Game of Vampire   作:のみみず@白月

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魔術師の星見台

 

 

「じゃーん! これよ!」

 

いつになくテンションの高い咲夜が差し出してきた石を見て、霧雨魔理沙は目を見開いていた。形も大きさも、これは確かにぴったりだ。おまけに色まで緑ときたか。

 

新たな年に突入したホグワーツでは、私を取り巻く環境が目まぐるしく変化している。ほとんどの授業は難易度を増し、おまけにクィディッチではシーカーとして試合に出ることになったのだ。正直めちゃくちゃビビってるぞ。

 

つまり、ハリーが新しい箒選びで優柔不断さを発揮するのに、ウッドが我慢の限界を迎えたのである。度重なる話し合いの結果、ハリーは最終戦となるスリザリン戦までに箒を決めればいいということになった。……私を犠牲にして。

 

当然ながら私がシーカーとして試合に出るのは次のレイブンクロー戦のみだ。ウッドは気楽にやればいいと言っていたが、同時に同点以上の状態で『絶対に』スニッチを取れとも言っていた。あいつは一度『気楽』の意味を調べなおしたほうがいいぞ。

 

そんなこんなでドタバタしているある日の夕食後。咲夜が寮の自室に引っ張ってきたかと思えば、探し求めていた『鍵』にぴったりの代物を突き出してきたのだ。

 

「おいおい、それっぽいじゃないか。どこで見つけてきたんだ?」

 

受け取って色々な角度から見ている私に、咲夜はふんすと鼻を鳴らしながら答えを口にする。

 

「私の家よ。パチュリー様……えーっと、とっても凄い魔女から譲ってもらったの。」

 

「魔女? あー、そういえば二人居るんだったな。暗い魔女がどうたらってリーゼが言ってたっけ。……アリスと同じくらいの魔女なのか?」

 

「アリスの師匠みたいな人よ。校長先生と同級生なの。」

 

アリスの師匠で、校長と同級生? そりゃまた……ヤバい魔女じゃないか。あくまでもカンだが、これまで見た中で一番強大な魔法使いは校長だ。その少し後ろにアリスが続き、更に後ろにマクゴナガルやフリットウィックが続いているイメージ。……ちなみにリーゼは別枠だ。あれは『同種目』でカウントすべきではない。

 

そうなると、その『パチュリー様』ってヤツはかなりの実力を持っていることになるぞ。っていうかアリスの師匠って時点でもう相当だ。人間やめてると見て間違いあるまい。

 

思わず小石をベッドに放り、引きつった顔でそれを指差しながら言葉を放った。

 

「これ、危ない代物じゃないだろうな?」

 

魅魔様の魔道具しかり、アリスの人形しかり。力ある魔女が持っている物ってのは大抵危険な代物なのだ。注意深く小石を見つめている私に、咲夜がクスクス笑いながら返事を返す。

 

「大丈夫よ。大したことない魔道具だって言ってたし、リーゼ様やアリスにも許可は貰ってるもの。あの二人が私に危ない物を渡すはずないでしょ?」

 

「……なるほどな。非常に説得力のある台詞だぜ。」

 

それは確かに有り得ないか。あの二人の過保護っぷりは私もよく知っているのだ。私がホッと息を吐いたところで、それを見た咲夜はニヤリと笑って口を開く。こいつもこんな笑みが似合ってくるようになったな。

 

「さっそく今日の夜中に試してみない? 最近の魔理沙は練習ばっかりだったけど、今日は珍しく休みなんでしょ?」

 

確かに最近は練習漬けだった。私は慣れないシーカーで、おまけにグリフィンドールはもう負けるわけにはいかないのだ。そのせいで深夜の探検も取り止めになっていたわけだが……うーむ、咲夜には悪いことをしてしまったかもしれんな。小石を今日になって見せてきたことといい、結構気を遣われているようだ。

 

「ん、そうだな。行ってみるか。」

 

笑顔で頷いて返事を返す。正直今日くらいはゆっくり休みたかったが、気遣いを無下にするわけにもいくまい。私の返答を受けた咲夜は、案の定嬉しそうな笑みで応えてくれた。

 

「そうこなくっちゃね。……それじゃ、先に寝てていいわよ。みんなが寝静まったら起こしてあげるから。」

 

「へ? いいのか?」

 

「色々と疲れてるんでしょ? 少しでも寝ちゃいなさいよ。」

 

「……へへ、至れり尽くせりだぜ。」

 

ちょっと頰を赤くしながら言う咲夜に従って、ベッドに入って丸くなる。いやはや……私が言うことじゃないとは思うが、咲夜もどんどん成長しているようだ。少なくとも半年前はこんな気遣いの出来るヤツじゃなかった。

 

咲夜の成長を楽しんでいるリーゼとアリスの気持ちをちょっとだけ理解しつつ、柔らかなベッドに身を預けて目を瞑るのだった。

 

───

 

そして深夜。もはや慣れた手順でべッドから抜け出した私と咲夜は、件の隠し部屋の前へとたどり着いていた。天文塔には何度も来たせいで安全なルートも学習済みだ。

 

色々と苦しめられた緑色の窪みを前に、咲夜が窓越しの夜空を見ながら口を開く。外は酷く曇っているせいで、踊り場はいつにも増して薄暗い。

 

「準備はいい? ……本当に誰も来てないのよね?」

 

「へーきだぜ。リーゼはスネイプと一緒に五階の廊下だし、フィルチもミセス・ノリスも管理人室だ。ラデュッセルは……こっちは教員塔の客室だな。人に会ってるみたいだ。」

 

リーゼは一体全体何をやってるのか知らないが、最近常に夜は出歩いているのだ。日によってルーピンやマクゴナガルと一緒のこともあった。動く場所も不規則だし、本気で何をやってるのかさっぱりだぞ。

 

そしてラデュッセルはピーター・ペティグリューとかいうヤツと一緒に表示されているのが見える。こんな夜中に城外からの客か? ……まあ、この様子ならしばらくここに来ることはあるまい。誰だか知らんが助かったぜ。

 

私の言葉を聞いた咲夜は一つ頷いた後、ポケットから件の小石を取り出した。暗闇だと若干光っているようにも見えるな。

 

「せっかくなんだし、一緒に嵌めてみましょうよ。」

 

「おう、そうするか。……これで違ってたらかなりマヌケだな。」

 

「きっと大丈夫よ。こうして見ると本当にぴったりじゃないの。」

 

そうあって欲しいと言わんばかりの咲夜と一緒に石を摘んで、それをゆっくりと窪みに嵌め込んでみれば……その瞬間、窪みを中心にドアが『滲み出て』きた。絵の具が浮かび上がるような、炙り出されるような、なんとも不思議な現れ方だ。うーむ、非常に魔法っぽいぞ。

 

そうして出現したのは一見するとただのドアだが、古ぼけたようなオーク材がむしろ『それらしい』雰囲気を感じさせる。怖いけど……それと同じくらいワクワクしてきたぜ。遂に隠し部屋の中に入れるのだ。

 

「ドア、だな。」

 

嵌め込んでいた姿勢のままでポツリと呟くと、咲夜はゴクリと喉を鳴らして言葉を返してくる。

 

「そうね、ドアだわ。……どうするの? 入ってみる?」

 

「そりゃあおまえ、ここまできたら入らないとダメだろ。一応杖を構えとけよ?」

 

咲夜がコクコク頷いて杖を構えたのを見てから、慎重な手つきでドアを開くと……階段だ。石造りの狭い下り階段が現れた。咲夜と私が並べばそれだけでぎゅうぎゅうになってしまうくらいの。天井の高さもそれほど無いし、ハグリッドあたりは間違いなく進めないだろう。

 

「真っ暗だ。……ルーモス。石は持ってるよな? 閉じ込められるのは御免だぞ。」

 

「持ってるけど、こっち側には嵌め込む場所が無いわよ? 内側からは普通に出れるんじゃない?」

 

「ってことは、今はもう外の扉は消えてるのかもな。後で調べとこうぜ。ラデュッセルに見つかるのはなんか嫌だろ?」

 

「そうね。私たちが苦労して開けたんだし、あんなヤツに手柄を横取りされるのは嫌だわ。」

 

咲夜と話しながら、杖明かりに浮かび上がる階段を慎重に下りて行く。曲がりくねってるせいで何処まで続いてるかがさっぱりだ。変な仕掛けとか無いだろうな?

 

「長いわね。先が全然見え……ちょっと、今の音はなによ?」

 

「私が小石かなんかを蹴っちまったんだよ。……そんなにビビるな、咲夜。こっちまで怖くなってくるぜ。」

 

「ビビってなんかいないわよ! ただ、その……ちょっと驚いただけ。」

 

小さな音に反応する咲夜に苦笑したところで、ようやく杖明かりの先にドアのような物が見えてきた。部屋があるってことか?

 

「ドアだぞ、咲夜。杖に巻き付く蛇の装飾。賭けてもいいが、この隠し部屋を作ったのはスリザリンの出身生だな。」

 

分かり易いもんだ。入り口と同じ材質のドアに彫り込まれた装飾を見ながら言う私に、咲夜が半分同意の返事を返してくる。

 

「そうね。でも、その周りを見てごらんなさいよ。獅子、鷲、穴熊。ちゃんと全部彫られてるわ。」

 

「……本当だ。」

 

咲夜の声に従って全体を眺めてみれば、確かに他の寮のシンボルも彫り込まれているのが見えてきた。剣を咥えた獅子、本を掴んだ鷲、そして花飾りを抱えた穴熊。どれも見事な装飾だ。スリザリンが中心なことは間違いないが、珍しいことに他の寮を軽んじている雰囲気は感じられない。

 

精緻な彫刻を手でなぞる私に、咲夜もまたドアを見て関心したように声を放つ。

 

「昔はそんなに仲が悪くなかったのかもね。もしくは……ホグワーツそのものを表したかったのかしら?」

 

「仲がいい四寮ってのは想像出来ないけどな。まあ、とにかく開くぞ? 準備はいいか?」

 

「うん、気をつけて。」

 

杖とナイフを構えて言う咲夜に頷いて、ゆっくりとドアを押し開けてみれば……広いな。真っ暗な円形の広場が見えてきた。物が全く置いてないせいで余計に広く見えるが、それを差し引いたって教室よりかは広いだろう。

 

というか、こんなスペースは有り得ないはずだぞ。さっきの下り階段といい、どう考えても天文塔の螺旋階段にはみ出しているはずだ。これも何かしらの魔法なんだろうか?

 

疑問に思いながらもゆっくりと室内に踏み込んでみると──

 

「うぉっ。」

 

びっくりした。一歩部屋に足を踏み入れた途端、等間隔で壁に掛けられていた松明が一斉に灯ったのだ。白い炎。清潔なイメージが伝わってくるな。ルーモスの明かりによく似ている。

 

「そんなにビビらないの、魔理沙。……広いわね。天井は大理石かしら? 継ぎ目がまったく無いわ。」

 

先程の仕返しとばかりに言ってくる咲夜にジト目を返しながら、杖明かりを消して口を開いた。

 

「ノックス。変な部屋だな。中央の台はダンス用か?」

 

真っ白なドーム状の天井と整った石造りの壁。部屋の中央にはなめらかな表面の、これまた円形の巨大なお立ち台が見える。天井と同じ大理石っぽいが、こっちは真っ白じゃなくてマーブルだ。

 

「うーん? 確かにダンスも出来そうだけど……そんな部屋を隠してどうするのよ? 一人で練習するにしては大きすぎるでしょ。」

 

「そりゃそうだ。そして、その他には何にも無しか。他の部屋に繋がってるわけじゃないみたいだし、ちょっと期待外れだな。」

 

何かのイベント用の部屋なのか、はたまた怪しげな儀式にでも使ってたのか。何にせよ面白そうな物は一切ない。……まあ、勝手に期待してたのはこっちだ。文句は言えないか。

 

「他にも隠し扉があるのかもよ?」

 

「おいおい、隠し部屋の中に隠し部屋か? そりゃさすがに無いだろ。」

 

壁を調べ始めた咲夜を横目に、ため息を吐きながら何の気なしにお立ち台に上った瞬間……おお、こりゃ凄え。天井のドームに満天の星空が広がっていく。入り口のドアと同じように、中心から絵の具が滲んでいくみたいな感じだ。この世界で目にしたものの中でもとびっきり幻想的な風景じゃないか。

 

「ちょ、何? 何したのよ、魔理沙!」

 

「ここに上っただけだぜ。他は何にも触ってない。……しかし、すっげえな。こんなの初めて見たぞ。」

 

信じられないほどに美しい星空だ。何というか……近い。ホグワーツの天文台よりも更に近いところから見ている感じがする。とはいえ、絶対に天窓というわけではなかろう。今日は曇りだし、こんな星の配置はこれまで見たことがないのだ。それに……。

 

「これ、動くと位置が変わるみたいだ。見てろよ?」

 

私がお立ち台を歩くと星空もまた動き出す。中心に近付くにつれて、天文学の授業で見慣れたイギリスの星空になってきた。様々な場所の夜空が映し出されているってことか? 巨人になって地球の上をゆっくり歩いてるみたいだ。

 

「これ、プラネタリウムだわ。」

 

「ぷらねたりうむ?」

 

なんだそりゃ? 聞き返すと、咲夜もまた星空を見上げながら説明してくれる。

 

「何というか、マグルが機械を使って星空を映し出してる施設よ。昔アリスと動物園に行った帰りに見たことがあるんだけど……うん、こんなに綺麗じゃなかったわ。もっとボヤけてたし、もっと星の数が少なかったもの。」

 

「へぇ。……何にせよ、苦労した甲斐はあったな。こいつは一見の価値がある代物だぜ。」

 

間違いあるまい。中心に立っていると、まるで宇宙に漂っているような気分になるのだ。マグルのプラネタリウムとやらがどんなものかは知らないが、これに敵うほどのものではなかろう。

 

こうしていると……ずっと昔に香霖と霊夢と三人で流星を観に行った日を思い出すな。私の目指す魔法を決めたあの日。魔法使いとしての私の原点。

 

……うん、頑張ろう。この星空を見ていると、改めてそう思える。やっぱり私はこの景色が好きなのだ。いつか必ず、これに負けないくらいの美しい魔法を創り出してやる。

 

煌めく星空を見ながら今一度決意を固めていると、いつの間にか近くに立っていた咲夜が口を開いた。何故か星空ではなく地面を見つめている。

 

「ここ、何か書いてあるわよ?」

 

「ん? ……ほんとだな。」

 

声に従って目線を下げてみれば、咲夜の言う通り台の中心に文字らしきものが掘り込まれているのが見えてきた。しゃがんでやけに達筆な文字をよく見てみると……。

 

「メアーリン? が贈る星見台。……ここを造ったヤツの名前かな?」

 

「マーリンよ、魔理沙! 『あの』マーリンだわ! 信じられない。この部屋、マーリンが造ったのよ。」

 

「『あの』って言われてもな……誰だよ? 有名な奴なのか?」

 

いきなり興奮し始めた咲夜に問いかけてみると、彼女は呆れ果てた様子で説明してくる。……その目は知ってるぞ。常識知らずを見る目だ。マクゴナガルが双子によく向けてるやつ。

 

「マーリン勲章のマーリンよ! 最も偉大なる魔法使い、魔術師マーリン。魔法省の基礎を作り上げた中世の偉人じゃない。さすがに知ってないと馬鹿にされるわよ?」

 

「今まさに馬鹿にされてるけどな。……ま、とにかく凄いヤツなのはわかったよ。センスがあったってこともな。」

 

この部屋を見れば一目瞭然だ。今度調べておこうと名前を記憶した私の横で、咲夜が地面をカリカリし始めた。……何やってんだ? こいつ。クルックシャンクスそっくりだぞ。

 

「おい、咲夜。爪とぎでもしてんのか?」

 

「そんなわけないでしょうが! ほら、ここに何か嵌ってるのよ。取れないかと思ったんだけど……ダメだわ。完璧に固定されてるみたい。」

 

ふむ? 名前が彫られた場所から少し離れた位置に、確かに黒い棒のようなものが嵌め込まれている。三十センチくらいの細い棒で、黒曜石みたいな風格のある黒だ。

 

「何だろうな? ……あんまり触らない方がよくないか? 星見台を動かしてる仕掛けなのかもしれんぞ。」

 

「んー、そうね。壊さないと取れなさそうだわ。」

 

どう見てもただの黒い棒だ。この素晴らしい装置を壊してまで取り出す価値があるとは思えない。目線を外して再び星空を楽しみ始めた私に、ぺたりと座り込んだ咲夜が話しかけてきた。

 

「そういえば、ラデュッセルはなんでここに入りたかったのかしらね? 単に星が見たいにしては必死すぎる感じだったけど……。」

 

「私は必死になる価値があると思うけどな。まあ……確かにあれはちょっとおかしかったかもしれん。」

 

どう考えても今からお星様を見に行きますよという雰囲気ではなかったのだ。無表情だったが、切羽詰まっているような空気はひしひしと感じられた。

 

「何にせよ石がなけりゃここには入れないさ。この星空は私たちで二人占めってわけだ。」

 

ニヤリと笑って言ってやると、咲夜も同じ顔で頷く。秘密基地としては最高級だろう。椅子でも運び込めばゆったりと夜空を楽しめるのだ。

 

柔らかいソファを何処かから『借りて』こようと決意しつつ、霧雨魔理沙は満天の星空を見上げるのだった。

 


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