふむ? 咲夜……朔夜か。あれ? でも朔って暗月のことじゃなかったか?

 

「月を表してるのに『サクヤ』なのか? むしろ闇を表してるんじゃなくって? その方が吸血鬼っぽいぜ。」

 

「名付けてくれたのは吸血鬼じゃないのよ。それに、本来は『十六夜咲夜』だったらしいわ。十六の昨夜は十五。十五夜ってことよ。そっちじゃ満月のことをそう言うんでしょ?」

 

「満月のことっていうか……うん、満月の夜だな。団子を食って、ススキを飾るんだよ。月を祭る祝いって感じで。」

 

「へぇ。それは知らなかったわ。」

 

随分とまあ、面白い名前だ。暗月と満月。昨日と今日、二つの夜。仕掛けが盛り沢山じゃないか。なんかこれ以外にも隠されてそうだし、考えたヤツは中々洒落てるな。

 

星空に煌めく流れ星を目で追いながら、再び咲夜へと問いを放つ。

 

「でも、今はサクヤ・ヴェイユなんだろ? 十六夜の方はどうなったんだ?」

 

「んー、付けてくれた方には申し訳ないんだけど、やっぱり両親の名前を引き継ぎたかったのよ。アリスや妹様……写真に映ってた金髪の吸血鬼ね。たちもそれを望んでたし。」

 

「ふーん。なんかちょっと勿体ないな。セットでこそ意味がある感じなのに。……ミドルネームにでもしてみたらどうだ?」

 

「咲夜・十六夜・ヴェイユ? 意味不明よ。」

 

呆れたような咲夜の声に、思わず笑みが零れてしまう。確かに間抜けな名前だ。統一感が一切ない。

 

一頻り笑った後で、ジト目になってしまった咲夜へと口を開いた。

 

「だがな、お前らは後々移り住んでくるんだろ? 幻想郷の連中が『Weil』をまともに発音できるかは微妙なとこだぜ。こっちで『霧雨』がそうだったようにな。ベイユとかベーユ、良くてウェイルになるのがオチさ。」

 

「貴女は上手く発音できてるじゃないの。」

 

「そりゃ、私は師匠にシゴかれたからだ。魔法使いは発音が命だろ? あっちじゃ洋風の名前なんか殆ど聞かないからな。……妖精にちょこちょこっと見かけるくらいだ。」

 

一応寺子屋ではカタカナの授業があるが、人里じゃ英語を読めるヤツなんてそう居ない。里までたどり着けた外来人とか、数人の識者が簡単な単語を読める程度だ。フランス語のクソ難しい発音など夢のまた夢だろう。

 

故郷の風景を思い出しながら言ってやると、咲夜はちょっと困ったような顔で返事を返してきた。

 

「むぅ……まあ、行った時に考えればいいでしょ。最悪十六夜って名乗っても構いやしないしね。ちゃんと知っておいて欲しい人に知ってもらってればそれで充分だわ。有象無象に何て呼ばれようと気にしないわよ。」

 

「私はどうなんだ? 『知っておいて欲しい人』ってジャンルに入ってれば嬉しいんだけどな。」

 

「貴女はもう知ってるでしょうが。……ほら、早く寝るの! いつまでも起きてると監督生にドヤされるわよ!」

 

いきなり顔を赤くした咲夜は、私を睨みながら言うと寝袋の中へと隠れてしまう。……なんともまあ、からかい甲斐のあるヤツだぜ。

 

私も両手を寝袋の中へと仕舞い込んで、最後に星空を見てから目を瞑る。まだ出会ってほんの数ヶ月だが、こいつが幻想郷に来るってのは悪くない。……オマケで吸血鬼が引っ付いてくるのは問題かもだが。

 

……よし、咲夜が幻想郷に来たらあいつにも紹介してやろう。どうせいつもの無関心だろうが、咲夜と二人がかりならあいつの興味も惹けるかもしれない。

 

黒髪の巫女を脳裏に浮かべながら、霧雨魔理沙はゆっくりと微睡みに落ちていった。

 

 

─────

 

 

「四階と天文塔の辺りは確認してきたぞ。そっちはどうだった?」

 

三階の廊下に立つ陰気男に、アンネリーゼ・バートリは問いかけを放っていた。杖明かりくらい灯せよ。子供が見たら泣くぞ。

 

生徒たちを大広間に集めた後、教師陣は城中をくまなく捜査することとなったのだ。お優しいダンブルドアが事情を知る教師を城内の探索に当ててくれたお陰で、私もこうして手伝えているというわけである。余計なことをしてくれるじゃないか、ジジイめ。

 

「二階と三階の教室は確認しました。……残念ながら、見つかりませんな。」

 

「もう居ないんじゃないか? クソったれの吸魂鬼どもも興奮してるし、まだこの場所をウロウロしてるとは思えないね。」

 

スネイプに歩み寄りながら言ってやれば、彼は頷きながら同意の返事を放ってくる。本当に残念そうな表情だな。こいつはブラックがお嫌いらしい。

 

「あの男はこの城に詳しいですからな。どうせ上手く逃げ果せたのでしょう。……私としては内部の協力者を疑うべきだと思いますが。」

 

「ルーピンかい? それに関してはダンブルドアもフランも有り得ないと言ってたじゃないか。」

 

「校長もスカーレットも彼らに甘いのです。もっと客観的に物事を見れる我々が警戒すべきでは?」

 

「私はともかく、キミが『客観的』に物事を見ているとは思えないな。学生時代の憎しみに引っ張られてやしないかい?」

 

皮肉げに笑いながら言ってやると、スネイプはピクリと目頭を動かして口を開いた。

 

「……一人くらい疑う人間がいなければ危険です。この考えは間違っていますか?」

 

「大いに正しい。が、ルーピンとの繋がりはないと私も思うよ。何回かブラックのことを話した時も、そんな素振りは見せなかったしね。」

 

「そうあって欲しいですな。」

 

全然納得していない様子のスネイプと一緒に三階の廊下を歩いていると……おや、前方からキツネ男が歩いてきた。痩せぎすの長身。ラデュッセルだ。場の陰気率が高くなっちゃったな。

 

「出歩いていた私をキミが大広間へと誘導している、ってことでいこう。」

 

「なんともまあ、嘘がお得意なようで。尊敬しますよ。」

 

「キミほどじゃないさ。」

 

小声で皮肉のやり取りをしてから、スネイプが近付いてくるラデュッセルへと言葉を放つ。

 

「これは、ラデュッセル刑務官。こんなところで一体何をしておいでですかな?」

 

「ああ、スネイプ先生。私も何か手伝えないかと思いまして。本当は吸魂鬼を入れた方が早いと思うのですが……。」

 

「それは校長にお伝えするべきですね。私の権限では何とも言えません。」

 

「ええ、そうしましょう。……ところで、そちらのお嬢さんは?」

 

なんとも薄気味悪い男だ。貼り付けたような笑みと、感情の篭っていない丁寧な言葉。アズカバンにいるうちに感情の出し方を忘れてしまったのだろうか? アリスの人形の方がまだ人間味があるぞ。

 

私を見ながら問いかけてくるラデュッセルに、スネイプが首を振りながら答えを返した。

 

「出歩いていたところを捕まえたのですよ。この小娘は事態を正確に把握していないようでして。なんとも迷惑な話です。頭の中が空っぽなのでしょう。」

 

こいつ……。ここぞとばかりに言ってくるスネイプに思わず足が出そうになるが、なんとか堪えて申し訳なさそうな表情を作る。後で覚えとけよ。私は恩はすぐに忘れるが、恨みは死んでも忘れないんだからな。

 

「それはいけませんね。……ブラックは凶悪な殺人犯なのですから、如何に吸血鬼といえども危険ですよ?」

 

「はいはい。」

 

適当に答えてやると、ラデュッセルは能面のような笑顔で頷いた。……いきなり殴りつけてやったらどんな顔をするんだろうか。笑顔のままだったらちょっと面白いな。

 

「それでは、私は城外の吸魂鬼を見回ってきます。スネイプ先生もミス・バートリもお気をつけて。」

 

……ほう? そのまま歩いて行ったラデュッセルの背を見ながら、胡乱げに同じ方向を見ているスネイプへと言葉を放つ。

 

「……あいつ、私の名前を知っていたね。」

 

「そちらもお気付きになられましたか。吸血鬼は珍しい。他の生徒から聞いていてもおかしくはありませんが……少々気になりますな。」

 

「胡散臭さでいえばキミより上だ。ちょっと警戒しておいた方がいいかもね。じゃないと、盗み聞きしたことを誰かに話してしまうかもしれないだろう?」

 

ニヤリと笑って言ってやると、スネイプは嫌そうに顔を歪めながら鼻を鳴らす。ふん、仕返しはこれからだぞ。今のはジャブだ。開始のゴングと言ってもいい。

 

次なる口撃の内容を考えながら、アンネリーゼ・バートリは再び陰気男と歩き出すのだった。

 


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