Game of Vampire   作:のみみず@白月

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白昼夢

 

 

「それじゃあ、二十世紀に乾杯!」

 

私の音頭でグラスを掲げた面々を見ながら、レミリア・スカーレットは手に持ったワインを一気に飲み干していた。記念すべき二千年紀の最初の日、紅魔館で身内だけの小さなパーティーを開いているのだ。

 

「いやー、西暦もあとたった百年で2000年代に突入ですか。早いもんですねぇ。」

 

料理に手を伸ばし始めた美鈴がしみじみと語っているが、実のところ私はこいつの正確な年齢を知らない。雰囲気から察するに私より長く生きていることは間違いないとして、三国時代の話を『体験談』として語っていたことから、最低でも千七百年以上は生きていると睨んでいる。

 

「私にはまだその感覚が分からないのだけれど……。」

 

そんな年齢不詳の大妖怪に対して、新米魔法使いのパチュリーがそう返した。私が名前で呼ぶようになった頃、彼女は紅魔館に漂う狂気への耐性を身に付けたらしい。今では普通にリーゼと一緒に館を訪れている。無論、未だ地下室に入ったことはないが。

 

リーゼによればかなりの勢いで魔女として成長しているようで、最近は修行の合間に狂気への対策にも取り組んでくれているようだ。うむうむ、何とも頼もしいことではないか。

 

「まあ、長く生きてれば嫌でも分かるようになるさ。」

 

笑いながら言うリーゼに自覚があるかは分からないが、彼女は人間に対する態度が柔らかくなってきているように感じる。少なくとも前のように『蛆虫』扱いはしていないだろう。私もそうだが、ゲームで深く関わる間に評価を変えたようだ。

 

特にパチュリー相手だと『過保護』と言えるほどの対応っぷりだ。数年前など、木っ端悪魔を召喚するだけだというのに最高級の契約書を私から買い取っていった。余程に新顔の魔女のことを気に入っているらしい。

 

「くうぅ……美味しいですねぇ。これに比べれば魔界のワインなんか泥水同然ですよ。あんなの汚水です、汚水!」

 

その時契約したとかいう小悪魔が、美味しそうにワインを飲みながら小さな翼を震わせている。最初は何かの冗談かと思ったくらいの低級悪魔だが、話を聞くと中々どうして便利なようだ。悪魔としての強大さと家事スキルは関係ないということか。……そりゃそうだな。

 

他にも各所で妖精メイドたちが慌ただしく給仕をしている……というか、給仕をするフリをしながら遊んでいるみたいだな。まあいいさ。そもそも期待なんかしてなかったし、今日は無礼講といこうじゃないか。

 

ここにフランが居れば完璧なのだが、残念ながら我が愛すべき妹は未だに地下室から出られない。……うん、二十一世紀のお祝いは全員でやれるように頑張ろう。このまま順調に計画が進めば充分可能な願いのはずだ。

 

それに、フランとは後でリーゼと美鈴を連れて四人でお祝いをする予定でいる。今はそれで我慢してもらおう。記念のプレゼントも買ってあるし、きっと満足してくれるはず。

 

フランのことを考えていると、リーゼがこちらに近付いて話しかけてきた。

 

「やあ、レミィ。あまりワインが進んでいないようだね。」

 

「ん、ちょっと考え事をしてたのよ。……しかし、随分と賑やかになったもんね。十年前じゃ考えられない光景だわ。」

 

「んふふ、そうだね。……それにだ、もう少しすればフランも参加できるようになるだろう? そしたらもっと賑やかになるぞ。」

 

どうやらリーゼもフランのことを考えてくれていたらしい。あの日、リーゼを館に招いたのは正解だった。仮に私に何かあったとしても、リーゼがフランの面倒を見てくれるだろう。もちろんそう易々と死ぬ気は無いが、保険があるというのは大事なことだ。

 

「そうね、是が非でもそうなってもらわないとね。……そういえば、フランへのクリスマスプレゼントのお礼を言っておくわ。かなり気に入ってるみたいよ?」

 

「ああ、そうだろう。あれは私から見ても出来の良い代物だったからね。ああいう品を入手できるようになったのも計画のお陰かな。」

 

数日前、リーゼはフランへのクリスマスプレゼントとして人形のセットを渡したようだ。フランは今まで人形を『憂さ晴らし』に使うことが多かったのだが、今回プレゼントされた人形は信じられないほど丁寧に扱っている。余程に気に入ったのだろう。

 

「魔法界で買ったのよね? 確か……『マーガトロイド人形店』だったかしら? 随分前から贔屓にしてるみたいじゃないの。」

 

「初めてダイアゴン横丁に行った時に見つけたんだよ。その頃からフランのお気に入りでね。オーダーメイドも頼めるからよく利用しているんだ。」

 

「ふぅん? 今度私もプレゼントしてみようかしら。」

 

頭の片隅に人形店の名前を書き込んだところで、もう酔っ払っている様子の美鈴が絡んできた。息が酒臭いぞ。

 

「おぜうさまー、飲んでないじゃないですか。ささ、どうぞどうぞ。美鈴めがお注ぎしますよ。」

 

「ちょっ、溢れてる! 溢れてるでしょうが! ああもう、この酔っ払い!」

 

ぺチリと頭を叩くと、酔っ払い妖怪はうへへと笑いながら今度は小悪魔へと絡み始める。長い年月をかけても酒癖は改善できないということか。私も気を付けることにしよう。

 

嫌がる小悪魔を抱き上げている美鈴と、それを見て笑うリーゼ、ちびちびとワインを飲むパチュリー。苦笑しながらそんなパーティーの様子をぼんやり眺めていると、ふと何処かの光景が視界と重なる。畳と、日本酒? それを飲み交わす人間と人外たち。木造の……ダメだ、もう見えなくなってしまった。

 

でも、不思議な光景だったな。私の能力がこれを見せたのだろうか? 遥か昔、まだ人間と妖怪の距離が近かった頃のような……そう、おとぎ話の中みたいな『幻想的』な光景だった。

 

その不思議な幻視に想いを馳せながら、レミリア・スカーレットは手元のワインに口を付けるのだった。

 

 

─────

 

 

「ふぅん? これが『ヌルメンガード』か。中々壮大な要塞じゃないか。」

 

オーストリアの山中に聳え立つ、滑らかな石造りの要塞。ようやく半分ほどが完成しつつあるその要塞を見上げながら、アンネリーゼ・バートリは隣のゲラートに話しかけていた。建設中でも大した迫力だが、ちょっと陰気なのはいただけんな。もっと陽気な建物にすればいいのに。

 

建設者に似たかと嘆く私へと、ゲラートは少し自慢げな表情で説明してくる。いつもは無感動なこの男も、手ずから造り上げた本拠地に対しては愛着を感じているらしい。

 

「魔法使い対策として強固な防衛呪文を重ねがけしてある。そして、マグルどもに対してはこの城壁が機能することだろう。拠点としては上々の出来だと言えるはずだ。」

 

二十世紀も数年が経った頃に建造を始めたこの要塞が形になってきたように、ゲラートもすっかり大人の男性になってしまった。何というか……風格が増した気がする。こういうところに関してだけは人間が羨ましいな。私はあと二、三百年くらいは『少女』のままだし。

 

「まあ、私から見てもいい拠点だと思うよ。……戦況の方はどうなんだい?」

 

「しもべ妖精経由で伝えた通りだ。もはや大陸の三分の一は手にしたも同然だし、残りも時間の問題だろう。マグル界が最近きな臭いらしいが、大した問題にはなるまい。」

 

どうやらゲラート率いる狂信者たちと、ダームストラング仕込みの『軍隊式』な統制は相性が良かったらしい。横の繋がりの薄い各国魔法界を席巻し、もはや大陸では敵なしなのだが……一人だけゲラートが恐れている相手が居るのだ。我らが本拠地、イギリスの魔法学校に。

 

「それじゃあ、イギリスは?」

 

ニヤニヤ笑いながら聞いてやると、途端にゲラートは端正な顔を歪ませて返事を寄越してきた。嫌なことを聞くなと言わんばかりの表情じゃないか。

 

「まだイギリスに攻め入る時期ではない。大陸の支配が終わってからだ。」

 

「ま、いいけどね。いつかは戦う相手だよ。そのことは覚えておきたまえ。」

 

「……分かっている。」

 

精強な軍隊を手にして、ヨーロッパどころか全世界にまで悪名が響き渡っているというのに、ゲラートは未だにダンブルドアを恐れているようだ。過去の後悔がそうさせるのか、それとも単純にその実力を恐れているのか。何れにせよイギリスには手を出そうとしていない。

 

レミリアはそのことを逆手にとって、『英雄』アルバス・ダンブルドアを祭り上げるのに必死だ。……ただまあ、ダンブルドア当人としては迷惑しているみたいだが。ホグワーツから動こうとしないのを見るに、ダンブルドアの方もゲラートと杖を交えるつもりはないらしい。こっちもこっちで妹のことがトラウマにでもなっているのか?

 

ちなみに、そのレミリアも魔法界では知る人ぞ知る存在になってしまった。ゲラート・グリンデルバルドの危険性を早くから警告し、的確にその計画を妨害する。しかし人前に姿を現すことはない謎の存在、レミリア・スカーレットというわけだ。アホみたいな話じゃないか。正体は姉バカ吸血鬼だぞ。

 

着々と支配圏を拡げているゲラート、その対抗軸として影響力を増し続けるレミリア、そんなレミリアの催促を無視し続けるダンブルドア。奇妙な関係になってきた三人のことを考えつつ、ゲラートに向かって口を開いた。

 

「さてさて、要塞の様子も見れたことだし、そろそろ失礼するよ。渡した魔道具は好きに使ってくれたまえ。」

 

「ああ、いつも助かっている。有効に使わせてもらおう。」

 

「おっと、今日はやけに素直じゃないか。雨でも降るのかな?」

 

「黙れ、吸血鬼。さっさと消えろ。」

 

おやおや、相変わらず懐いてくれないな。くつくつと笑いながら杖を取り出して、姿くらましでヌルメンガードを後にする。今回も屋敷に転がっていた魔道具をいくつかゲラートに渡したのだ。私にとってはガラクタ同然の魔道具でも、杖持ちの魔法使いたちにとっては役立つ代物らしい。精々有効に使ってもらおうじゃないか。

 

 

 

そのまま数度の姿あらわしでムーンホールドのエントランスに戻ると、珍しいことにパチュリーが私の帰りを待っていた。彼女が図書館から出てくるとは……いよいよ雨の可能性が増してきたぞ。ひょっとしたら季節外れの雪かもしれない。

 

「待ってたわ、リーゼ。相談したいことがあるの。」

 

うーむ、良くない雰囲気だな。目の下に濃い隈が出来ている上に、やけにテンションが高い。こういう状態のパチュリーには要注意だ。突拍子もないことを言ってくる可能性が高いのだから。

 

「あー……どうしたんだい? パチェ。」

 

「図書館に新しい魔法をかけたいの。とにかく一緒に来て頂戴。」

 

言うや否や、パチュリーは私の手を引いて図書館へと歩き始めた。予想通りに厄介な事態のようだ。パチュリーが『早足』ってのは滅多にないぞ。

 

「おいおい、落ち着いてくれよ。話はちゃんと聞くから。」

 

「落ち着けないわ。魔導書を整理してたら『凄いの』を見つけちゃったのよ。あれに書かれていることを実現したいの。って言うか、すべきなの。しなきゃいけないの。」

 

まさかフランの狂気に当てられちゃったんじゃないだろうな? 鬼気迫る表情だぞ。不安を感じながらも図書館にたどり着くと、必死な表情で何かを準備している小悪魔の姿が見えてくる。被害者は私だけではなかったらしい。

 

「こあ、あの本を持ってきて!」

 

「へ? ……は、はい、パチュリー様!」

 

小悪魔というのはさすがに無個性的すぎるということで、最近は『こあ』と愛称で呼ばれている小悪魔が一冊の本をパチュリーに差し出した。パチュリーはその本を猛烈な勢いで捲っていたかと思えば、一つのページを開いてこちらに突き出してくる。……読んでみろということか。

 

受け取って読み進めてみると……なるほど、パチュリーが顔色を変えるわけだ。そこには世界中で作られた本を自動で複製し、収集するとかいう図書館にかけるために編み出されたらしい魔法が載っていた。

 

「これは……難しいと思うよ。パチェ。私にだって理解しきれないほどの大魔法だ。」

 

「分かってるわ。それでも実現させたいの。」

 

これはまた、一見しただけでも凄まじく複雑な魔法だと分かってしまうな。小悪魔が主人を止めてくれという目線でこちらを見てくるのは、この魔法を構築するに当たっての苦労が予想できてしまうからだろう。

 

「それに、狂気の対策も行き詰まっていたところなの。この魔法が実現すれば、世界のあらゆる知識が集まってくるはずよ。少なくとも新規に作られた本は全て手に入るわけだしね。狂気の研究にも役立つとは思わない?」

 

理論上はそうだろうが、魔導書の類はこの魔法では集まらないはずだ。強力な魔本には大抵の場合複製を防ぐ魔法がかかっているものなのだから。しかし、それを伝えたところで最早パチュリーは止まらないだろう。顔を見れば一目瞭然だぞ。決して諦めないという感情が透けて見えている。

 

「……まあ、分かったよ。協力しようじゃないか。」

 

私の返答を受けて嬉しそうな顔をするパチュリーに、ピンと人差し指を立てて続きを語る。これほどの大魔法を実現させるのであれば、先にやるべきことがあるのだ。

 

「ただし、先に捨虫、捨食の法をマスターしておきたまえ。捨虫の法に関してはキミにはもう不要かもしれないが、本物の魔女として認められるためには覚えておくべきだ。この大魔法を実現させるためには睡眠なんぞに時間を割くのは勿体無いしね。」

 

不老を手にする捨虫の法と、睡眠や食事の必要がなくなる捨食の法。本物の魔法使いたちはこれを修得しているかどうかを一つの判断基準にしているらしい。単純に便利でもあるわけだし、学んでおいて損はないはずだ。

 

「うっ……それもそうね。結果的にはその方が近道でしょうしね。分かったわ、先にそっちを進めてみる。」

 

ちょっとだけ残念そうにしながらも、パチュリーは納得してくれたようだ。彼女の言う通り、急がば回れということだな。

 

パチュリーがまた一歩人外に近付くのを感じつつ、アンネリーゼ・バートリはいつか来る大魔法構築の日を思ってうんざりするのだった。

 

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