Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ムーニー

 

 

「エクスペクト・パトローナム! エクスペクト・パトローナム! エクスペクト、エクス……。」

 

また失敗か。気絶して空き教室の床へと倒れこむハリーを見ながら、アンネリーゼ・バートリは小さくため息をついていた。慌ててルーピンがまね妖怪を戸棚に戻している。

 

クリスマス休暇が目前に迫る中、二度目のホグズミード行きの日が訪れたのだ。すっかり仲直りしたハーマイオニーとロンは仲良くホグズミードへと旅立っていった。ロニー坊やは上手くエスコート出来ているだろうか? ……まあ、無理か。

 

そんな中、私は残って第一回目の守護霊講座に付き合っているのだ。しかし……まね妖怪が吸魂鬼に化けるのを利用するとは思わなかったぞ。やるじゃないか、ルーピン。

 

当然ながら、私がこんなことに付き合っているのには理由がある。ホグズミードには全く興味がないし、何より狼人間の守護霊講座には咲夜と魔理沙も参加しているのだ。魔理沙がハリーから話を聞きつけ、咲夜は魔理沙から話を聞いたらしい。私の知らないところで愉快な伝言ゲームが執り行われていたようだ。

 

まあ、正直言って一年生の二人が守護霊の呪文を習得するのは不可能だろう。才能やら努力やら以前に精神の成熟度が不足しているのだ。守護霊が精神に深く関わる呪文な以上、もう少し成長しなければどうにもなるまい。

 

とはいえ、魔理沙も咲夜も真剣に杖を振っている。魔理沙は吸魂鬼に苦手意識があるようだし、このところ魔理沙に引っ付いている咲夜は友達と差がつくのが嫌なのだろう。そんなわけでこっちの二人が失敗するのは微笑ましいが……うーん、こっちのメガネ君はそうも言っていられないな。

 

エネルベート(活きよ)。」

 

ルーピンがまね妖怪に対処している間に、もはや使い慣れた蘇生呪文でハリーを起こす。何せこれで十回目くらいなのだ。目を開いたハリーは少し首を振った後、項垂れながらポツリと呟いた。

 

「またダメだった。……まね妖怪でこれなんだったら、本物を追い払うなんて不可能だよ。」

 

やっぱりこっちは微笑ましいとは言えないな。呪文の難易度からいって失敗するのが当然だと思うのだが、ハリーは毎回この調子でどんよりしてしまうのだ。まね妖怪とはいえ、吸魂鬼と接した影響もあるのかもしれない。

 

「先ずはチョコレートを食べなさい、ハリー。少し休憩しよう。」

 

「……はい、ルーピン先生。」

 

そしてまたチョコレートタイムか。……この分だとハリーが肥満体になる方が早いぞ。従兄のお下がりがピッタリになる日も近そうだ。

 

ルーピンの差し出したチョコレートを齧るハリーに、部屋の隅で練習していた魔理沙が声をかけた。あっちはあっちで進歩なしだな。二人とも対レタス喰い虫用の霞すら出ないようだ。

 

「おいおい、そっちはモヤモヤが出てたじゃないか。私なんかそれすら出ないぜ。」

 

「全然意味ない感じだけどね。毎回気絶してるんじゃ、モヤモヤが出てたって意味ないよ。」

 

「そうか? さっきよりかは長持ちしてたみたいだったぞ。」

 

「……本当に?」

 

顔を上げたハリーに、ここぞとばかりにルーピンが褒め言葉を放り投げる。このヨレヨレ男は思春期の少年の扱い方を分かっているらしい。実体験か?

 

「マリサの言う通りだよ、ハリー。私の見る限り、少なくとも十秒は抵抗できていた。確実に進歩はしてるんだ。ゆっくりいこう。」

 

「……はい、分かりました。」

 

やれやれ、ようやくやる気が戻ってきたな。三人のやり取りを横目に咲夜の方を見てみれば……うーむ、可愛い。こちらは一心不乱に練習している。どうもハリーに遅れを取るのが我慢できないようだ。

 

謎のライバル心を剥き出しにしている咲夜を微笑んで眺めていると、ハリーが立ち上がって再開の言葉を放った。まあ、根性だけは一人前だ。普通なら嫌になってくるだろうに。

 

「もう一度お願いできますか? 次は別の記憶で試してみます。」

 

「……よし、今日はこれで最後にしよう。準備はいいかい?」

 

「はい。」

 

ハリーの短い了承の言葉を聞いて、ルーピンが再びまね妖怪を解放する。途端に吸魂鬼に姿を変えたまね妖怪を前に、ハリーが怯みながらも呪文を唱えた。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

おっと? 今回はまあまあ濃いモヤモヤじゃないか。吸魂鬼はモヤモヤに押し退けられるように後退っているし、ハリーも脂汗を流しながら必死に耐えている。

 

側から見る分には滑稽なモヤモヤ対吸魂鬼の勝負が二十秒ほども経過したところで……残念、没収試合だ。セコンドのルーピンが杖を振ってまね妖怪を戸棚に戻してしまった。

 

「いいぞ、ハリー! 今回は気絶もしていないし、これまでで最高の出来だった!」

 

「まあ、そうだね。ノックアウトとまではいかなかったが、ささやかな抵抗をすることは出来てたじゃないか。」

 

ルーピンと私の言葉を聞いて、ハリーは笑顔で大きく頷く。息も絶え絶えの彼が座り込んで再びチョコレートタイムに突入したところで、ルーピンが練習の終わりを告げた。

 

「それじゃあ、今日はここまでにしておこう。次までにハリーは記憶をより明確にイメージ出来るように特訓しておいてくれ。サクヤとマリサも同じだ。幸福こそがこの呪文の要だからね。」

 

「わかりました。」

 

「おう。」

 

「はい!」

 

三者三様の返答に頷いたルーピンは、杖を振って揺れ動く戸棚を隅へと移動させる。それをぼんやり眺めていると、魔理沙が咲夜に話しかける声が聞こえてきた。

 

「おい、咲夜。『アレ』を試しにいこうぜ。昨日作っといたんだ。」

 

「また? 今度こそちゃんと嵌るんでしょうね?」

 

「大丈夫、大きさもピッタリだ。ちゃんと型を取ってから作ったし、今回こそは開くはずだぜ。」

 

ふむ? 何だか知らないが、悪巧みの雰囲気がするな。吸血鬼のカンがそう囁いてるぞ。二人の内緒話にこっそり耳を傾けていると、咲夜がオズオズと寄って来て話しかけてきた。

 

「あの、魔理沙と遊びに行ってきていいですか?」

 

上目遣いで許可を求めてくる咲夜に、苦笑しながら返事を返す。

 

「咲夜、何度も言っているが、別に私に許可を取る必要はないんだ。キミの好きな時に好きな友人と遊びたまえ。……ただし、危ないことはダメだよ?」

 

「はい! それじゃあ、行ってきます。」

 

コクリと頷いてから魔理沙と二人で空き教室を出て行くが……なんかこう、嬉しいような悲しいような、なんとも微妙な気分になるな。私といるよりも友人と遊ぶのを優先するようになったか。娘が嫁に行く父親の気分が少し分かっちゃったぞ。

 

咲夜の成長を複雑な気分で感じていると、片付けの終わったルーピンにハリーが声をかけた。チョコレートは見事に完食したようだ。クリスマスプレゼントは体重計がいいかもしれんな。

 

「あの、ルーピン先生。パパとママの話を聞かせてもらえませんか? この前はブラックのことで頭が一杯だったんですけど……先生はパパの親友だったんですよね?」

 

「ジェームズの? ……ああ、勿論だ。そういうことなら私の部屋においで。お茶でも飲みながら昔話をしよう。」

 

寂しげな微笑を浮かべたルーピンが立ち上がってハリーを促す。……ふむ、そうなると私は邪魔だな。さすがにそのくらいの空気は読めるぞ。

 

「それなら、私は談話室に戻ってるよ。」

 

「あー、リーゼも一緒にどうかな? 興味があればの話だけど。」

 

おや? 意外な言葉だ。思わず怪訝な表情を浮かべながら、ハリーの誘いに返事を返した。

 

「それはまあ、無いわけではないが……いいのかい? 私のことは気にしないで、ルーピンと二人で話してきてもいいんだよ?」

 

「練習に付き合わせちゃったしさ。それに今日はみんなホグズミードに行っちゃってるから、談話室に戻ってもつまんないでしょ? 一緒に行こうよ。」

 

うーむ、一応声をかけたって表情ではないな。どうも本気で一緒に来て欲しいようだ。まさかルーピンと二人になるのに身の危険を感じているわけではあるまいし、単純に私にも聞いて欲しいってことか?

 

「ふむ……それなら、私もお邪魔しようかな。ルーピンも構わないかい?」

 

まあ、悪くない。ジェームズ・ポッターはともかくとして、こいつの視点から見たフランには興味があるのだ。暇つぶしにはもってこいだろう。ドアのところで待っているヨレヨレに問いかけてみれば、彼は苦笑しながら了承の頷きを放ってきた。

 

「もちろん構わないよ。それじゃ、ついてきてくれ。」

 

ルーピンの先導に従って人気のない廊下を三人で歩き出す。クリスマス休暇も近いことだし、帰ったらフランに話してやることにしよう。去年は馬鹿蛇騒動で帰れなかったが、今年は我が家に帰れることになったのだ。

 

金髪の妹分への土産話になることを期待しつつ、ヨレヨレローブの背に続くのだった。

 

───

 

数分かけて教員塔に到着して、そのまま三人でルーピンの私室へ入ると……うーむ、地味だな。書棚と机。ソファとティーテーブル。それに申し訳程度の応接セットが置かれているだけだ。

 

クィレルはキャラ作りだったのか素だったのかは知らんが、模様付きの絨毯を敷いて謎の布を大量に天井からぶら下げていた。何というか、アラビア風な感じに。そしてアリスの場合は言わずもがな、人形だらけのホラールームだ。

 

それに比べてこの部屋のなんと地味なことか。まあ……常識的と言えなくもない。ホグワーツの教師は大概どっかおかしなところがあるし、ある意味では個性的とも言えるだろう。

 

「二人ともソファに座ってくれ。今お茶の準備をするよ。」

 

いつもの柔和な笑みを浮かべながらルーピンが言うのに従って、ちょっとボロいソファへと座り込む。ハグリッドあたりが座ったらぶっ壊れそうだな、これ。

 

「あんまり魔法使いっぽくない部屋だね。」

 

「おや、期待ハズレかな?」

 

呟いたハリーにニヤリと笑って問いかけてみれば、彼はちょっと自嘲している感じで答えを返してきた。

 

「いや、僕はこっちの方が落ち着くかな。何だかんだ言ってもマグル育ちだからね。それもとびっきりの。」

 

「なぁに、そのうちこっちの方が落ち着かなくなるさ。キミは生来魔法使いだしね。」

 

「そうだね……そうなりたいよ。」

 

私とハリーが他愛もない話をしている間にも、ルーピンはお茶の準備を終えたようだ。三つのマグカップを粗大ゴミ一歩手前のテーブルに置くと、一つ息を吐いてから話し始めた。いよいよ昔話が始まるらしい。

 

「それじゃあ、最初から話そう。私は口下手だからあまり上手くは話せないが……そう、私がジェームズと初めて出会ったのは、一年目のホグワーツ特急のコンパートメントでのことだった。」

 

懐古か。ほんの少しだけ目を細めたルーピンは、柔らかい口調でジェームズ・ポッターとの出会いを語る。ハリーは早くも身を乗り出して、興味津々といったご様子だ。

 

「僕はちょっとした……病気を抱えていてね。学校で上手くやれるかがとても心配だったんだ。だが、ホグワーツ特急の旅でそんな気持ちは吹き飛んだよ。私とジェームズとピーター、そして……シリウス。たまたま一緒のコンパートメントになった四人はすぐさま意気投合したんだ。彼らと一緒なら、楽しい学生生活になることを確信出来るほどにね。」

 

ここでもホグワーツ特急か。アリスとヴェイユ、そしてリドルが出会った場所。フランとヴェイユの娘も、そして私とハリーたちもそこで出会った。レミリアに言わせれば、多くの運命が交差している場所だ。

 

赤い車体に想いを馳せる私を他所に、ルーピンの昔話は続く。

 

「そのままグリフィンドール寮に組み分けされた私たちは、何をするにも四人一緒だったよ。そう、今の君たちのようにね。……特にジェームズとシリウスは形と影のようだった。私とピーターはいつもあの二人に引っ張り回されていたもんだ。」

 

「そんなに仲が良かったんですか? ……それなのに、ブラックはパパを裏切ったんですね。」

 

「……シリウスの話はよそうか?」

 

ギュッと手を握りしめながら呟くハリーに、ルーピンが気遣うように提案するが……ハリーは首を振って続きを促す。

 

「いえ、全部聞かせてください。聞きたいんです。」

 

「……わかった。それでまあ、私たちは一年生の頃から色々と『やんちゃ』をしていたんだ。分かるだろう? 四人の男の子が揃ってしまったら、そういう反応が起こるものさ。ただ……うん、あの頃はみんな子供だったんだよ。私たちは少しやり過ぎていたんだ。そして思い出すだけでも赤面ものな『迷惑行為』を繰り返す私たちを止めたのが、ハッフルパフの小さな吸血鬼だったのさ。」

 

「フランドール・スカーレットさんですね? 会ったことがあります。」

 

ハリーの言葉に、ルーピンは嬉しそうに頷く。ようやくフランの登場だ。この辺の話は私も聞いたことがあるぞ。

 

「ああ、その通り。最初は非常に仲が悪かったよ。ハッフルパフ生に悪戯を仕掛けようとすると、何処からかフランドールがすっ飛んでくるんだ。とびっきり痛いゲンコツ付きでね。暫くは私たちとフランドールの攻防……というか、一方的にやられる日が続いたよ。しかし、二年目のある日の夜、私たちはちょっとした事件に巻き込まれたんだ。そこで彼女が私たちに手を貸してくれて、それがきっかけで仲良くなっていったのさ。」

 

「事件?」

 

「事件というか……私の病気がちょっとね。その辺はあまり深く話せないんだ。すまない。」

 

ハリーは少し気になっている様子だったが、それでも頷いて引き下がった。そんなハリーを見て苦笑しながら、ルーピンは再び口を開く。

 

「それからは四人組は五人組へと姿を変えたよ。本当に……本当に充実した日々だった。助け合い、時に喧嘩して、それでもずっと一緒に笑い合っていたんだ。五人でこっそりベッドを抜け出して、ホグワーツのあらゆる場所を探検したものさ。文字通り、隅から隅までね。」

 

フィルチの態度を見る限りでは、さぞ『充実』した日々だったのが窺える。今の双子が五人になったようなものか? ……それはまた、実に恐ろしい光景じゃないか。

 

私が糞爆弾を投げまくる五つ子を想像しているのを他所に、ハリーがルーピンへと質問を飛ばす。

 

「ママとはどうだったんですか? フランドールさんは、その頃パパとママは仲が悪かったって言ってましたけど……。」

 

「うーん、確かに良くはなかったね。リリーは非常に真面目な生徒だったんだよ。つまり、悪戯を繰り返す私たちに注意する側だったのさ。そういう時はいつもフランドールとコゼット……サクヤの母親だよ。が間に入ってくれてたんだ。」

 

「サクヤの? サクヤの母親も同級生だったんですか?」

 

「……知らなかったのか。ジェームズとシリウスが形と影なら、フランドールとコゼットは太陽と月だったよ。天真爛漫なフランドールと、落ち着いて理性的なコゼット。輝くような金髪と美しい銀髪だったから、ハッフルパフの金銀コンビなんて呼ばれてたんだ。男子生徒たちからは非常に人気のある二人組だったんだが……うん、悲しいことに二人とも好意に鈍くてね。全然気付いてなかったよ。……話していなかったのかい? バートリ。」

 

かなり驚いた顔になったハリーを見て、ルーピンは困ったように私に話題を振ってきた。あー……そういえばハリーには話してなかったな。サクヤはあんまりハリーと話をしないもんだから、全然気にしていなかった。

 

ルーピンにつられてこちらを見るハリーに、少し苦笑いで口を開く。

 

「ルーピンの言う通りだ。サクヤの両親はキミの両親と同級生で……そして同じ日に死んでいる。キミの両親と同じように、ヴォルデモートと戦う陣営に属していたんだよ。」

 

「そんなの……全然知らなかった。でも、サクヤの誕生日はハロウィンで……それじゃあ、彼女が生まれた日に死んじゃったの? つまり、正にその日に?」

 

「そういうことだね。キミが知っているかは分からんが、あの日は魔法省にも襲撃があったんだよ。咲夜の父親……アレックスはコゼットとフランを守るために犠牲になり、コゼットもまた咲夜を産んだのと同時に息を引き取ったそうだ。実にクソったれな話さ。」

 

「そんな、そんなの……。」

 

呆然と目を見開くハリーは、やがて俯きながらポツリポツリと呟き始める。

 

「僕、吸魂鬼が迫った時に両親の悲鳴が聞こえるんだ。多分、二人の死に際の声が。今まではそれを凄く悲しいことだと思ってたけど……でも、サクヤはそれすら出来ない。声を思い出すことすら出来ないなんて、酷すぎるよ。そんなのあんまりだ。」

 

これはまた、随分と悲しんでいるな。ハリーは愕然とした顔でマグカップを握りしめている。……もしかすると、共通点が多いから共感してしまっているのかもしれない。

 

同じ日に同い年の両親を失った二人か。時系列的に考えれば死んだ時間もほぼ一緒だ。今まで考えたこともなかったが、咲夜の方にも思うところがあるのだろうか?

 

そして二人ともが死に際の親から力を与えられた。片や命を懸けた護りを、片や想定していなかった能力を。そして片やそれを自覚し、片や知らぬままで護られ続けている。

 

とはいえ、両親の死後は一転して対照的だ。マグル界の片隅で居場所もなく育ったハリーに対して、咲夜は魔法界で幸せいっぱいに育った。その二人が今再びホグワーツの同じ寮で過ごしているわけか。

 

咲夜のことを黙考し始めた私に代わり、悲しそうな表情のルーピンが口を開く。

 

「……本当に辛い日だったよ。フランドールだけを残して、私の友人はみんな逝ってしまったんだ。当時はヴォルデモートに対抗するための任務で北部に居てね。何も出来なかった自分を殺してやりたいほどだった。」

 

ルーピンの後悔が滲む声を最後に、部屋を沈黙が包み込む。ポッター家とヴェイユ家、ルーピンとフラン、そしてハリーと咲夜。……不思議なもんだ。大きく違うようでいて、共通点も多い。レミリアなら何かを読み取れるのだろうか?

 

チラリと隣のハリーを見てみれば、少し俯きながらも何かを考えているようだ。その右手は額の傷跡をさすっている。恐らく自分が『生き残った男の子』になった日のことを想っているのだろう。

 

三人にのしかかる重苦しい沈黙を、ルーピンの疲れたような声が破った。なんともまあ、いつにも増してヨレヨレじゃないか。彼にとっても苦い思い出だったようだ。

 

「……少し時間を戻そうか。そうだな、ジェームズとリリーの結婚式のことを話そう。ダンブルドア先生が二人の結び手をやったんだ。」

 

「校長先生が?」

 

「ああ。当時はまだ戦争中だったが、山奥に私たちの拠点があってね。スカーレット女史が提供してくれてたんだ。そこの庭にみんなで会場を作って──」

 

ルーピンの話を聞きながら、思わず顔に苦笑が浮かんでくる。いやはや、ムーンホールドが『独立』してた頃が遥か昔に感じられるな。まだ十年ほどしか経ってないはずなんだが……。主に咲夜が原因なのだろう。彼女が来てから一日のイベントが段違いに多くなったのだ。失ったものも多いが、得たものもまた存在するわけか。

 

結婚式のことを話すルーピンの声を背景に、アンネリーゼ・バートリは静かに微笑を浮かべるのだった。

 


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