Game of Vampire   作:のみみず@白月

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判例探し

 

 

「あったわ! 人を襲ったヒッポグリフが無罪放免。理由は……ダメね。番だと思い込んだグリフィンのせいで近付けなかったんですって。」

 

分厚い魔法裁判の判例集を見ながら言うハーマイオニーに、アンネリーゼ・バートリは曖昧な頷きを返していた。……ヒッポグリフとグリフィンの間には何が生まれるんだ? 半分が鷲で四分の一が馬と獅子か。実に興味深いな。

 

私、ハーマイオニー、咲夜、魔理沙の四人がホグワーツの図書館で判例集などというつまらん本を読んでいるのには、もちろんそれなりの理由がある。まあ、理由が無くともハーマイオニーなら読むかもしれないが。

 

マルフォイの腕に文字通りの爪痕を残したヒッポグリフが、この度めでたく裁判にかけられることとなったのだ。ダンブルドアやレミリアの擁護でハグリッド自身は無罪となったものの、さすがにヒッポグリフまではどうにもならなかったらしい。

 

当然ながらハグリッドに裁判など無理だ。中世の決闘裁判ならともかくとして、あの男に現代の小難しい裁判制度を理解するのは不可能だろう。そう思ったのは本人も同じようで、いつものようにハリーたちに助けを求めてきたというわけだ。

 

ここまでなら、鳥だか馬だかよく分からん生き物になどに興味のない私にはどうでもいい話だったのだが……ここにもう一つの問題が重なってきたのだ。言わずもがな、『ペティグリューもぐもぐ事件』である。

 

未だに見つからないネズミ男が本当に毛玉の餌になったのかは定かではないが、少なくともロンはそう思っているようで、我らがロニー坊やとハーミーママは冷戦状態に突入したのである。代理戦争、再びだ。

 

結果として毎度のように私がハーマイオニーに、ハリーがロンに引っ付いて講和への道を探っているものの……まあ、残念ながら努力が実る気配はない。前回と同じく、お互いに完全無視を決め込んでいるのだ。

 

ネズミ男は見つからないし、冷戦も終わらない。おまけにブラックは雲隠れしたまま。日々の苦労を思って私がため息を吐いていると、ハーマイオニーと同じように判例集を捲っていた咲夜が口を開いた。

 

「これはどうですか? ヒッポグリフとはちょっと違うけど、魔法使いを三人絞め殺したグラップホーンが処刑を免れたみたいです。何故なら……あ、こっちもダメですね。呪文が全然効かなかったせいで、処刑人が諦めただけでした。」

 

お間抜けな事件を探し当てた咲夜もまた、ハグリッドに同情的なようだ。……お菓子を貰いまくっているからかもしれないな。ハリーたちに引っ付いて何回か小屋に行っているのだが、その度にハグリッドは『常軌を逸する』量のお土産を持たせるのだ。どっちのヴェイユを投影しているのやら。

 

「調べる範囲を広げるべきかもね。サクヤはそっちの『実験的動物』の方も調べてくれない? 私は『半野生生物』を見てみるから。」

 

「分かりました、ハーマイオニー先輩。」

 

なんともまあ、ご苦労なことだ。真面目に分担を話し合う二人を尻目に、不真面目仲間の魔理沙へと声を投げかける。彼女はヒッポグリフの運命にはさほど興味がないらしい。何たって全く関係のない魔法史の本を読んでいるのだから。

 

「魔理沙、何を読んでいるんだい? ハーマイオニーに怒られちゃうよ?」

 

「そっくりそのまま返すぜ。……中世の魔法史の本だよ。マーリンってやつを調べたくてな。」

 

「マーリン? マーリン勲章のマーリンか? 一年生はその辺をやらなかったと思うんだが……ビンズはとうとうおかしくなったらしいね。」

 

肉体のないゴーストでもボケることがあるのだろうか? あの生徒に一切の関心がないビンズが授業計画を変更するとは思えないし、もしかしたら学年の判別すらつかなくなったのかもしれない。

 

ま、どうでもいいか。どうせあの授業は誰も聞いていないんだ。録音テープ以下のゴーストに興味を失った私に、魔理沙が微妙な顔で口を開く。

 

「授業の勉強ってわけじゃないんだが……リーゼは何か知らないか? バートリ家はその頃からあるんだろ?」

 

「当然あるさ。しかしながら、吸血鬼にしたってマーリンの時代が遠い昔なのは確かだぞ。ホグワーツが創設された少し後だから……十世紀あたりなんだろう? となれば、お爺様の全盛期だな。」

 

「千年前で祖父かよ。吸血鬼ってのは……まあいい、何か逸話が伝わってたりしないのか?」

 

魔理沙は期待したような顔で聞いてくるが、そんなことを言われても私はお爺様には会ったこともないのだ。普通に伝わってるようなことしか知らんぞ。

 

「残念ながら、魔法界に伝わる話とほぼ同じだよ。アーサー王に数々の助言を送り、大魔女モルガナを打ち倒し、自らの創設した騎士団を魔法省の基盤にした、ってな具合にね。……そもそも吸血鬼はモルガナの側に立ってたんだ。そっちの情報は多いが、マーリンに関しては詳しくないよ。」

 

「あー……そういえば吸血鬼ってのはそういう生き物だったな。今の魔法界を見てると忘れちまうぜ。」

 

「闇に生きる種族だったはずなんだがね、今じゃ夜は眠くなる始末だよ。我ながらバカバカしい状況に陥ってるもんだ。」

 

もはや『規則正しい』生活を守っているのはフランくらいだ。レミリアもほぼ昼型になっているし、パチュリーなんかはそもそも寝ない。アリスは人間らしい昼型の生活を守り、美鈴は常に寝ている。

 

そう考えると紅魔館のタイムスケジュールは滅茶苦茶だな……。食事の管理なんかをしているエマは結構頑張っているのかもしれない。今度会ったらもうちょっと優しくしてやるか。

 

もう最古参になってしまったちょっとドジな使用人を思い浮かべていると、何かを考え込んでいた魔理沙が再び声をかけてきた。

 

「そんじゃ、モルガナ? の方でもいいから、何か教えてくれよ。何をやった魔女なんだ?」

 

「何をと言われてもね……悪いことさ。奸計、謀略、闇の儀式。非常に『らしい』魔女だったそうだよ。多くの現存する闇の魔術の基礎を作ったのも彼女だ。」

 

間違いなく種族としての魔女だったのだろう。イギリスどころか世界で最も有名な魔女だし、妖怪側の世界にすらその名は轟いている。私にとってはマーリンよりこっちの方が有名なくらいなのだ。

 

ちなみに魔法界でカラスのイメージが悪くなったのもモルガナのせいである。彼女はカラスの動物もどきだったそうで、当時のイングランドではカラスは蛇蝎の如く嫌われていたらしい。哀れなもんだな。アホなハトは平和の象徴で、賢いカラスは悪の象徴か。

 

一応未だモルガナの家系は現存しているが、その大半は新大陸で暮らしている。かの高名なイゾルト・セイアの家系が正にそれなのだ。……うーむ、つくづくイルヴァーモーニーってのは毒を薬に変えるのが上手いな。向こうじゃスリザリンのイメージもそう悪くないようだし。

 

有名なイルヴァーモーニーのスネークウッドについて考えていると、興味津々の魔理沙が再び問いを放ってきた。

 

「闇の魔術っていうと、許されざる呪文とかか?」

 

「よく知っているじゃないか。死の呪文と磔の呪文はまた別のルーツがあるんだけどね。服従の呪文に関してはモルガナが生み出したとされているよ。あとは……そうだな、身近なところだと吸魂鬼なんかも彼女の研究成果だったはずだ。モルガナが基盤を作り、それを元にエクリジスが完成させたのさ。」

 

「エクリジス?」

 

「アズカバンの生みの親だよ。……まあ、間抜けなことに吸魂鬼の制御に失敗したらしいけどね。モルガナほど有能ではなかったようだ。」

 

「へぇ。有能なんだか間抜けなんだかよく分からんやつだな。」

 

ダンブルドア、ゲラート、リドル、エクリジス、そしてパチュリー。力ある魔法使いってのはどうも詰めが甘い気がする。肝心なところで大ボケをかますイメージだ。……いやまあ、私が言えることでもないが。

 

大魔法使いになる条件にドジであることを追加したところで、咲夜が無駄話をしていた私に声をかけてきた。

 

「あの、リーゼお嬢様。ハーマイオニー先輩が……。」

 

「ハーマイオニーがどうかしたのかい? ……ありゃ、寝ちゃったのか。」

 

咲夜が指差す方を見てみれば、ハーマイオニーが本を捲る姿勢のまま眠っているのが見えてくる。かなり不自然な姿勢なのを見るに、余程に疲れていたらしい。あのまま石像にしたら題は『過労死』で決定だな。

 

「あのまま寝かせておいてやりたいが……うーん、あの体勢は身体を痛めそうだね。」

 

「そうですね。起こした方が良いとは思ったんですけど、私が起こすのも失礼かと思いまして。」

 

「んふふ、そんなに遠慮しなくても大丈夫だよ。……まあ、私が起こしておこう。咲夜は魔理沙と一緒に続きを調べておきなさい。」

 

「はい! ……ほら、魔理沙。貴女もちょっとは手伝ってよね。」

 

元気良く魔理沙を急かし始めた咲夜に苦笑しつつ、椅子に座るハーマイオニーの肩を揺すってみると……彼女はびくりと身を竦めた後、起こしたのが私だと認めて声をかけてきた。

 

「ひゃっ……あら、ごめんなさいね、リーゼ。私、寝ちゃってた?」

 

「見事にね。……ハーマイオニー、キミはさすがに無理をし過ぎだと思うよ。大量の授業に、ヒッポグリフの裁判、そしておまけにロンとの喧嘩。ちゃんと寝れているのかい? 化粧で誤魔化しているようだが、目の隈が酷いことになってるぞ?」

 

どう見ても無理をしているのは明らかだ。行儀悪く閲覧机に腰掛けながら聞いてみると、ハーマイオニーは気まずそうに返事を返してくる。

 

「それは……大丈夫よ。今のはちょっと油断してただけ。睡眠の時間もちゃんと計算して取ってるわ。」

 

「ハーマイオニー、これは本心からの忠告だ。悪いことは言わないから、授業を少し減らしたまえ。このままだと若い身空で過労死する羽目になるよ? そんなことで蛙チョコカードに加わりたくはないだろう?」

 

このままいけば間違いなくそうなるだろう。授業は今年だけでは無いのだ。これがあと四年半? 絶対に無理だと断言できるぞ。

 

「でも、マクゴナガル先生がせっかく『時計』を手配してくださったのよ? それに、他にも同じようなことをやってた人はいるの。私だけダメだったなんて、そんなの……情けないわ。」

 

「キミはキミ、他人は他人だ。誰かの評価を気にし過ぎてやしないかい? ……ハーマイオニー、歴史に残る偉大な魔法使いたちは、みんなふくろう試験で十二科目合格してたわけじゃないだろう? 私の知る最も偉大な魔女はいくつかの授業を切り捨ててたし、キミも本当に望む授業だけを残して後は切り捨てるべきなのさ。『学ぶべき』じゃなくて、『学びたい』を大事にしたまえよ。」

 

「でも、でも……私、そんなに無理してるように見える?」

 

不安そうな表情で聞いてくるハーマイオニーに、大きな肯定の頷きを返す。この二年半でそれなりの情は湧いているのだ。さすがに過労死するのを見て見ぬふりはできない。

 

「見えるね。私が言うのもなんだが、キミが本心から全ての授業を望んでいるとは思えないよ。他人からの期待を一度頭から離してごらん? ハーマイオニー・グレンジャーが本当に望む答えを出すんだ。」

 

真剣な表情で語りかけると、ハーマイオニーは一度大きく息を吐いて……やがて困ったような笑みで頷いてきた。

 

「……ん、そうね。ちょっと囚われすぎてたかも。頑張らなきゃって思ってたんだけど、何の為に頑張るかは考えてなかったわ。間抜けな話よね。」

 

「キミの頭の良さは私が保証しよう。心配しなくても将来の選択肢は選り取り見取りさ。だから、学生の時くらいはゆっくり過ごしたまえよ。社会に出れば嫌でも苦労できるんだ。」

 

「うん、ありがと、リーゼ。飼育学とルーン文字、それに数占いだけ残して、後はやめることにするわ。それなら『時計』も要らないしね。」

 

「それでも三つ残すあたりが非常にキミらしいよ。」

 

苦笑しながら言ってやると、ハーマイオニーも同じ表情でクスクス笑い出した。まあ……そのくらいなら問題なかろう。時間割にも多少の余裕が出来るはずだ。

 

「『時計』はマクゴナガル先生にお返しするわ。私にはちょっと過ぎた物だったみたいね。」

 

「物には相応しい使い道ってのがあるのさ。その『時計』は授業の為に使うような物じゃないんだよ。きっとね。」

 

ハーマイオニーの疲れたような言葉に、魔理沙と判例を探している咲夜の方を見ながら答える。例えばアレックス・ヴェイユの使い方なんかが相応しいものなのだ。思えばあの男は見事な使い方をしたな。

 

墓には一度も行ったことが無かったが……ふむ、今度何か供えてやるか。アリス、フラン、咲夜。ヴェイユ家には随分と世話になっているのだ。人間だとしても、それなりの敬意を持った対応をするべきだろう。

 

夏休みにアリスの墓参りにでもついて行こうかと考えていると、吹っ切れたような表情のハーマイオニーが話しかけてきた。

 

「ほら、そうと決まったらリーゼも手伝って頂戴。ハグリッドを助けなきゃ。」

 

「はいはい。それじゃ、哀れなヒッポグリフを救い出すとしようか。」

 

ハーマイオニーに渡された分厚い判例集を開きつつ、アンネリーゼ・バートリは苦笑いを浮かべるのだった。

 


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