Game of Vampire   作:のみみず@白月

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初勝利

 

 

「いいか、出来れば百五十点以上の差がついた状態で勝ちたい。だから向こうのシーカーがスニッチを見つけていない限りは同点以上になるのをひたすら待つんだ。それまでは絶対にスニッチを取るなよ?」

 

熱気に包まれた競技場の選手控え室で、霧雨魔理沙はウッドの言葉に頷いていた。『気楽に』はどっかにいっちまったな。今や遥か彼方の単語じゃないか。

 

今日は待ちに待ったグリフィンドール対レイブンクローの試合の日だ。寒さも少しだけ和らいできた競技場には、既に満員の観客が詰めかけている。試合が始まってもいないのにここまで歓声が聞こえてくるぞ。

 

なんたって、今日負ければほぼ確実に優勝杯が他寮の手に渡ってしまうのだ。グリフィンドールが三連覇できるかこのまま沈んでいくか、今日の試合に全てが懸かっているのである。心臓は爆発寸前だが……大丈夫だ、魔理沙。お前は死ぬほど練習してきただろう? 本当に死ぬほどな。

 

震える手を握りしめながら、同じく緊張した表情のウッドに向かって口を開いた。

 

「フェイントは余裕のある時だけ、同点を待つ、ブラッジャーに注意する。……それで良いんだよな?」

 

「そうだ。こっちが全力でサポートする。お前はスニッチを探しつつ、実況を聞くことにだけ集中してくれればいい。」

 

神妙な表情で言うウッドの横から、続いて近付いてきたフレッドとアンジェリーナが声をかけてくる。ウッドよりかは多少マシなものの、この二人にしては珍しく緊張している表情だ。そんなぎこちない笑顔は初めてみたぞ。

 

「安心しとけ、マリサ。ブラッジャーは掠らせもしない。俺とジョージが必ず守るから、お前は気にしなくて大丈夫だ。」

 

「それに、点差も一切気にしなくていいわよ。絶対にリードは奪わせないわ。貴女はスニッチだけに集中すればいいの。」

 

うーむ、随分と気を遣われているが……それが何ともありがたいな。初試合でシーカー。ハリーの凄さが改めて理解できた気分だ。この緊張感の中、見事にスニッチを掴み取ったのか? しかも私と違って一回も観戦なしで? どうかしてるぞ。

 

「大丈夫だぜ。絶対にスニッチは取ってみせる。……絶対にだ。」

 

自分に言い聞かせるように答えると、ウッドが私の肩を叩いて頷いてきた。先程の緊張した表情とは違う、輝くような笑顔を浮かべている。

 

「その意気だ、マリサ! お前はチョウ・チャンなんかに負けない。誰よりも近くで見てきた俺たちが保証する!」

 

ウッドの言葉を受けて、チームメイトたちが頷きを放ってくれた。……よし、やる気が出てきたぜ。いつの間にか震えの止まった手で相棒を掴み取り、それを片手にフーチの合図を待っていると……唯一箒を手にしていないハリーが話しかけてきた。なんとも申し訳なさそうな表情だ。

 

「マリサ、重荷を背負わせてごめんね。何か問題があったら合図してよ。ここからちゃんと見てるから。」

 

「何言ってんだ、ハリー。あれは仕方がない事だったって誰もが言ってんだろ? 心配すんなよ、魔理沙様がバシっと決めてやるから。」

 

緊張を隠してニヤリと笑いながら言ってやると、ハリーも同じ表情で口を開く。よしよし、ちょっとは元気が出たみたいだな。

 

「うん、期待しとく。……いいかい? 太陽を背にするんだ。つまり、相手よりも上に位置するんだよ。チョウ・チャンは後手を取るのが得意なシーカーだから、彼女にスニッチを見つけたことを悟らせないようにね。」

 

「太陽を背に、だな? オッケーだ。覚えとくぜ。」

 

ハリーのアドバイスを頭に刻んだところで、フーチの合図が聞こえてきた。……いよいよ始まるってことか。じんわりと手のひらに汗が滲むのを自覚しつつ、箒を握ったままグラウンドの中心まで歩き出す。

 

「頑張って! みんな!」

 

ハリーの応援を背に進んで行くと、逆サイドからレイブンクローの選手たちが歩いてくるのが見えてきた。どいつもこいつも私よりデカい。……そりゃそうか。一年生は私だけだし、一年生の中ですら私は小柄なのだ。観客席から見るとさぞ滑稽に違いない。

 

「それでは、正々堂々戦うように! 両キャプテンは握手を!」

 

フーチの声に従ってキャプテン同士が握手した後、今度は規定のポジションに向かって選手たちがばらけていく。センターライン付近にチェイサーたち、その後ろの左右にビーター、ゴール前にはキーパーで、ビーターとキーパーの中心くらいにシーカーだ。

 

そのまま箒に跨って開始の笛を待っていると……鳴った。遂に試合開始だ! フーチの高い笛の音が緊迫するグラウンドの空気を引き裂いた。反射的に地を蹴って、思いっきり高く飛び上がる。試合開始直後のスニッチは遠いし速い。無闇に狙いに行くよりかは有利なポジション取りを優先することに決めたのだ。

 

そのままぐんぐん高度を上げてみれば……うおぉ、凄え。練習で何度も飛んでいる競技場とは別世界だ。歓声、横断幕、実況の声。緊張と高揚感。あらゆるものがビリビリ全身に伝わってくる。私は選手なんだとようやく実感が湧いてきたぞ。

 

「……っし。」

 

頰を叩いて気合いを入れ直す。スニッチだ。スニッチだけに集中するんだ。シーカーの私が雰囲気に呑まれるわけにはいかない。気持ちを入れ替えながら更に高く上昇していると、風を切る音と共にリー・ジョーダンとマクゴナガルの実況が聞こえてきた。

 

『さあ、始まりました、グリフィンドール対レイブンクローの一戦! 先ずは……アンジェリーナがクアッフルを奪う! 彼女は非常に魅力的な女性です。今日も美しい黒髪が風に靡いて──』

 

『ジョーダン! 試合の実況をなさい!』

 

『おっと、失礼しました。ボールはアンジェリーナからケイティに、そしてまたアンジェリーナ、アリシア、そしてまたケイティ! 今日のグリフィンドールは得意のパスプレイを主軸にしているようです!』

 

よし、最序盤の有利を取ったらしい。士気に関わる序盤はどのチームでも必死になる時間帯だ。そこで優位を取ったってことは、レイブンクローよりもうちのチェイサーが一枚上手だってことになる。アンジェリーナは見事に有言実行したらしい。

 

レイブンクローのシーカー、チョウ・チャンを視界に入れると……うーん? 結構下を飛んでるな。ナメられているのか、それともそういう作戦なのか。まあ、どっちにしろ文句はない。これで私も作戦通りのポジションに就けたのだ。

 

そのままスニッチを探して下を眺めていると、パスを受けたケイティが相手のゴールに向かって矢のように飛んで行くのが見えてきた。

 

『さあ、ケイティが突っ込む、突っ込む! そして……ゴール! グリフィンドール先制点! 先手を取ったのはグリフィン……おっと、レイブンクローもカウンターだ! キャロウ、オニール、もう一度キャロウ! こちらもボールを奪わせません!』

 

やっばいな。ケイティが先制点を奪った直後にレイブンクローのチェイサーたちが見事なカウンターを見せる。ブラッジャーにもめげずに四年生のナット・キャロウがシュートを放つが……よっし! ウッドが箒から身を乗り出したブロックでそれを防いだ。っていうか、ほぼ落ちかけてるじゃないか。

 

『グリフィンドールのキャプテン、オリバー・ウッドが見事なキャッチを見せました! 死を恐れぬプレーです! 正直言ってもう少し恐れて欲しい!』

 

『何をしているんですか、ウッド! どうかしていますよ!』

 

今だけはあのイカれっぷりが頼もしい。ジョーダンとマクゴナガルの実況に合わせてくるりと一回転してから、慌ててスニッチ探しに向き直る。お前は観客じゃないんだぞ、魔理沙。集中だ。集中!

 

そのまま実況を耳にいれつつ、しばらくの間集中してスニッチを探すが……全然見つからないな。時折チョウ・チャンの動きを目に入れてみても、フェイントを入れながら大きく旋回しているだけだ。向こうもまだ見つけていないらしい。

 

『──しました! そしてアリシアからのバックパス。アンジェリーナが……決めた! グリフィンドール、再び三十点のリード! またしても点差は元に戻ります!』

 

これで60-30。チームは充分にスニッチを手に出来る状況を作ってくれている。ブラッジャーも一切飛んでこないし、みんなに応えるためにも私はスニッチを取らなければならないのだ。

 

必死に目を凝らして下を見渡すと……光った、よな? キラリと日光が反射するのが目に入ってきた。遥か下の観客席付近だ。もう一度その場所を注意深く見てみれば──

 

「……っ!」

 

金色の小さな光。間違いない、スニッチだ。絶対に目を離すまいとそれを見定めながら、思いっきり箒を倒して急降下する。位置的には向こうのシーカーの方が近い。見つけられたら終わりだぞ。

 

急げ……急げ! 抵抗を減らすために小さく身を縮めて、落下の速度を利用したトップスピードで光に向かってひた進む。スニッチを目に捉えたままでチラリと横目にチョウ・チャンを見れば……いいぞ、気付いてない!

 

緊張で震え出した手を、意志の力で抑えつける。あらゆる音が遠ざかるような感覚に包まれながらも、未だにスニッチは私の視界の中だ。これで取り逃がすなんてシャレにもならんぞ! 軌道を読もうとするな。反射で取るんだ!

 

ハリーのアドバイスを思い出しながら後十メートルまで迫ったところで……おい、嘘だろ? 右手の観客席の陰から、黒いマントのようなものが三体飛んで来るのが視界の隅に入ってきた。吸魂鬼? あれだけの事件が起きたってのに、教師たちは再びあの連中の侵入を許したのか?

 

どうする? ハリーのように落ちてしまうかもしれない。……いいさ、構うもんか。今ならあの時のハリーの気持ちが分かる。スニッチを前にしたシーカーが諦めるなど有り得ないのだ。目の前に勝利が浮かんでいるのに、諦めて白旗を振るバカがいるか?

 

刹那の迷いを振り切って、懐から杖を抜き放ちながら大声で叫ぶ。思い浮かべるのは魅魔様に教わった魔法を初めて成功させた瞬間だ。マッチ以下の小さな火を灯しただけだったが、あの時は本当に嬉しかった。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

うーむ……まあ、私にしては上出来だろう。杖から出たなんとも頼りないモヤモヤが吸魂鬼に激突したのを尻目に、杖を握っていない方の手をスニッチへと必死に伸ばす。頼むから真っ直ぐ飛んでくれ、相棒!

 

揺れそうになる箒を脚だけでなんとか制御して、鼻先をピュンピュン飛び回る小さな金の妖精にもう少しで手が……届いた! 固く握り締めた手の中には確かに何かを握っている感覚がある。ってことは、取った? 取ったぞ! スニッチを取った!

 

「っと。」

 

あっぶね。両手を離したせいで崩れた体勢を立て直して、なんとか地面にふわりと着陸する。箒から降りて手のひらのスニッチを目にしたところで、ようやく遠くなった音が戻ってきた。

 

『──です! グリフィンドールのシーカーがスニッチを取りました! 試合は210-30でグリフィンドールの勝利!』

 

ジョーダンの実況と共に、凄まじい歓声が耳に届いてくる。……勝ったんだ。思わず顔を上げて観客席を見上げていると、私に続いてチョウ・チャンがこちらに降下してくるのが見えてきた。後ろを振り返る余裕などないので気付かなかったが、彼女もスニッチを追っていたようだ。

 

「お見事ね、キリサメ。完敗だわ。」

 

「あんがとよ。……そうだ、吸魂鬼は?」

 

悔しそうな苦笑いのチョウ・チャンに問いを放ってみると、彼女はクスクス笑いながら少し離れた場所を指差す。何だ? 悔しそうな顔から一変して、ちょっと悪戯げな雰囲気だ。

 

「残念ながら、吸魂鬼とはちょっと違うみたいよ。何の呪文だか知らないけど、貴女の放った呪文にびっくりしちゃったみたいね。……まあ、いい気味だわ。」

 

指差す先を見てみれば……なんだありゃ? 黒い巨大なマントから抜け出そうとしているスリザリンのキャプテンと、シーカー、それに見知らぬ大柄な上級生二人が目に入ってきた。お互いの黒マントが絡まってるせいでもみくちゃになっちゃってるぞ。

 

……つまり、アイツらが吸魂鬼のフリをしてたってわけか? なんともまあ、バカバカしいことをするもんだ。グリフィンドールを連覇させるのがそんなに嫌なのかよ。もしくは出場できなかったハリーに責任を押っ被せようとしたのかもしれんな。あの青白いヤツはハリーと犬猿の仲だったはずだ。

 

「なんだよ、びっくりして損したぜ。」

 

怒鳴り声を撒き散らしながら駆け寄ってくるマクゴナガルを横目に呟けば、チョウ・チャンもまた肩を竦めながら言葉を放つ。

 

「きっと物凄い罰則を食らうんでしょうね。神聖なフィールドを汚したんだから当然だけど。……ほら、気をつけなさい。貴女を揉みくちゃにしようとしてる人たちが来たわよ。」

 

「揉みくちゃ?」

 

キョトンとした顔で問い返してやれば、チョウ・チャンは後退りしながら悪戯げな笑みで上空を指差し──

 

「マリサ、良くやったわ! ああ、本当にもう! 最高よ!」

 

「わぷっ……ちょっと待て、落ち着け、アリシア。」

 

「落ち着け? 落ち着けですって? そんなの無理に決まってるでしょうが!」

 

確認する間も無くアリシアが突っ込んできた。その後ろからは……おいおい、残りの五人も突っ込んでくるのが見えてきたぞ。せっかく勝ったのに私を轢き殺す気か?

 

「マリサ! 素晴らしい、素晴らしいぞ! グリフィンドールの勝利だ! 百八十点差だ! 分かるか? 理解してるか? ……百八十点差なんだ!」

 

「うるさいわよ、ウッド。それはもうこの競技場の全員が分かってるの。それよりマリサよ! 最高のキャッチだったわよ、マリサ!」

 

狂ったように百八十点と叫ぶウッド、アリシアと共にキスの嵐を投げかけてくるアンジェリーナ。お互いの棍棒をガンガン打ち鳴らす双子と、私の頭をぐっしゃぐしゃに撫で回すケイティ。

 

うーむ、この光景を深く心に刻んでおくべきだな。何たって、次の守護霊の特訓で思い出すべき記憶はこれなのだから。この景色さえあれば、私はきっと最高の守護霊が作り出せるはずだ。

 

手のひらにスニッチの感触を感じながら、霧雨魔理沙は満面の笑みを浮かべるのだった。

 


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